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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
エピローグ
328/332

エピローグ2 混沌の解法2

 ナイは学校で、唸りながら突っ伏していた。


「な、ナイちゃん、大丈夫……?」


「大丈夫さ……。腹立たしいことに、この身体は健康そのものだよ」


 級友の雨月 阿梨に、ナイはそう答えた。すると、ぬっと背後から教師が現れ「ならまじめな態度で授業を受けましょうね? 武士垣外さん」とくぎを刺される。


 その『武士垣外さん』という呼ばれ方が気に食わなくて、ナイは食って掛かった。


「こんな授業聞かなくても全部知っているさ。むしろもっと面白おかしく、分かりやすーく、説明してあげようか? せ、ん、せ、い?」


「ナマイキな生徒だこと。ほら、では武士垣外さん、教科書198ページを読んで」


「面倒だなぁ」


 挑発を軽く躱されて、ナイは肩透かしだ。昔に比べると人の神経の逆撫でが下手になったと思う。とはいえ、その昔とは邪神時代のことなので、それと同じレベルというのは問題だろうとは思うが。


「『今から9年前に、この「人鬼事変」は講和という形で幕を下ろしました。これにより、潜在的に被差別化にあった人鬼を始めとした様々な亜人が、隔離地域より名実ともに解放される運びとなったのです』」


「はいそこまで、ありがとう武士垣外さん。では次、雨月さん」


「はい。『とはいえ、それまでの「人食い鬼」の蔑称とマイナスイメージの払拭は、困難を極めました。「人食い鬼」としてもっとも代表的な亜人である人鬼は、事実として生きた人間を食せねばならない生態であったため、その本質と人道性の担保に多くの時間と犠牲が費やされました』」


「まさに君のことじゃないか阿梨ちゃん。事実、どうなんだい? 君は生きた人間を踊り食いするのかな?」


「武士垣外さん! それは極めて差別的な発言ですよ! 慎みなさい!」


「あ、せ、先生。大丈夫ですから。というか、ナイちゃんって誰に対してもこんな感じなので、私的にはむしろ楽だったり……」


 ナイのからかいに、阿梨はとりなすようなことを言う。この子も大概からかい甲斐のない、とナイはつまらない顔だ。


「……そう? 雨月さん本人がそう言うのであれば、私からはここまでとしておきますが……」


「ボクみたいな問題児が、この学校の偏差値をグンと上げてしまっているのだから困りものだね。今の発言、他の生徒なら一発停学モノなんじゃない? あは!」


「そうですね。確かに誰に対してもこんなものでしたね、武士垣外さんは」


 あっさりスルーされてしまって、ナイは頬を膨らませながら「図星なくせに」と捨て台詞を吐いて、椅子の背もたれに体重を預けた。午前。3時間目の授業中のことだった。











 昼食時間、阿梨と机を囲いながら、ナイはローレルの作ったお弁当を食べていた。


「今日もナイちゃんのお弁当おいしそうだね~。一口いい?」


「どーぞ。……人鬼なのに普通の食べ物も食べるんだね」


「それはからかい? それとも興味?」


「興味。今のボクは昔と違って全知全能じゃないのさ」


「ふふ、昔は全知全能だったみたいな言い方するね」


「そうだったからね」


「またまた~」


 ナイはあしらわれるのが面白くなくて、「それで? どうなのさ」と話を戻す。


「普通の食べ物も食べるよ。というか、そっちがメイン。人を食べるのは、その必要がある時だけだから」


「その必要って?」


「記憶と理性が、自分の中から失われそうなとき。人の意識をその人の肉ごと食らう。そうすることで、私たちは人間として社会に生きていける」


 だから定期的に、死にかけの御老人を、同族に限り食べる習わしになってるんだ。阿梨は言いながら、こめかみ近くに生える小さな角を撫でる。


「記憶と理性が、失われる?」


「うん。人鬼は鬼だから。鬼たらんとする習性を保たないと、壊れちゃうの。人が社会性の生き物で、他者とつながっていないと壊れちゃうのと同じ。食べるっていうのは本質じゃない。これは、つながりなんだよ」


「阿梨ちゃん、中々難しい言い回しをするじゃないか。流石学年二位」


「大きく差を付けて一位のナイちゃんに言われたくない」


 今日初めてムッとする顔を見られて、ナイは少しご満悦だ。最近はからかってもこういう顔をしてくれる人が少なくて、ちょっと不満を抱えている。


「は~、でも、とうとう受験の年が来ちゃったねぇ。去年から備えてはいたけど、やっぱり始まっちゃったなって、そう思う」


「ボクはすでに一通り過去問を解いて問題ないことを確認しているからね。特に何をすることもないさ」


「ナイちゃん、どこに行くの? 東大? それとも外国?」


「……マサチューセッツ」


「マサチューセッツ工科大!? いいね、ナイちゃんなら行けると思」「州、アーカムのミスカトニック大学」


「……ミスカトニック大学? ごめん、ノーマークだった。調べてみるね」


 阿梨はふいっ、と空中で指を動かし始める。電脳魔術のフリックだ。ナイも似たようなARディスプレイというデバイスを付けているから、なじみ深い。


「あ、でも名門だね。でももう少し手を伸ばせば十分工科大の方に届くというか、ナイちゃんならこっちを目指す意味が分からないというか……」


 ナイはそっぽを向いて頬杖を突きながら、弁当の具を一つ口に運ぶ。


「友達が、アーカムに居るんだ。みんな頭がよくて、多分ミスカトニック大学に入学するから、ボクも行きたいなって」


「そうなんだ! いいね、いいと思う! すごいなぁ、ナイちゃん実際英語ペラペラだもんね。うん、行けるよナイちゃんな」「でも、行きたくないんだ」


「……アレ? 今行きたいって」


 阿梨は首を傾げてナイに確認する。ナイは「うん。行きたいよ?」と答える。


「え? でも行きたくないって」


「うん。行きたくない」


「え……!? ど、どっち? どういうこと?」


「どっちもってこと。行きたい理由と、行きたくない理由があるの。ボクの繊細な乙女心だよ」


「貰ったラブレターを送り主の男の子の目の前でビリビリに破り捨てて、その男の子が好きで文句を言いに来た女の子を論破と罵詈雑言で泣かせたナイちゃんが、繊細?」


「阿梨ちゃんは生意気だなぁ」


「ひょっ、ひょっほ! 鼻ふままないね!」


 ナイがつまんで引っ張っていた阿梨の鼻を手放すと、「もー」といいながら、阿梨は鼻をさすった。見るとちょっと赤くなっている。ナイはそれが面白くて、クスクスと笑う。


「行きたくない理由って?」


 阿梨が踏み込んで問うてくるのを、ナイは「さぁね」とはぐらかした。脳裏によぎるのは総一郎のこと。誰よりも愛おしい『祝福されし子どもたち』。もうナイは総一郎以外の未来も見えなくなって、誰とでも退屈せずにコミュニケーションが取れるけれど。それでも、ナイは総一郎のことを愛している。


 だが、最近目に見えて総一郎が素っ気ない。思えば、キスの一つもしてくれなくなった。もう何年も愛を囁かれていない。それこそ、総一郎とローレルが結婚して以来。


「……面白くないなぁ」


 結婚からすぐは、ずっと生活を安定させることで総一郎は必死だった。収入など諸々が安定したころに白刃が生まれて、その夜泣きやらおしめの取り換えやら、赤ちゃんの白刃の対応で夫婦そろっててんてこ舞いだった。


 それがやっと落ち着いてきたのが今なのだ。つまり、今年で白刃も小学一年生。そろそろ総一郎にも余裕が出来てきて、ナイの相手をしてくれてもいい頃なのではと考えて、目下アピールしていたところだったのだが……。


「……」


「あの……ナイちゃん? 何を考えてるの?」


「略奪愛について」


「りゃっ、略奪!?」


 ダメだよ! と条件反射的に言う阿梨に「何もダメじゃないよ。ボクがこの十年近く、どれだけ我慢してきたか」と返した。


 だが、意外にも。


 阿梨のその言葉は、条件反射ではなかったらしい。


「ダメ! 本当にダメだよ。壊しちゃならない大切なものを、ナイちゃんのその手で壊しちゃうことになるよ」


「……阿梨ちゃん?」


 阿梨はハッとして、「ご、ごめんね。分かったようなこと……」と俯いた。ナイはへの字口を作って「何かあったの? 君の身の周りで」と質問する。


「……ウチね、今、片親なんだ。その、離婚、しちゃって。今お母さんと、妹と暮らしてるの」


 阿梨は、原因には触れなかった。ただ、そう言う何かがあって、家族関係が壊れたのだろうと思った。ナイは目を細めて「それは難儀だね。でも、それとボクとではあまり関係がないかな」と告げる。


「関係が、ない?」


「うん。略奪愛、なんて言っても、もう十年来の関係さ。ボクが彼を愛していることは、十年前から公言してる。彼の奥さんもそのことを知りながら、何のかんのといってもボクを受け入れている。ボクがこんな性格をしているのに、だよ?」


 身振りで、ナイは少し大げさに自分の性格の悪さを表現する。


「それは、半ば認めているという事じゃないか」


「……本当に? そこに、思い違いはない?」


「ないよ。あり得ない。だって言うのに、今更になって彼はボクをやんわり押しのけるんだ。かと言ってボクを嫌いになったわけでもなし。訳が分からないよ」


 はぁ、と目を瞑り、首を振りながら呆れのため息を落とす。そんなナイを見て、阿梨は考え込むように黙り込んでいる。


「何? まだ疑わしいと思ってる? お望みなら、徹底的に阿梨ちゃんを論破してあげようか」


「ナイちゃんの認識しかこの場にない状態での論争は、ナイちゃんが一方的に有利になりすぎるし、事実からは程遠いでしょ。ここで私が論破されても、何の意味もないよ」


「おや、やっぱり阿梨ちゃんはやり手だね。この年で事実に即しているか否か、なんて気にして議論する学生、いないんじゃない?」


「痛い目、みたもん」


 阿梨はまっすぐナイを見つめて言う。それをしてナイは、ああ、この子は煙に巻くのではどうしようもないな、という事に気が付く。


「……別に、君の了承なんて不要だけれど」


 ナイは前置きして、こう続けた。


「それでも、君がそこまでの確信に至ったエピソードには興味がある。機会があれば、どこか人から聞かれない場所で、聞かせてもらってもいいかな?」


 阿梨は答えた。


「嫌だ。ナイちゃん言いふらすでしょ」


 ごちそうさま、と呟いて、阿梨は弁当をしまって立ち上がった。そのまま、ナイを置き去りに教室を出ていってしまう。ナイはその後ろ姿を見送って、ぽつりと一言を漏らした。


「え、ボクってそんなに信用無いんだ……」


 ちょっとショックな春の正午だった。


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