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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
302/332

8話 大きくなったな、総一郎68

 彼は、『ハザマ ユウ』と名乗った。


 ローレルには、その意味が分からなかった。その言葉の通りに取るなら、ソーは別人に乗っ取られたということだ。だが、そういう感じではなかった。根幹にあるモノはソーと違うようには見えなくて、アナグラムに狂いもなくて、だから、ひどく困惑した。


「おや、これは……なるほど。ローレルちゃん、これは記憶喪失だよ」


 横から現れてソーを覗き込んだナイは、そのように言った。彼女はじっと彼を見つめて、「これは、中々興味深いね。生まれるまでの全ての記憶を失うと、転生者はこんな風になるんだ」と呟く。


「転生、者、とは?」


「文字通りだよ。日本的な宗教観では、人間の魂は入れ物や性質を変えて巡り巡るモノなんだ。キリスト教にはなかったかな?」


「え、ええ。我々は、死していく先は天国や地獄、その周辺と決まっています」


「なら、彼はその例に当てはまらないということになる。要するに、前世があるのさ。別の人生を歩んだ誰かの記憶をもって、総一郎君はこの世に生を受けた。同時に、『祝福されし子どもたち』たる権能も同時にね」


 ナイがクスクスと笑い、ローレルがその奇妙さに顔をしかめると、“彼”は「うん……?」と反応だけでそっと意味不明であると伝えてくる。


「あー……えっと、ですね。つまり、ハザマさん。あなたは記憶喪失なんです」


 普通に名前を呼んでも反応してもらえそうにないと、ローレルは歯切れの悪い自身を自覚しながら、彼に説明を始める。


「僕が?」


「はい。大きなショックを受けることがあって、入院しているんです」


「そっか……」


 反応が鈍い。そう思う。アナグラムを分析してみるに、意識がどこか朧気なのだと分かった。だが、その対処法が割りだせない。


 目の前の、理解し尽くしつつあると思っていた想い人が、今謎に包まれていた。カバラの計算式も、うまくハマらない。亜人の種族魔法を前にしたときのような、例外に属するもの、という感じが、ひしひしと伝わってくる。


 それでも、ローレルはめげなかった。


「その、ソー、ひとまず、あなたの現状について話しますね?」


「うん? うん」


 そこから、数時間かけて今までのことを話した。この社会のこと。人間関係のこと。問題と敵のこと。


 一通り話し終えて、ローレルは一息つく。ソー―――”ユウ“は一つ首肯して、それからこう言った。


「面白い話だね。君のお気に入りの小説の話かな?」


「……神よ、火を」


 聖神法を短縮して手から炎を出すと、ユウはパチクリと目を瞬かせて、「手品できるんだ。すごい」と柔らかく笑った。ローレルは眉根を寄せて、やりにくさに閉口する。


「ローレルちゃん、ボクも手伝おうか?」


「引っ込んでいてください、ナイ」


 またもや首を突っ込んできたナイを、ローレルはそっと押し留める。しかしナイはそれを掻い潜って、ユウに話しかけた。


「やぁ、総一郎君。今って西暦何年かな」


「2013年かな」


「ローレルちゃんの話どう思った?」


「……ローレルちゃんって?」


「ウッド。君は結局、総一郎君を乗っ取り損ねたようだね?」


「……?」


 ゆるい笑顔を浮かべて、ユウは首を傾げた。ローレルは、気にくわないながら驚嘆する。このやり取りだけで、余りに多くのアナグラムを引きだせた。


「ナイ、あなたが邪神としての力を失っていた時でも恐れられていた理由が、何となくわかりました」


「今までは脅威と見なさないでいた君の豪胆さには、ボクもほとほと呆れるところさ」


 ナイから告げられた嫌みに、ローレルはそっぽを向いて計算と吟味を始めた。今の応答から分かることは多い。ユウは記憶だけの存在で、今与えられた情報を蓄積することは出来ないこと。それが修羅性を押し留める過程の副産物であること。


 そして、2013年に大きなアナグラム変動を起こした何かがあった事。


 ナイが「ねぇローレルちゃん」とそっと話しかけてくる。「何ですか」と険を込めて返答すると「前世のことを聞いてみるのはどうかな? 記憶喪失の治し方についての手掛かりになるかもしれないし、それを抜きにしても単純に気になるし」と問うてくる。


「……ソーの前世」


「気になるよね? さっき言ってた恋人の話も含めて、彼の前世についてはほとんどがブラックボックスだ。無貌の神ですら伺い知れない過去のことを、本人の口から聞くことができる。そこに、総一郎君の記憶を戻す鍵もあるかもしれないしね」


「……あなたの提案に乗るというのはゾッとしませんが、今回ばかりは、妥当です」


「あは! 良かった」


 同意を取って、ナイは「ねぇ総一郎君、君の話も聞かせて欲しいな」と持ち掛ける。ユウは「ソウイチロー……? 僕の話? うん、いいよ」と承諾してから、言葉を探すように視線をうろうろさせた。


「そうだね……。じゃあ簡単に。改めまして、ハザマ ユウと言います。とある研究所の研究員として働いてます。好きな食べ物はぼた餅。付き合って数年する彼女がいます。よろしくお願いします」


 彼女、という言葉を聞くたびに、胸に小さな痛みが走るのが分かる。記憶喪失なのだと分かっていてなお、ローレルはソーの拒絶が辛い。


 一方、ナイは呑気に違う点へコメントを一つ。


「へぇ、地味にぼた餅好きなの知らなかったな。日本でしか食べられない食べ物だし、仕方ないといえばないのかもだけど」


「マーマイトじゃないなんて……」


「えっ、そのボケ、ボクしか拾える相手居なくない? 邪神にツッコミ求める人間なんて聞いたことないよ。びっくりした」


「ナイ、余計な茶々はやめてください。ソー、もといユウが困っています。さ、ユウ。続けてください」


「こんなに理不尽な気持ちになったの久しぶりだよ」


 ナイの文句を聞き流して、ユウは「そうだなぁ。じゃあ最近起こった事でも話そうかな」と首を傾げる。


「研究所でね、僕は勤務三年目っていうまだまだ若手に属するんだけど」


 そこから始まる話は、平凡で、職業の専門性ゆえにほどほどに興味深くて、しかしやはり重要性に乏しい。そんな話だった。それをローレルは、何だかソーの違う一面を知れるような感じがして嬉しくて、他方ナイは思うところがあるらしく、聞きながら考え込むような所作をしていた。


 そうして一通り話し終えたユウは、大きな欠伸を一つして「ごめんね、ちょっと疲れちゃったから、今日はここまでで……」と言って、横になった。そして数秒もせずに寝息を立て始める。


 ローレルは今までの話をアナグラム化して分析を終え、「ナイ、どう思いますか」と尋ねた。ナイは「どうもこうもないさ。君だって同じ結論に辿り着いたからこう言ってるんだろう?」と質問をそのまま返される。


「……会話の節々で、意図が見えず膨大なアナグラム変動がありました。ソーのブラックホールめいた……」


「そうだね。ところでローレルちゃん、総一郎君が使っているあのミニブラックホールに関わる情報って、どこまで知っているのかな?」


「私はほとんど知りません。ソーは秘密主義の気質がありますから、不必要ならば暴き立てることはしません」


「そう。でも知っておいた方がいい、と言う段階に至ったとは思わないかな?」


「……ナイ、まだるっこしいことはやめましょう。昨日持ち掛けてきた件でしょう? ソーの安眠を邪魔したくないですし、歩きながら聞きます」


 ローレルは踵を返して、ソーの病室を出た。ナイは追いかけて来ながら「君は本当にハッキリとしているね。そして話が早い。案外ボクら、うまくやれるんじゃないかな?」と語り掛けてきたから、「ごめんです」と切って捨てた。「つれないね」とナイは嗤う。


「今日やって欲しいことはとてもシンプルだ。とある人々と仲を取り持って欲しい。その内の一人と、君は恐らく直接面識があるはずだ」


「分かりました。どんな方ですか?」


「ルフィナ・セレブリャコフと同類、と言えば伝わるかな?」


 ローレルは立ち止まった。それから「あの手の方々を敵に回せば、あなたとて無事では済まされないと思いますが」と嫌な顔をして見つめる。ナイは肩を竦めて「ボクだって極力関わりたくもないさ。ボクの担当はあくまで総一郎君だもの」と珍しく口をへの字にした。


「けれど、今回ばかりはボクの手には本当に余るんだ。頼るべき相手には頼らなければならない。ボクだって自分の命が惜しいさ。だから手を尽くす。ひとまず君に声をかけたりね」


「……危険をちゃんと認識しているのであれば、言う事はありません。圧倒的優位下でこそ人間の本質が見えると言います。あなたは自らの勝利を確保した上で、ソーを救った。ならばそれも必要なことなのでしょう」


「あは。分からないよ、ローレルちゃん。そうやって油断させて、君たちから本当に引き出すべきものを引き出すことを目的としている可能性だってあるんだから」


「あなたは徹底的にソーの愛が欲しい。私は徹底的にソーの幸せが欲しい。かつてはこの僅かな違いが敵対関係を形成しましたが、今は違います。ならばあなたは裏切らない。違いますか?」


「……厄介な人間だよ、ローレルちゃんはさ」


 ナイは不貞腐れたような声音で答えてから、ローレルの前に躍り出た。ニヤリ笑って言う。


「そんな厄介で憎たらしい君に、サプライズを提供しよう」


 ナイは拍手を大きく打った。その手の内から闇が広がる。ローレルは本能的に身をこわばらせたが、すぐに意識してほぐした。分かりやすく驚いて、主導権を握らせてなるものか。


 闇。だが不思議に、自分やナイの姿はくっきりとしていた。ローレルは小首を傾げて尋ねる。


「何ですか、これは?」


「あは、随分頑張って驚かないふりをするんだね、バレバレだよ?」


「こういう意地の張り合いは、無為とて全力を注ぐものです。恥ずべき点はありません」


「……そういう揺るがない態度、総一郎君に似てるよ」


「それはとても嬉しい言葉ですね、ナイ。あなたからの言葉としても」


 ナイは溜息を吐いて「これは見ての通り闇だよ。ただし、光が差さないというその意味そのものの闇じゃない。魔術的で、本質的な闇だ。お姉さま関連の魔術だね。闇は未知、未知とは可変。故にこそ人為が蠢く」と説明し、そしてこう言った。


「ボクが考える、総一郎君の『能力』と本質を同じくするものだ」


 ナイはもう一度拍手をした。途端闇がほどける。薄暗がり。狭い道の袋小路に、二人は居た。ローレルはこの場所を見た事がなかったが、アナグラムで分かる。


「スラムですか」


「そうだね、そして目的地の近くだ」


 ナイは先導するように先を歩き始めた。ローレルがついていくと、すぐに見覚えのある建物が見え始める。


「ここ、ソーと来たことがあります。とってもリーズナブルで美味しいんです。ジャンクフードではありましたが」


「ボクはこんな状況になるまで、死んでもここには来ないつもりだったのだけれどね」


 さぁ行こう。ナイは長く息を吐きだして、スラムのソーの行きつけ店の扉を開けた。まだ開店時間でもないのだろう。小柄な黒髪ポニーテールの店員さんが忙しそうに動いていた。


「あー! ごめんなさいね、まだ開店時間じゃなくって……」


 そんな彼女は、大皿を何枚も抱えながら入り口へと振り返る。それからナイの姿を認め、言った。


「あら、ニャルラトホテプじゃない。ここに姿を現さない限り見逃しておいてあげようと思ったのに、自殺でもしに来たの?」


 ローレルは、過程を見逃したのかと錯覚した。気付けばナイは店員さんに片手で地面にねじ伏せられていて、その手には妙な文字の印字された長方形の紙が握られている。


「ろ、ローレルちゃん! は、はやく、早くとりなして!」


 ナイがこんなに必死な声を出すのを初めて聞いて、ローレルは「ま、待ってください。その、違うんです。この邪神は確かに邪悪でソーを誑かす泥棒猫ではありますが、今日は悪意があってここに来たわけではないんです」と弁解する。


「あら、あなたは総一郎が前に連れてきた……ああ! 総一郎の恋人を公言する大人しそうなのに気が強いのってあなた!?」


「ソーの恋人を公言しているのは私だけのはずですので、はい、そうです」


「あはは! その断言具合は確かに話の通りね。―――で、そんなあなたが、この邪神を庇うと」


 店員さんは目を細める。ローレルは背筋に冷たいものが走ったが、だからこそ強く見返して、頷いた。店員さんは僅かな沈黙を挟んで「いいでしょう。話があってきたのよね。総一郎の恋人さんは正気のようだし、交渉の席につきましょう」と言った。


 そして、彼女はナイから手を離す。ナイはこの短いやり取りでだいぶ疲弊したらしく「じゅ、寿命が10年は縮まったよ……」とよろよろ立ち上がった。ローレルは流石に心配になって「大丈夫ですか?」と彼女を支える。


 そこで店員さんが言った。


「ローレルちゃん、で間違いなかったかしら? あなた、邪神に気を許すのは止めておきなさい。痛い目見るわよ」


 次いで店員さんは「男どもー! 降りて来なさい。招かれざる客が来たわ!」と上階へ大声で呼び立てた。すると飄々とした老爺(あまりに若々しいので判別が難しいが、アナグラム的に)と、どこかでちらと見たラフな格好の美丈夫が奥の階段から降りてくる。


「おうミヤ。朝から随分と元気だな……と、なるほど面白い客だ」


「んだよミヤ……。朝っぱらから起こすんじゃねぇっての……」


 それぞれが好き勝手にモノを言いながら、適当な席に腰を下ろした。ローレルはナイを支えながらキョロキョロと店内を見回し、それから彼らと離れすぎてない席にナイを下ろし、自分もその横に座った。


「はい、ポテト」


 そして店員さんが置く大皿のポテトフライである。ローレルは目をパチクリとしてから、「えっと……? あ、ありがとうございます。その」と店員さんのアナグラムを見て取る。


「ミヤよ。総一郎とかからはミヤさんって呼ばれてるわ。あそこの爺は大統領ってあだ名で呼ばれてて、そこの寝起きクソガキはグレゴリー」


「大統領だ、よろしく」


「寝起きクソガキって何だよ。飛び起きて降りてきただけ評価しろ」


「グレゴリー、早起きは三文の徳なんて言葉が日本にはあるが、夜明けの日差しを浴びて活動を始めるのも乙なものだぞ」


「爺臭いこと言うんじゃねぇよ大統領」


 やり取りを眺めて、この三人は家族のようなものなのだと理解した。そして、その強大さも。アナグラムは彼らの一挙手一投足で膨大に荒れ、狂い、そして凪ぐ。


「ろ、……ローレル・シルヴェスターです。ローラと呼んでください。こちらは、ご存知のようですが、無貌の神、ナイです」


 ひとまず、ローレルも自己紹介だ。向かう三人はそれぞれ自己紹介を受け入れるように頷く。


「で」


 ミヤさんと名乗った店員さんが席につくのと同時、空気が引き締まった。彼女はナイを見つめて、呼びかけるように手を差し伸べる。


「用件は何かしら、ニャルラトホテプ。僅かでも悪意が感じ取れたらその場で殺すから、慎重に発言なさい」


 分かるでしょう? と言いたげな物言いに、ローレルは自分の場違い感をひしひしと実感し始める。逆立ちしても指一本届かないような、桁違いの異能者たち。


 ナイを見る。彼女は、テーブルの下でその手が震えるほど緊張していた。立場上分かるのだろう。ミヤさんの言う『殺す』が、真実そのものであると。邪神たる自らでも、問題なく殺してのける相手が『殺す』と言っているのだと。


 ならば。


 故にこそ、ローレルは言わなければならない。


「ミヤさん。警戒する気持ちは十分に理解できますが、必要以上に威嚇するのはやめてください。ナイが今悪意で動いていないことは、私が保証します。……私の心の内も、あなた方ならば見透かせるのでしょう?」


 ローレルとて、怯む気持ちがないわけではない。だが、そんな自分の弱さを徹底的に許してこなかったローレルである。ここで物申せなければ、己に顔向けが出来ない。


 そんなローレルの異様な勇ましさを前にして、ミヤさんは鼻白んだようだった。前のめりに目つきをギラギラさせていたのを、少し背もたれに体重を預けて、ポニーテールを指先でくるくると回す。


「……分かったわ、良いでしょう。あの拗らせボーイの総一郎を恋人と言ってはばからない子って聞いてたから、はてさてどんな子なのかとは思っていたけれど……、なるほどこういう感じなのね」


「お、すげぇなアンタ。ミヤを退かせるような奴初めて見た」


「茶化すんじゃないわよグレゴリー」


「今回ナイのサポートをするのは、巡り巡ってソーのためになりますから。今回だけです」


「……いやこの子本当にすごいかも。大統領の奥さんもこんな感じじゃなかった?」


「おいやめろ。涙腺に来るだろ」


 大統領と呼ばれる老爺が、そっぽを向いてグスッと鼻をすする。それを見て笑ったミヤさんが、「いいわ。ただし、警戒されている立場と言うのは忘れず発言なさい。脅すようなことはもうしないわ」とナイに向かって言った。ナイは「助かったよ、ローレルちゃん」とぼそり言って、強張った表情のままに話し始める。


「単刀直入に言うよ。近い未来、きっと数週間もしない期間内に、最悪の事態が起こる。最も貴き三柱と大いなる王が、この辺境に招かれ饗宴が始まる。それを、潰してほしい」


「……大統領、どう思う?」


 ミヤさんは、ナイの説明を聞いて、大統領に水を向けた。「そうだな……」と大統領は立ち上がって、ローレルたち目の前のポテトの皿からポテトフライを一つとって口にしつつ、こう言った。


「こうなる可能性を見越して総一郎に概念戦を叩き込んではいるが、賭けの領域が発生する事態になったな」


 大統領の物言いに、ミヤさんは立ち上がった。「大統領! アンタこれ予見してたの!? 言いなさいよ! 秘密主義でずいぶん痛い目見てきたでしょ!」と怒鳴りつける。大統領はうるさそうに片耳を押さえた。


「あるかもな、くらいの可能性だったんだよ。本当に想定しうる最悪のルートで、かつ天文学的な可能性しか存在しないパターンだぜ。むしろ可能な限り手を打っておいたことを褒めて欲しいくらいだ」


「アンタ褒めたらむくれるじゃない」


「ひねくれ者だからむくれる振りしちまうんだよ」


「ミヤ、大統領、夫婦喧嘩やめろ」


「「夫婦じゃない」」


 阿吽の呼吸で否定する二人を「どこがだ」と軽くいなして、ラフな格好の美丈夫、グレゴリーがナイを見た。


「オレは事情に詳しくないから何がどうとか分からないんだが、何だ? その四人は強いのか?」


「強い、という言葉で当てはめるのは無理があるかな、グレゴリー君。アリが人間を見上げて『君はとても強いね』なんて物言いはしないだろう?」


「なるほど格が違う訳だ。そいつらは宇宙を滅ぼせるのか?」


「君がさっき飛び起きたときのノリでこの宇宙を滅ぼせる存在が、招来されし中で最も貴いお父様さ」


「おお、そりゃ大変だ。ってことは―――人間じゃないにしろ『能力者』と断定はできそうだな?」


 ん? とグレゴリーはミヤさん、大統領に目配せした。二人は顔を見合わせて「ああ、そういやそこも重要だったな。確かに奴らは『俺たちが全力をもって殺してもいい相手』ではあるぜ」「殺し方が問題だけどね。どう理論武装すればいいのか、結構頭捻んなきゃだから」と言いあう。


「……あ、あは。これが『祝福されし子どもたち』と『生き残り』か……。ボクにとっても、全人類にとっても絶望の権化でしかないあの方々を知って、冷静に対処法を考えられるのは、文字通り桁が違う……」


 ナイは、青ざめながら興奮に目を輝かせるという、器用な形で震えていた。ローレルにはもはや概念の理解すら難しい領域の話だが、少なくとも今は、頼もしいことだけは分かる。


「だが、だ」


 大統領は、ローレルたちの目の前に座り、真正面からこう告げてきた。


「あらかじめ言っておく。恐らくだが、状況的に『マジに殺し尽くす』ことはしないし、多分出来ない。そこまでやる動機もない。そして、ひとまず追い払うだけでも恐らく俺たちは疲弊する。高度な概念戦ってのはそういうもんだ」


「いや、それで十分だよ、大統領さん。それで、事足りる想定だか」

「いいや、邪神。お前の見積もりは甘い。敵の数を考えれば、手が足りないんだよ。敵は四柱だけじゃないだろ? 冷静に考えろ。絶対に無理な戦いが、勝ちうるかの可能性に帯び始めただけなんだ。確かに状況は対等に近い出発点を得たが、問題はその先だ」


 大統領は一拍おいて、真剣な目で言う。


「希望を掴むというのでは不十分なんだ。ここから、どう勝つかを考えてくれ。何せ奴らは、その存在のひとかけらも地球に残せば、その時点で敗北は必至なんだからよ」


 ナイは、その言葉に俯いた。それから、「分かった。確かに手が足りなさそうだ。いつくか手を回してみよう。冷静にしてくれてありがとう」と言った。


 ローレルは、ナイがお礼の言葉を大盤振る舞いしている今日をして、本当に切迫しているのだと口端を引き締める。ナイとヒイラギの争いも大概おぞましいものだったが、それ以上など、想像もしたくない。


 そこで、「分かったわ」とミヤさんが言った。


「了解した。私たちは私たちなりに調べて対応策を打っておく。大統領もすでに動き始めているみたいだしね」


「……ありがとう。お願いします」


「おいミヤ。最初にイジメ過ぎたから、邪神がシュンとしちゃってんじゃねぇか」


「うるさいわね、グレゴリーの時はこのくらいでちょうど良かったのよ」


 大統領にからかわれ、ミヤさんがうるさがる。それを見たグレゴリーが「ミヤでも大統領には敵わねぇよ」とカラカラ笑った。一方で、ナイは心底安心したようにほっと息をつく。


「ローレルちゃん、助かったよ。ここに連れてくる相手を君に選んでよかった。ボクは本当に、ここで死ぬ可能性は全然あった」


「そ、そんな大げさです」


「いいえ、ローラちゃん。ニャルラトホテプの言う通りよ。私はあなたが諫めてくれなければ、どうにかこじつけてこの場で殺すつもりだったから」


 ミヤさんの殺意が想定以上で、ローレルはぴしりと固まってしまう。そんな姿にミヤさんはクスッと相好を崩して「あなた、土壇場で強いだけで、基本的には引っ込み思案?」なんてからかってくる。


「愛嬌のある子ね。そして芯が強い。……にしても、総一郎は罪作りねぇ。ロマンスに満ちた人生というか。ねぇ大統領?」


「そうだな。俺の若い頃そっくりだ」


 ワハハ、と大統領は笑い、ミヤさんは「からかい甲斐のないこと」と肩を竦めた。それから「ローラちゃん、ニャルラトホテプ……ナイ、と呼べばいいのかしら? あなたたち、せっかくだからお昼ご飯食べていきなさい。今日はまけておくわ」と立ち上がる。


「は、はい。ご相伴にあずかります」


「……いただくよ。もう、総一郎君相手に策を弄して遊んでいられる時期は過ぎた。ミヤさんが作るハンバーガーに何が入っていたとしても、ボクは甘んじて受け入れるつもりさ」


「人聞きの悪いことを言うんじゃないわよ。料理屋が料理を冒涜するような真似する訳ないでしょうが」


「それは失敬したね」


 ナイの飄々とした態度に、「見てなさい。邪神でも唸らせるようなハンバーガー作ってあげる」とミヤさんは腕によりをかける。それを見てローレルは一安心していると、ナイは言った。


「ローレルちゃん、ひとまず、最も重要な交渉は無事成立した。ボクは引き続きヒイラギの招来する終焉への対策を続けるよ。君は、今の総一郎君を含めて、すべきことをすると良い」


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