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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
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8話 大きくなったな、総一郎60

 ほどほどのところで仕事を片付けて、総一郎はARFの本部を出た。


 まっすぐ向かうのはミヤさんの店だ。日の落ちかけくらいの時間で店内に入ると、繁忙寸前といった雰囲気の中で、大統領とグレゴリーが待っていた。


「よう、総一郎。今日も来たな」


「遅かったな。ミヤ! イチが来たぞ」


「あら! 来たのね、じゃあこれサービス。大統領のしごきはキッツいから、覚悟しとくのよ~」


 目の前に置かれたハンバーガーセットに、後でこっそりお金を置いていこう、と考えつつ、総一郎は席について「ありがとうございます、いただきます」と礼を一つ。


「ま、食いながら話そう。昨日の続き、概念戦についてだな」


 総一郎よりも先に食べ始めていたらしい大統領は、ハンバーガーを一口かじりつきながら解説を始める。


「『能力者』にのみ許された戦闘形態、“概念戦”ってのは、まず言葉で、頭で理解しておく必要がある。本質的には議論みたいなものだからな」


「議論、ですか」


「ああ、そうなる。そもそもだ。概念の話はミヤから聞いたな?」


「はい、聞きました。イメージが共有されたことによって概念となり、力を持つのだと。亜人が国ごとに性質を変えるのは、国ごとに亜人に抱かれるイメージ、つまり概念が異なっているから、という話でした」


「おう、よく理解してるじゃねぇか。グレゴリーも見習えよ?」


「からかうなよ」


 むすっとしたままハンバーガーを頬張るグレゴリーに、大統領はからからと笑った。それからグレゴリーの頭をわしゃわしゃと撫でつつ、「じゃあだいぶ説明が楽になるな」と大統領は総一郎に視線を向ける。


「『能力』と概念ってのは、本質的に従属関係にある。『能力』が個人によって振るえる絶対的な異能だが、その絶対性ゆえに概念に逆らった事象は起こせない」


 例えばだ、と大統領はセットのポテトを摘まんでかざす。


「総一郎、こいつをお前の『能力』で受け止めてみろ。ただし、“呑み込ませるなよ”。お前のミニブラックホールに、呑み込ませず、優しく乗せるように受け止めるんだ」


「えっ、いやいや、無理ですよそんな」「そらっ」「ああっ!」


 総一郎は慌てて『闇』魔法を発現し、ポテトの落下気道を予測して先回りする。機敏で繊細な動きは簡単だったが、しかし“受け止める”というのがネック過ぎて、総一郎は失敗した。


 『闇』魔法がポテトを一本呑み込み、そして素通りさせた。机に落下するポテトを見て、総一郎はバツの悪い顔で肩を落とす。


「無理です……できません」


「いや、思わぬ収穫があったぜ。なるほどな。物質的に質量を持つことは出来なくとも、消滅能力を切ることは出来んのか。となると、総一郎。お前の『能力』はブラックホールというより、闇に近い。飲み込むことは出来ても、乗せるは出来ない訳だ」


「じゃあ大統領は何で触れんだよ」


「さぁどうやってるんだろうな? 考えてみろ、グレゴリー。ヒントは、発想の転換だ」


 大統領は総一郎の『闇』魔法を拾い上げ、またしてもビー玉のように手元で遊ぶ。この人は本当に何でもありだな、と思いつつ、概念戦について理解が深まればこの原理も分かるようになるのか、と思うとワクワクした。


「大統領、説明の続きをお願いします」


「いいぜ。勤勉だな総一郎。――とまぁ、今まさに実演してもらった通り、『能力』はその『能力』内容に従った動き以外のことは出来ない。何かを乗せられるブラックホールは作れないし、守る剣も作れなければ攻撃する盾も作れない。それは、実際の運用如何じゃなく、何処までいっても概念的な話になってくるわけだ」


 例えばグレゴリーは手から水を大量に吐き出せたりはしないしな。と〆る大統領だ。「人体にそんなことが出来て堪るか」とグレゴリーはポテトを一つ摘まむ。


「これが概念戦の基礎だ。『能力』は、その内容の概念から外れたことは出来ない。一工夫すれば出来ることもあるが、原則はそんな感じになる」


 で、ここからが本題だ、と大統領は言う。


「『能力』にも出来ないことがある。その内容の延長上においては絶対だが、内容に反すれば無力なのが『能力』だ。そしてその根源が概念にある以上、『能力』にも優劣、というか相性は存在する」


「というと?」


 グレゴリーが促すと、大統領はこう言った。


「例えば、『能力』に矛盾は生じない。最強の矛も最高の盾も作り得るのが『能力』だが、現実世界では基本的に、盾なんてものは貫けないのが相場だ。剣が消えた現代においても盾はまだあるのがその優位性を証明している。そのイメージは概念として、盾の『能力』を補助するだろうな」


「つまり、盾が勝つと?」


「いいや違う。概念の補助を受けた方が勝つのさ」


 総一郎の確認に、それは本質ではないと大統領は首を振る。総一郎はそれに何となく気付きを得て、自分の考えを述べ始めた。


「銃の『能力』は、弓矢の『能力』に勝ちますか?」


「普通に戦えばそうなるな。銃の方が最新武器で強い。それが一般的な概念だ」


「銃の『能力』も弓矢の『能力』も、攻撃力も射程も無限に出来ますし、多分連射速度だって無限に高められるはずですよね。その上で、銃の『能力』が勝つと」


「ああ。その『能力者』の両方が概念戦を知らなきゃあ、そうなる」


「では逆に、弓矢の『能力者』は絶対に勝てない訳ではない、と?」


「そうだな。概念戦でうまいことやれれば、覆せない戦力差じゃないと思うぜ」


「……」


 総一郎は考え込む。グレゴリーはハンバーガーを食べ終わったらしく、興味のない表情でジュースを啜っている。


「本質は議論に近いんですよね」


「ああ、そうだ。昨日、俺がわざとらしく俺の『能力』について解説したのも、概念戦の必要なエッセンスだからだ」


「なら――――」


 総一郎は、自分の考えを述べる。


「弓が銃よりも優れた武器であることを、どうにかこうにかこじつけて説明すれば、概念が味方をして勝てる……とか」


「ははは! まさしくその通りだ、総一郎。どうだ、馬鹿馬鹿しいだろう。だが、これが出来ると驚くほど相手の『能力』に対して自分の『能力』の“通り”が良くなる。すなわち、両者の『能力』の概念同士を議論的に言葉で戦わせ、概念そのものを平伏させる。それこそが概念戦となる訳だな」


「……つまり、口が達者な方が勝つと?」


「いや、そうとも限らないのが多少奥の深いところでな。ま、概要が分かったならあとは慣れろだ。それ、ちゃっちゃと食って模擬戦と洒落込もうぜ」


 立ち上がった大統領に、総一郎は慌ててハンバーガーの包み紙を開いた。「グレゴリー、案内してやれ」と言い残し、大統領は店を出る。グレゴリーは「やっとか。ほら、早く食えよイチ。どうせそれ、吐くことになるだろうがな」と意地悪く笑っていた。











 案内されたのは、スラムの片隅に設置されたバスケットコートだった。知ってはいたが来るのは初めてだ、と思いながら、総一郎は軽く跳び上がって、ゴールネットに触る。


「総一郎は運動するのか?」


 大統領の質問に、「ほどほどにですが」と総一郎は答える。


「毎朝、木刀の素振りをしてます。一日平均して、千から二千程度かと」


「ほどほどにやってるようだな。体つきを見るに、全盛期じゃないと見た」


「はい。今が一番動いてないです。昔はこの五、六倍は軽かったと思います」


「意外にやってんだな、イチ」


「ほどほどだよ。最近デスクワーク続きで体鈍ってるし」


 グレゴリーの質問に答えつつ大統領に視線を戻すと、「そうだな……。なら、まずはおさらいからだ」と大統領は言う。


「総一郎、お前の能力を軽く操作してみろ。歩きながらその辺に落ちてたゴミ袋を拝借してきたから、それを素早く呑み込んでけ」


「ごみ処理に使われるのは遺憾ですけど……分かりました」


 総一郎は『闇』魔法を発現し、ゴミ袋を呑み込めるほどに大きくする。「そらっ、まずはウォーミングアップのつもりでやってみろ」と投げ込んでくるゴミ袋を、『闇』魔法で消していった。


 『闇』魔法の動きは正確だ。手足よりも細かな動きを、非常に機敏に行える。それこそ想像通りの動きと言っていい。薄く縮こまらせるのも、大きく太らせるのも思いのままだ。


「いいぜ、総一郎。ちゃんと使いこなせてるようだな。じゃあ次は、対人戦だ」


 グレゴリー、相手してやれ。そう言われ、グレゴリーはニヤリ笑って「待ってたぜ」と乗り込んでくる。


「えっ、いやその。俺、グレゴリーに通じる攻撃手段が」


「“それ”は飾りか何かだと思ってんのか? ほら、グレゴリーが行くぞ。これはまだ概念戦前の基礎訓練だぜ」


 ぬっ、とグレゴリーが肉薄してくる。総一郎は慌てて飛び退こうとするが「遅ぇよ。それに、そう言う事じゃねぇだろうが」と腹部を思い切り殴られ、総一郎は宙を舞った。咄嗟に腹筋を固めたが、正直一発でダウン寸前だ。吐きそう。


「ぐ、グレゴリーの相手は、本当に……」


「……? あぁ、分かった。そうか、総一郎はグレゴリーとは違って、周りに『能力者』のいない環境で育ったんだな。となると、『能力』そのものを武器として使う感覚が薄い、という感じか」


 ふむ、と大統領は首を捻って考える。が、総一郎の望む言葉はその口からは出てこなかった。


「まぁ、必死になれば使わざるを得んだろ。グレゴリー、とっちめろ」


「おう!」


「うっ、嘘ですよね!?」


 総一郎は身構えるが、グレゴリーの前には意味をなさない。またしても派手に殴り飛ばされ、総一郎は這いつくばる。本気でえずいて、喉元まで這いあがったハンバーガーを、どうにか飲み下し立ち上がった。


「総一郎! 『能力』だ! 頭に入れておけ! 『能力者』には『能力』しか効かん!」


「っ、ぐっ!」


 三度向かってくるグレゴリーに、総一郎は『闇』魔法を飛ばした。素早くグレゴリーはそれを殴り、消し飛ばす。『能力』ですら効かないじゃないか! と大統領を睨みつけると「数が足りんだろうが! グレゴリーに“対処を強制できる”時点で十分な効果がある!」と教えられた。


 そこで、総一郎の記憶の中で、点と点が線でつながった。総一郎は、またもや『闇』魔法を発現させる。


 ――他の魔法などの攻撃には、ガードすらしなかったグレゴリー。だが、『闇』魔法だけは別だった。毎回こともなげに処理するが、言われてみれば大きな差だ。


 そしてその差を大きくするには――――言われた通り、数しかない。


 接近し触れられるほど近くに来たグレゴリーに、総一郎は視界全てを覆うような数の『闇』魔法を放った。


 『闇』魔法の向こうで、グレゴリーが「うぉ」と怯んだような声を漏らす。その方向に向けて、『闇」魔法を集約させた。


 『闇』魔法でグレゴリーを包み込む。だが、グレゴリーは目にも留まらぬ速度で脱出した。そこからバスケットゴールまで跳び上がり、ゴールのバックボードを足場に再び肉薄してきた。


 けれど、総一郎はそれにどうすれば対応できるか知っている。


 『闇』魔法を盾のように平べったく、何層もの厚さにして、グレゴリーの着地地点を予測し並べた。またしてもグレゴリーは「くっ」と声を漏らして身を捻り、破れかぶれに『闇』魔法のない地面に着地する。


 そこに『闇』魔法を殺到させると、「ウゼェ!」とグレゴリーはいくつかの『闇』魔法を薙ぎ払いつつも、全てを潰しきることは出来ずまた後方に飛び退った。


 総一郎は、気付いてしまって、口にする。


「もしかして、グレゴリーに俺の『能力』って相性いい?」


「見たまんまだ、総一郎。アイツは最強の個だが、お前はそれに肉薄しうるモノの群になる。グレゴリーと言えど、お前のミニブラックホールは手足でかなり強く攻撃しないと対処できねぇ。お前、実は結構強いんだぜ」


「ハハ……、何だか、不思議な気分です。ちょっと前にその、大げんかした時は、手も足も出なかったものですから」


 ウッドの時にグレゴリーと激突した。あの時は、実にうまくやられていたのだな、と今になって思う。グレゴリーの何気ない対処は、攻撃したこちらから見るとまるっきり通じていないように見えたのだ。そうして『闇』魔法を使わず戦い、負けた。


 だが、種が分かって見ればこんなものか。そんな風に総一郎が少し調子に乗ったところで、大統領が言った。


「よし。じゃあグレゴリー、概念戦を許す。ねじ伏せろ」


「やっとかよ。行くぜ、イチ」


 え、と総一郎が思うよりも先、グレゴリーは声を張り上げる。


「オレは最強だ。最強の肉体の持ち主だ。オレの全身の一挙手一投足に、宇宙を滅ぼす力がある! ブラックホールだろうが、何の障害にもなりゃしねぇ!」


 その言葉がバスケットコートに響く。散らばる『闇』魔法の奥で、グレゴリーの雰囲気が変わる。いやいや、と総一郎は総毛だって肩を跳ねさせた。こんな言葉の説明一つで、戦況があっさり覆るなど。


「止めてみろ、イチ」


 今度は、ゆっくりとグレゴリーが歩み寄ってきた。総一郎はそこに『闇』魔法を集結させる。だが、今度は何の意味も持たなかった。グレゴリーに触れるだけで、『闇』魔法が爆ぜて消えていく。本当に何の障害にもならない。そして、グレゴリーは総一郎の眼前に立った。


「一発、いっとくか?」


「……降参だよ。勘弁して欲しい」


「ハッ。仕方ねぇ、見逃してやる」


 雰囲気が、元に戻った。総一郎が大統領を見ると、「そういうこった。どうだ? 悔しくて、覚えるしかなくなったろ」とニヤリ笑う。


「そう、ですね。このままグレゴリーにドヤ顔させ続ける訳には行きませんから」


「イチ、お前に今の理屈を論破できるのか? 敵を知り己を知らねば云々~、なんて言葉が、ジャパニーズの格言にあるだろ。お前、自分の『能力』のことも碌に分かってないんじゃないか?」


「それ中国が語源ね」


「えっ、そうなのか」


 ともあれ、確かに自分の『能力』自身に対する知識も少ない総一郎だ。まずそこから明らかにしていかねばな、と考える、とある秋の夜のことだった。






 ―――こうやって忙しくして居れば、白羽の死を考えずに済むから。


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