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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
栄光の歴史持つ国にて
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2話 幼き獣(3)

 ベンに関して、あまり心配事はなかった。教官の態度、ファーガスの睨みの利かせ方。どちらもある程度うまくいったからだ。故に、今のファーガスの問題はそれではない。


「狩りに行こうぜ行きたい行かせて下さい頼むからぁああ……」


 ――暇だった。死ぬほどを付けていいくらい、暇だった。


 気の抜けた声で、ベッドに転がりながら鬱憤を吐き出す。こんな時にアメリアがいれば問題はなかったに違いない。多分時を忘れることができるだろう。


 こっそり抜け出して、どこか動物がいないか探してみようかと画策した。昔は好かれっぷりが制御できなかったため少々苦手な節があったが、今はそうでもない。犬でもネコでもラマでもなんでもござれ。どんな動物でも懐かせて見せましょう。


「……アーメーリーアー……」


 両親の粋な計らいによってつけられたキーホルダーの中のアメリアと見つめ合う。短毛種で優雅な長い尻尾を持った美人さんなのだ。躾も楽で、幼い頃からみゃあみゃあとファーガスの後ろをついてまわった。平たく言えば娘なのである。


 写真をしばし見つめて、吐息を漏らした。不意に虚しさに襲われたのだ。脱力して、天井を見つめる。


「あーあ、ローラにも会えないベルともコンタクト取れないハワードに会わない……。あれ、意外にいいことあったな」


 あと、ベン、ファーガスはぽつりと呟く。


「あいつ、大丈夫かな。教官も喧嘩両成敗スタンスだったし、そこまでの事にはなってないんだろうけど……」


 ベンに手を出したら、ファーガスに絞められる。そのことは身を持って示したつもりだった。一週間の謹慎とはいえ、一週間が明ければファーガスはまた戻ってくる。そんな状況下なら、地味な嫌がらせはさておき、本当に酷い事にはならないと思った。


 しかし、盲目にそのことを信じるつもりもない。帰ってきたベンの様子を見て、判断しようと考えている。それに、改めて聞きたいこともあるのだ。


「ケル、ねぇ」


 アメリアを傷つけられれば、ファーガスは激怒するだろう。どんな理由があれ、彼女が以前のケルベロスのように扱われたら、ファーガスは一人くらい殺していたかもしれない。


 これから、どうするべきか。ケルベロスは成長すればどんどんと大きくなり、最後には人間一人を丸呑みできるほどになる。炎も吐けば、ヘル・ハウンドの上位種だけあって、迂闊に触れると爆発する。そして被害は騎士側にしか出ないという寸法だ。強敵と簡単に言ってしまうのも、妥当ではないだろう。


「……ベン。お前は一体、これからどうするつもりなんだ?」


 なあなあじゃあ、済まされない。昨日の話のように手際よく聖獣にできれば、もう言う事はないだろう。しかし、出来る亜人と出来ない亜人がいる。それは実力によるもので、ローラやファーガスでは、きっと出来ないのだ。


 夕食の時間帯になって、ドアがノックされた。男子所帯で礼儀正しいベンも今更そんな事はしないから、「どなたですかー」と立ち上がり、扉を開いて迎え入れる。


 はたして、そこに立っていたのは見上げるほどの巨躯。教官だった。


「……教官? どうしたんですか」


「ああ、グリンダーに夕食を持ってきたのと、報告だ」


 まず湯気を出す夕食の並べられたプレートを受け取り、それを足元に置く。「それで、報告とは?」と尋ねると、平静な瞳で、「ああ」と彼は言った。


「グリンダー。貴様は今謹慎の身の上であるため、クラークと同室のままで居させることは適当でないと判断した。貴様の喧嘩……、おっと、私闘の相手にも、同様の処置をしている」


「あ、……そうですか」


 厳しすぎはしないか。ファーガスは、改めて違和感を覚えた。「そんなにいけない事をしましたか?」と尋ねると、教官の表情が憤怒に染まる。ファーガスは、慌てて取り繕った。


「い、いえ! その、薄学な私にどうかその理由をご教授願いたいなと! そのように思いまして……」


 上目づかいでへりくだるファーガスに、教官はとりあえず矛を収めたようだった。厳しい目で、彼はこのように言う。


「ここは、騎士学園だ。対亜人の独立特務機関の一つであり、騎士たる者の育成の場だ。文民統制などで手綱を握られた軍とは違い、我々はあくまで、亜人と敵対している。そのことは分かるな?」


「は、はい……」


 遠回しな説明をする輩は、ファーガスはあまり好みではない。


「そして、亜人は多岐を極める。数年に一度、ドラゴンがこの国を襲うのは知っているだろう」


「あ、はい。よくニュースになる……」


「そうだ。その時に何が重要になるのかと言えば、それは団結力なのだ。まず騎士候補生の六年間で小規模の班――パーティの親密な友情を育み、騎士補佐の四年でさらなる規模の行動の何たるかを知っていく。ドラゴン討伐は、避けて通れない我が国の課題の一つだ。いずれは根源ごと断ち切らねばならないが、今はまず、奴らを退けることを考えねばならん。

 グリンダー、貴様もいずれはドラゴンと戦う事になる。そのためにも、仲間と争う事を戒めておかねばならないのだ」


「……なるほど」


 そこまで深い考えがあったのか、と渋い顔をしてしまう。それなら、仕方ない……のかも、しれない。


 確かに、一人っきりでこの部屋に謹慎と言うものは、キツいものがある。しかも一週間。発狂寸前までいけば、確かにファーガスも仲間と喧嘩などしまい。


 教官は、「では」と短く言って去って行った。ファーガスは見送りつつも、ふと考えてしまう。ベンのやったことは、そういう意味ではファーガスより格段上だ。謹慎二週間などと言い渡されているかもしれない。


「……南無。ベン」


 しかし、謹慎ならば苛められることもないだろうとファーガスは考えた。存外、気に病むことではなかったのかもしれない。


 この一週間、どうしようかと、ファーガスはまずい食事に向かいつつ考え始める。




 一週間が明けた。タブレットが唯一の娯楽であったファーガスは、ベランダに雪が降っただけでも大喜びしたのが昨日の事。今日の朝なんかはあまりにハイで、ちょっと取り返しの付きそうにないことをしでかしかねなかったので、タブレットでローラに電話して「罵倒してくれ」と頼んだ。「非常に気持ち悪いです」と言われて、頭が冷えた。


 それを差し引いても、久々の外の空気と言うものは心地が良かった。五時。修練場で、まばらに人がいる時間帯だ。ローラはスコットランドクラスで修練場に立ち入らないクラスのため、起こして悪かったと反省してしまう。

 ただ、電話越しに声がどうしても喜色ばんでしまったため、何の返答もなく切られてしまったのがファーガスを普通のテンションに戻した。


 剣を振る。石柱に、聖神法をたたきこむ。筋トレはしていたが、有酸素運動が足りていない。五個ほど石柱をぶっ壊したところで、大分鬱憤が晴れた。


「少し、上の石柱を試してみるか」


 パーティを組んでいると、働きがなくてもポイントは分割されて得点される。済まないと思いつつも、自由に振らせてもらった。高威力の一撃を引き出す、『マーク・チェック』と言うものだ。


 それは敵に複雑な文様を入れ込んで、そこに何かしら聖神法をたたきこむ大技である。非常に高度な物で、これを取らなくてもツリーを進められるため、人気がない技でもあるらしい。


 硬度が上から三番目の物をひっぱり出してきて、カリカリと文様を描いていく。周囲の何も知らない上級生は、下級生の無謀な挑戦に少しの嘲りを含んで見物していた。


 それを今から覆すと考えると、ワクワクが止まらない。


 文様を辛うじて削り込むように入れ、指定の所作を行う。そして、それ以外で自分が取得している最も強い攻撃法を、その文様に放った。


 強い手応え。だが、石柱は割れていない。周囲から漏れ出る苦笑。何だか悔しく思っていると、文様が少しずつ光り出した。


「お、おお?」


 文様の線が、全体へ少しずつヒビとして延長されていく。割れ目は段々と空気が通るほど大きなものへ変わり、音が聞こえるまでになっていく。


 そしてヒビが石柱全体を包み、音質が変わった。


 瓦解。あまりにもゆっくりだったが、ファーガスは感動してしまった。周囲からも歓声が上がる。どんなもんだい、と言う気分になる。


 気づけばいい時間だったので、次の硬度の石柱に挑むのは止めておいた。一旦部屋に戻り、シャワーを浴びて、朝食へ向かう。


 ベンの姿は、見かけなかった。


「こりゃ、本当に謹慎くらったか」


 それはそれで致し方なし、と言う気分だった。仕方がないので一人で食べる。と思っていたのが、横に、乱暴に椅子に座るものがいた。何だ、と思いそいつに目をやる。


「何でお前ここに居るんだよ、ハワード!?」


「あーあー、五月蝿ぇ奴だなてめぇはよ。ったく、朝からよくもそんな元気で居られるもんだぜ」


 五月蝿そうにして、ハワードは耳をふさぐ。そんな奴に、ファーガスはジト目で文句を言った。


「お前俺より早朝に起きて鍛錬してんだろうが」


「あれは朝じゃない。早朝なんだよ。あの後部屋でもう一回寝るまでがルーチンワークだ」


「何かしょぼいな……」


「うるせぇ」


 言いながら、早速奴はウィンナーをフォークでかじり出す。食い方には意図して礼節を取り除いたような粗野さがあり、ファーガスは何だか呆れてしまう。


「それで? 結局何のためにこっちに来たんだよ。まさか自発的にこっちに来たわけじゃないだろ?」


 尋ねると、奴は音を出してウィンナーを咀嚼しながら「あのゲイ野郎に連れてこられたんだ」親指で背後を指さす。そこに居たのは、いつか見たカーシー先輩だ。ハワードの兄貴分みたいな御人である。そしてよく見れば、相席しているのはイングランドクラス寮長に続く他のクラスの特待生たちだった。


 ちなみに、ゲイ野郎と言った瞬間にカーシー先輩はハワードに向って何かを投げた。見事命中し、馬鹿は数秒ほど頭を押さえて突っ伏す。とはいえ回復も早く、何事無かったかのように話し出した。馬鹿だから丈夫なのだろう。


「何でも、特待生は他のクラスに訪ねてもいいらしいぜ。つってもほかの生徒が禁じられている訳じゃねぇんだがよ。アレだ、アレ。不文律って奴だ。この国の憲法みたく」


「さらっと憲法持ってくる辺り、やっぱりお前って頭いいのな。行動自体はクソが付くほど馬鹿なのにさぁ。何か自信なくすわ……」


「ハン、他人と自分を比べてる時点でお察しなんだよ。で、結局シルヴェスターから聞けたか?」


「……何をだ?」


「は? 聞いてねぇの? クソだなお前」


「仕方ないだろ。停学食らってたんだから」


「……何で」


「喧嘩。友達が苛められたからその相手に膝蹴りくらわせて悶絶させてやった」


「……そう、か。ちょっと引っかかるが。まぁいい」


「そうだよ。そんでお前、結局あの『噂』って何なんだよ」


「ん? ああ、もうすでに噂じゃないがな。確固たる事実だ。むしろ、この学園では知らない奴の方が少ない。……情弱のお前は知らないだろうけどな」


「うるせぇ馬鹿野郎! 教えんならさっさと教えろ!」


「へいへい、分かってるよ」


 五月蝿そうにハエを追い払う所作をしつつ、ハワードは食べ物を飲み込んで、この様に切り出した。


「ブレナン先生って知ってるよな? アイルランドクラスの教官なのに、他のクラスでもきちんとしてるって評判の」


「ああ」


「――あの先生な、スコットランドのとある騎士候補生にぶっ殺されたらしいんだわ」


 無表情で、フォークを虚空に差し向けながらハワードは言った。ファーガスはあまりの現実味のなさと、しかし不可解にも感じてしまった怖気に思わず舌打ちをしてしまう。


「……お前、その冗談はマジでつまらないぞ。今までは苛っとしつつも内心笑えたのに」


「いやいや、マジマジ。冗談じゃねぇからこんなセンスのねぇこと言ってんだよ。最近姿見ないっていうのは聞いたことなかったか?」


「聞いたっていうか、知ってはいたけど。それでも殺されたってのは……」


「ま、オレたち特待生なら、後々声もかかるだろ」


「声って」


「討伐だよ。決まってんだろ」


 ファーガスは、その言葉を聞いて硬直した。すると奴はいつの間にか食い終わっていて、「じゃ、また。機会があったらな」と消えて行った。




 ベンは、案の定謹慎になっているようだった。始業のベルが鳴る数分前。一向に現れない彼を思うと、自然にそんな風に推察できた。


 しかし、妙ではある。先週ファーガスに突っかかってきた少年たちは、教室の前の方を陣取ってぺちゃくちゃと歓談に興じている。ファーガスに気付いた風もない。普通なら、停学明けで目立つ宿命であったファーガスに、誰かしら突っかかってきてもおかしくないと言うのに。


 違和感。ちぐはぐな感触。ファーガスは、気持ち悪さに顔をゆがめる。何かがおかしい。しかし、異常性が見当たらない。


 ファーガスは後ろから二番目の列の席の、廊下側でない窓際で一人むっつりと黙り込んでいた。しかし、途中で視線を感じて、やはり奴らの内の一人がこちらを見ているのかと思い込み、その方向に睨み付ける。


 そこに居たのは、ベルだった。彼女はファーガスの視線に驚いたように表情をこわばらせる。ファーガスは喧騒で目立たないだろうのに、思わず言葉無しのジェスチャーで『違う』と示した。


 だが、その先に進まない。ベルはしばらく申し訳なさそうにファーガスを見つめて、少しして泣きそうな顔で俯いてしまった。それを、かつてベルの隣にいた女生徒が元気づける。


「……何だ?」


 首をひねる。何事かを聞きに行きたかったが、そこまで親しく付き合っているわけではない。結局、再び頬杖をついて始業を待っていた。あと、二分。その時に彼は来た。


 ぼさぼさの髪。穏やかそうだった顔は、焦燥と倦怠にやつれている。手にした教科書は、ことごとく落書き塗れだった。ファーガスは、冷水をぶっかけられたような気分になった。声を掛けようとしたが、彼は机から何かを抜き取ったらすぐに教室から出て行ってしまう。


「……お前、謹慎食らってたんじゃなかったのかよ……」


 十秒、呆然とした。五秒で、怒りがふつふつと煮立ち始めた。三秒で、爆発した。そして一秒もかけず、ファーガスは走り出す。


 教室の外に出た。索敵で彼を探す。だが、人が多すぎてわからない。仕方なく聴覚強化の聖神法に切り替えた。ごちゃごちゃと周囲の話し声が聞こえるが、一つ一つ別に聞けるので問題はない。何か独り言でいいから話してくれ、と願った時こんな会話が飛び込んだ。


『そういえば、さっき入ってきたみすぼらしい生徒、クラーク君だったよね』


『うん。しかも荷物まとめて出てったってことは……。やっぱり、退学のうわさ本当だったのかなぁ?』


『まぁ、そうなんじゃない? クラーク君が庇ったせいで、ケルベロスの幼生もまだ討伐出来てないし……。やだよねぇ。その上、あいつも山に居るんでしょ?』


『ケルベロスは見つけたら逃げていくけど、あいつは襲いかかってくるしね。で、タブレットも壊される。何でなの?』


『分かんないよ、そんなの』


「……退学って言ったか? ……校門」


 審議を判断する余裕は、ファーガスになかった。再び索敵したところ、校舎から出て校門へ向かう影が、確かに一つある。それも男だ。体格も、おそらく彼と一致している。


 走った。聖神法で身軽になって、窓から校舎を飛び出した。歩いていた人物は、ファーガスに気付いて振り返る。そして、「ああ」と泣き出した。


「久しぶり、ファーガス。一週間ぶりだね。……そうか、一週間って、こんなにも長かったんだ」


「ベン……」


 彼は瞳から雫をこぼしながら、あまりに嬉しそうに話す。ファーガスは、それに何も言う事が出来なかった。


「……なぁ、ベン。何があったんだ? 何で、こんな……」


 ファーガスは、震える声をどうにか抑えつつ、ある意味では縋るようにベンに問いかけた。彼は「ああ」と思い出したように自分の姿を見る。ところどころ破けた制服。健全でないのが一目で分かる顔色。取り繕うように浮かべる笑顔は、あまりに弱弱しい。


「自主退学、することになったんだ。もう、ここには居られないから」


「居られないって、そんな、何で!」


「第一に、名誉を守るため。放校処分じゃ、親の顔にまで泥が付いちゃうから。第二に、ぼく自身がここにはもう居られないって思ったから」


「……苛め、られたのか?」


「……」


 ファーガスは、その時のベンの顔をきっと一生忘れられないに違いない。嗚咽と歪んだ笑顔。具体的な内容を話させることがどんなに残酷な事なのかを、一瞬で少年は理解した。次いで、カッと燃え上るような怒りを覚える。


「あいつら、殺してやる!」


「待って! 違うんだ! ぼくが亜人をかばったのがいけなかったんだ!」


「そんな訳ねぇだろ! お前自身が言ってただろ!? 亜人が市民権を得ている国もある! 俺はな! 友達に亜人とのハーフがいるくらいなんだぞ! それが」


「前例があるんだよ! 二ケタに上るほどの! 全員ぼくみたいに亜人をかばって弾圧された挙句退学したり放校されたりしてた! ぼくだけじゃないんだよ! ぼくの苛めの筆頭ですら、亜人を庇えばこうなるって言ってた! 実際、五年前人気者が亜人を庇ってみんなから苛められて退学していったって……」


 ファーガスはベンの必死さに押し黙ってしまう。そして、それほどまでに根の深い亜人差別を感じて、恐ろしくなった。

 ――思い返せば、ベンは事件の前に嫌われていた訳でも軽んじられていた訳でもなかったのだ。むしろポイントがずば抜けていたから、少し憧憬の視線を受けていた節だってあったはず。ファーガスは喧嘩っ早い性分で、それを実感できていなかったが。


「だから、ごめん。何にも言わないで、こんなことになって。でも、少しだけいいことがあったんだよ。ほら」


 呆然とベンを見つめるファーガスに、彼は一度涙をぬぐってからタブレットを差し出した。見れば、そこには0ポイントと表示されている。


「……これは、どういう……」


「ぼくが退学していくから、その分のポイントはパーティに還元されることになったんだ。さっき手続きを終えたから、タブレットを見ておいて。……総合ポイントには加算されないからエリア解放は出来ないんだけど、それでも聖神法とか武器に変えることはできる」


「そんな、これで納得できるわけないだろ……!」


「……ファーガスは、真っ直ぐだね。羨ましいよ。もしもファーガスが付いててくれれば、ぼくは……。ごめん、恨み言みたいになった」


 初めて、そこでベンは笑った。微かではあったが、本物の笑顔だった。再度彼は涙をぬぐって、「一つ、頼みがあるんだ」と言う。


「ファーガスはさ、前から思ってたんだけど、亜人を殺す時済まなそうにするよね。まるで、本物の人をやむを得ない事情があって手にかけるみたいだって、そんな風に思ってたんだ」


「そんな、……俺たちの都合で勝手に命を奪うんだ。謝って済む問題でもないけど――覚悟をもってやるべきだと、思ってる。偽善染みてるけどな」


「……うん。やっぱり、君しかいない。――ファーガス」


 ベンは表情を引き締めた。そして、酷く残酷なことを言った。


「君が、ケルベロスを殺してほしい。いずれは誰かに殺されるんだ。ケルベロスが死んでしまうのなら、君の手がいい」


「……何だよ、それ。そんなの、お前が決めていいことじゃないだろ」


「そうだね。ぼくは今、あまりにも驕ったことを言ってる。自覚はあるんだ。傲慢極まりないって。……でも、それでも君の手がいい。ケルはぼくの四人の親友の内の一人で、多分、彼もそう思っててくれたと思う。親友が親友に殺されるなら、納得がいくんだよ。……それでも、君は嫌かな」


 ファーガスはベンの顔色がこれ以上悲愴に染まるのが見たくなくて、踵を返して「分かったよ!」と怒鳴りつける。背後から聞こえてきた「ありがとう」は、淡くも色濃い水色だ。


 やるせない気持ちで教室に戻ってみると、授業はすでに始まっていた。先生の説教が飛んでくるが、淡白で、聞き流すとそれ以上はされなかった。ちらちらとこちらをうかがう視線は、少ない。ベルが心配そうにしているくらいだ。あの様子なら、少しくらいはベンの力になってくれたのかもしれない。だが、力が及ばなかったのだろう。致し方ない事だ。


 他には、探ったが、感じられなかった。興味がない、という事なのか。


 自分がいじめた相手が、一週間で退学していく。それに何にも感じ入ることがないとすれば、もはやそれは苛めですらないのだろう。ファーガスの見通しが甘かったという事なのか。義務感で動いていたら、確かに自分如きの脅しなど利くはずもない。


 授業などそっちのけで、ファーガスはタブレットをいじっていた。ポイント。欲しい武器などはなかった。高価な物よりも、最低限の性能を保った消耗品として多少確保しておきたいくらいだ。そういう意味では、足りている。すると、とスキルツリーを開く。


 『ハイド』それに連なる、隠密系の聖神法。ファーガスは、ノートに計算し始めた。そして与えられたポイントが、ちょうどベンのとった『ハイド・シャドウ』に届くと知る。


 迷いは、無かった。

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