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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
栄光の歴史持つ国にて
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間話 とある終焉の始まり、あるいは予兆

「……お前も飽きないな」


「何がだ、ネル」


 最近、より一層堅苦しくなった口調で、クリスタベルは言い放った。ネルは呆れて、「別に」とだけ言ってそっぽを向く。彼女はいつものように、ファーガスの部屋に入っていった。


 仕方がなく、ネルはぶらぶらと歩いていた。この付近は、日中は暇なのだ。亜人が大抵夜行性だから、狩りが出来ないのである。かといって、街に繰り出すのも自分らしくない。すると必然、暇を持て余してしまう。


 彼は、趣味が少なかった。亜人狩りと他人をからかう事、あとはスコーンなど上手い茶菓子を食う時くらいしか、ネルは幸せを感じることがない。ファーガスたちに気を利かせてこんな場所まで赴いたが、やはりそんな義理をする必要はなかったのかもしれなかった。


 無慈悲なようだが、碌に効果をなしていないうえ、ファーガスがあの様ではそう思わざるを得なかったのだ。


「あーあ、馬鹿馬鹿しい」


 ネルは呟きながら、久々に兄貴のもとへ足を運んだ。仲がいい――訳ではない。しかし、軽口をたたく程度の仲ではある。軽口というのはつまり、暇がつぶれるという事だった。利用しない手はない。


 何処にいるのかと探していると、クリスタベルの親父さんが出てきた。「トスカーナ公」と呼びかけようとしたが、改めて考えると長い。閣下でいいか、と判断し、手を上げる。


「こんちわっす、閣下」


「君は前々から思っているが、掴みどころのない奴だね」


「取り柄ですから」


「言い切ってしまうあたりが潔い」


 どうでもいい話だが、閣下とは妙に気が合うネルである。


「んで、閣下は何でこんなところに? ファーガスの様子なら変わりがないようですけど」


「ん、んん。……そうか」


「何スか? もしかして、今更になって罪悪感を覚えてるとか?」


「……ネル君。君は事情を知っていたのか」


「いいえー? 誰も何にも教えてくれねぇもんで。みんな冷たいっすよねー。だから、オレの推測スキルがここまで上がっちまったんですよ」


 ネルは言いながら、クックと笑った。閣下の指示で、ファーガスのお師匠様がファーガスを半ば拉致し、詰問した結果が、今の状況だとネルは判断している。


 ネルの笑い声に閣下は少々気味悪げな表情をするが、他人の目を気にしない性質の彼にはどうでもいいことだった。


「……そうだね。罪悪感と言えば、罪悪感だ。それに加えて、私たちも何も彼から引き出すことが出来なかった。精々が、フェリックスでさえ訳も分からないまま、無傷で気絶させられたという事だけだ。情報に違わず、英雄たる凄まじい力だよ、あれは」


「……ドラゴンを一方的に殺すこともできれば、本来実力が上の人間を傷一つ負わせずに気絶させる事も出来る力……って訳っすね。なぁるほど。確かに酷い」


 そして恐ろしい。付け加えるように呟くと、閣下は顔をこわばらせる。とはいっても、僅かなものだ。ファーガスやクリスタベルには分からない程度の微細さである。


 そのまま閣下に別れを告げ、ネルは歩いていく。誰か居まいかと歩いていくが、特にめぼしい人物は見当たらなかった。彼の兄貴もまたそうである。「あのくそ野郎どこ行った」と苛立ち始める。


 結局何もなく、欠伸をしながら自分にあてがわれた部屋に戻った。中央まで歩き、ぼんやりと立ち尽くす。つまらない、と思った。ひどく、つまらない。


「……何か、面白いこと起こんねぇもんか」


 その言葉は渇いていた。ネルは、退屈が嫌いだ。行き過ぎると、死ぬよりも恐ろしいという気持ちになる。


「どうすりゃいい。眠ってる亜人をぶち殺して回れば少しは楽しいか? いや、それならいっその事、この家の誰かを殺してから、誰も出られないように封鎖でもするか。はは、クローズドサークルの完成だ。いや、でも少し待てよ? 最後までオレが犯人だとバレずに完全殺人が成立しても、面白くも何ともねぇ」


 焦りのあまり、荒唐無稽な言葉が口から飛び出した。頭を抱え、指先でトントンとこめかみを叩く。ファーガスのところに茶々を入れに行ってもよかったが、大した反応が返ってくる事もなさそうだ。そもそも、クリスタベルが邪魔である。


 気づけばくるくるとその場を歩き始めていた。同じ場所で円を描くように歩き続ける。


「……そんなに、暇かい?」


「あぁ?」


 唐突に現れた声に、ネルは振り向いた。そこに立っているのは、薄笑いを張り付けた少女である。年のころは――九か、十。酷く整った容姿をしていて、しかしネルには、どうにも嫌な気分にさせられる。


「お前、何者だ? 何処から入ってきた」


「違うだろう? 自制心を働かせなくてもいいんだ。素直に、君の聞きたい事を聞けばいい」


「……なら、遠慮なく言わせてもらうが」


 口調が、硬くなる。素が、出始めている。


「貴様は、何故オレにそっくりなんだ? ――いや、違う。容姿は全然似てない。しかし、鏡を見ているような気分にさせられる――貴様は、何者だ?」


「『鏡』だよ。ボクは君にとっての鏡だし、君はボクにとっての鏡だ」


 言いながら、少女は一歩こちらに近づいてきた。敵意は感じられない。しかし。


「自己紹介がまだだったね。ボクは、シャナイ。愛称は、ナイ。ファミリーネームとかその他もろもろは、面倒だから省いてもいいよね? 今日は君に、挨拶をしに来たんだ」


「……」


 同族嫌悪。ネルは、表情を渋めて崩さない。辛うじて「挨拶とは、何故」と答えたばかりだ。


「何故も何もないさ。暇を、しているんだろう? なら、手伝ってもらおうと思って」


「手伝う?」


 そこまで行って、耳を傾けかけている自分が居ることに気付いた。ハッとして切り捨てようとした時、ナイと名乗る少女の言葉がネルの興味を引付ける。


「私ね、ソウイチロウ・ブシガイトっていう男の子に、恋してるの」


「……ブシガイト」


 何故、その名が出てくる。


 ネルは、しばし目を瞑って考えた。そして、一旦彼女の話を聞こうと決める。暇だったのは事実だし、いざとなれば亜人として斬り捨ててしまえばいいと考えた。そもそも、自分に剣を抜かせるなど亜人くらいにしかできまい。


 そのように考えると、やっと余裕が出てきた。いつもの通り口端を歪めて「いいじゃねぇか。話してみろよ」と笑う。


「何処から話せばいいのかな。とりあえず、前提としてボクが人の未来どころか、どんなふうに生きてどんな風に死ぬかという事すらわかってしまうってことを知っていてもらいたいんだけどね」


 いつもなら、その不可解な言動に「はぁ?」と嫌悪まみれの疑問を投げかけるところだ。けれど、今日は違った。考えるよりも前に、自分が考えるよりも素直な返答をしていた。


「――それは、随分とつまらない人生だな」


 その言葉に、少女は肩を竦めて微笑する。


「でしょ? ボクが何をしたらどうなるかだって完全無欠にお見通しなんだもん。飽き飽きしちゃうよ。でも、総一郎君は違うの。でも、それだけで好きになるほどボクは単純じゃないんだよ?」


「へぇ」


「総一郎君はね、可愛いの。一生懸命で、頑張ってるときなんか目をキラキラさせちゃって。でも、ものすごくかっこいい時もあるの。敵意をむき出しで唸る姿なんか、もう背筋がゾクッとしちゃうんだ」


 少女は、語り出した。その様は恍惚に頬を紅潮させて、少女と言うよりは女の顔をしていた。語る相手は、誰でもよかったのだろうと思わせられる。自分である必要などなかったのだろうと。


 しかし不思議にも、ネルの中で確かに正体の知れぬ感情が動いた。


「……ずいぶんと、惚れ込んでんだな」


「うんっ」


 彼女は、自分とネルは鏡合わせだというようなことを言った。その上、ネルは自分自身で彼女を同族と認めてしまっている。いや、それすらも正確な表現ではないのだ。まったく同じ土俵から始まったのに、追い抜かれているような感覚。言うなれば――


 ――羨望、もしくは、嫉妬?


「……チッ」


「そういえば、君には居る? そういう人」


 有り得ねぇ。そのように呟こうとした瞬間、ナイの言葉が寸断した。ネルは、苛立って舌を打つ。


「んなもん居るかよクソッ垂れ。どいつもこいつも底が浅くてよぉ。一緒にいて楽しいと思った奴なんていねぇよ」


「……本当に?」


「嘘ついてどうす、……いや、でも」


 その時、ネルの脳裏に去来するものがあった。それは、一カ月ほど前の記憶だ。死ぬ前に黒きドラゴンを拝み、最初の犠牲者になるならば、そんなに悪い人生ではなかったと思えるのではないかと考えていたのだ。


 しかし、そこで見たのはそのドラゴンを赤子の手をひねるがごとく圧倒した、ファーガスの姿だった。


「……あの時ばっかりは、興奮したなァ。ファーガスの野郎も、なかなかやるじゃんとか、思っちまった」


「ふぅん。初めて凄いって思わせてくれた友人、かぁ」


 いいね。とナイは笑った。でも、ボクの総一郎君も負けないんだから。と。


「はぁ? 何言ってやがる。聞いた話じゃあ、そのドラゴンにブシガイトは惨敗したらしいじゃねぇか。純粋な力なら、ファーガスが圧倒してるに決まってんだろうが」


「その純粋な力に、精神力は含まれないの? 浅はかな考えだね。同じ化身の身として恥ずかしいよ。もっとも、君もボクも、そこまで高い知性は与えられていないのだけれど」


「化身? まるでオレ達の本体が神みたいな言い草だな」


「そうだよ?」


 きょとんとした様子で言う少女。そこでネルは我に返った。何を無駄にしゃべくっているのだろうと顔を顰め、改めてナイを見る。


 九、十歳ほどの、小便臭いガキではないか。自分の情けなさに、ため息を吐いた。


「……帰れ。オレは無神論者だ」


「いいや、正確に言うならば、君は神とあがめられるほど力を持った宇宙人の化身なんだよ。その事実はこの星に広く分布する一神教の理念と矛盾しない。それに、君の無神論も同じだ」


「分かった分かった。力が抜けて怒鳴り散らす気にもなれねぇ。ここはな、貴族の領地なんだ。分かるか? 貴族。あの、亜人を倒して市民を守っている代わりに、クソほどエラそうにふんぞり返っている奴らの事だよ。怖いだろ? 分かったらほら、さっさと出て行くんだ」


 生まれて初めてかもしれないほどの優しさを振りまいて、やんわりと少女の背中を押した。「いいの?」と言う言葉が返ってくる。


「君の忌み嫌う『暇』と言うものを、抹殺できるよ? それとも、無知なまま人間として生き、退屈を欠伸混じりに追い払う人生のままで、いいのかな」


 脅し、と言うよりは、はっきりとした質問のように感じられた。それに一瞬停止したネルは、素早く反転するナイに不覚を取ったことを自覚する。


 彼女はネルに飛びついて、じっと目を合わせてきた。ネルは腰袋から剣を抜き出そうとしたものの、途中で手が止まる。


 少女の瞳からは、全てが流れ込んできていた。


 過去、未来、そのすべて。しかし、例外が居る。少女の言うブシガイト――そして、ファーガス。なるほどと、腑に落ちた。説明が付いた。


 酷く面白い取り組みだと、ネルは評する。それはある数種の植物の種を育て、自分の好きな作物を探す行為にも似ていた。


 地道だ。しかし、それもまたいい。ネルは、嗤う。つい先ほどまでの自分を。そして、『祝福されし子供たち』以外の全てを。


「いいぜ、お前がしたい事は分かった。協力してやる。だが、やはりオレはファーガスに賭ける」


「ボクは、言わずもがなという事にしておくよ。すでに仕込みはほとんど終えているしね。最後に土俵を整えてあげるだけだ。そちら側も、頼むよ」


「ああ、任せろ」


 言葉を交わし終えて、少女は窓の方に寄って行った。しかし立ち去る前に、「おっと」と振り返る。


「そういえば、君の名前を聞くのを忘れていたよ。教えてくれる?」


「ああ、そうだったか」


 ネルは――いや、今更そのようには名乗るまい。口を開いて、彼は嗤った。


「オレの名は、ナイオネル。ファミリーネームとかは面倒だから省くぜ。――愛称は、ナイだ」


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