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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
栄光の歴史持つ国にて
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閑話2 聞き耳

 ファーガスは、単独でドラゴンを殺した英雄として扱われた。ネルはどうも様子が変だと思いながら、宴の中、一人壁の花を決め込んで、クイとこっそり仕入れてもらったワインを煽っていた。


 奴とは、しばらく会えていない。クリスタベルが会いたがっていたが、そんな余裕はないらしかった。今朝方、学園長とハルバルキテクダサッタ騎士団の団長サマが、ファーガスに勲章を与えていた。奴は、終始硬い表情だった。緊張ではない。罪悪感に類する物だろうとネルは感じ、その上で首を捻っていた。


 宴でも、女子たちがこぞってダンスに誘っていた。今回は公式のそれなので、歌ったりが無い代わりに躍ったりがある。どちらかと言うと、ネルは前者の方が好きだ。貴族なんて堅っ苦しい真似はしたくない。問題は、自分の素がその堅っ苦しい口調であるところだ。


 生まれと言う物はどうにも御しがたい。人間とは無い物ねだりで、ぐれた事のない人間ほどアウトローに憧れる。だがよく考えてもみろ。アウトローとは法の埒外という事だ。殺されても法は守ってくれないという事だ。


「そのスリル、いつか味わってみたいもんだね」


 一人、笑う。次いで、杯を傾ける。


 ブシガイトが来たという話もあったが、結局よく分からないまま消えてしまった。あいつは果して、自分とのアメリカ行きの話を覚えているのだろうか。覚えていないだろうな。と呑み干した。奴の人生は、どうも波乱が満ちていそうな雰囲気がある。あんな小事、覚えては居られないだろう。


 ちなみにだが、ネルの見たところ波乱の人生を抱えているのはもう二人いる。一人は、言うまでもなくファーガスだ。だが、もう一人は会話すらしたこともない。だというのに、直感した。


 その人物を、ネルは探していた。そうでなければ、今頃菓子類を食べつくして腹を抱えて呻いている所だ。


 ネルの正装は、着ている自分は違和感しかないが、他者から見ればそれなりらしい。不思議でもあり、迷惑でもある。


「あの、私と踊って下さいますか?」


「生憎とね。オレが舞えるのは剣舞くらいなんだ」


 気障ったらしくて胸やけの起こしそうなセリフである。だが、素直に『退け!』などと言ってしまうと、後々兄からオシカリの電話がかかってくるから出来ないのだ。


 とまぁ、取り繕ったはいいものの、ネタとして言うならこの台詞ほど面白い物はない。笑い所は真に受けてうっとりするかぽかんとするかの二択に迫られた、女のリアクションである。問題なのが、こんなのでもうっとりしてしまうバカ女が一定数いる事だ。他は大抵苦笑いをして離れて行ってくれるからいいのだが。


 使い所は今回のような大きな宴の時。例えば国王陛下の誕生日や、皇太子殿下の以下同文。年に六回はあると思っていい。今年は七回だ。


「私と、踊っていただけますか?」


「生憎とね。オレが舞えるのは剣舞くらいなんだ」


「……熱でもあるのか、ネル?」


「ん、何だよクリスタベルか」


 顔を見ずに言ったら仰け反られてしまい、珍しい反応だと思ったら許嫁だった。そろそろ兄貴を殴りにいかないとと思う最近だ。しかし奴は強いので大剣が三本は必要だろう。


「どうした? お前がオレにダンスを申しこむなんて。気でも違ったか?」


「……君はいい加減、言葉遣いと言う物を改めた方がいいんじゃないか」


「良いんだよ、貴族なんてそろそろ止めるから。それより渡米の手段用意しておいてくれよ。ブシガイトと一緒に行くからよ」


「その、彼の事を話したい。だから、したくもないダンスをしようなんて言ったんだ」


「……へぇ」


 確かに、物陰に隠れて索敵に気を配るよりは疲れなさそうだ。ダンスとはそもそも、近くに居た適当な異性とするものである。よほど壁の花でもない限り、変な噂が立つことは……。


 あ。


「いや、やっぱりダンスは止めにしよう」


「え? 今納得しかけたじゃないか」


「良いんだよ。談話室で落ち着きたいんだ」


 珍しいことを言うな、と唇を尖らせるクリスタベルだ。愛嬌が有るとは思うのだが、どうにも琴線に触れない。ファーガスに見せるあの甘えた感じなど尚更だ。生理的に無理と言う奴なのだろう。とことん相性が悪い。


 ネルは適当に受け取ったジュースを呑み干して、強く机に置いた。クリスタベルは咎めるような視線をよこしたが、口にはしない。無駄だと分かっている眼だ。


「……あのドラゴンは、ブシガイトが連れてきたのだと、ファーガスから聞いた」


「へぇ、マジか。いつ聞いたんだ? そんな暇があったのか」


「暇、というか。私が無理やり押しかけようとしたタイミングと、ファーガスが強行に逃げ出したタイミングが丁度合ったんだ。少しだけど、話せた」


「キスはしたか?」


「はっ!?」


 見る見るうちに、クリスタベルの顔は赤く染まった。からからと笑うネルである。面白い奴だ。しかしつまらなくもある。何故なら、この反応は完全に予想できたからだ。


 次にこのジュンスイムクな少女は、どうせ「君には関係ないだろう!」などと言うのだろう。


「君には関係ないだろう!」


「一字一句的中、……っと。まぁ、それはどうでもいいんだよ。ほら、さっさと話しやがれ」


「……誤解は解けても、やはり私は君と合わない」


「そうだろうな。だって、オレが合わしてないんだから」


「……ファーガスの様子が変わったのは、ドラゴンが結界を破壊するのを待つしか出来ない間に、ブシガイトを見舞った時だ」


 無視か。と思った。正しい判断だと、心の中で褒めてやる。


「詳しく話せ」


「ブシガイトの手が、何と言うか、……不気味と言うか、気色悪いというか、それでいて、思わず触りたくなってしまうような……。形容しがたい、妙な形に歪んでいたんだ。それを見て、ファーガスは泣き出した。そして突然ドラゴンを見てくると言って」


「それで、今に至るってか。ファーガス様々だな」


「彼を、侮辱しているのか?」


「はぁ? んな訳ねぇだろ。オレは、ブシガイトも、ファーガスも、ついでにお前も、友人だと思ってるし尊敬してるぜ? ファーガスは特に命の恩人だしな」


「……どこから何処までが嘘だ?」


「聞きたいか?」


「いいや、ごめんだよ」


 だろうな。


 その後も彼女は何か話したがっていたが、ネルは聞きたいことは全部聞いたと彼女を置いて会場へ戻った。


 パーティは佳境に至ったともいうべきか、ほとんどの人間がワルツやら何やらと踊っていた。こんな物の何が楽しいのか、ネルには理解が出来ない。


 それを横目に、目を瞑って考えていた。だが、案外底が浅く、すぐに目を開けてため息を吐いた。


「唯一分からないのは、ブシガイトの手だけだな」


 世の中には科学を含めた様々な技術がある。それによる何かではあるのだろう。だが、分からない。ネルが存在を知るのは、聖神法を除けば知名度の高い技術のみである。


 これ以上は、考えても出ないだろう。そのように結論付けて、再び奴を探しに歩き出した。……と、その前にスコーンのお代わりに行こう。先ほど三つ食べたが、クリスタベルと話していたら物足りなくなった。


 今度は五つほどさらに盛り付け、その内の一つをほくほく顔で咀嚼しながら探した。見付からず、ホールに戻って中央で踊るファーガスを見る。無理に笑っているのが丸分かりだった。それも知らずに嬉しそうに相手をする女子を、ネルは軽蔑する。無能は嫌いだ。


「あいつ踊りっぱなしだな。最終的に何人と踊るのかね」


 からからと笑った。最初の一人はクリスタベルだったし、その辺りは別に双方気にしていないだろう。その時、何となく外に出ようかと思った。吹雪ではないにしろ、雪が降っている。一人になりたかった。寒くても良かった。


「おぉう、ちょっと予想以上だな」


 コートを大量に着込んでも、かなり厳しい寒さである。せめてスコーンだけでも置いてくれば良かったか。ネルはそう考え手元のスコーンに手を伸ばす。やっぱりこんな美味い物を放置するなんて間違っているな。


 雪が積もったテラスで少しずつ固くなっていくスコーンをもくもくと齧りつつ、ネルは奴が一体何処に居るのだろうと考えていた。今回のパーティは全クラス合同で、スコットランドのあいつも探せばいるはずなのである。しかし、とんと姿が見えない。


 さくりさくりと雪を踏み踏み。最後のスコーンに手を掛け、「凍ってんじゃん……」と皿ごと投げ捨てて歩調を早めた。すると、何処からともなく声が聞こえて来るではないか。にやりとするネルだ。勘が当たったらしい。


 音もなく近づいていく。声は、二つ。ばれないように角から覗き見ると、少年と少女が何がしかを話しているらしかった。聴覚を拡張する聖神法で、盗み聞く。


 片方は、アンジェだった。もう一人は、目的の相手――ギルバート・ダリル・グレアム二世だ。


 ビンゴ。と声に出さずに呟いた。ネルは上機嫌で、彼ら二人の会話に耳を傾ける。


『ともかく、これでFの英雄化に成功しましたね。後は救世主様が――今、どうしてるんでしたっけ』


『さぁね。だがアレは狂っていないから、話が出来る状態でここに戻って来るとは思うよ。ともかく、今はF……じゃないね。英雄のメンタルを、ある程度崩しておかないとならない』


『救世主様みたいにですか?』


『嫌な言い方をするな。だって、預言に書かれていたんだぞ? 心苦しくても、従わない訳はいかないだろう。ワイルドウッド先生は今どうだい?』


『大丈夫だって言ってました』


『まぁ、そうだろうね。あの人は父の片腕だった訳だし。それで、騎士団の方に行った人たちは無事かい?』


『凶報です。一人死にました』


『……死因は?』


『何者かに首を刈り取られた事まで分かっています。犯人は不明。あたしたちには永遠に分からないだろうとなっています』


『またそれか……。この一件、それがあまりにも多くはないかい? 国の存亡がかかった一大案件ではあるけれど、どうにも不可解な点が多い。何で揃うのかが、分からない行動も多いし』


『救世主様の件も、あの方法以外ではあたしたちが破滅するらしかったですしね』


『偶に、怖くなるよ。ぼくの最初の役割を伝えられた時もそうだったし、……それに、今も』


『……そうですよね。何で、ここで会話することが合わせになるんだと思います?』


『分からないよ。全ての真実は、最終的には救世主様しか理解できないってなっているしね』


『英雄とは、その辺りが真逆ですね』


『彼も、可哀想な人間の一人だよ。後、前回の事件におけるEとかも、また、ね』


『罪悪感がこう……はい』


『しかし、仕方のない事でもある』


『この国とは、天秤に掛けられませんから』


 じゃあ、と二人は分かれてその場から離れていった。ネルは一人、「ははぁん……?」とわざとらしい声を漏らし、一人くつくつと笑っていた。


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