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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
栄光の歴史持つ国にて
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4話 黒髪の監視者(2)

 アイルランドクラスで知り合いがめっぽう少ないファーガスは、自然とハワードと行動を共にすることが多かった。


 人脈的な問題で敬遠されるファーガスと、人格的な問題で敬遠されるハワード。ある意味お似合いの二人は出来る限り互いを避けようとするものの、授業としての修練時などはどうしてもペアを組むことが多く、何となく一緒になってしまう。


 その所為ともいうべきか、ファーガスは聖神法ありきの対人戦に滅法強くなった。ハワードは熱心に早朝から修練をし、めきめきと上達していく。それを指を咥えて見ているのも癪で、最近無理に早起きしていたのをさらに早め、淡々と一人で訓練を積むハワードに喧嘩を売るようになった。前にやられた借りを返すのは、そう遠くないようにも思える。


 奴と早朝にやりあう時は、寸止めは勿論としたうえで、真剣を使った。本来は騎士補佐や寮長などになって許可をもらわねば許されなかったが、時間は四時よりも少し早い時間帯だったので、特別に見とがめられることもなかった。


 もちろん見回りを『ハイド』などで躱して向かうのである。


 初めはハワードの挑発だった。恐れたが、反発心の方が強かった。今では、真剣でやりあう時だけ集中とも違う何処かに至るような気がしている。


 互いに、向かい合っていた。


 ハワードは、大剣を地面すれすれの場所に剣を構えていた。初見では、引きずっているようにも見える。奴の戦いは動的だった。一手目を失敗しても二手目がある。それも駄目なら三手目。自分の攻撃が最も通りやすい場所を探しながら、その激しい動きが敵の攪乱にもなっている。それに惑った敵は隙を見せ、そこを深々と貫くという寸法だ。


 対するファーガスは、静的ともいえた。敵の動きを盾でいなし、自分の隙を極限まで少なくする。そして、その残った隙を自信で把握した後に意図して広げるのだ。そこをついてきた敵は、見事ファーガスの餌食となる。


 勝率は五分五分。怪我をしたことは、意外にも無い。ハワードは、突撃する最初の瞬間を重視する。そのため、中々駆けて来ないことも多かった。


 今日も、そうだ。奴は三十分ほど構えた後で、舌打ちをして剣をしまってしまう。


「何だよ、どうした」


「今日は駄目だ。どうもしっくり来ねぇ」


 寝る、とだけ言って、奴は自室へと帰っていった。そういう時、ファーガスはきょとんとするばかりだ。


 ファーガスも数時間寝なおして、改めて寮を出た。アイルランドクラスの食堂で朝食を受け取って、適当な場所に座って食べていると「お邪魔しますよー」と軽快な声で隣に座る少女がいる。


「ん、おはようアンジェ。今日は突撃してこないのか?」


「どうも、おはようですファーガス先輩。いや、流石に食べてる人にそんな鬼畜なことしませんよ」


 ちょっとバツが悪そうな表情で笑って、アンジェはファーガスの隣で朝食を食べ始めた。ハワード同様、口調は貴族らしくないが礼儀作法は出来ている。


 あの一件を皮切りに、アンジェに遭遇する機会が増えた。


 彼女はハワードと違って気さくな人柄らしく、三回も会えばすぐにファーガスに懐いた。こちらのことを発見するとすぐに駆け寄ってきて、あまつさえ抱き付いてくるのだ。


 だが、これを可愛らしいで済ませてはいけない。痛いのだ。本当に痛いのだ。


 体重を乗せて飛んでくるため、まず下半身がしっかりしていないと倒れる。そして押しつぶされ、文句を言われる。まさに踏んだり蹴ったりと言う奴だ。


 訊けばハワードも昔にやられていたらしく、最終的には『しねぇ用に躾けた』らしい。何をしたのかと三人そろった時に聞いてみると、ハワードは「聞きたいか?」と底知れぬ笑みを浮かべ、アンジェは何も言わず視線をそむけて細かく震えていた。


 怖かったのでファーガスは聞くのを止め、自分なりの方法で対処するように心がけた。今ではファーガスは、修練の一つに更なる長距離走を加えている。


 下半身の強化で倒れなくなってからは、彼女は少々趣向を凝らすようになった。その為、数日は大丈夫だったのに、再び押し倒されるようになってしまった。要は、狙ってやっていたという事だ。ハワード顔負けの性格の悪さである。


 趣向を凝らすと言っても様々で、一番印象に残っているのは自重を重くするものだった。つまるところ、聖神法である。『ジャンプ』から五つほど先に存在する技だ。


 遠回りな説明になるが、アンジェはほとんどの大貴族の例にもれず、家の領地に亜人の出る森を所有している。これは専門用語で『貴族領内亜人危険区域』といい、そこの亜人が溢れて結界を破らないように見張るのも貴族の仕事の一つであるらしい。余談だが、結界を破るほど亜人が発生しないものや、ドラゴンなど偶に発生する特殊な亜人用に用意された地域は、『貴族領外亜人危険区域』と呼ばれている。


 そこで、貴族の娘としては珍しいことに、アンジェはファーガスよろしく師匠を付けて亜人の狩りをしていたらしい。その戦果を入学後すぐに提出し、大量のポイントを得たのだと。


 ハワードもそうで、雑談の折に聞いたところ奴は単独ならばすでに第五エリアに届くポイントを得ていたらしい。ちなみにファーガスは、師匠の指示により戦果を提出していない。地道にやれとのお達しだ。


 そういう背景で彼女はハワードに連れられて第四エリアに行ったり、新騎士候補生にしては取り過ぎな程スキルツリーを埋めていたりしたのである。


 そして、その矛先がファーガスに向けられたという訳だ。


『ヘヴィ』を使って飛びつかれた時は、亜人に背後から突進されたのかと疑った程だった。ファーガスはそれゆえ失神し、大ごとになりかけたので、一度きりではあったものの。


 それ以来、ファーガスは耐えるのではなく避ける事に意識を向けた。気配の察知は得意なのだ。しかし、アンジェはよく『ハイ・スピード』を用いる為、今ではスコットランドクラスの索敵を愛用している。何となく嫌な予感がしたら、発動させるのである。大抵、背後五十メートル以内に居て、猛スピードで近寄ってきている。


 朝食時はあの用に最低限の自粛を見せてくれたが、それ以外の時などは別だった。今日とて例外ではなく、ファーガスは寸前まで気付いていないふりをし、五メートル圏内に入った瞬間に横に跳んだ。


「ファーガス先パーぁぁあああああああ!?」


 顔から地面に突っ込んでいくアンジェを、恐ろしがった目で見るファーガス。横に居たハワードは、彼女の痴態を指差して爆笑していた。加速していた彼女はしばし床を転がり、頭から壁にぶつかる。


 ゴン、と鈍い音がした。


「……大丈夫か、アンジェ?」


 流石にファーガスも心配で、恐る恐る尋ねてみる。だがローラに護身用に教わった心を読む風の聖神法は忘れない。前々回はそれで痛い目を見たからである。


 けれど前回に克服していたのもあってか、今は不意打ちする元気もないようだった。頭を押さえ、呻きながら縮こまっている。


「ナイスだグリンダー。お前中々やるじゃないか」


「初めてお前に褒められるのが今だとは、夢にも思ってなかった……」


 重たい息を吐くファーガスである。それにアンジェは横になったまま、きっと鋭く睨み付けてくる。


「酷いじゃないですかファーガス先輩! あたしの愛を受け止めてくれたっていいじゃないですか!」


「軽々しく愛とかいうんじゃない。そろそろ痛い目を見るぞアンジェ」


「大丈夫です。言う相手は選んでます」


「ホントしたたかだよなぁ……。……流石ハワードの親戚」


「おいお前、そりゃ一体どういう意味だ」


「そうですよ、それは一体どういう意味ですか! まさかネル先輩とあたしを一緒にしたんじゃないでしょうね! 失礼じゃないですか、謝って下さい! 私に!」


「一周回って予想外だわ」


「アンジェ後で縛って放置な。山で」


「すいません、マジすいません」


 ここまでは大体いつもの流れである。


 ファーガスは、一度欠伸をした。昼過ぎで少し眠かったのだ。今は放課後で、いつも通り山に行こうという話になっていた。最近では、何となくで始まったような特待生パーティも馴染んだものである。


 アンジェも、そこに混じる事が多かった。彼女はベルと気が合い、ローラとはまさに水と油の関係だ。


 女子二人と合流し、サークルで転送され、第四エリアに入った。アンジェの参加でいったんは遠のいた第五エリアが、最近また近づいてきたのだ。


 アンジェの実力ははっきり言って四人の中では一番低かった。しかし彼女は正面からぶつかるのではなく寝首をかくような戦法を得意としていたため、気付いたら討伐の三分の一が彼女の手柄だった、なんていう事もままあったりする。そういうところはベンを彷彿とさせた。


 それ故、ある意味怖い相手だとファーガスは苦笑気味だ。少なくとも視野は誰よりも広く、サポート役としては非常に心強い仲間だった。


 そんな彼女だからこそ、気付いたのだろう。


 パーティは、よく互いにはぐれてしまう事がある。ファーガス達はポイント集めのために乱戦を好み、その結果バラバラになっていたという事が頻繁に起こるのだ。


 いつもの様に亜人の群れに飛び込んで行ったら、ファーガスは気付けばアンジェと二人きりになっていた。敵は全員戦利品ごと回収済みで、少々休憩に入ろうという段階でそれに気付いたのだ。


「ありゃ? 他の皆さんは?」


 アンジェは、きょとんとして周囲を見回した。ファーガスは索敵を行うが、何かが引っ掛かるという事もない。相当離れてしまったのだろう。とはいえ、女子勢はどれも支援的な面が強いため、単独になるという事はないので安心だ。ハワードに関する心配はするだけ無駄だろう。


「はぐれたっぽいな。これ以上続けるのも危ないし、ここら辺で帰ろうか」


「え~、もうちょっとやりましょうよ。あたし乗り始めたばっかりなんです」


 少し暗くなり始めていたが、それでも彼女の頬の紅潮が見て取れた。これだけ見れば可愛らしい物だが、その手には亜人の血に濡れたダガーがある。凶悪な絵面だ。


 ファーガスは少々口端をひきつらせる。アンジェはこれからだと言うが、遅くなってからの討伐が危険なのは変わらない。どう説得しようかと頭を揉んでいると、ふと彼女が、何処かを注視していることに気付いた。


「……どうしたんだ?」


「――アレ、先生じゃないですか? イングランドクラスの食堂で見ました」


 アンジェが指差す方向へ視線を向けたが、何かが見えるという事は無かった。念のため索敵をすると、何も見つからない。疑問に近寄ってみると、やっと一人、人間が見つかった。だが、遠い。索敵範囲内ギリギリの場所だ。よく気付いたものだと感心する。


「あんなところで何をしてるんだ?」


 普通教師は山に極力入らない物である。オーガが複数発生したなどの異常事態ならば掃討に入ったりすることがあるが、それ以外の時は候補生の自立心を伸ばすためと言う名目で、入山を避けるのだ。


「ちょっと見て来ます」


「あっ、ちょっと待て!」


 制止は遅く、アンジェはすでに駆け出してしまっていた。「止めたいなら捕まえて御覧なさーい、です!」と文法がしっちゃかめっちゃかの言葉に、嘆息しつつアイルランドの聖神法で加速した。


 走り、彼女に近づいていく。しかし彼女もまた聖神法を使っているらしく、捕まえられたのが件の教師より十メートルも離れていない場所と言う事実が、ファーガスを緊張させた。


 二人して、茂みに隠れこむ。こんな必要があるのかどうかは甚だ疑問だったが、出ていくタイミングを失った今は、これを続けるしかない。


「……何してんでしょうね」


 小声である。


「さぁ。……見続けるのか?」


「だって、気になりません? 折角こんな特等席を得られたんですから、とりあえずは見ておきましょうよ」


「微妙なオチが待ってる未来しか見えないんだけどさ」


「その時は『お互いバカでしたねー』って笑い合えばいいじゃないですか」


「この場合馬鹿はお前だけだぞ、アンジェ」


「あぐっ」


 やり込められた少女は、茂みに深く沈みこんだ。ファーガスは彼女から視線を外し、教師に目をやる。


 イングランドクラスで見たとアンジェに言われたその人物は、ファーガスも何度か話した事がある相手だった。ユージーン・デューク。修練中に、よく褒められたものだ。


 やっとファーガスにも、興味がわき始める。しかしそんな思いとは裏腹に、彼はすぐにそこを離れ、入り口に方へ向かって行ってしまった。


「……お互いバカでしたねーって言ったら、怒ります?」


「……いや、俺もちょっと興味が湧きだしたところで帰られたから、お互いでいいや」


 草の中から二人は立ち上がり、デューク先生の居た場所に移動した。自然に、キョロキョロと周囲を探ってしまう。何かあるのかと思ったが、特に見つかりはしない。


「何だったんだろうな」


「さぁ……。ん? あれ、これは一体何でしょう」


「え?」


 アンジェは少し離れた場所へと駆けつけて、いきなりその身を屈めた。地面から何かを拾い上げたと見えて、ファーガスは興味に近寄っていく。


 彼女が手にした物は、鍵だった。複雑な形で、防犯機能は高そうだとファーガスは推測した。


「何の鍵だ?」


「分かりませんが……。ふむ、普段山に入らない教師が落としていった、謎の鍵、ですか」


 気になりますね。とアンジェが言った。「は?」とファーガスが唖然とした声を漏らす。


「いつも柔和な教官が、何やら秘密を隠した様子で本来なら絶対に入らない場所に居た! そしてそれを目撃されたと察知して足早のその場を去る! しかしそこには鍵が残っていた! もうこれはサスペンスの匂いしかしませんね!」


「おい、ちょっと待て。大丈夫かアンジェ」


「気になったら何が何でも調べるはあたしの信条! どうやってももうあたしの情熱は止めることができません!」


「……そういう風に言われると止めたくなってくるな」


「止めてくださいそういうこと言わないでくださいトラウマが……」


「……ああ、ハワードか」


 何となく言いそうではある。


「ファーガス先輩!」


「嫌だ」


「まだ何も言ってないですってば!」


「いや、違うんだよ。アンジェの唐突な盛り上がりに付いていけなくて、半ば嫌悪状態にあるだけだから」


「『アンジェの言動の先読みした結果だ』、とかよりも嫌な回答が返ってきました……」


 テンションの差が激しすぎた結果、相手の行動が何もかもつまらなく感じる時と言うものがあるだろうか。少なくともファーガスにはある。今である。


 確かに、ちょっと自分でも無理やり感がありました。とアンジェはごほんと咳払いをした。「でも」と改めて鍵を見やる。


「不思議じゃないですか? 普通に。興味そそられません?」


「それがどうしても気になるっていうなら、アンジェは騎士なんか今すぐにやめて探偵になるべきなんだろうな」


「予想以上にファーガス先輩が冷たいです……」


「いや、だってさぁ……」


 鍵を取って、まじまじと見た。確かに秘密の匂いがしないでもない。だが、何の鍵かも分からないのに、彼女ほどに興味を示せというのは酷な話だ。


 そうですか、と彼女は残念そうに言った。ファーガスはその落胆ぶりに謎の罪悪感を抱いて、「今度なんか奢ってやるから。これも俺が返しとくし」と諌める。


「約束ですからね、スコーン奢ってくださいよ。ネル先輩も大好きなスコーンを、目の前でパクついてやるんです。基本あの人換金できるポイント残しませんから」


「それって意地が悪いようで、実際のところ本当に仲のいいやつ同士しかできない芸当だからな?」


 頬を膨らませて年相応の拗ねた顔を見せるアンジェの頭を、ファーガスは思わず撫でていた。黒髪の少女はびくっと過敏に反応して、それに少年は慌てて謝る。


「ご、ごめん。つい手が出た」


「その言い方だとあたし殴られてますね。……いえ、何かこう、あれですよ。ファーガス先輩って、人の頭ものすごい撫で慣れてません?」


 アンジェの言葉に、ファーガスはハッとした。古傷ともいえないような痛みが、胸の内で痛む。「別にそんなことないっての」と取り繕いながら、彼女を撫でた手を隠した。


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