8話 大きくなったな、総一郎56
疲弊した様子の白羽をいったん寝かしつけて病室を出ると、先ほどとは打って変わって申し訳なさそうな顔をしたアーリが立っていた。
「あっ、ソウ。さっきは、その……」
「……」
総一郎が厳しい目で彼女を見ると、アーリは意気消沈して俯いてしまう。だが、その手は宙をもがくように動いていた。そして固く握られる。
「ごめん! 言葉が、過ぎた。アタシ、動転してた。あんなひどい事言いたいわけじゃなかったんだ。……許して、ほしい」
「……」
総一郎は、多くの言葉が自分の中で浮かぶのが分かった。怒りの叱責、失望の暴言。だがそれらを飲み込んで、首を縦に振った。
「いいよ、水に流そう。さっきの病室での騒動は、みんな混乱してた。誰かが悪いとか、そう言う事じゃなかったと思う」
「……ありがとうな。ボスにも、改めて謝らないと」
「うん。……そうだね」
総一郎は、アーリに首肯した。それから、近くに見舞いに来てくれた全員がいることに気が付く。
「よ、随分疲れた顔してんな。とりあえずこっち来いよ」
物憂げながらも、努めていつも通りに総一郎を呼ぶJだ。総一郎は近づきながら、彼の普段通りな立ち振る舞いに救われる思いをした。願うなら、このまま雑談でも初めて現実から目をそらしてしまいたい。
しかし、総一郎は尋ねた。愛見をまっすぐに見て、こう聞いた。
「愛さん。白ねぇのお腹にいたのは、何だったんですか?」
愛見は、思い出すだに気持ち悪そうに顔をしかめた。だが、一つ咳払いをして、躊躇いがちに口を開いてくれる。
「……非常に形容しがたいのですが、ひとまず、人間の形とは言えませんでした。学校で習うような、赤ちゃんが魚っぽい形から人間っぽい形状に変化していく、という流れの過程というのでもないです。何といえばいいのか……、わたしには、思いつきません」
「……そうですか」
重い沈黙が場を支配する。総一郎は口を引き結び、愛見も目をそらして何も言えないようだった。だが、Jは「その、野暮な確認になるんだが」と声を上げる。
「シラハさんの、その、お子さんの父親ってのは、イッちゃんで間違いないのか?」
「うん、そうだよ。俺で間違いない」
「あー、んー、そうだよな。ノア・オリビア掃討直後でも、そんな話してたもんな。すまん、野暮な質問だった。聞き流してくれ」
そのやり取りに、アーリは奇妙なものを見たような顔をした。それから全員の顔を窺って、頭を掻く。ついで言った。
「なぁ、もしかしてなんだが、ソウとボスの関係って、アタシ以外全員知ってたのか?」
「私は知ってたよ。記憶共有あったし」
目を伏せて答えたのはシェリルだった。それからJ、愛見ペアがそれぞれ「察しては居たぜ。話の流れでその辺りの話になったこともあったが、覚悟が決まってるようだったから、何も言わねぇことに決めた」「わたしもです。非倫理的ですが~……ARFで数々のことをやってきたわたし達が、今さら糾弾しても仕方がないと思いました」と。
「……そうか。あークソ、恥ずかしいぜ、ホント。改めてすまなかった、ソウ。身内に弟がいてさ、そいつもちょうど死んでやがるから、他人事と思えなくて―――忌避感で、パニックになってたんだ。……今も、それを拭い切れてるとは、言えないが」
「ううん。本当にいいんだ。軽蔑されて会話もしてもらえない、なんて状況になってないだけで俺には十分だし……それに、俺たちが今考えるべきは、そこじゃないから」
アーリがハッとする。愛見が気持ち悪そうに口元を押さえ、Jがその背中をさすった。シェリルは唇を曲げ、目を伏せている。
「単刀直入に聞きたい。白ねぇのお腹の子――俺の子供は、堕してしまった方がいいかどうか」
「おれらに聞かないでくれ。荷が重い」
即答したのはJだった。怒りを滲ませて、こちらを睨みつけている。
だが、総一郎は首を振った。
「俺と白ねぇだけの話なら、君たちに意見を仰いだりしないよ。けど、今回は違う。恐らくだけど、話を聞く限り赤ん坊は白ねぇの体調を崩す原因に近しい存在のはずだ。それを、取り除くか否か。そういう話は、全員ですべきだと思った」
「……」
Jは、眉間のしわを深く寄せて、「言葉巧みに巻き込みやがってよ、クソ」と毒づいた。それから溜息を一つ落とし、はっきりと言ってのける。
「なら、賛成だ。堕そう。それでシラハさんの身体が良くなるなら、やらない訳にはいかねぇだろ」
「ま、待ってください~。あ、あの子、おぇ、あの赤ちゃんを堕したからって、白ちゃんが回復すると決まったわけではないですよね~……? なら、この場で意見を固めてしまうのは危険では~……」
「そんな時間がないから、こういう話をしてるんじゃない? 手に目がある人」
シェリルの指摘は端的で辛辣だ。言われてしまった愛見はしゅんと首を垂れて、「そう……かもしれませんね~……」と肯定する。
「でも、白ちゃん、さっきの口ぶりを見るに、とっても赤ちゃんのことを大切に思っているようでしたから~……。たとえ白ちゃんの身体のことを思っていたとしても、簡単に堕せなんて、そんな事、わたしには~……」
「……」
そうだ。まさしく、その指摘の通りなのだ。白羽の強い反対がないだろうと思うのならば、わざわざここで意見を募ったりしない。葛藤はあったが、その通りに伝え、その通りにして貰っただろう。
だが、ここ数日を完全に白羽と共に過ごした総一郎は理解している。白羽は、我が子をすでに受け入れていた。お腹の中にいる総一郎との子を、気付けばすっかり愛していた。
体調的に、辛い状態が続いていたのだろう。だが、その支えになっていたのは、傍にいなかった総一郎ではなく、お腹の中にいる赤ちゃんだった。守る者を得て、白羽は辛うじて折れないでいた。
そんな白羽から、赤ちゃんを奪おう。今総一郎が話しているのは、そういうことだった。赤ちゃんが白羽の体調を崩している原因である、という不確定な仮説をもとに、それを確かめられる時間があるかどうかも分からないまま、どう動くべきかを相談している。
「いいか?」
手を挙げたのは、アーリだった。総一郎が短く首を縦に振ると、アーリは「まず、整理しよう」と話をまとめ始める。
「堕す堕さないの話はあくまで今考えられるアクションの話だ。たった二つしか選択肢がない状況で、どちらに転んでも取り返しがつかない状態に、アタシたちは置かれてる。これがまずよくない。だったら、それを打開するのが先だ。そうだろ?」
「そうだね。具体的には、どうするの?」
「まぁ焦るなよ、ソウ。今アタシたちにある情報は、『ボスが妊娠してる赤ん坊が、アイの視点で、異様なものだった』ってものだ。だからまず、得られた情報を共有すべきだろ」
「それは、その通りだ。アーリ、こういうとき君が居ると頼もしいね」
「褒めないでくれ、さっき酷いこと言っちまった罪滅ぼしにもならねぇよ。でだ、アイ。まずお前が見たその赤ん坊の視覚データを、電脳魔術で共有できるか?」
「ッ」
愛見は、その提案に肩を跳ねさせた。それから視線を右往左往させてから、ぎゅっと目を瞑って「わ、かり、ました……。でも、覚悟だけは、しておいてください~」と言う。データが共有された旨の通知が届く。
総一郎はそれを、同じく電脳魔術で。アーリは脳内コンピュータことBMCで。Jとシェリルは指輪のEVフォンで。各々が各々の手段で、その画像を選択する。
そして、開いた。
「――――う」
それは、総一郎でさえ口元を押さえるほどのおぞましさだった。Jは引きつった顔で「嘘、だろ」と漏らし、アーリは呼吸を上手くできなくて、よたよたと後退し背中を壁にぶつけ、腰を抜かしてしまう。唯一、シェリルだけ「あー……」と気の抜けた声をあげていた。
「これは、みんなキツイだろうね。私でさえ、ちょっと胸焼けしそう。色濃い、闇と冒涜だよ」
でも、勘違いじゃないってことは、これでハッキリしたね。シェリルの物言いに、総一郎は電脳魔術に表示される画像を乱暴に閉じ、JはEVフォンをスリープさせて顔を覆いながら上を向き、愛見は申し訳なさそうに視線を下に向け、アーリは体の震えを抑えようとしていた。
「……堕させよう。アタシは、それ以外にないと思う」
アーリの呟きに、総一郎は首肯した。Jもそうしたし、愛見も無言で賛同を示し、シェリルさえ「それが無難だろうね」と肯定する。
「けど、喋るようになった人。言い出しっぺなんだし、この画像をみんなで見た後に踏む予定だった手順は、踏んでおいたら?」
「……それは、そうだな。一理ある。ショックで打ちのめされて呆然とするには、時間がもったいない」
いいか、とアーリから許可を求められ、総一郎は「……もちろん」と頷いた。すべきことはしよう。例えどうやったとて、意見が覆らないにしても。
「続いて得られる情報は、カバラでの分析だ。今、アタシのとこのスパコンに今の画像を投げた。処理は数秒で終わるから、と。ちょうど返ってきたから、共有する」
ファイルが送られてきて、開く。そこには、関係性のある様々な要素について、解析結果が羅列されていた。例えば、当たり前だが白羽の遺伝子影響が40%前後ある。総一郎も同じだ。白羽の体調についてもセクションが分けられ、%で挙げられている。
その中に、影響率トップ3位に食い込む、異様な一項目があった。
『外宇宙因子影響:23.521%』
総一郎は拳を握り締める。そうか、そうだったか。やはり、奴が、背後で噛んでいたか。
「……結論は、覆りそうにないな」
「むしろ、すべきことがはっきりした。ヒイラギを見つけよう。そして―――」
「いや、待てよ。ヒイラギよりも怪しい奴が、いるだろ」
アーリの指摘に、総一郎はキョトンとした。「え、……誰さ」と、本気で思い当たらず尋ね返す。
アーリは、ため息を吐いて、こう言った。
「ナイだよ。アタシたちの内側で、好き勝手する余地があったのは奴だろうが。ソウ、寝ぼけるのも大概にしてくれ」
総一郎は、言葉を失った。他全員に視線を投げかけると、Jがアーリと同じように呆れ交じりの目を返し、愛見が下唇を噛んで俯き、シェリルが考え込むように視線を斜め上に向けている。
「い、いや、そんな、まさか……」
「まさか、じゃねぇよ。アタシたちが何度警告したと思ってんだ? ソウ、お前、アタシたちとつるむ前からナイと居たんだったよな。キツイ物言いになるが、アタシは、ソウがあの邪神に洗脳されてるんじゃねぇかとマジで疑ってる」
総一郎は、その物言いに目を細めた。「そこまで言うなら」と言い返す。
「ヒイラギではなくナイがこの原因だと主張するに足る理由はあるんだろうね? その、明確な根拠が」
「明確な根拠を見つけ出せるなら、敵視するまでもねぇよ。ただ敵対して追い詰めるだけだ。カバラで分析すればこっちが発狂する。人間の常識では意図が読めない。そういう相手だから、こう言ってるんだろ」
「つまり、明確な根拠はないわけだ」
「ああ、ないね。だがヒイラギの可能性が低いと推察できる理由と、ナイがより怪しいと推理する材料ならある」
総一郎は、僅かに詰まる。だが意を決し、「言ってみなよ」と煽った。
アーリは、ハキハキと要素を列挙し始める。
「まず事実確認だが、ヒイラギはソウ自身が撃ち込んだフィアーバレットで、誰も攻撃できない。例え赤子だろうとそうだ。違うか? 他人の赤子をあんな形にして、母体まで蝕む、なんて、銃を握るだけで恐怖するような精神状態で出来る訳ない」
次に、とアーリは続ける。
「ソウはナイが今無力な人間と変わらないというが、アタシたちからすればそうは見えない。奴は魔法のように現れては消える。アタシたちよりも高度に物事を把握して、茶々を入れたり逆に促進したりとメタ的にアタシたちの活動を操作してる。正直、何がどう無力化されてるのか分かりゃしねぇ」
「……それだけ? 確かに、そこまで聞けばナイが容疑者として僅かに軍配が上がるけど、それで決めつけるのはあまりに時期尚早じゃないかな」
「話は最後まで聞け。決め手があるんだよ――ナイは今、ARFから姿を消してる。ヒイラギに操られてると自白した薔薇十字共々だ」
J、愛見たちから、つい先ほど聞いたこと。それそのものには、総一郎もきな臭さを感じた。アーリは、こう結ぶ。
「なぁ、ソウ。薔薇十字は優秀なカバリスト達だが、カバラで分析すれば発狂してしまう相手を、つまり、ナイとヒイラギを区別できるのか?」
「……」
沈黙。総一郎は、返す言葉を見つけられなかった。
アーリの推測はこうだ。
かつて薔薇十字に“ナニカ”をして彼らを管理下に置いたナイは、薔薇十字を上手く騙して自身をヒイラギに見せかけた。そしてこのタイミングで本格的に動くために、薔薇十字共々姿を眩ませた、ということ。
その説には、一見して破綻はなかった。ナイは力を制限されている、と言う割に確かに神出鬼没に振る舞っていたし、しばしば意図を掴むのが難しい茶々を入れることもあった。
そういった行動を、総一郎は『ナイにしか対処できない冒涜的知識を有する、時期的な回避処置』であると解釈していた。要するに、このタイミングで行う予定のARFの活動が、ヒイラギにくみすることになるから、人知れずそれをズラしていた、という説だ。
しかし、それを総一郎の邪推ととるのは簡単だ。普通ならばアーリのように推測して然るべきなのだろう。事実、総一郎はアーリへの反論材料を持っていない。
そしてそれ以上に――“アーリの話の通りならば、ナイはやっていてもおかしくない”と、総一郎自身が感じ取ってしまったのが、一番大きい。
ただ庇護される立場からの裏切り、というのではない。総一郎たち多くの目を引き付け、その上で裏をかいて一枚上手を行く、というやり方は、従来のナイ通りだ。底知れない無貌の神の、不可解な一手だ。
「ソウ」
アーリが、見つめてくる。今、この場のリーダーは総一郎であるが故に。総一郎のリーダーたる資質を、吟味されている。
総一郎は、言った。
「みんな、ナイと薔薇十字の足取りを追ってほしい。選挙の準備に遅れが出ない範囲で最優先だ。俺は、……白ねぇに、言うべきことを言うよ」
「―――――分かった」
アーリが、三人に向かって踵を返す。Jも、愛見も、シェリルも、すでに動き出す準備は出来ているようだった。アーリを先頭に、彼らは廊下を進む。
「イッちゃん」
そこで、Jの声が響いた。総一郎が病室に向かう足を止めて振り返ると、Jが苦しそうな顔をしていた。それから、こう言う。
「イッちゃんにしか、出来ないことだ。それでも……イッちゃん一人に任せて、ごめん」
「……ううん、仕方ないよ」
いやだ、と思った。こんな事を、言いたいわけがない。愛している彼女に、彼女が愛しているモノを殺せと言うだなんて。
だが、仕方ないのだ。言うしかない。“あんなモノ”が白羽の中で育っていることを、認められないのだから。
総一郎はJたちが廊下の角から消えるのを見送って、病室に戻った。
白羽は、起きていた。上体を起こし、不安げにこちらを見つめている。現れたのが総一郎だったからか、ほっと一息つきつつも「外で、何話してたの……?」と心配そうに尋ねてくる。
総一郎は、即答できなかった。覚悟を決める時間が必要だった。だが、覚悟を決めてからは迷わなかった。白羽に近づいて、こう言った。
「白ねぇ、残念だけど、その子は堕そう。白ねぇの体調不良は、まず間違いなくその子が原因だ」
「―――――――――ッ」
白羽は、言葉を失っていた。目を剥いて、裏切りを目の当たりにしたように、ひどく傷ついた顔で総一郎を見上げていた。
総一郎は下唇を噛んで、白羽を見つめる。総一郎から言うべきことは、これが全てだ。反論がなければ、それで終わる。
白羽が、言い返さない訳がないのに。
「や、やだ」
最初、戸惑い気味に白羽はそう言った。総一郎は、ただ名前を呼ぶ。
「白ねぇ」
「やだよ。この子は、私の子だよ。産むの。産みます。絶対に」
白羽の言葉に、動揺の色が薄れ始めた。総一郎は、ただ意思を貫き通すだけだ。
「白ねぇ」
「何で? 総ちゃん、堕すなんてダメだって、言ってくれたでしょ? 私は、この子を殺すなんて許せない。この子に会いたいよ。……総ちゃん。最近ね、お腹の中でちょっと動くようになったんだよ? まだ蹴ったかどうかか分かるほどじゃないけど、それでも」
「―――白羽」
総一郎が彼女を呼び捨てにすると、白羽はビクッと姿勢を正した。総一郎は、繰り返すしかない。
「その赤ちゃんは、白羽の身体を蝕む。俺は、俺たちは、その子を白羽より優先することは出来ない」
白羽は、口を言葉なくわななかせた。紡ぐべき言葉も、言いたいことも多すぎて、喉で詰まってしまったのだと思った。
「私の、子だよ。何で、総ちゃんに堕せなんて言われなきゃならないの?」
「病気にもならないはずの白ねぇが病気に臥せっている原因が、それしか考えられないからだよ」
「違うッ! 私の病気の話なんてしてないでしょ!? 私が赤ちゃんを産むのは、私とこの子だけの問題! 総ちゃんに何か言われる筋合いなんてない!」
「俺だってッ、その子の父親だ!」
白羽は、はっとして口を押えた。総一郎は、言いたくもない言葉を絞り出す。
「俺だって、嫌だ。出来ることなら、健康に生まれてくる赤ちゃんに、差別のないアーカムを見せたいよ。けど、出来ないんだ。その子は、何者かに、もう歪な姿に変えられていた。そんな状態で無理に生んで、もしこの子が周囲にひどい不幸をもたらしたら? ヒイラギの干渉を受けてARFの仲間を殺したら? その時、白ねぇはどうするの」
「不幸、殺し……、で、でも私……」
ふるふると、白羽は首を振る。白羽の顔が美しく歪み、珠のような涙をこぼす。
「それでも、赤ちゃんに会いたいッ……! 私たちの下に来てくれたんだから、ちゃんと産んであげたいよ。この世界を見せてあげられもせずに、殺してしまうなんて、わた、私には、出来ない……ッ!」
総一郎は、小型電磁ヴィジョンを白羽の目の前に設置した。そして電脳魔術で同期をとり、先ほど愛見から送られたあの冒涜的な赤ん坊の姿を表示させる。
「……え」
白羽は目を剥いて、呆然と固まった。総一郎は、やはり、同じことを繰り返す。
「白ねぇ、堕そう。堕すしかないんだ、こんなの。知ってしまった以上、これを堕すのは俺たちの責任だ。今堕胎という形で殺しておかないと、きっと酷いことになる」
白羽は、じっとその異形の赤ん坊の姿を見つめていた。荒々しい呼吸はいつしか過呼吸に変わっていて、パニックになっていると途中で気が付いた。
「し、白ねぇ?」
「や、やだ、……やだぁ!」
白羽は総一郎の手を払いのけ、勢いそのままにベッドから飛び出した。身重の身体はそんな躍動的な動きにはついて来られず、白羽は大きくお腹を打ち付けて転倒する。
「白ねぇっ? だっ、大丈夫!?」
「やだぁ! やだぁ!」
混乱状態に陥った白羽は、言葉が通じる状態ではなかった。屈んで助け起こそうとする総一郎の手を払い、這いずって逃げ出そうとする。総一郎は歯を思い切り食いしばりながら、それをとどめるしかない。
「白羽ッ! ヤダじゃないんだよ。そうするしかないんだよ! さっき見たじゃないか。“アレ”を、君は産もうって言ってるんだよ!? 冷静になってよ!」
「やだぁ! 産むの! 私の赤ちゃん、ゴホッ、なの! 放して! 放して、よぉっ……!」
白羽が咳き込む、振り払う手から力がなくなっていく。総一郎は、まずい、と勘づいた。倒れ方が悪かったのだ。電脳魔術から、ナースコールを飛ばす。
「すみません! 急ぎで来てください! 姉が!」
『かっ、かしこまりました! 至急向かいます』
応答を聞いて総一郎はナースコールを切った。白羽は先ほどの精神由来のものとはまた違った荒々しい呼吸で、うずくまって苦痛を逃そうとしている。
「私の、赤ちゃん……。産んで、あげなきゃ……」
総一郎は、その姿に凍り付く。傍にしゃがみこんでいながら、握り締める拳は震え、白羽を安心づけることも出来ない。白羽の顔色はどんどんと青ざめていき、ついには総一郎の手を払いのけることも出来なくなった。
総一郎は無力感に涙さえ滲ませて、白羽を大切に抱き上げる。そのタイミングで、救急搬送ロボットを従えた看護師が現れた。白羽をロボットに受け渡し、総一郎はただ見送る。
「この子が……、産まれることさえ、許されない世界なら……」
白羽が、もうろうとした意識で言う。
「そんな世界、滅んでしまえばいいのにね……」
そして白羽の子は、母体の安全を優先する名目で、白羽が意識を失っている間に堕された。
愛見の手の目で認識された姿とは違い、外見上は人間の赤子のそれだったという。




