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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
エピローグ
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エピローグ2 混沌の解法1


 とある、春の日のことだった。


 総一郎は六歳になった白刃をひざ元で眠らせながら、縁側であくびをしていた。視界の先には森。うっそうと生い茂る、幼少期ずっと目の当たりにし続けた妖怪たちの住処があった。


 あつかわ村の、かつて実家があった場所。焼け野原と化していたそこに総一郎は家を建て、家族と共に住んでいた。


 今日は仕事もお休みの日で、白刃と一緒に遊んだのだ。時は夕暮れ。総一郎とのハードな遊びに、白刃はすっかり疲れて眠ってしまった。


 そうして夕暮れの涼しさを楽しみながら、総一郎は半ば船を漕いでいた。微睡みを楽しむ、という、十代ではできなかった時間の楽しみ方で、何となく夕飯を待っている。


 時間がゆっくり過ぎ行くなかで、白刃は「うう~ん」と寝返りを打った。白と金の狭間のような色をした髪が、さらさらと総一郎の膝から零れ落ちる。結局髪色は似なかったな、と総一郎は笑って、白刃の髪を撫でつけた。「んぇ……?」と薄く開かれた目は、総一郎と同じ、母譲りの青色だ。


「翼さえあれば、誰が見ても立派な天使だったね、白刃」


「んにゅ~……」


 白刃は総一郎の手を取って枕にし、また昼寝に戻ってしまった。自由な子だなぁ、と我が子ながらに思う。


 自由、で言えば、我が家にはもう一人、自由な人が居るが。


「やぁ、ただいま総一郎君。お姫様はお眠りのようだね」


 ふすまを開けて現れたのはナイだった。かつての九歳児ほどの体躯は鳴りを潜め、今では小柄ながらすらりと成長している。昔から美人さんだったが、今では絶世の美女という表現が適切なほどの美貌の持ち主だ。


「お転婆姫だからね。振り回されっぱなしさ」


「それは大変結構だね。何だかこうして見ると、総一郎君はボクを置いてどんどん成長してしまったなぁと寂しくなるよ。ボクは君よりも十年近く早くに生まれたというのに、気付いたら抜かされてしまった」


 言いながら、ナイは総一郎の隣に腰かけた。その所作は、妖艶と表現しても差し支えないものだ。肩口からこちらに流し目をされると、誘われているような気分になる。


「誘っているんだよ。いつだって、総一郎君だけをね」


「はいはい。妻帯者を誘惑しないように」


「ケチだなぁ。一時はボクと死んでくれるって言ってた癖に」


 総一郎は、白刃を撫でながら答える。


「今でもそのつもりだよ。死ぬときはナイにお供して欲しい。君が死ぬときの付き添いは俺にしてくれ」


「なら、長生きしないとね。あは! まさか邪神だったボクが、長生きなんて退屈な言葉を口にするとは思わなかったよ」


 人生分からないものだね。とナイは言う。そうだね、と総一郎は返す。


「学校はどうだった? 俺、高校教育まともに受けてないから、よく覚えてないんだ」


「受けてはいるじゃないか。前世の就職先は研究機関だろう?」


「そんなこともあったなぁ。でも、今の高校と前世が同じとは思えないからね」


「それはそうかもね。といっても、普通だよ普通。登校して、勉強して、友達と駄弁って、勉強とか訓練とかをこなして、帰るのさ。それ以上のことはないよ。しいて言えば告白は良くされるかな」


「あはは。それ以上のことがあるじゃないか。それで付き合ったことはあるの?」


「総一郎君、そろそろ怒るよ」


「え、ごめん」


 まったく、とナイは腕を組んでそっぽを向いてしまった。難しい年ごろだなぁ、という風に思うと、「子供扱いして現実から目を背けるの、いつまで続けるつもりかな?」と心を読まれたがごとき嫌みを言われる。いや、実際に読まれていそうだが。


「本当に。こういうところは昔の総一郎君に戻って欲しいね。あの時なら怒っているボクに口説き文句の一つも囁いて、キスくらいはしてくれたさ」


「子供の前だからね」


「白刃ちゃんをどっかにやったらキスしてくれる?」


「……ローレルに悪いよ」


 総一郎が顔を背けながら言うと、ナイは勢いよく立ち上がった。


「ほら、次から次へと逃げ道が出てくるじゃないか。総一郎君は、もうボクを女の子として見てくれてないんだ。ふん! いいさ、いいよ! なら君の思惑通り、彼氏でも作ってポンと処女を散らしてやるさ!」


「あー……うん。今の俺から止められた義理はないかな。でも俺への当てつけのつもりならやめて欲しい。君が傷つくのをむざむざ見過ごしたりするつもりはないよ」


「……~~~~~~~~~!」


 ナイは怒って、「総一郎君、君は本当に女心というものが分からなくなったみたいだね!」と言い捨てて、その場から離れてしまった。ピシャリと閉ざされるふすまと、遠ざかっていくナイの影。総一郎はそれを見送りながら、ぼそりと呟く。


「……むしろ、昔よりよほど分かるようになったさ」


 白刃が「うるさぁい~」とむずがるのに、総一郎は「ごめんね、もううるさくしないから」とあやす。小さな娘はぼやけた瞳を総一郎に向け、「おっけ~……」とまたまぶたを閉ざした。











 父との再会、あるいは決着からもう何年も経って、総一郎は立派な大人になっていた。


 インターネット経由で世界中の仲間たちとコミュニケーションをとりながら仕事をし、世界的に亜人差別への反対運動を促進するNPO。総一郎は、ARFを前身とするその組織のトップとして日夜仕事をしている。


 といっても、やはり徹底的なホワイト気質はもう数年持続していて、今日も総一郎は家族を養いながら、家の書斎で健康的に働く、と言うような生活を送っていた。


 今では昔のような激しい活動は鳴りを潜めていて、家族との団欒に割く時間も、趣味の絵に割く時間もあるくらいだった。そんな総一郎の人生は順風満帆で、何の不満も不安もない―――


 と、そこまで人生都合よく運ぶこともなく。


「ローレル。ナイ、早起きして学校行ったの?」


「はい。何でもソーの顔を見たくないとかで」


「おとーさん、ナイちゃんにきらわれた?」


「かなぁ……」


 総一郎はナイとのぎくしゃくした関係性を、最近の悩みの種として抱えていた。昔はそれこそ拉致監禁くらいやらかしたようなハードな関係性だったが、今ではまるで、『思春期の娘に悩むお父さん』みたいなことになっている。


 平日、朝食の時間だった。晴れやかな日差しを浴びながら、大きな和室の中心で三人、ちゃぶ台を囲っていた。


 ローレルはいつも通りおいしい朝ごはんを用意してくれながら「ナイもここ最近難しいお年頃ですよね。今年は受験も控えてますし。大学はどこに行くつもりなんでしょうか」とマーマイトのビンをちゃぶ台の真ん中に置いた。総一郎はビンを取って、自分のトーストに塗りたくる。


 話し言葉は全員日本語だ。ローレルは日本に来てわずか半年で、ペラペラと日本語を話し始めるようになった。興味もあったのだろう。最近では結構難しい言葉も、スムーズに口からついて出る。


「さぁ……。ナイの成績ならどこにでも行けると思うけど。模試全国一位とか余裕で取ってくるしね。全教科満点。『元邪神のボクにこの程度、造作もないよ。このままマサチューセッツにでも行ってしまおうかな』って言ってた」


「おとーさん、そのときもナイちゃんにおこられてなかった?」


「うん……。何で怒られたのかいまだに分からないけど」


「不思議ですね」


 不思議だと言いながら何も不思議そうにしていないローレルは、自ら作ったブリティッシュブレックファストを楚々として口に運ぶ。箸にもすぐ慣れたよなぁ、と思いながら、総一郎はローレルの動きを目で追う。


「……ローレル、怒ってる? いや、どっちかというと呆れてる?」


「そう……ですね。半分半分くらいでしょうか。でも、安心してください。ソーに対してではないですよ」


 察しの悪い元邪神にです、とローレルは言った。総一郎はそれをして、何と理解の深い奥さんなのだろうか、と感心する。


 感心ついでに、尋ねてみた。


「どう思う? 最近のナイ」


「少し焦っているように見えます。あと、迷っているみたいですね」


「俺としては、もっと自由になって欲しいんだけどね。囚われてるって、そう思う。俺はそんなこと望んでいないのに」


「そうですね。けれど、気持ちは分からないでもないですよ。私も、ソーのことしか頭にない時期がありましたから」


「ふふっ、今は?」


「半分弱です。ソーと白刃で、九割九分九厘。その他雑多なことと、ナイが残りの一厘と言ったところでしょうか」


「ローレルも素直じゃないね」


「何がでしょうか」


 すました様子で食べ物を口に運ぶローレルと、主語を抜いて話す総一郎をして、白刃はキョトンとした顔で視線を右往左往させている。総一郎はそんな娘の愛らしさに笑って「さ、お嬢さん。学校の時間ですよ。早く食べて食べて」と急かした。


「ん、わ、わかった。モグモグ、もっ、むぐぐ!」


「ソー、急かさないで下さい。白刃には白刃のペースがあるんです。ほら、白刃、水を飲んで」


「もっ、もっ、ぷはー! そうだよ、おとうさん。せかしちゃめっ!」


「あはは、ごめんごめん。じゃあ食べ終わったし、白刃のこと送ってくるね」


 総一郎は白刃の手を引いて、玄関口まで向かった。人食い鬼の脅威はもうないとは言え、まだまだ登下校心配な時期だ。他の児童たちが歩いている道までは、案内してあげるのが親の責務というものだろう。


 連れ立って家を出る。あつかわ村の田舎道が二人の前に広がっている。


「うーむ、きょうも快晴である!」


「アハハ、それは何のアニメのセリフ?」


「アッパレど根性大根!」


 腕を組んでいかめしい態度で言った白刃は、総一郎の質問にパッと表情を華やがせて答えた。何とも昭和な匂いのするタイトルだが、今の世では一周回って新しいのだろうか。


「ど根性大根っていう亜人がね! 新しい亜人過ぎてみんなから受け入れてもらえないの。でもど根性でアッパレだから、段々みんなが大根を認めてってくれるお話なんだ!」


 そして思ったより社会派らしい。


「にしても、今日は本当に快晴だ。気分がいいね」


「いいおてんきー!」


 白刃は握る総一郎の手をぶんぶん振り回して歩き始める。その小さくてちょこまかした歩幅に合わせて、総一郎は進む。


「学校行き始めてもう一週間だけど、どう? 楽しい?」


「うん! あのねあのね! 教室にね、いっぱい色んな亜人の子たちが居るんだよ!? 河童の子とか、妖精の子とか! 白刃も亜人だったらよかったのになー!」


 亜人だったらよかったのに、と口にできるのは、本当に素晴らしいことだと思う。今は日本だけでしか言えないだろうが、いずれすべての国でそんなことを言えるような世の中にしたい。総一郎は、そう思いながら口を開く。


「白刃の伯母さん、つまりお父さんのお姉さんはね、天使だったんだよ。おばあちゃんもそう。白刃は残念ながら、クオーターどまりだったけどね」


「天使! カッコイイ! ……くおーたー?」


「白刃の目、お父さんと同じ青色でしょ? これはね、天使の目なんだ。光に包まれた唯一神様を見ることが出来る、とても優れた目。光にも、暗闇にも、煙にも阻まれることはない」


「すごーい! 自慢できる?」


「うん、できるできる。みんな暗い場所だと見えないんだけど、白刃は自由にものを見えるからね」


 教えてあげると、「ふぉおおおお!」と目のあたりを触って白刃は大興奮だ。それから飛び上がって喜ぶ。


「やったー! いそちゃんに教えてあーげよ!」


「いそちゃん? 新しいお友達?」


「うん! 雨月 磯良ちゃん! いそちゃんはね、人鬼の亜人なんだって!」


 それを聞いて、総一郎は僅かに目を細める。人鬼。それは『人食い鬼』との講和後に制定された、新しい人食い鬼たちの亜人名だった。




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