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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
321/332

8話 大きくなったな、総一郎87

「そーうーちゃん!」


 ゆさゆさと、揺さぶられるような感覚があった。


「そーうーちゃーんー! おーきーてー! 起きろーこの寝坊助弟!」


「んんんんん、何さうるさいなぁ~」


 総一郎が目を開けると、真っ白な長い髪を伸ばした彼女が、視界いっぱいになるほど近くから覗き込んでいた。


「あ! 起きた起きた。もう、総ちゃん。今日はデートの日でしょ? 早く起きて! 一日は短いんだよ!」


 早く早く! とはやし立てる彼女に、総一郎は「分かったってもう」と言いながらのったりと起き上がる。それから数分置いて、あ、そっかデートの日だ。と思い出した。


 市長選が無事イキオベさんの勝利を飾ったその数日後。今日は、白羽とのデートの日だった。










 総一郎たちは、早朝に準備を済ませて、朝ごはんも食べずに旧市街に繰り出した。


「ん~! はぁー。いい天気。秋はやっぱり風が気持ちよくっていいね。旧市街の古き良きアメリカって感じの雰囲気も最高」


 白羽はくくっと伸びをして、実に楽しそうにそう言った。総一郎はその姿を見ているだけで嬉しくて、「そうだね、白ねぇ」と彼女の手をつなぐ。


「ん? えへへ」


 白羽はそれに気が付いて、自分からもきゅっと手を絡め返してきた。愛らしいベレー帽をかぶって、薄手のセーターを着て、何とも秋らしい装いで白羽は笑う。


「総ちゃんがこんなに甘えんぼさんなの、なんか新鮮。今日はお姉ちゃん感謝デーなの?」


「うん、そうだよ。今日はフェアなんだ」


「じゃあいっぱい甘えてもらわないとね。目いっぱい甘やかしちゃうんだから」


 ふふ、と白羽は笑みをこぼして、総一郎の腕に抱き着いてきた。何だか甘やかされるより甘えられているような気もするが、似たようなものだろう。総一郎たちは、会えずにいた多くの時間を取り戻すように、くっついて歩く。


 秋風は涼しく、街路樹の紅葉も美しく、本当に散歩の楽しい季節になったと、そう思う。隣を見ると白羽の顔が見えて「なぁーに?」とニコニコ上機嫌な白羽が総一郎を見上げてくるのだ。


「ううん、幸せだなって」


「ふふ。私も幸せ」


 でもお腹すいちゃった。そう言われて、総一郎も自らの腹具合を確かめる。うん、ここいらで何か買っていくのがいいだろう。


 そう思って探すと、ホットドッグ屋がやっているのを発見した。ちら、と白羽を伺うと、とても真剣な顔でサムズアップ。我が愛しのお姉さまもお気に召したらしい。


「すいません、三つお願いします」


「三つ? 二つじゃなくて?」


「俺が二つ食べるから」


「あ! 成長期~」


 店員さんの前でお腹をツンツンされて、総一郎はちょっと恥ずかしくなる。「ひ、人前だから」と困る総一郎に、店員さんは笑って、ホットドッグを用意してくれた。


「はい! お二人さん。仲良しカップルには、トッピングのサービスだ。何がいい?」


「超辛い奴で」


「え、白ねぇ辛党なの? 知らなかった。あ、俺……え、パイナップル……? ポップコーン……!? こ、この二つで」


「あいよ! デスソースにスパムパイナップル、ポップコーンね!」


「これが混沌かぁ」


 元凶が何か言っている。とはいえ総一郎も興味に負けてよく分からないものを頼んだ身である。突っ込まずにスルーした。


 それぞれのホットドッグを受け取って、総一郎のおごりで会計を済ませて歩き出す。道すがら見つけた長椅子に座り、隣り合って座りながら、ホットドッグを頬張った。


「かっ、かっ、かっっっっっっら! おいしい、やばい……!」


「よくデスソースなんて食べれるね……。あ、スパムパイナップル、悪くない。甘さとしょっぱさのハーモニーって感じ。ポップコーンは……カリカリしてていいね。おいしい」


「え、一口で……?」


 好き好きに言いあいながらモグモグと。食べながら、今日の予定について話し合う。


「まず午前に、映画館に行こうかなって考えてるんだ。昔の、著作権切れの奴を専門で流してるところ。白黒映画なんかもあって面白いんだよ」


「総ちゃん。私ラブストーリー見たい。ラブストーリー」


「いいよ、ついたら探そっか」


「いぇーい」


「で、午後は白ねぇ一押しの水族館でお昼ご飯、かな。どう?」


「サイコー!」


 言いながらぎゅっと抱き着いてくる白羽に、総一郎は思わず頭をなでる。すると白羽は逆襲を始めた。するりと総一郎のなでる手から抜け出し、体重移動で巧みに総一郎を自分の膝に抑え込み固定する。


 要は膝枕になった。


「早業」


「もう! 総ちゃんは甘える側で甘やかす側じゃないんだからね! 今日はお姉ちゃん甘やかすの禁止!」


「えー」


「……でも気分によってはちょっとだけ許す」


「どっち?」


 どっちもー! と支離滅裂なことを言いながら、白羽は総一郎の頭を抱きしめた。「ぐわー」と適当にノリに合わせていると、至近距離で白羽と目が合う。


「……えへへ。総ちゃん、好き」


「俺も好きだよ、白ねぇ」


 今日初めてのキスを交わす。朝なので、触れあうだけのそれ。だが、白羽は何だか照れてしまったらしく、赤面しながらニヤニヤしている。


 そうしていると人通りが増え始める気配を感じて、二人はササッと身なりを整え立ち上がった。「危ないね。いちゃつき過ぎた」と総一郎が言うと「ギリギリセーフ……」と白羽はとても冷静な顔をした。ふざけている。


「ひとまず、映画館、行こ?」


「うん。この近くだから、案内するよ」


 二人はまたも手をつないで、ゆっくりと歩いた。二人の時間を噛み締めるように、一歩一歩を大切に。


 映画館につくと、ヴィーに連れられてきたとき同様に閑散としていた。白羽が総一郎の袖のすそを引っ張ってくる。見ると手招きをしてきたから、耳を貸した。


「二人っきりだね……♡」


「白ねぇ何? 溜まってる?」


「女の子に向かってたまってるとかいうなー!」


 スパーン、といつの間にか手に取っていたらしいパンフレットで叩かれて、総一郎は笑ってしまった。白羽は「総ちゃんなんて知らない!」とツンとそっぽを向きながら、腕に抱き着いたままなのだから愛おしい。


「何見る?」


「ラブストーリー、ラブストーリー……あ! これ格好いい! これ見ない?」


「アクションだね」


 ハッ、と驚愕の面持ちで上映映画の情報を確認する白羽だ。総一郎はそれを横目に、一覧の中からラブストーリーがどれか確認する。


 二つ、見つけた。だが、正直お気に召すかな、と疑いながら、「白ねぇ白ねぇ」とうろちょろしている姉を呼び戻す。


「アレとアレが、今日のラブストーリー。ただしどっちも悲恋」


「はい却下ー。お姉ちゃんは悲恋を認めません。何故なら悲しくなってしまうからです」


「ちなみにあれがラブコメディ」


「え、ファーストキスめっちゃしてるじゃん。これにしよ」


 チケットを購入して入ると、ちょうど始まるところだった。「急いで急いで!」と急かす姉に苦笑しながら、総一郎は速足で席につく。


 それは、芸達者なプレイボーイと一日しか記憶が持続しない女性が恋に落ちるラブコメディだった。初日、上手くいきすぎなほど仲良くなった二人。だが、女性は毎日その日の記憶を失ってしまう。


 だが男も百戦錬磨のプレイボーイ。ナンパの要領であの手この手のアプローチを経て、次第に家族とも手を取り合い、女性と近づいていく。その方法はバラエティ豊かで、面白いものばかり。


 すれ違いがあった。互いを想うが故の拒絶があった。だが、彼はたった一日という期限で何度でも彼女と恋に落ち、彼女はたった一日しかない時間を懸命に生き抜いた。


 見終わると白羽は、ハッピーエンドを前に泣いていた。総一郎が「泣けた?」と聞くと、「……うん」と頷く。


「たった一日しかないのに、すごいね、この二人。―――私たちにも、負けてられないね」


「……そうだね」


 総一郎は白羽の手を取った。それから、「また来ようね」と誘う。


「うん。また来よ。何度でも、何十回でも」


 感動冷めやらぬ様子で、白羽は頷いた。二人は、場内でキスを交わす。「何回目のファーストキス?」と白羽が聞いてきたから、「俺たちのファーストキスはとっくに跡形もないよ」と総一郎は答える。











 インスマウスと業務提携しているとかいう噂の水族館は、訪れて見れば立派なものだった。新しい看板や入場口で泳ぐ魚たちのホログラム。前世よりよっぽどすごいぞ、という気持ちで、総一郎はワクワクし始める。


 そしてその横で、ぽけーっとした声を上げる少女が一人。


「わー」


 いまだに白羽が感動の余韻に浸っているのか、どこか上の空といった様子だった。総一郎は白羽の前で手を振り、反応がないのでパンッと拍手を打った。白羽はびくっと居住まいを正す。面白い。


「水族館だよ」


「そうですね」


「そうですねじゃないよ」


 我が姉ながら反応が面白すぎる、と総一郎はくすくす笑いながら、「白ねぇ~、しっかりして。まだデートの途中だよ。シャキッとしよう」とほっぺたを挟んだり摘まんだり好き勝手する。


「ぶえー」


「シャキッとしないと物陰に連れ込んでディープキスしちゃうよ」


「望むところだよ」


「シャキッとしたね。じゃあ水族館へゴー!」


「そんな殺生なぁあああぁぁぁぁ……」


 総一郎の腰回りに抱き着いてキスをねだる白羽を黙殺し、総一郎はすたすたと入場チケットの列に並んだ。そこまで混んでいなかったのでスムーズに購入を済ませて、「ほら、いつまでダダッコしてるの。ちゃんと立って」と白羽をあやす。


「キス、して。チュウ。チューウー!」


「あとでね」


「今! 今今の今!」


「すごい造語作るね白ねぇ」


「今しないと怒っちゃうよ! どれくらい怒るかって言うと、それはもう海が荒れ大地が裂け地獄の底から大魔王が現れるくら、むっ」


 総一郎が不意打ちでキスをすると、白羽は驚いたような顔をしてまばたきをした。それから総一郎が「行こう?」と言うと「今はこのくらいで許してやろう……」と何だか中二っぽい所作をしたので置いていく。


「おいてかないでー。まってー」


「白ねぇは素が出るとへっぽこだなぁ」


「あらゆる人類の素はへっぽこだよ。お姉ちゃんはむしろ、そろそろ弟のへっぽこをご所望です」


「今日は俺がリードする日なので、へっぽこにはならないかな」


「ご不満」


「スパダリ総一郎君は不要だと?」


「あっ……そ、それも惜しい」


「欲張りさんめ」


 少し意地悪めに笑いかけると、「う゛っ! 胸キュンダメージ!」と白羽は胸に手を当てて、悔しそうな顔をした。姉ながら見ていて飽きないなぁ、と総一郎は改めて手を取る。


 入場して歩き始めると、最初洞窟のようなセットの道をあることになった。不気味な雰囲気の中に、深海魚が明度低めのライトアップで展示されている。


「キャッ、総ちゃん怖い……!」


 白羽が暗がりに乗じて抱き着いてくるが、総一郎の天使の目から見ると思いっきりにやけていた。白羽自身は暗がりを見通す天使の目を持っていないため、分からないと思っているのだろう。


「本当に?」


「ほっ、本当に!」


 声色に関しては、白羽はだいぶ演技派だ。


「でも、顔は笑ってるけど?」


「えっ、……見えてる?」


「バッチリと」


「……」


 白羽は一瞬無の顔になってから、抱き着く力をちょっと強めていった。


「あの魚キモ可愛くない?」


「あ、ブロブフィッシュだ。世界で最も醜い動物ナンバーワンだよ」


「えっ、ナンバーワンなんだ! いいね」


 どういういいねだろうか。


 白羽は怖がり路線をすんなり捨てたらしく、「あ、あの魚もキモ可愛い~」と指さし総一郎に教えてくる。「脳みそ見えてる~。キモーイ」と言いながらくすくす笑う様は、見ていて癒されてしまう。


「そういえば中国の満漢全席でサルの脳みその料理が出るらしいね。一番偉い人の前に出されるんだけど、生きてるサルを連れてこられてスパーッ、って頭の上を切り開いて、ギリギリまだ生きてるところを食べるみたい。でね、ここからが面白いんだけど、偉い人が食事を始めるまでは全員食べちゃダメってルールがあるから、偉い人がエッグい方法でだされたサルの脳みそを食べるまで誰も食事を始められないっていう」「白ねぇ、シームレスにサルの脳みその詳しい話を始めるのはやめよう」


「えー、なんでー」


「なんでーって、そろそろ食事時だから」


「サルの脳みそも食事でしょ! 何言ってるの!」


「意味分からないところでキレないで」


「お昼ご飯って何? あの世界で一番キモイ奴食べたいな」


「絶対無理だと思う」


 などと話していると、総一郎たちの歩いているエリアが深海魚のそれから、水族館らしいガラス張りの道に変化していく。トンネル状のガラスの道の外では魚たちは自由に泳いでいて、海面から差し込む光を水が反射する。その光景は、とても輝いて見えた。


「わーっ。久しぶりに水族館来たけど、やっぱりいいね。きれいで、ロマンチック」


「パンフ見るとイルカのショーなんかもあるみたいだね」


「え、見よ見よ。イルカさんとハイタッチしたい」


「できる、かなぁ。できるといいね」


 かなり際どいが、水族館によってはできそうな気がする要求だ。何とか通してあげたいが、と総一郎は唸る。


 それに、白羽は振り返っていった。


「できるよ。絶対」


 屈託のないその笑顔に、総一郎は何故だか、信じることが出来てしまった。一つ頷きを返して、答える。


「そうだね。やりたいこと、何だってしよう」


「うん!」


 白羽から、総一郎の手を掴まれる。それを握り返すと、白羽は嬉しそうに肌を寄せてきた。二人できらめく海の道を行く。魚たちが、自由に泳ぎ回る。


 その後、白羽の望み通りイルカショーを見て、イルカとハイタッチを交わして、魚料理を食べた。絶対食べられないと思っていたブロブフィッシュもメニューに並んでいて、総一郎は度肝を抜かされてしまう。(味は淡白な感じにちょっと蟹風味で、濃い味付けがちょうどよかった。白羽は途中で「プルプルしすぎ」と飽きていたが)


 昼食後にも色々と見て回って、水族館を出るころには日が沈みかけていた。「楽しかったね」と話しながら、総一郎たちはミスカトニック川の下流の橋より水平線を見つめていた。


「うん、楽しかった~。……冷静になると、私すごい今日はしゃいじゃってたかも。……うざくなかった?」


「ちょっとうざかった」


「うっ」


「けど」


 総一郎は、はにかみつつ笑いかける。


「久しぶりにそういう白ねぇと遊べて、満足だよ、俺は」


「……総ちゃん」


 見つめ合う。互いの顔が夕日に赤々と照らされている。そんな白羽があまりに魅力的で、総一郎はまた、今日何度目かのキスを交わした。昼までのそれとは違う。触れるだけではない。何度も、求めるようなキスを。


「総ちゃん、もっと」


 白羽は総一郎の首に手を回して、何度もキスを求めた。舌が触れ合い、お互いに溶けあうような気持になる。いいや、いっそ溶け合ってしまえばいい。一つになってしまえば、もう彼女を失わずに済むのだから。


 しかし、いつまでもそうしていられる訳ではない。夕日が沈む。その寸前で、白羽は口を離した。


「……ダメだね。私、我がままだ。もっと総ちゃんと居たい。そう思っちゃう」


「俺もだよ。ずっと、ずっと白ねぇと居たい。叶う事なら、俺を連れていってほしい」


「それ、本心?」


 悪戯っぽく白羽に聞かれて、総一郎は最後のキスをする。


「―――ついていけなくて、ごめん」


「あはは。そうだよね。むしろ、本当だ、なんて言ったら叱らなきゃだったよ。……総ちゃんは、ちゃんと生きなきゃね。ローレルちゃんのために。あと癪だけど、ナイのためにも」


「……」


 白羽の指が、少しずつ離れていく。放したくない。離れたくない。だが総一郎たちはこうするしかないのだ。


「でもね、総ちゃん。もう会えない訳じゃないからね。あの映画館、また何度も行こうって言ったの、私、嘘のつもりないから」


 白羽の姿が、夕焼けににじむ。逆光でおぼろげになる。


「それ、どういうこと?」


「この世界は、幻想が実在する世界。亜人も居れば、天国も地獄もある。だからね、私は何度だって総ちゃんに逢いに行くよ。死すら私たちを別てない。だってもう、一度乗り越えてるんだから」


 言いながら、白羽は橋の真ん中に立った。そこで総一郎、不意に真横から強烈なエンジン音を聞いた。トラック。目を剥いて「白ねぇ! 危ない!」と手を伸ばした。けれど間に合わない。白羽の寸前にまでトラックは迫ってきていて、白羽は。


「だからね、私はさよならなんて言わないんだ」


 白羽は拳を握る。「おらぁぁああああああ!」と大声を上げて、トラックを殴りつける。そして、奇跡が起こった。トラックはまるで葉っぱのように軽々しく舞い上がり、爆発するようにその姿を羽根の集まりに変えた。


 それはまるで、白い羽根をたくさん詰め込んだ、花火のような光景だった。トラックは何度も連鎖的に爆ぜ、火花ではなく羽根を散らして橋を詰め尽くす。


 総一郎はその美しさに目を奪われて、向こう側に行ってしまった白羽を見逃してしまった。我に返って見回すが、周囲には宙を舞う白い羽根ばかりで、何も見えない。


 そこで白羽は、どこか遠くから、大声で言った。


「またねー! 総ちゃーん!」


 駆けていく足音は分かれの音。しかし総一郎には、これが今生の別れになるとは思えなくなっていた。それが何とも白羽らしくって、「敵わないなぁ」と頭を掻いて、総一郎は微笑する。


「また会おうね、白ねぇ」


 白い羽根が落ちていく。夢が終わる。総一郎は、目を覚ます。


「……」


 自室。記憶が夢と混濁していて、現実がどうだったかが一瞬分からなくなる。今はいつか。カレンダーを見て、理解した。


「ああ、イキオベさんの市長選は、無事終わった後だったね。……律儀に約束、守ってくれたんだ」


 何だか感慨深くなって、総一郎はしばらくカレンダーを見下ろしていた。するとベッドで寝息を立てていたローレルが、「ソー……、朝の素振りですか……?」とのそのそ起き上がってくる。


「あれ、起こしちゃった? ごめんね、うるさかったかな」


「ふわぁあ……。いいえ。私が勝手に起きてしまっただけです。おはようございます、ソー」


「うん、おはよう」


 挨拶を交わして隣に座ると、少し寝ぼけた様子で、ローレルは総一郎に肩を預けてきた。可愛いな、と思いながら総一郎はそれを受け止める。受け止めながら、白羽の言葉を思い出した。


「ねぇ、ローレル」


「ん……。何ですか……?」


 まだ微睡んだ笑みを浮かべて、ローレルは総一郎を見た。総一郎は、言う。


「結婚しよう。俺、ローレルと家族になりたい」


「……。……えっ、あ、え、と……」


 一拍おいて、ローレルは眠気が吹き飛んだらしかった。総一郎の不意打ちを喰らって、彼女は戸惑いに俯き、赤面しながら指をグニャグニャと動かす。


 けれど、すぐに、上目遣いで総一郎を見上げてきた。


「……喜んで」


 総一郎は、愛おしさに抱きしめるしかなくなる。ローレルは顔を隠すように、総一郎の胸に顔をうずめてきた。


「まだ結婚できる年じゃないから、少し待つことになるけど、誕生日が来たらすぐに結婚しよう」


「はい。謹んで、お受けします」


 抱きしめ返してくるローレルに、婚約指輪も買わないとな、なんてことを思う。それから、ふと気づくのだ。未来のことを考えて、不安を覚えない自分に。むしろ、期待を胸に膨らませている自分に。


「ソー?」


 抱きしめる力が強まったのを受けて、ローレルがされるがままに首を傾げた。総一郎は「ううん」と首を横に振る。


「ただ、幸せだったんだ。それだけだよ」


「……そうですか。それなら、良かったです」


 ローレルも、抱きしめる力を強くしてくれる。それに強く愛を感じて、生きたいと強く思って。


 総一郎は―――


長年お付き合いいただき、ありがとうございました!

良ければ感想、評価の方をお願いいたします!


次話から、各ヒロインごとのエピローグが始まります。

まずはローレルから

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― 新着の感想 ―
[一言] RDAが面白くてこちらも読みに来ました。一見ハチャメチャかのように見えて実はちゃんと読者が着いてこれるよう筋道が通っていて、違和感なく楽しめました!面白かったです!
[良い点] サブタイトルの回収が秀逸でした [一言] 完結お疲れ様でした すごく面白かったです。ありがとうございます。
[良い点] 並行世界の父からも現行世界の父からも大きくなったなと言ってもらったのなんかいろいろ報われた感じがしてグッと来ました。 [気になる点] ・ナイは人間になったけれど結婚できる年齢まで何年かかる…
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