エピローグ1 月桂冠をあなたに5
無人タクシーが到着したのを確認して、総一郎はそっとローレルに手を伸ばした。
「すいません、お手数おかけして……」
「だから、それは無し。頼ってって話したでしょ?」
「っ。……はい、そうでしたね」
ローレルは総一郎に言われ、我に返ってから、ふ、と花開くような笑みを浮かべた。総一郎の肩に手を回し、可能な限り総一郎に負担をかけないようにしている。本当に、こういう不器用なところが愛しくて仕方がない。
『重心をもう少し後ろに下げて、足の力で立ち上がりましょう』
電脳魔術に入れてる医療アプリから指示が入る。司会端に画像と総一郎の姿勢チェックが映し出されるから、適切な体勢をアプリの指示通り取って、ローレルを抱き上げた。
「さ、行こう」
「はい。お願いします」
ローレルは先ほどまであった気遣いを捨てて、総一郎に頷いた。ローレルを寝かせていたソファから離れ、玄関、扉を開け外に出ると、無人タクシーがドアを開いて待っている。
「じゃあローレル、後ろで寝っ転がってて。俺は前に座るから」
「……傍にいてくれないんですか?」
ローレルが不安そうな声で言うのに、総一郎はグッと来てしまう。それからローレルがハッとして「い、いえ、大丈夫です」と言うのを遮って「大丈夫、傍にいるよ」と告げた。
「……嬉しいです、ソー」
「じゃあ、膝枕の形にしよう。そうすれば余計なスペースを取らずに済む」
「お願いします……」
ローレルを先に後部座席に寝かせてから、総一郎は反対扉に回り込んだ。扉を開けて、ローレルの頭を持ち上げる、その下に腰を落ち着けて下ろすと、「ちょっと不思議な気分です。ソーに膝枕されてます」とローレルはくすくす笑う。
「そういえば、ローレルとはあんまりこう言うスキンシップはしてこなかったね。これからはいっぱいしよう。俺もローレルに膝枕されたい」
「ふふ、いいですよ。でも、意外です、ソーの膝、もっと固いと思ってました」
「いい筋肉は、力を入れてないときは柔らかいんだよ」
言いながら無人タクシーの操作をして、出発を促した。両扉が閉まってエンジンがかかる。そして、無人タクシーは静かに走り出した。
運転手もなく、タクシーは産婦人科へと向かう。ローレルと二人きり。それそのものはいつものことだったが、こういう状況は人生初で、総一郎はやきもきしてしまう。
「……何かドキドキしてきた」
「ふふ、そうですね。私も緊張します」
「緊張してる感じじゃなくない?」
「いいえ、してますよ。ですが、それ以上に安心してるだけです。だって、ソーに頼っていいんですもの。あなたが居れば怖いことなんてありません」
「ローレル……」
「ソー……」
こんな時なのに、愛しくてたまらなくて、総一郎はローレルにキスをした。触れるようなキスで十分だった。求めあうまでもなく、愛がここにあった。
「ソー、出産に立ち会ってくれますか?」
「うん、いいよ。……ローレルはてっきり嫌がると思ってたけど」
「数時間前まではソーの見てる前で出産なんてあり得ませんでした」
「あり得なかったんだ」
「でも、今は傍で、私の頑張る姿を見ていてほしいです。それに、ソーに支えてもらえるなら、きっと何も怖くないと思うんです」
「……ローレル、今からでも無痛分娩にしない?」
「しません」
「何でそこは頑ななのさ」
「いい経験なので。大変だった分、いい思い出になるんですよ」
「何だか実感こもってるね」
「それはもう。大変な思いをしてソーという素敵な旦那様を迎えられたんですもの」
根拠はないですけど、私なりの願掛けです。ローレルは総一郎に笑いかけた。その強い笑みに、「俺は本当に君に弱いんだなぁって思うよ」と総一郎は言う。
「それは奇遇ですね。私も頑固者ですけど、不思議とソーのいう事には最終的には聞いちゃうんです」
似たもの夫婦ですね、と数分前の意趣返しをされて、総一郎は「そうだね」と微笑んだ。
そうやってしばらく会話していると、産婦人科の病院に到着した。無人タクシーが開くなり、すぐそこに担架を備えたロボットが現れ、ローレルを慎重に担架に乗せる。総一郎はロボットに置いて行かれないように慌てて車から出て、すでに走り出していたロボットに駆け足で追いついた。
「そ、ソー」
「ちょっ、はや、早い! なんか思ったより病院側の対応が早い!」
アプリから補助機能を立ち上げた時点で、データと状況の連絡はアプリ側で行われていたのだろう。そこからタクシーアプリを連携して、というところか。情報化社会とかいうレベルじゃない。最適化社会だこんなもの。
病院内に入ってやっと、総一郎はローレルを運ぶロボットに追いついた。するとロボットが総一郎側に向き直り、音声を発し始める。
『旦那様の、ソウイチロウ・ブシガイト様ですね。ご夫婦は、これからご案内する陣痛室にて、しばらくお待ちいただければと思います。アプリでの指導をお受けいただいておりますが、これから出産まで長時間がかかりますことを、念のため重ねてお伝えします』
「そういえば結構長かったよね。ローレル、待てる?」
「まだ耐えられます。一日以内なら全然」
「ローレル、強がらなくていいんだよ」
「正直すでに泣きそうですが泣きたくないので頑張ります」
「そんな振れ幅あることある?」
陣痛は来ていないようだが、不安らしく微妙に震えている。
『では、陣痛室にお連れいたします。ソウイチロウ・ブシガイト様は付き添いという事で、陣痛室にて手続きをお願いいたします』
「あ、はい。分かりました」
案内に従って移動すると、個室へと案内される。真っ白な、清潔な部屋だ。途端電脳魔術の出産アプリが立ち上がって、入院手続きや出産費用諸々の請求が来る。現実。
とはいえ総一郎とてお金に困っているわけではない。さっさと手続きを終えると、すでにローレルはベッドに移され上体を起こしていて、ロボットは検査を始めているようだった。というかお産服にいつの間にかローレルが着替えている。早すぎやしないか。
「ソー」
ローレルが、泣きそうな顔で呼んでくる。手がぴくりとしたから、その手を握った。それで、ローレルの表情がいくらかほぐれる。
「あなたが居てくれて、本当に良かったです。私一人だったら、怖くてもう泣いてました」
「泣いてもいいんだよ。みっともないなんて思わないから」
「はい……でも、泣きません。まだ、耐えられます」
泣く寸前みたいな顔で、ローレルは歯を食いしばっている。総一郎はその頼もしさに、ただ「うん」とだけ頷いた。
検査を終えると、ロボットは『では、これから24時間以内に、陣痛が始まります。そこから10~12時間掛けて奥様の身体の出産準備が整いますので、そのタイミングで分娩室にお運びします。それまで、旦那様は支えてあげてください』と説明する。
『では、リラックスしてお待ちください。パンなど陣痛食を用意してありますので、余裕のある内に食事頂いておくことをお勧めします』
詳細はアプリの案内をご参考ください。ロボットはそう結んで、さっといなくなってしまった。何と言うか、これが最適化か、と思わなくもない。
とはいえ、この様子なら、ローレルの情報も遠隔で監視しているのだろう。ここまでほぼ無人でスムーズに進められるのだから、前世とはまるきり違う、と思ってしまう。前世で出産立ち合いの経験などなかったが。
「これから、長時間耐えるわけですね……」
「大丈夫? 陣痛の方は……」
「アナグラム的には、多分そろそ」
ローレルが停止する。総一郎は察して、腰のあたりをさすった。ローレルはそれで安定したのか、停止状態が解かれ、総一郎の肩を強く掴みながら「ふーっ、ふーっ」と荒く息を吐く。
「大丈夫だよ。俺がついてる。何でも言ってね。今日の主役は、ローレルと赤ちゃんだ。全力でサポートするから」
「お、おね、がいします。じゅ、十分。十分耐えれば、引きますから」
「うん。大丈夫、大丈夫……」
それから十分間、ローレルはその体勢から動けなかった。その間、総一郎はアナグラム的に一番ローレルの辛さを和らげられる場所をさすり続けた。十分して、ローレルの身体からこわばりが解ける。そのままベッドに横になる。
「こ、これが何回も……? 十時間ってことは、60回……? えぇ……?」
「今からでも鎮痛剤とか頼む? お金は気にしなくていいよ」
「……やります。やって見せます」
「強情だなぁ」
総一郎としては、正直呆れてしまうしかない。あれほど辛そうだったのに、今のローレル表情には闘志が宿っている。そう思うと、これだけ大人しそうな外見なのに、何ともひねくれているものだ。
「ソー、今の内に何か食べて、体力を付けた方がいいんですよね。パンが食べたいです。マーマイトパン」
「ジャムパンみたいなノリで売ってないよマーマイトパン」
「食べたいです」
強い語調で言うローレル。そこから、すがるようなニュアンスを総一郎は感じ取る。それで勘づくのだ。やっと、ウチの奥さんは総一郎を頼ろうとしてくれている。
総一郎は、立ち上がった。
「家に帰って取ってくるよ。俺なら二分で戻ってこれる。待ってて」
「はい、本当に頼もしい旦那様です」
「やっと頼ってくれるんだ。全力で支えるよ」
ローレルはやはり弱っているのか、総一郎の言葉にうるっと来たようだった。涙を指で拭いながら、「泣いてません。ソーが素敵で感動しただけです」と言う。
「それ泣いてるってことにならない?」
「泣いてません。辛くて出る涙以外は泣いてません」
「そういう事にしておこうか」
総一郎は「行ってくる」と告げて陣痛室を出た。そこから『闇』魔法の“可能性の模索”で壁をすり抜け病院を脱出し、魔法で超高速飛行、家にたどり着き、素早くマーマイトと食パンを掴んで再び飛行する。面倒だったので、そのまま壁を“可能性の模索”で通過した。
「ただいま、戻ってきたよ」
「……えっ、はい、えっ? 今どこから出てきました?」
「普通に入ってきたけど」
「普通って何ですか?」
「この出産のタイミングで難しいことを聞くね」
ローレルはパチクリと目を瞬かせている。だが、こういう静かな総一郎の奇行にもなれたのか、沈黙を挟んで「ソーですものね」とぽつり言って納得した。総一郎は笑顔で首を傾げる。
「はい、マーマイトと食パン。切り分けて塗ってあげるね」
「ありがとうございます。バターと合わせてたっぷり塗ってください。
「……バター?」
「……」
「……」
「……あっ、すいません。何でもないです」
「バターも取ってくる!」
総一郎はアナグラムを高速処理しつつ、ローレルの陣痛室を出た。そして計算結果に基づき「すいません。陣痛食で、バターとかってありますか?」とロボットに尋ねる。
『はい。ローレル・ブシガイト様の旦那様、ソウイチロウ・ブシガイト様ですね。では、ローレル・ブシガイト様の陣痛室にバターをお持ちします。部屋にお戻りください』
「ありがとうございます」
『ただいま別機が病室にバターを届け、食パンに塗って差し上げております。奥様がマーマイトをご所望のようですが、こちら本当に塗ってしまっても構いませんか?』
最適化社会……。総一郎はちょっと引きつつ答える。
「はい、塗ってあげてください」
『承知しました。では、ソウイチロウ・ブシガイト様。奥様の隣にお戻りくだされば、奥様もご安心なさるかと存じます』
「ありがとうございます。そうします」
総一郎は駆け足で陣痛室に戻ると、すでにローレルは食パンをパクついていた。彼女は総一郎に気付くなり、「あ、バターありがとうございました。ロボットが私に届けてくれました」と言う。
「ハハ……。それは良かった。何て言うか、俺はまだまだアナログな世界観で生きてたんだなぁって思うよ」
「はい? ……変なソーです」
クスクスローレルは笑う。総一郎も「参ったね」と頭を掻く。
それから十時間程度、総一郎はずっと、ローレルの傍で支えていた。
陣痛とその解放の波はひどく苦痛なようで、ローレルは見る見るうちに憔悴した。だがそれでも泣き言は言わず、ただ総一郎が傍にいてくれればいいと言うようなことを繰り返した。
総一郎はローレルのために、アナグラムを活用しててんてこ舞いだった。本当は辛いくせに『我慢できるから』と我慢してしまうローレルのために、カバラで求めているものを弾きだし、それが腰のあたりをさすることであればさすり、喉が渇いていたらジュースを買ってきた。
そんな風に耐える時間を長く続けていで十時間。とうとう、その時は来た。
「ひっひっふー、ひっひっふー」
「大丈夫だよ。俺がついてるから」
「はい……! ひっひっふー……」
ローレルの目には、涙がにじんでいた。それを、総一郎は見て見ぬふりをする。泣きたくないと本人が言ったのだ。ならば、泣いていないことにするのが人情だろう。
そんな風にしてラマーズ法で呼吸するローレルを見守っていると、ロボットが陣痛室に現れた。
『分娩室の用意が完了しました。ご案内いたします』
とうとうか、と総一郎は深く呼吸をした。ローレルを見ると、汗だくになりならも、強い目で総一郎を見返してくる。ローレルは近づいてきたロボットの上に横たわると、ロボットはローレルを固定して、滑らかに走行し始めた。総一郎は小走りでついて行く。
そのままローレルが分娩室に搬入される途中で、総一郎は女性に手を掴まれた。彼女は笑顔を浮かべて、「旦那様ですね。申し訳ありませんが、立ち合いの場合は必ず着替えていただくことになっております」と告げられる。
「……はい、分かりました。どうすればいいですか」
「こちらへ」
総一郎は女性の看護師の指示に従って着替えや消毒を行い、やっと分娩室に案内される。そこではすでにローレルが分娩の体勢に入っていて、総一郎はその隣から近寄った。
「ローレル、お待たせ」
「は……い。では……ここからは、私の、頑張りどころです。見守って……いてください」
「ここまでもずっと頑張ってたよ、ローレルは。最後まで見守ってるからね」
「はい……!」
総一郎は元気づけてから、そっと遠ざかった。すると「旦那さんも是非近くで支えてあげてください。頭側なら問題ないですから」とお医者様が言ってくれる。「分かりました」、と総一郎はローレルの頭側に回った。ローレルが、ほっとした様子で見上げてくる。
先生はキリリとした表情で、「では、ここからは私が主導いたします」と頼もしい態度で開始した。夫婦は揃って、強く頷き返す。
長期戦という話だったのに、開幕から壮絶だった。
「んー! んー!」
「もっといきんで! お尻は下に! 自然な体勢になって!」
「はい!!!!!」
ローレルもお医者様、看護師さんたちも全員必死で、何だか戦場のようだった。「陣痛のタイミングでいきんで! ほら今! 今いきんで!」「いきんでます!!!!」と怒号が飛び交う。
お医者さまは看護師さんたちに素早く様々な指示を飛ばし、看護師さんたちはそれに従って迅速に動き回る。ぽつんと立ち尽くすしかないのは総一郎だけだ。夫は何と無力なのだろう、と実感する。
だが、陣痛を逃すたび、ローレルが泣きそうな顔でこちらを見ているのが分かった。いや、いっそ泣いていたのかもしれない。だが、ローレルは泣かないのだ。彼女が泣いていないという限りは。
「ソー……。手、手を……」
「うん。大丈夫、ずっとそばにいるか」
「ッ、ふーっ、ひっひっ、ふー」
「旦那さん、下がってください」
「は、はい」
陣痛の感覚はだいぶ早くなっていて、総一郎に出来ることはもうとっくになくなっていた。せいぜいが、陣痛が引いてしまったタイミングで汗を拭いたり、水分補給を手伝うくらいのもの。
ローレルは汗だくで、辛そうで、まるで終わらない持久走を走っているような様子だった。赤ちゃんは陣痛中に上手くいきむことで生まれてくる。だからこそ、陣痛を逃すたびに、ローレルはひどく辛そうに表情をゆがめた。
「ローレル、大丈夫、君は強い人だ。君なら大丈夫」
「―――はい。私は、やります。やり遂げて、みせます。ソーとの赤ちゃんを、産んでみせます」
総一郎が汗を拭きながら励ますと、その度にローレルの瞳は闘志を取り戻した。その瞳はギラギラして、怖いくらい強い光を宿していた。これが母親になるという事なのか。総一郎は考えながら傍に立つ。そうすることで、総一郎もまた、父親になっていく。
それからさらに数時間、何十回の陣痛を逃して、ローレルは衰弱する。
総一郎は黙って、ローレルに水分補給を促した。ペットボトルのストローを口に寄せると、思考ももうろうとしているローレルは、まるでひな鳥のように口を付ける。その間に総一郎はササッと額の汗をぬぐい、そしてローレルの肩に手を当てる。
「ローレル、もうすぐだ。もうすぐ、生まれる。だからもう少し頑張って」
「は、い……。がん、がんばり、ます。がん……」
ローレルは自分でも何言ってるのか分かっていないのだろう。だがそれでも、陣痛が来るたびにいきむのは欠かさなかった。医師がまた看護師に指示を出す。総一郎はその意味を理解しないまま、アナグラム分析でその時は近いと悟る。
「わた、私の、私たちの、赤ちゃん。いま、いま、産んであげますからね―――」
―――次の陣痛を、ローレルは逃さなかった。
「見えましたよ! 頭が出てきました!」
医師の言葉に、ローレルが覚醒したのが分かった。ローレルはさらにいきむ。看護師さんたちが「もう少し! もう少しです!」と応援する。総一郎も「頑張れ。頑張れ! ローレルなら出来る。ローレルなら出来る!」と大声で励ます。
「生まれてきて、ください! あなたを、ずっと待っていたんですよ……!」
ローレルが叫ぶ。そしてまた全力でいきむ。医師がローレルに近づき、手を伸ばした。そして、ずるりと引き抜く。
そして、産声が上がった。
「おめでとうございます! 元気な女の子ですよ!」
看護師さんの言葉を聞いて、ローレルは脱力した。総一郎は医師の手の中で元気に泣く自らの子供を見て、何も言えず、ただボロボロと涙をこぼした。感動の余りローレルを頭から抱きしめると、ローレルは力ない口調で微笑む。
「おかしいですね……、ソーが泣いてます……」
「これは、ッ、感動の、涙だよ。感動しただけだから、泣いてない」
「泣いてますよ。号泣です」
「それなら、ローレルだってずっと泣いてたじゃないか」
涙も止められず言い返すと、ローレルは、ふ、と息を抜いて答えた。
「そうですね。泣いてました。泣いてもいいんだっていうソーの言葉の意味が、やっと分かりました。強がらなくてもいいんですね。強がったって、あなたを心配させるだけです」
ソー、とローレルは総一郎を呼ぶ。
「出産で、本当に、頼もしい旦那様でした。これからも、どうかよろしくお願いします」
「うん……! こちらこそ、よろしくね」
「はい」
力強く微笑むローレルの表情に、総一郎の母の強さを垣間見た。そこで看護師から手渡された赤ちゃんを二人で受け取って、抱きしめる。
赤ちゃんは全身がしっとり濡れていて、暖かくて、真っ赤だった。元気に泣くのを見て、ローレルもほろりと涙をこぼす。
「自分の子だと思うと、こんなにも愛おしいのですね。少し前までは重圧でしたのに、今はこの重さが、こんなにうれしいなんて」
「うん……。そう言えば、名前って」
ローレルが決めたい、という話だったから、総一郎は特に考えず一任することになっていた。そのことを問うと、ローレルは目を丸くして「ああ、そうでしたね」と言う。
「もしかして忘れてた?」
「ふふっ、違います。すぐに決まったので、言い忘れてただけです」
ローレルはくすくす笑って誤魔化し、それからこう言った。
「この子の名前は、シラハです」
「……えっ」
「お姉さまは、心半ばにして亡くなりました。だから、その名を貰おうと決めていたんです」
「ローレル、それは……」
「お姉さまは、私の親友でした。本当なら、ソーの二人目の赤ちゃんを産んであげる、くらいの気持ちで当時は居たんです。でも、それは叶わなくなってしまった。だからせめて名前だけでも、この子にお姉さまの純粋さを、栄光を、継いで欲しかったんです」
「……ローレル」
総一郎は、赤ちゃんに手を伸ばす。それから、口にする。
「白刃。女の子らしくない感じだけど、俺はこう名付けたい。羽は白ねぇだけのものだ。使命さえ終えれば神が連れていってしまう、祝福と呪いだ。だからこの子には、羽ではなく俺の刃を与えたい。真っ白な刃が、この子の心に宿らんことを」
赤ちゃんを、白刃を撫でる。すると彼女は急に呼吸を落ち着かせ、静かになった。ローレルは「もうお父さんが大好きみたいですね」とからかってくる。
その、ローレルと、ローレルに抱きしめられる白刃を見て、総一郎は一つ提案した。
「ねぇ、ローレル。こんなことを突然言われて困るかもなんだけどさ、……日本に、来てくれない?」
「えっ? 急にどうしたんですか?」
「ううん。……この街は、もう安定し始めてる。俺がここにいる意味は、実はもうないんだ。仕事だけなら海外でも出来るし、新アーカム警察も俺との模擬戦で勝利し始めてる。―――そして何より、俺は日本に戻りたい。俺が生まれた地で、ローレル。君と、白刃と共に生きたいんだ」
「……」
ローレルは、口を閉ざした。ダメか、と思う。だが、ローレルはまた、花が咲くように微笑むのだ。
「分かりました。あなたについて行きます。どこまでも、お供しますよ」
となると、日本語を覚えなければなりませんね。それに日本国籍の獲得方法は……と考え始めるローレルに、総一郎は涙がにじんでしまう。
「……! ありがとう、君が奥さんで、本当に良かった」
総一郎は白刃ごとローレルを抱きしめた。ローレルは抱きしめ返し、ただ、こう答える。
「愛しいあなたのためですもの」
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