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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
318/332

8話 大きくなったな、総一郎84

 それはさながら、あらゆる難敵を切り伏せていく、神話の主人公のようだった。


「総一郎、舐めているのか?」


 総一郎の『闇』魔法の総攻撃を、父はいともたやすく捌いた。総一郎は、その姿に寒心すら覚える。グレゴリーですら、初期は一つにつき一秒の半分程度の時間を掛けて対処していたのと言うのに。


「それはこちらのセリフです。何ですか、その光は」


「裁きの光だと言っただろう」


「そういう事じゃないです。今飛ばしたのは、ちょっとしたブラックホールですよ。何で事も無げに潰して回れるんですか」


 父はそれに、こう答える。


「闇を払うのは光だろう。ああ、そうか。つまり、相性がいいのか」


「俺にとっては相性最悪です」


「ふ」


 父は微笑する。


「生きたいというなら、この程度の逆境は越えてみせろ」


 肉薄。総一郎は顔を引きつらせて、父が躱した背後の『闇』魔法に引力を発生させた。「む」と父は声を上げ、踏ん張るようにして体勢を低くする。


 そこに、今だ、と総一郎は正面から『闇』魔法を殺到させた。引力に抗いながらであれば、父と言えど『闇』魔法を捌くのは困難のはずだ。


 だが、父はそこで、抗うのを止めた。


「っ!?」


 父は引力に従って宙に浮き、そのまま吸い寄せられてから軽やかに『闇』魔法を切り捨てた。


「なるほど、闇をブラックホールと拡大解釈し、引力を発生させているのか。面白いことをする」


 だが、と言いながら父は着地。からの切込みで、総一郎の『闇』魔法を一息に切り伏せてしまう。


「有効打を作るのは難しい。防御策が関の山といったところか」


「……父さんの身のこなしには驚きます。けど、防御策が関の山と言うのは、侮りすぎです」 


 一つの引力で倒せないなら二つ、三つと増やせばいい。総一郎は複数飛ばした『闇』魔法で、引力を多方向から発生させた。父は浮き、しかし空中で引力同士が拮抗して、どこにも行けなくなる。


「む……」


「友達の『能力者』を封殺したやり方です。父さんが接近戦しかできない以上、これで詰みかと」


 総一郎は、引力を強める。グレゴリーの時は、彼自身がほとんど無敵だったから、引力で引きちぎるという事は出来なかった。だが、父は違う。父の身体そのものは、恐らく人間と大差ないはずだ。


「これには、父さんも困るんじゃないですか」


 引力を、限界にまで強めた。人間が耐えられないほどのそれ。ビルなどの巨大な建造物ですら耐えられないほどのGを掛ける。


 さあ、どうなる。そう警戒しながらの攻撃に、父は剣を強く振るい、回転した。何をしているのか、と見ていて、ハッとする。


「……父さん、嘘を吐くのは、正しいことですか?」


 回転する父を中心に、いくつかの光の矢がまき散らされた。それらは寸分たがわず総一郎の『闇』魔法を打ち抜き、引力の発生を破綻させる。


「いいや、嘘などついてはいない。だが、嘘のように見えたのは謝罪しよう」


 父は着地しながら、総一郎に詫びた。


「今この瞬間で、こう言ったことも出来ると気づいたのだ。」


 跳躍。父はまたも総一郎にすさまじい勢いで接近してきた。総一郎は父を睨みつける。まっすぐに飛ばした『闇』魔法は正面から切り伏せられ、遠くから引力を発生させれば光の矢によって貫かれる。


 近距離、中距離はダメだ。ならば、残されるのは二つほど。


「まず、遠距離から行こうか」


 総一郎は地中深くに『闇』魔法を発生させ、強力な引力そのもので父を押しつぶそうとした。あまりのGに、駆ける父の足が瓦礫を砕く。そのまま潰れろ、と総一郎は引力をさらに強化した。


「総一郎、お前の『能力』は、外見以上に多彩だな」


 しかし、と父は裁きの光を地面に突き刺す。同時、総一郎に地中深くの『闇』魔法が破壊されたことが伝わってきた。


「なっ、何ですかそれは! 今、何を」


「何のことはない。光を伸ばしただけだ」


 こんな風にな、と父は地面からの抜きざまに光を振るう。裁きの光。地面から抜き出された直後は、最初と同じ大きさだと思った。だが違った。振るわれる最中でその大きさは巨大化し、まだ距離のあった総一郎に―――


「おい、先走ってやられるんじゃねぇって、言わなかったか」


 上から、影が来た。


 それは裁きの光を真正面から受けて、なお立っていた。掲げるは拳。この街最強の自警団員。


「グレゴリー!」


「しかし、いてぇな。ミヤの折檻よりはマシだが、手がびりびりする」


 ブラックホールを蒸発させる光を受けて、手を振るだけで済ませるあたり、グレゴリーも大概だな、と思う。だが、ひとまずこれは否定しなければならない。


「っていうか、まだやられてないし。見てよこの無傷っぷり。『能力者』戦にしては上々でしょ」


「あ? じゃあ助けない方がよかったか?」


「グレゴリー。君は友達を見捨てるっていうのか? 薄情だね」


「あーウゼェウゼェ。感謝の一つも言えねぇのかよ」


 グレゴリーが嫌な顔をして、シッシッ、と追い払うようなジェスチャーをする。それに総一郎は少し笑って、負けを認めた。


「ありがとう、助かった」


「……ま、ミヤから言われてたことだしな」


 そっぽを向いて答えるグレゴリーに、総一郎は肩を竦める。そんなやり取りを見て、父は問うてきた。


「彼が、先ほど言っていた友達か」


「え……あ、はい」


「そうか。なら、悪の友は悪だろう。―――裁きの光よ」


 父の光がわずかに強くなり、すぐに戻った。総一郎とグレゴリーは、揃ってその物言いに顔をしかめる。


「父さん、それは独善的にすぎませんか」


「これお前の父親か。随分とその、随分だな」


「好き勝手言うものだ。だがな、得てして、そういうものだろう」


 父は裁きの光を高く掲げて、こう続けた。


「本来正義とは、主観的で、独善的だ」


 巨大化。この場所すべてを覆うようなサイズにまで伸びた裁きの光が、まっすぐ総一郎たちに振り下ろされる。


「ッ! おいイチ、口閉じろ!」


 言われるがままに口を閉ざすと、グレゴリーが一瞬のうちに総一郎を攫って、ノア・オリビア跡地から脱出した。空中。総一郎はむしろ、グレゴリーの勢いに絶息してせき込む。


「げほっ、ごほっ。も、もうちょっと前置きに言う事あったんじゃないの?」


「最低限は言ったろ。口を閉じなきゃ舌を噛んでるところだ」


 そら、とグレゴリーは総一郎を何もなしにその場で放る。いきなり宙に解放された総一郎は、「雑にも程度ってものがあるんじゃない?」と苦情を付けながら『闇』魔法の引力でほどよく浮いた。


 そして、グレゴリーだけが跡地へと舞い戻る。父の正面に着地したグレゴリーは、至近距離から父を睨みつけている。


 声をかけたのは、父からだった。


「総一郎の友人よ。君の名を聞いておこう」


「グレゴリー・アバークロンビー。アンタは」


「優 武士垣外。総一郎の父だ」


「そうか。一応確認するぜ、イチ」


「何? グレゴリー」


「お前の父親、オレが殺しちまうが、恨むなよ」


 総一郎は笑った。


「できるものなら、ご自由に」


「その言葉、覚えておけ」


 拳。光。グレゴリーと父の超接近戦が始まった。グレゴリーは怒涛の連続攻撃を繰り出し、父は正面からそれに相対する。総一郎はそれに空笑いだ。普通の相手なら近距離負けなしの総一郎だが、近距離特化の『能力者』の接近戦は状況すらつかめない。


 少しでも介入できるか。考えるが、困難だった。グレゴリーの邪魔をしない、というのがネックだ。あれだけ激しいやりあいだと、敵の動きに不備が出ただけでも調子が狂う。


 そのためしばらく静観を決め込んでいると、グレゴリーは舌打ちをして、一瞬にして距離を取った。千日手になることを悟ったのか。それから彼はものすごい速度で跡地中を駆け回り、余りの速度に掻き消えた。


「む……」


 父はその速度に、口端を引き締めた。総一郎も、とっくにグレゴリーのことを追い切れていない。時折瓦礫がグレゴリーの着地に耐え切れず砕けるのを見て、この場にいることが分かるのみだ。


 一撃で仕留めようとしている。総一郎はグレゴリーの狙いに気付いて、電脳魔術で通信を取る。


『グレゴリー。俺も仕掛ける。確実に倒そう』


『分かった。お前が合わせろ』


『了解』


 総一郎は、ここまでで潰されてきた近距離、中距離、遠距離の『闇』魔法運用を吟味し、残る最後の一つにも手を出すことに決める。父は総一郎を気にしつつも、やはり周囲で駆け回るグレゴリーを無視することは出来ない。


「速度にまつわる『能力』か?」


 父の問いかけに、グレゴリーは答えた。


「いいや、違うな」


 グレゴリーの声に反応して、父は素早く背後に裁きの光を振るった。だが、グレゴリーはとっくにそこに居ない。


「オレの『能力』は、究極の肉体だ。速度なんてちゃちなもんじゃねぇ」


 勢いが乗った蹴り。それを父は、まともに食らって吹っ飛んだ。同時総一郎は、吹き飛ぶ父の先、地中深く、そして何より“父の体内”に『闇』魔法を出現させた。


 今まで手から出現させてきた『闇』魔法。他の通常魔法からの習慣と言うのもあったが、今回の場合はそれをミスリードとして活用したのだ。


 ただでさえグレゴリーの一撃は、普通の人間ならば簡単に粉砕できるような威力がある。そこに総一郎の『闇』魔法の三段構えだ。


 父は狙い通り瓦礫の中に突っ込んだ。同時総一郎は、地中深くの引力を発動させながら、父の瓦礫周辺一帯を『闇』魔法で覆い尽くす。瓦礫を砕いた煙さえ飲み込むほど、徹底的に。


「……イチ、お前エグイことをするな。仮にも父親だろうが」


 一撃入れたグレゴリーは、自分のことを棚においてそんなことを言った。けれど総一郎は、父が突っ込んだそこから目を離さない。


「グレゴリー、油断しないで。“あの”父さんだ。死体を確認するまでは、安心できない」


「お前のあの『能力』でアレだけやって、死体なんざ残ってるのか……?」


 総一郎は念入りに『闇』魔法でその一帯を塗りつぶす。瓦礫ごと父を飲み込み、浸食し、かけらも残さないほどに食い荒らす。


 そうして数秒。総一郎たちは動かず、気配も、音もなかった。総一郎はあきれ顔のグレゴリーと目を合わせ、それから警戒しつつも『闇』魔法を解除する。


「流石に即死コンボだったかな……?」


「そうだっての。冥福を祈る暇もなかった」


「……うん、そうだね。本当なら、もう少しちゃんと葬ってあげたかったかも」


 結局概念戦も使わなかったしね、と総一郎が苦笑する。


 その、まさにその時だった。


「――――ッ、イチッ!」


 グレゴリーが、総一郎に覆いかぶさった。同時、激しく跡地中を光が覆った。グレゴリーの背中のあたりで、肉を焼くような音がする。嘘だ、と総一郎は目を剥く。


「グレ、ゴリー? な、何が起きて」


「ぐ、あ、ぁ……」


 光の奔流が終わって、グレゴリーは崩れ落ちた。その背中は焼け爛れ、総一郎は息をのむ。そして震えながら先ほど父を倒した場所を見れば、そこには五体満足な父が立っていた。


 顔が三面。腕が三対。阿修羅そのものとなった父が、そこに。


「……邪魔だから、と潰したはずだったのだがな」


 裁きの光を出現させ、余計な二つの顔、二対の腕を、父は削ぎ落す。傷を焼き潰す音。総一郎は、もはやそれを、まともな表情では見ていられない。


「……何で、ですか。どういう……。なにが、どうなって」


「―――つまらないな、総一郎。この『能力』は、つまらない」


 父は、悲しげな表情で言った。


「謝らせてくれ。本当なら、お前と鎬を削るような一騎打ちを、私も望んでいた。だが、この『能力』は強すぎた。振るえば敵を即時に蒸発させる光。それだけでも強すぎたというのに、お前との戦いで増え行くばかりだ」


 遠くのものを打ち滅ぼす光の矢。裁きの光の伸縮能力。体から放つ光の奔流。復活。父は目を伏せて、光を翳す。


「戦いの中で成長することはままある。だが、これほどの覚醒は異常だ。―――総一郎。何か、意図を感じはしないか。正義が負けることを認めない、そんな何者かの意志を。“正義は勝つ”のだという、強制力を」


 総一郎は、その言葉に背筋が凍るような思いをした。先ほど総一郎が口にした言葉が、慢心が、そのまま返ってきたようだった。


 何が「結局概念戦も使わなかったしね」だ。大統領があれだけ口酸っぱく伝授してきた技術を、使わないで済むものか。総一郎は動揺のあまり、一歩後退する。


「う、ぐ、くそがぁぁあああああああ……!」


 よろめきながら、グレゴリーが立ち上がる。それに安堵しつつも、総一郎はグレゴリーに告げた。


「概念戦だ」


「あ……? 何、言ってやがる」


「だから、概念戦だ。父さんを倒すためには、概念戦で勝利する必要がある。―――違う。他の手段じゃ、絶対に勝てないんだ。だって父さんは、この戦いが始まった時点で、“概念戦に勝利している”」


 グレゴリーは、その言葉を聞いて瞠目する。それからしばらく考え込み「正義を司るだとかなんとか、言ってたな……」と疲弊した口調で言った。


「つまり、何か? 奴の光はあくまで副産物で、本質は『正義は勝つ』って概念戦を、無言のうちに済ませてるって話か? だから追い詰めれば新しい力に目覚めるし、倒せば復活する能力に目覚めたと?」


「……そう、俺は睨んでる」


「……」


 グレゴリーは、ひどい渋面を作って「ミヤのバカ野郎が。これならアイツが温存してた方がよかったじゃねぇか……!」と拳を握った。だが、すぐに彼は切り替える。鋭く息を吸い、吐き、それから「どうする」と聞いてきた。


「概念戦で、勝つしかない」


「だが、概念戦で勝つには、『正義は勝つ』という一般概念を破綻させる必要がある。いいや、それじゃあ足りねぇ。オレたちがここまで追い込んで発現させた『能力』。復活含めてぶち破って勝利しなきゃならねぇ」


 どうすんだ。グレゴリーに問われ、総一郎は歯を食いしばる。


「考えよう。二人で。いいや、可能なら仲間全員の知恵を借りて。じゃなきゃ終わりだ。また父さんを媒介にして三柱が現れる。そのとき大統領たちが復活してなければ」


「……そうだな。ここで殺す必要がある。ああ、そうだ。やろう。―――やるしかねぇんだ」


 痛みに耐えながら、グレゴリーはファイティングポーズを取った。総一郎はその斜め後ろから、『闇』魔法を展開する。


「グレゴリー。これからミニブラックホールを、君の補助に回す。代わりに、可能な限り父さんを引き付けておいてほしい。俺は概念戦で、父さんを破る方法を考えたり、みんなに助けを求めたりする」


「ハッ。こんな時になって他人任せか」


 情けない、と嘲られるのかと思った。だが、続く言葉は違った。


「遅ぇんだよ。イチ、お前もっと早くから、他人を頼ることを覚えるべきだった」


「……!」


 総一郎は、その言葉に思わず涙ぐむ。だが、泣いている猶予などない。二十を優に超える『闇』魔法を出現させ、グレゴリーの動きに応じて自動で補助するように配置した。


「お、おい、これ大丈夫か? イチ、この量をちゃんと制御できるのか?」


「大丈夫、君の動きに連動するから、君には当たらないよ」


「その言い草、もはや制御すらしてなさそうで嫌なんだが」


 まぁいい。とグレゴリーは正面を見据えた。彼が深呼吸をする内に、背中の傷が癒えていく。「ほう」と父が声を漏らした。


「本来ならば、決して癒えない傷となるはずだが。肉体そのものが『能力』なだけはある」


「その余裕、今から潰してやる」


 瓦礫を蹴り飛ばして、グレゴリーは父へと襲い掛かった。裁きの光とグレゴリーの拳がぶつかる中、総一郎の『闇』魔法が補助的に父をけん制している。それを確認して、総一郎は電脳魔術を立ち上げ諸々の準備を始めた。


「まず連絡チャットでARF―――いや、持ってる連絡先全部に送信しよう。目的は論破。ARFには追加で助けに、ううん、危険だ。逃げるように、言っても来そうだし」


 唸る。だが、迷っている時間の分だけ危険が増える。それに、どうせここで負ければ全員死ぬのだ。危険だから逃げろ、という忠告は、意味を持たない。


「―――ごめん。みんな、可能なら助けてほしい。困ってる。倒せない敵が居るんだ」


 連絡を送信する。普段なら、ものの数秒で誰かしらの確認マークがつく。だが、今はつかなかった。総一郎は、下唇をかむ。ローレルやナイのように、みんな三柱に取り込まれてしまったのか。


 仕方ない、と自動通知をオンにしてから、グレゴリーの様子を見た。彼は『闇』魔法の補助を受けて、動きやすくなったらしかった。顔に獰猛な笑みを浮かべ、拳を振るい、それに追随する『闇』魔法で父の身体を削りにかかる。


「おい、どうした! 防戦一方じゃねぇか!」


「中々ッ、厄介なものだな!」


 総一郎は、下手に手出しをする必要はない、と判断し、思考を始めた。概念戦。正義は勝つ。詭弁だが、それそのものはどうにかなる。だが、目覚めさせてしまった復活能力が邪魔だった。そこで思いつく。大統領がこの世界を亜人世界に変える際、戦ったという『不死の能力者』。


『大統領! 今、父と戦っています。父は「正義を司る能力」を有し、正義は勝つという能力から派生して、復活能力を得ました。これを打ち破らなければ勝てません。何か助言をいただけませんか』


 確認マークがすぐについた。大統領の返信が表示される。


『つまり、お前の父親が不死者になったわけだな。不死者を殺すのは、いつだって不死殺しとされる武器群だ。都合のいい武器はあるか? あるいは、都合よくなってくれそうな武器は』


『ない、です』


『そうか。なら、総一郎。お前の「能力」を拡大解釈して、不死殺しを為せるよう概念戦を展開しろ。あるいは』


『あるいは』


 確認マークがつかなくなる。総一郎は鼓動が大きく鳴ったのに気付いた。焦燥。だが、大統領を案じてこの場を離れる訳には行かない。


 そこで、二つ返信が来た。慌てて確認する。ベル『今からそこにいく。待ってて』。ルフィナ『少し待っていてくれたまえ。私にも準備がある』。総一郎は図らずしも揃った『能力者』の二要素への期待に震える。


「グレゴリー! もう少し耐えて、く、れ……」


 グレゴリーの方を見ると、状況は一変していた。グレゴリーは倒れ伏し、その上から父が裁きの光を突き立てている。『闇』魔法は、と確認するも、今の一瞬で全滅したのだと手応えで分かった。


「総一郎、すまない。また、私の中で覚醒が起こったようだ」


 父は、もはやうんざりした様子で言った。


「恐らく、すべての行動が最適解に近くなった。計算を必要としないカバラと言うべきか。グレゴリー少年の攻撃を受けても的確に対処し優位に立てたのだから、そういうことだろう。ジャスティス。ちょうどいい、ということだ」


 “Just”ice。正義の、英語的な概念だ。それが転じて、最適行動を取られ続ける。総一郎は引きつった笑みを浮かべた。溜まったものではない。


 しかし、どんなに理不尽でも、父が自粛して止まるという事はなかった。分かっている。その通りだ。何せ父は、善意で総一郎を殺そうとしている。


 家族として、愛の名の下に。


 故に、総一郎に選択肢はない。『闇』魔法を数々展開し、修羅を通した白刃を構える。父は「健気だな」と哀れみすら向けて、総一郎と対峙した。


 お互いに正眼。総一郎は白刃を。父は裁きの光を。正面から、相対する。


「せめて、剣士としてお前を屠ろう」


「そんな気遣いは要りません。俺も、手段を択ばず、父さんを倒します」


「そうだな。お前は、手段を選ばなくていい」


 優越者のみが、形式にこだわるべきだ。そう言いたげな物言いに、総一郎は言い返したくなる。けれどそれで父の気が変われば、それこそ窮地だ。総一郎は悔しさに歯を食いしばりながらも、真正面から見据えるしかない。


 膠着。互いに隙はない。だが、総一郎の隙など、父からすれば見出す必要もなかった。総一郎の剣は、正面から裁きの光で掻き消してしまえばいい。それが分かっているから、総一郎は仕掛けられない。


 何だこれは、と思う。これほど、同じ『能力者』同士でも優劣がつくのか。あるいは相性だけで、ここまで差がついたのか。大統領やミヤさんなら、この場で対処も出来るのか。総一郎の頭の中で思考が飛び交う。雑念が。隙が。


「総一郎」


 先に動いたのは、父だった。その動きは迷いがなく、まっすぐで、美しくて―――


「勝ち目のない争いに挑むお前は、立派だった」


 裁きの光が来る。総一郎は白刃をかなぐり捨てて、『闇』魔法の引力を利用しながら回避に走った。それでも間に合い切らず、四肢が飛ぶ。右肘が蒸発して先が落ち、左足の脛から先を焼かれた。


 崩れる。総一郎は支えを一気に失って、ただへし折られた。修羅の力で再生させようにも、裁きの光が焼いた場所に再生はない。


 父が、ゆっくりと近寄ってくるのが分かった。じっと、総一郎を見下ろしている。その目に宿るは哀れみだ。心中で、総一郎は毒づく。悔しがる。皮肉を言う。だが、現実には涙がこぼれるばかりだ。


 目の前が真っ暗になったようだった。闇。こんなもの、と思う。総一郎の頼みの綱は、光に払われるばかりだった。肝心なところで、役に立ってくれない『能力』。せめてもう少しでも、人生を彩るものであったなら。


 その時、電脳魔術に、ひとつ通知が入っていることに気が付いた。


 その通知は、不思議だった。総一郎が開くまでもなく、勝手に表示画面にまで遷移した。送り主の名を見る。不明な連絡先。今更になって何が、と思う。


『闇は未知だ』


 短いメッセージだった。何だ、と思うと、それは連投され始める。


『だから、恐怖をあおる。


『未知だから恐ろしいのだ。


『だが、未知とは恐ろしいだけのものか?


『発想を転換しろ』


 何を言っているのだろうか。総一郎は、もう嫌になって、その画面を閉じようとする。


 その瞬間、最後のメッセージが表示された。


『総一郎。お前の名前の由来は―――――』


 それを見て。


 総一郎は負けてなどいられなくなった。


「せめて、幸福な死を」


 父の言葉と共に振り下ろされる裁きの光を、総一郎は身をよじって回避した。それに父は目を剥いて後ずさる。総一郎は片足片腕だけで立ち上がり、白刃を杖に、再び父と対峙する。


「総一郎。まだ、動けるのか」


「父さん。俺はまだやれます。剣士としてじゃない。『能力者』として―――俺は、あなたを倒します」


 強く睨みつけると、父は哀れみを隠そうともしなくなった。「そうか。ならば、掛かってこい」と言い、また裁きの光を構える。


 総一郎がすることは変わらない。ただ、『闇』魔法を展開するだけだ。


 ただし、総一郎と父をまとめて飲み込めるほど、大きな『闇』魔法を。


「ッ」


 父は素早く反応して、裁きの光を振るう。だが、その前に総一郎は概念戦を仕掛けた。


「無駄ですよ、父さん。この闇はただの闇です。そしてその裁きの光は、正義の本質通り悪意を打ち払うもの。この闇には父さんに敵意がない以上、それは効きません」


 その言葉と同時、闇は父を飲み込んだ。総一郎も同様だ。内部のものを喰らう性質を持たない、ただの闇。その中で、父の抗う音だけが聞こえる。第一の概念戦は、総一郎が取ったらしい。


 総一郎は、闇の中で目を瞑った。自らと対話する。これから述べる論法で、概念戦に勝利できるか。父を倒すことが叶うか。数秒の間、沈黙が場を支配した。それから、総一郎は目を開く。


 概念戦の火ぶたが、切って落とされる。


「―――闇は、未知です。未知とは、知られないもの。知る由もないもの。どうなっていても分からないもの。あるいは、どうなっていてもおかしくないもの」


「……? 何を、言っている?」


 総一郎は、父の問いを無視する。


「どうなっていてもおかしくないなら、それは可能性と呼んでも差し支えないものです。つまり、闇とは可能性。そこに絶対はなく、多くの不確定要素に未来は左右される」


「何だ、何をしようとしている。総一郎。お前は―――」


「父さん」


 総一郎は、闇の中で父を呼ぶ。


「俺の名前は、総一郎です。総一郎という名前の名付け親は、父さんだそうですね」


「……」


 父は答えない。


「この名前には、由来があると聞きました。総てを一つに。そういう解釈をしていました。だから、引力が発生した。でも、違ったんですね」


 総一郎は、続ける。


「総ての可能性の中から、最も良い一つを選べるように。父さんは、俺の名前をそういう意図で付けてくれた。ならば、俺はその通り、最もよりよい未来を掴みます」


 だから、父さん。


「父さんは、俺には勝てません。俺にとって最もよりよい未来は、愛する人たちと共に、生きることだから」


 闇に、ひびが入る。概念戦が、決着しようとしている。


「ああ、そうだ。一つ、言い忘れてました」


 総一郎は、付け加えるように言った。


「正義は勝つんじゃないですよ。勝った方が正義なんです。だからこの場合、父さんは正義じゃありません」


 正義は、俺です。


 冗談めかした言葉と共に、闇が砕けた。総一郎は強烈な力に、突き動かされるように走り出す。


 父は目を剥いて、総一郎を見つめていた。構えていた裁きの光は遠くから射出されたらしい謎の光線によって霧散する。脳裏によぎるのはルフィナの顔。ならばこれは、彼女の新兵器か。


 同時、上からベルの声が上がった。


「ソウ! これを使って!」


 総一郎が伸ばした手に、ちょうどファーガスの剣が収まった。自然と、その剣に不死殺しの力が宿っているのが分かった。


 総一郎は駆け抜ける。焼けた足の痛みなんて気にせず、無我夢中で父へと進む。父は普段使いの黒刀を抜いて総一郎に挑みかかろうとし、しかし寸前で止まった。


「おい……、この程度で、オレが死ぬと思ったかよ」


 父は足を掴んだグレゴリーに息をのんだ。それが致命的な隙になる。眼前。肉薄。総一郎は、言った。


「さようなら、父さん」


 ファーガスの剣が、父を貫いた。総一郎はほとんどゼロ距離で、父の身体に剣を差し込む。父の身体から、見る見るうちに復活の能力が奪われるのが分かった。グレゴリーを焼いた光の奔流も、今回は出る気配がない。


「……ふ。そうか。お前は―――修羅に落ちてなお、人として生きられるのか、総一郎」


 口端から、血が垂れる。父は、死に瀕していながら、嬉しそうに笑った。それから顔を上げて、総一郎の頭頂部を見つめ、しみじみと口にする。


「ああ、気付かなかった……。総一郎、お前、もう私より大きいじゃないか……。そうか、立派になったのだな……」


「……はい、父さん。俺は、こんなに、成長しました」


 総一郎は、震える手をどうにか押さえつけた。それに、父はそっと触れる。


「父は、もう、お前にしてやれることなどなかったのだな……お前が苦しんでいるだろうと、引導を渡してやろうと、その考えは、間違っていた……」


「―――いいえ、違います。父さんは、俺にとって、ずっと大切な父さんです。でも、親子でも、きっと心底分かり合うのは、やはり無理なんです。だって、別の人間だから」


「……そうか、そうだな。お前はもう、自分で物事を考えられる、立派な大人だ……」


 父の身体から、力が抜け始めた。総一郎の震える体は、父を支える事しかできない。


「ずっと、ずっと子供だと思っていた……。だから、私は、……苦しめないためには、この手で斬るしかないと……。だが、違った。お前は、もう、親の導きなしに生きていける。……そうだな、総一郎」


「はい」


 総一郎は、答える。力の抜けた父の手が、しかしゆっくりと持ち上がり、総一郎の頭を撫でた。


 父は笑う。


「―――大きくなったな、総一郎」


 父の身体が、一気に軽くなった。「父さん?」と呼びかけると、返事がない。慌てて離すと、父は崩れ始めた。ああ、と総一郎は思う。そうか、もう、別れの時か。


 父の身体は見る見るうちに朽ち果て、そして煤けていった。総一郎は、それを涙で見送るしかできない。だが、せめて笑顔で。


 そうして、風が吹いた。父の身体は、一息に崩れ果て、軽やかに風に乗り、散っていく。


 その塵の一掴みを、総一郎は逃さなかった。ぎゅっと握って、胸に抱き、そして言うのだ。


「はい、父さん。……総一郎は、大きくなりました」


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