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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
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8話 大きくなったな、総一郎72

 階段を上がると、そこでヴィーが待っていた。


「お帰り。大丈夫みたいね」


「ええ、あと少し状況を調整すればすべて解決です」


「そう、よかったわ。焦っちゃったわよ。アイツ、ほら、私の父親が脅かすようなこと言うんだもの」


 杞憂ったらなかったわね。とヴィーはおどけて、ローレルを先導するようにピッグたちが居た部屋に戻っていった。ローレルはそれについていきながら、彼女の言葉の裏側に思いをはせる。


「どんなことを言っていたのですか?」


「お手並み拝見だな、とかなんとか? 前もね、私が興味本位で行こうとしたときなんか、ちょっと引くくらい拒否って来たのよ。びっくりしちゃったわよ、もう」


「そうなんですね」


 第二の交渉は、始まる前から暗礁に乗り上げたようだ。ローレルはアナグラムを解きほぐしながら、説得の材料をどう構築していこうか悩む。


 ARF幹部メンバーがたむろする部屋に戻ると「シルヴェスター。アンタ、シュラを上手く扱う方法を知ってんのか?」とハウンドからからかわれた。ローレルは「このくらいできなければ、ソーを幸せになんてできませんから」と微笑み返す。


「と、状況を掴んでいるという事は、見ていたんですか?」


「まぁな、監視カメラあるし。会話も聞かせてもらった。ベル……あいつを正気に保つ方法なんてあるのか? いや、わざわざアナグラム計算してないアタシが言うのもなんだけどさ」


「ハウンドは忙しいからでしょう? そんなあなたが取り掛かれない特殊分野を対処するために私が動いているのですから、役割分担というものです」


 ローレルはハウンドの謙遜を妥当であると認めつつ「それで本題ですが」と切り出した。


「ベルを正気に保つ方法は、彼女を人の輪の中に置くことかと思います。つまり、今の軟禁状態を止めて、せめてARFの生活圏で人間らしく生活させるこ」「おい、その要求は流石に飲めねぇぞ」


 言葉を割って首を横に振ったのは、案の定ピッグだった。ローレルは息を吐いて、彼に向き合う。


「リスクの話ですね。もっと言うなら、親としての感情の話ですか」


「そうだな。ハ、話が実に早い。カバリストってのは、こんなのばっかか、ハウンド」


「何度も言うようだけどよ、シルヴェスターはトップレベルだぜ。文字通りのエースだ」


「そうかい。なら嬢ちゃん。アンタはオレを説得する道筋まで見えてるのか」


 ほぼケンカ腰で、ピッグはローレルを睨みつけてきた。だからこそ、ローレルは、率直に返す。


「いいえ、今のところ全然見えてません。娘さんのことを本当に大切に考えているのですね。そして、その危険に直結するもの事を、一つとして看過するつもりがない」


 ローレルの言葉に、意外だったのだろう、ピッグは目を丸くキョトンとして、「そ、そうか」とケンカ腰を落ち着けた。だがそれもローレルのアナグラム合わせの一つでしかない。遅れて理解したハウンドは、「はー、なるほど。うまいねぇ」と感心しきり。


 何が、とピッグがハウンドの言葉に首を傾げる。そんな彼は、気付いていないのだろう。彼の娘、ヴィーが顔を赤くして、ピッグをキッと睨みつけていることに。


「……何それ。私がそんな過保護状態じゃないと生きていけないような弱虫だってこと?」


 予想外の方向から突っ込まれて、ピッグは驚きに肩を跳ねさせる。


「は? いや、そういうんじゃ。というか、どんな親だって反対するだろうが! その、何だ? シュラとかいうのは、ウッドの不死性を支えていた特級の脅威だぞ。それを」


「だ! か! ら! 私はアンタとの魔女契約でほぼ無敵でしょうがってことよ! 娘を無敵にして、その上脅威からも遠ざける!? 私はね! アンタがやっと私を頼ってくれたのが嬉しくて契約したの! 過保護にされたくて頷いたわけじゃ」


 そこまで言って、ヴィーは口を手で押さえた。それから赤い顔で視線をウロチョロさせて「その、だから、アレよ」と言葉をしきりに探して、思い切り地面を踏み鳴らす。


「子を愛するならば子を世界に送り出せ、よ! 私は過保護にされなくても生きていける! アンタが居なくても何とかしてた! 今更構いすぎるのは悪手ってこと!」


 分かった!? と強く言われ、ピッグは言葉に詰まっていた。現実的には間違いなくピックの判断は正しい。修羅の危険性は、暴走の可能性が段違いに低くとも、見過ごせるレベルではない。しかもベルはそれなりに暴走の可能性を秘めている状態だ。


 とはいえ、環境が変われば安定させることは難しいとも思っていない。それを論理的に説明して納得させるのがカバラ的に効率が悪いだけだ。ならば手を変えるのが必定。つまり、論理で説得できないローレルではなく、感情で押し通るヴィーに委任する、という選択肢。


「だ、だが、だな。ウッドの強さと凶暴っぷりは覚えてるだろ……? あれと同じものを秘めた奴なんだぞ?」


「そのウッドだったらしいイッちゃんは、すっかり正気じゃない。まぁすごいショックなことがあって、今記憶喪失だけど。でも少し前までは、過ぎるくらいに自己犠牲的な聖人君子だったわ」


「そ、それは、そうなんだが……。あ、あのだな、アレは色々と積み重ねがあって、やっとなしえた奇跡という話があって」


「ならその奇跡をもう一度起こせばいいって話でしょう? 亜人に人権が認められるっていう奇跡を追い求めて動いている私たちが、その前の小さな奇跡くらい起こせなくてどうするのよ」


「いや、だからだな……」


 ローレルの目論見通り、ピッグは大いに困った様子で、肩を縮こまらせてヴィーにどうにか理解してもらう事を懇願していた。一方で、そうすればするほど反発するヴィーである。


「ああ! もう! 埒が明かないわ! 私が直接会って話して、仲良くなってみれば納得する!? するわね!? ちょっと待ってなさい!」


「はぁ!? おい待てヴィーラ! そんなこと許さね」


 言い切る前に、ヴィーはどこからともなく杖を取り出し、炎を纏ってピッグの脳天を殴りつけた。ダメージそのものは入っていないようだったが、彼女の無敵同様、衝撃は伝わるらしい。「んがっ」と間抜けな声を出して、ピッグは後退した。


 対してヴィーの動きは何とも素早いものだった。殴りつけるなり手応えを確信して、即踵を返して走り出す。ローレルがすべきことといえばとてもシンプルだ。「ハウンド」と呼べば、「仕方ねぇなぁ」とヴィーに扉の開錠権限が付与される。


「う、おお、クソ。ぐ、待てヴィーラ……!」


 目を回しながらも、ピッグは彼女の後を追った。ローレルはハウンドと視線を交わして、二人揃ってそろそろとついていく。


 二人が移動した時には、ベルの隔離室へとつながる扉はすでに開け放たれていて、階段をものすごい勢いでピッグが駆け下りているのが見えた。


「ヴィーラ! だから、あぶねぇって言ってんだろうが!」


「うっさい! それは私が判断することなのよ! アンタに決められる筋合いはない!」


「親にそれを決める筋合いがないわけねぇだろうが!」


「ティーンエイジャーにはそれが出来るって言ってるのよ!」


 怒鳴り合いながら追いかけっこをする二人。ハウンドが「やってんなぁ」と笑った。ローレルはあの二人の様子が何だか羨ましくって、真剣な目で見つめていた。


 まだかなり距離を確保した状態で、ヴィーは奥の扉も開錠した。そしてそれも閉じて、権限を付与されていないピッグが階段に閉じ込められる。


「あっ、この扉そういう仕組みか! おいハウンド! これ開けろ! じゃないとヴィーラが!」


「おいおい旦那。ベル関連の判断をアタシに任せるっつったのはアンタだろ? 大人しく見てろよ。ある程度世話見てやるのは大切だが、どっかで子供ってのは独り立ちするもんだぜ」


「だからって命に係わるような危険は、親が命を賭しててでも、排除してやらなきゃならねぇだろうが!」


「今回がそうであるとは限りませんよ」


「それはッ! オレが決める!」


 ピッグは拳に炎を纏い、思い切り殴りつけて施錠扉を破壊した。「おいおい……」とハウンドがあきれ顔で階段を降り始めたので、ローレルもそれについていく。


 階段を下り切った先では、ベルを背に庇うヴィーと、それに向き合うピッグの図が完成していた。ベルは状況を掴めず困惑の目で二人を交互に見てから、ローレルを見つけて、小声で「ローラ、これ、なに!」と質問してくる。ローレルはクスクス笑ってしまった。


「ヴィーラ! 戻るぞ!」


「嫌よ! この子普通にしてるじゃない! むしろ私たちの騒動に困惑してるくらい正気じゃない! 私もう決めたの! この子と仲良くなるって! だからパパはあっち行ってて!」


「だからッ! そいつは楽しくやってたら突然お前を殺すかもしれないんだって言ってるだろうが!」


「それこそ魔女契約でその危険性がないって話でしょ!? 自分でやったことくらい理解してなさいよ!」


「ああ、だから、そういう事じゃねぇって言ってるだろ!」


 二人の言い合いは全く持って平行線で、お互いに頭に血が上ってるから冷静に論理立てて説明することも出来ない。そして外野の声を聞きもしないだろう。つまり、ローレルたちには見守る以外の選択肢がないわけだ。


「ポップコーンとジュースが欲しいところだな」


「あるよ。食べる?」


「ナイ、いきなり現れるのは心臓に悪いからやめなさい」


「ああ、お小言は勘弁して欲しいな。それで? ローレルちゃんは要らないの?」


「いただきます」


「いただくのか……じゃあ、まぁ、アタシも貰おうか」


 突如現れたナイから提供されたポップコーンとジュースを摘まみながら、三人は親子喧嘩を観戦の構えになる。そうしている間にも親子喧嘩はヒートアップしていて、話題が関係ないところにまで飛び火していた。


「そもそもアンタは何なのよ! ネグレクトと過保護を繰り返して! 私をどうしたいの!?」


「ネグレクトしてた訳じゃないだろ! お前はもうティーンエイジャーで、身の回りのことくらいは自分で出来るだろうって信頼してただけだ!」


「なら今回も任せられるでしょう!? お友達選びにまで口出ししてくる親なんて、過保護を通り越して束縛よ!」


「束縛なんかしてねぇだろうが! 普通に遊ぶ分には自由にさせてるし、襲撃だって自由参加だ! アレだって元々はヴィーラが駄々をこねたから連れてくことになったんだぞ!」


「その駄々のお蔭で、私は今立派にARFで戦えてるでしょう! 子供は過酷な環境でこそ自立して育っていくの! 甘やかしたらダメになるのよ! だから今回もそうさせてよ!」


「過酷にも限度があるだろって話なんだよ! なぁ、分かってるだろ!? 分からないふりはやめてくれ。心配なんだよ。ただ、オレは……」


 ピッグの声のトーンが落ちていく。そろそろ決着か、とローレルが思うのと同時「最後はどっちに転ぶでしょう?」とナイがポップコーンで頬をリスのように膨らませてニヤリとした。ローレルはその頬を突いて「ぐえっ」と言わせる。


 そして、ヴィーは言うのだ。


「うるさい。それは私が決める。パパは黙って見てなさい」


「……!」


 泣き落としがまったく効かなかった悲しき父は、そのままぐったりと項垂れてしまった。「勝敗は決したな……」とハウンドが言った直後、ヴィーは振り返って「という訳で」とベルの手を握る。


「今日から私たち、友達ってことでいいわね? いきなり自由にしてあげることは出来ないけど、私毎日あなたと話に来るわ。それでみんなが平気だねって分かってきたら、もっと自由にしてあげられると思う。だから、リハビリ、頑張りましょ」


「え、あ、うん。……お願いします?」


「ふふ、やったわ。またお友達増えちゃった」


 ヴィーは片手を挙げて、勝利宣言だ。見事なまでの怒涛の攻めでした、とローレルは感想を胸に秘める。


 それから、ヴィーはさっそくベルと和気あいあい話し始めた。一方ピッグがヨタヨタとこちらに寄ってくる。彼は恨みがましく、ローレルに言った。


「……親子喧嘩を誘発して、仲違いさせて、満足か」


「やぁ北欧の。大変面白い見物だったよ」


「黙ってろ、邪神。ああ、クソ。完封だ。完敗だよ。お前からどんな説得を受けても首を横に振ろうと決めてたら、まさかこんなことになるとはな……」


「私も少し悩みましたが、思った以上に上手くハマってよかったです。私が言うのも何ですが、親子っていいですね」


「皮肉か?」


「いいえ。私は実の親に育てられたわけではないので。実の祖父母ではあったのですが」


 その言葉で、ピッグは口を閉ざして「悪いことを聞いたな」と顔を逸らした。ローレルは「いいえ。私は気にしていませんから」とだけ言う。


「そうだよね。こう言うときに場の空気を一気に染められるこのエピソード、アナグラム操作的に重宝してるもんね」


 ナイにローレルの真の意図をバラされて、ローレルはひそかに竦みあがった。だがローレルとて百戦錬磨。困った笑顔になって「そう言う風に取られても、仕方ないかもしれませんね。私はただでさえ、カバリストですし」と言う。


 それをして、ピッグは厳しい顔になってナイを見た。


「邪神。オレはお前の事が心底嫌いになったぜ。そして嬢ちゃん。その、手段は褒められたもんじゃないが、まぁ、何だ。こういう喧嘩が出来るのも、そうだな、親子の形の一つなのかもな」


 それだけだ、横通るぞ。と言って、ピッグは三人の隙間を、器用に巨体を操って抜けていった。その後ナイは「ローレルちゃんも中々底意地の悪いことをするじゃないか」と嫌みを言い、ハウンドは「咄嗟に邪神のアナグラムを返せるのすっげぇなおい」と瞠目した。


 だが、二人の言葉をローレルは気にもせず、遠ざかっていくピッグの後ろ姿を見て、呟くのだ。


「父親って、難しいんですね」


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― 新着の感想 ―
[良い点] これはSFなのかファンタジーなのかラブクラフト神話体系なのか未だに整理出来ない怪作。 [気になる点] 上記の理由で友人知人にオススメ出来ない所。 (以前 映画「田園に死す」と「ドグラ・マグ…
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