8話 大きくなったな、総一郎46
息せき切って白羽の病室に辿り着く。中に入ると、「あぁ、総ちゃんいらっしゃい」と元気そうな白羽の声が総一郎たちを出迎えた。
真っ白な病室。その中でも真っ白な少女が、ベッドの上で上体を起こしていた。白羽。総一郎の姉であり、ARFのリーダー。彼女が元気だったなら、総一郎がARFを引っ張る必要などなかった。そんな、偉人めいた人。
その姿は儚げと生命力の両方を兼ね備えていた。美しいが力強い。とてもじゃないが、病に侵された姿とは思えなかった。
「……白ねぇ? その、俺、白ねぇの容体が悪化したって聞いて」
「あはは、大げさだよ。ちょっとクラッとしただけ。でも、久しぶりに総ちゃんに会えて嬉しいな」
ずいぶん来てくれなかったもんね。と悪戯っぽい顔で咎められて、総一郎は言葉を詰まらせる。
「そ、その、会いたい気持ちは俺にもすごいあって、本当なら毎日でもお見舞いに来たかったんだけど、その、ARFのことで忙しすぎて……」
「うん、知ってる。副リーダーにもそのことを言って、一計を案じてもらってたところだったしね。まさか私の体調が横やりを入れちゃうだなんて思ってなかったけど」
ごめんね、ローレルちゃん。と言われ、「いいえ、体調はどうしようもないですから」とローレルは首を振った。
「ま、こっち来て座りなよ、二人とも」
「うん……」
「はい。ではおそばを失礼します」
「あはは、二人とも固い固い」
寛いでってよ、と言われるが、そうもいかないのが人情というものだろう。白羽の容体がどう悪化したのかは分からないが、どうしても心配が先に来てしまう。
だが、白羽は自分の話をしなかった。
「総ちゃん、最近全然休んでないらしいね」
「……それは」
「私でも、ある程度は休んでたよ。いっぱい働いてたけど、それは楽しかったからついって感じなの。総ちゃんはそうじゃないでしょ? なら、もっと人に多くを任せて、ある程度余裕持たなきゃ」
「……うん」
「お姉さま、流石。他の誰が言っても首を縦に振らなかったソーがこんなにも素直に」
「ローレル、茶化さないでほしい」
「本当なら私が首を縦に振らせる予定だったんです。茶化してなんていません」
「ローレルちゃん、もしかして悔しかったの?」
ニヤニヤと白羽に言われて「そういう側面も、無きにしも非ずかもしれませんね」と下手な惚け方をした。それに白羽は微笑し、総一郎は渋面になる。
「白ねぇ。白ねぇの体調は、結局大丈夫なの? 後でお医者さんにも確認するから、嘘吐いても無駄だよ」
「あはは、怖いなぁ。……どうなんだろうね。一応亜人にも詳しい日本人のお医者様に見てもらってはいるんだけど」
天使の事例なんて少なすぎて、判断が難しいって言ってたよ。そんな白羽のぼかした物言いは、この場で実情を伝える気がないことを示していた。総一郎は難しく思うが、それならばそれでいい。どうせ、医者から実際の容体について聞くのは変わらない。
「それより総ちゃん、今日だけは副リーダーに全部任せてお休みなんでしょ?」
パッと笑顔を咲かせて、白羽は総一郎に確認してくる。総一郎はそれに、戸惑いながらも「え、うん。それはそうだけど」と首肯した。
「なら、今日はゆっくり休めるね。今日の今から、明日の朝まで。総ちゃん、毎朝の素振り、やってる?」
「……やってない」
「あー! ダメだよ、やんなきゃ。あれやってるときの総ちゃん、格好いいんだから」
「分かります」と即座に同意したのはローレルだ。
「だよねだよね! 一心不乱に素振りだけやってて、汗が朝日に反射して、体もムキムキで絞られててね、ああ、男の子だなぁってなるの」
力強いローレルの肯定に、盛り上がる白羽だ。そこにローレルが激しく頷いてさらに盛り上がりが加速していくのだから、何と言うか、総一郎本人はついていけない。
「分かったよ。明日は素振りすればいいんでしょ」
「そ。朝の素振りは欠かしちゃダメ。お姉ちゃんとの約束です」
「はいはい」
渋々了承すると「ローレルちゃん、見張っといてね。私から今、ずっちんにローレルちゃんのお泊り許可打診しといたから。寝かしつけるまで任せたよ」「かしこまりました。ご安心ください、お姉さま」と目の前で密談が繰り広げられる。
「結構強めに強制力働かせてくるね」
「そりゃあ大切な総ちゃんに関することだもん。ねー」
「はい、もちろんです」
これだけ強めに囲われると、お手上げな総一郎だ。白羽一人でも、ローレル一人でも総一郎に強い影響力を持つというのに、二人そろってしまえば総一郎は従順な犬にすぎない。
けれど、と思う。やはり、この二人と一緒にいるのは安らぐと。
二人が姦しくしているのを見ているだけで、愛らしくって、人心地ついてしまう。不安と戦いながら働いていた総一郎だったが、その間ずっとあった、先行き不透明なまま突き進まなければならない逡巡が、溶かされていくような気持がした。
そこで不意に気になって、総一郎はこう尋ねた。
「そう言えば二人って、気付いたら仲良くなってたよね。時期は何となく想像つくけど、どうやって仲良くなったの?」
「ん? んー……ほら、私たち河原で殴り合ったから」
「ええ。最初は血縁の癖にソーを狙う泥棒猫、と思っていましたが、いざその熱い拳を受けて、考えを変えざるを得なかったんです」
「ローレルちゃんのボディーブローも効いたよ」
「私は非力ですが、カバラですべての攻撃が急所に当たりますから」
「うん、君たち嘘しか言わないね」
総一郎が突っ込むと、白羽はお茶目に舌を出してウィンクをし、ローレルはすまし顔で視線をそむけた。惚け方にも個性が出るな、とちょっと思う。
それから、白羽は人差し指を口元に当てて「んー……」と考える。
「やっぱり、一緒頑張ったのが大きいよね」
ね、と白羽に確認され、「そうですね」とローレルは頷く。
「ソーがナイに攫われ、囚われのお姫様でしたから。このままじゃ本当にソーが死んでしまう、と死に物狂いで救出作戦を立てましたよ」
「表現に悪意がある」
むすっとする総一郎に「でも、否定はできないですよね?」とトドメを刺しに来るローレルだ。総一郎は実際反論の余地がなかったので、ローレルの頬を摘まんで伸ばすことで無言の反抗とする。
「ふふふ、ふぉんなふぉふぉしふぁっふぇふふぁふぇふふぉ」
「『ふ』しか言えてないよローレルちゃん」
白羽は笑みを一生懸命堪えながらも指摘する。するとローレルは白羽に向かってこう言った。
「ふぁふぁしふぁふぁんふぉしゃふぇふぇふぇふぁふふぁ?」
「プフッ、あは、あはは! ダメそれ。それ私のツボ」
ツンと平然を装った表情で両頬をにゅっと伸ばされながらローレルは言葉を口にするものだから、何とも言えないシュールさがそこに漂っていた。総一郎も笑いを堪えるあまり、肩が揺れてしまっている。
そこでローレルは総一郎の摘まむ手を外して「何で笑うんですか、私はちゃんと話せていたはずです」と主張した。無理がある。
「無理あるよそれ」
シラハも同意見のようだった。だがローレルは実際のところ全くその辺りにこだわっていないのだろう。「にしても、あの時期は大変でした」と話を戻す。
「それこそ、今の時期よりもよほど頑張って段取りを整えてましたもの。三日間一睡もできない日もあったくらいで」
「えっ、ダメだよ。ちゃんと寝なきゃ」
総一郎がそう言うと、白羽、ローレルが揃ってにこやかに「どの口が言ってるの(ですか)?」と返してきた。総一郎はそこに真剣みを感じて「何でもないです」と目を伏せる。
「確かにねぇ。あの頃は本当に辛かった。わざと捕まったりね。今はくっついてるけど、耳ちぎられたりとか普通に拷問にあったし」
「えっ、……ヒイラギ?」
「うん。それで私は総ちゃんをダシにナイに掛け合って拷問を回避したんだけど。ヒイラギのあの悪趣味は本当に悪辣って理解したよ。可及的速やかに殺さなきゃって思ったし」
「そうですね……。本当に、あの時点でソーのためにお互い命をかけあえるって信頼関係が出来てたのが大きかったです」
思い出すように、視線を宙に投げ出すローレルだ。白羽も「いやぁ……」と同じ所作で当時を思い出そうとしている。
「河原で殴り合い、は流石に嘘だったけど、一回かなり激しく言いあったよね」
「協力当初ですね」
そのエピソードに、総一郎は「へぇ、意外」と感想を一つ。この二人が意見をぶつけ合う、という絵面が、ちょっと想像しづらい。
「どんな風に?」
「アレだよね、確か。お互いがお互いに『ちょっと努力足りないんじゃないの?』って思ってたって言うか」
「私もお姉さまも、もっと言うならソーも努力を隠すタイプじゃないですか。だからそれを懐疑的に考え合っていて、お互いその辺りを糾弾してやろう、みたいな瞬間があったんですよ」
何だそのカオスは。
「……それで、どうなったの?」
「激しく言いあえば言いあうほど、二人そろって総ちゃん過激派ってことが分かってきてね……。最終的にハウハウに『もーいい、分かった。二人がソウのことが大好きなのはよーくわかったから、もう止めろ。聞いてるこっちが恥ずかしい』って」
「ちなみに当時の音声ログがありますが聞きますか?」
「何? ローレルって無敵なの?」
ローレル自身ダメージを負いそうな内容でも構わず聞かせて、総一郎を悶えさせようとする姿勢はちょっと怖すぎる。白羽ですら瞠目してローレルを見ていた。
「ま、そんな訳で二人そろって死ぬ気でなりふり構わず総ちゃんを助けようって思ってたことが分かって、そこで打ち解けてそのままずるずる仲良くなった、ってところかな」
「恥ずかしがればいいのか擬音が絶妙に適切じゃないのに突っ込めばいいのか、俺には分からないよ」
「そうですね。二人そろってソーのこと大好きですから。初カノは私ですけど」
「何で今マウント取ったの?」
総一郎のツッコミで流れていくかと思うや否や、白羽が鎌首をもたげて「へぇえ?」と目を剥いてローレルを見ていた。怖い。だいぶ怖い。
「そんなこと言ったら私姉ですけど? 総ちゃんが生まれた時から一緒にいますけど?」
「ええ、そうですね。所詮は血縁関係。恋人には少し不都合な関係性ですよね」
「ハッ、恋人? 甘い甘い! 何たって私のお腹には総ちゃんとの赤ちゃんが居るんだよ。ローレルちゃんのお腹に、居る? 総ちゃんとの赤ちゃん」
「え、犯罪ですよねそれ。通報したら一発ですよ」
「今さらだから、それ。ARFの活動履歴がどれだけ真っ黒だと思ってるの?」
怖い怖い怖い怖い。女子同士の本気にマウント合戦に震えあがる総一郎だ。と、そこで不意に、こんな意味のない会話をする二人だったか? と違和感を覚えた。
そうなれば一瞬だ。アナグラムを集めて、電脳魔術からアーリのスパコンに送るだけ。即時に返ってくる情報は、とてもとてもシンブルなモノ。
「二人とも、俺の負けで良いから、ケンカのフリ止めよう? 胃がキリキリしてくるよ」
両手を上げて降参のポーズを取ると「バレちゃった」「バレましたか」と二人して悪戯っぽく笑った。全く頭が上がらない。翻弄されっぱなしの総一郎だった。
と、そこで気が付く。
「……ローレル、その」
「私は気にしません。いえ、気にはなりますが、ソー、波乱に満ちたあなたのことですもの」
小さなことです。と言いながら、ローレルは白羽のお腹の辺りに手を伸ばした。それから、「わ」と小さく驚きの声を漏らす。
「すごい。赤ちゃんって、こんなに生命力にあふれたアナグラムを秘めているんですね。カバリストになってから妊婦さんに触れたの初めてで、……こんな風になるんですか」
「まだ少しお腹が張ってるくらいのものだけどね」
白羽は、母親になるにふさわしい落ち着きでもって答えた。逆に総一郎は、何だかそわそわと浮足立つような思いになる。
と、そこで白羽が大きめの溜息を吐いた。総一郎はローレルと視線を交わして「じゃあ、俺たちはこの辺りにしておこうかな」と白羽に提案する。
「うん……来てくれてありがとうね。あはは、楽しかったよ、久しぶりに総ちゃんと話せて。ローレルちゃんも、総ちゃん連れてきてくれてありがとね」
「はい。また連れてきますから、待っていてください。それまでは、ゆっくり横になって疲れを癒してくださいね」
「うん。……二人は本当に察しが良くって、お姉ちゃん困っちゃうな。疲れちゃったの、ぜーんぶお見通しか」
じゃあ最後に、総ちゃん。と白羽にご指名を受け、招き手に応じて総一郎は近寄る。すると白羽は耳に口を寄せて、小さくこう言った。
「総ちゃんもお父さんになるんだから、無理な働き方はしないようにね」
総一郎は神妙な顔になって「善処します……」と項垂れた。「まだ一人だと難しいかな~。ローレルちゃん、助けてあげて」と白羽が言い、「私に任せれば万事解決です」とローレルは、大人しそうな口ぶりで大言壮語を放つ。
それに安心したのか一度微笑して、白羽は上体をベッドに預け、静かに瞼を下ろした。総一郎たちは何度か手を振ってから、病室を出る。そこでちょうど、電脳魔術に通知が一つ。
『シラハ・ブシガイト様のご家族様に相談いたします。彼女に症状について、ご説明させていただくお時間はありますでしょうか?』
背後に迫っていた看護師が、小さな通知音と共に「こちらです」と電子信号で知らせてくる。アンドロイドか、と総一郎は察しつつ「ローレルもついて来てほしい」と小さく告げて、看護師アンドロイドの案内に続いた。
何を話すという事もせず、静かに病院の廊下を歩く。エスカレータに乗り込み、降り、そしてアンドロイドの指示を受けて扉を開く。
「お待ちしておりました。シラハ・ブシガイト様のご家族様ですね?」
今の世でも前世と何ら変わらない白衣を身に纏った医師が、椅子に座ってカルテを見ながら総一郎たちを出迎えた。要望を見る限り日本人のように見える彼の「そこにおかけください」という言葉に従い、二つの丸椅子にそれぞれ腰かける。
「シラハ様の弟のソウイチロウ様と、ご友人のローレル様でしたね。まずはご説明に足をお運びいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、姉がお世話になっております。それで早速で申し訳ないんですが――姉の症状は、どういう」
総一郎は気が逸ってしまい、前のめり気味に尋ねていた。とはいえローレル同じ気持ちなのか固唾をのんで医師を見つめている。
「そうですね。単刀直入に申しますが、我々には分からない、というのが実情です」
不甲斐ない限りですが、と医師は目を伏せた。総一郎は、そこまで白羽から聞いていたため、「続けてください」と先を促す。
「ありがとうございます。では、引き続きご説明いたします」
言いながら、医師は電磁ヴィジョンを操作してグラフを表示した。下降気味のそれだ。
「こちらは、我々の方で算出したシラハ様の健康スコアの推移図です。日に日に悪化の一途をたどっています。数刻前は規定値よりも下降幅が大きかったため、AIが自動でお知らせした、ということです」
「その、悪化の原因が分からない、ということですか」
ローレルの確認に、「はい、その通りです」と医師は頷いた。
「ですが、何が分からないのか、という点についていくつか推論があります。そちらをお聞かせしたく、今回はお呼びだていたしました」
「聞かせてください」
総一郎が言うと、医師は首肯して電磁ヴィジョンに新たな画面を映し出す。それから、彼はスイッチを押した。カバラで、そのスイッチは周辺機器の集音機能を切るものだと分かった。
「第一に今回我々がぶつかった困難は、シラハ様の種族についてです」
そのように口火を切ることは分かっていた。目元だけを見ると碧眼で日本人らしくないが、アナグラムで日系二世であると総一郎は見抜いていた。つまり、亜人への差別意識がなく、むしろ親身に感じる身の上であると。
「天使、という亜人は非常に珍しく、かつその症例自体もほとんど前例がございません。ですから、ひとまず最もサンプルの多い人間になぞらえて対策を取っておりますが、数々の検査でもシラハ様のお体には異常が見つからないのです」
「……なるほど」
「ここまでが、現代医療の限界です。ここからは、私の推論の話になります」
医師はヴィジョンから目を外し、総一郎、ローレルに正面から向き直った。彼はまっすぐな視線を眼鏡越しに総一郎たちに向けて続ける。
「現代医療には、未解明分野がほとんどありません。シラハ様が天使だからデータがない、と言うのは事実ですが、そもそもいくつかの亜人は性質として病そのものに掛かり得ないこともございます。疫病神に類する亜人の方はどんな難病にも抗体を持つように」
「つまり、姉は病気によって衰弱しているのではない、ということですか?」
「私はそのように考えております。では、何故病でもないのに衰弱しているのか、という事ですが」
医師は一呼吸入れて、こう言った。
「亜人には、人とは全く別の論理で体調を崩す場合がございます。雪女であれば、条件にもよりますが人肌で火傷します。動物系の亜人であれば、例えば犬にまつわるコボルトなら玉ねぎは毒に当たります」
「……天使にだけ毒になる何かが、姉を蝕んでいる、と?」
「一つの推論として考えられます。歯がゆいものですね。人間ならば瀕死でもお助けできますが、亜人というだけでこうも難しくなる」
医師が目を伏せる。そこで看護師が、「先生、お次の患者さんがお待ちです」と知らせてきた。医師はそれに頷いて「では、本日はこの辺りで」と話しを打ち切る。事実、もう話せることなどないのだろう。医療の分野では、何も分かっていないのだから。
総一郎とローレルは診察室を出て、そのまま無言で病院の待合室まで戻った。手続きの間座って待ちながら、総一郎はローレルに言う。
「今日、俺はまた仕事に戻るから」
「ダメです。ソーは今日ゆっくりと休むんです」
「っ」
総一郎はローレルを睨みつける。だが、ローレルもまた総一郎に強い視線をぶつけていた。
「さっきの話聞いただろ。一刻の猶予もないんだ。このままじゃ、白ねぇがよく分からない何かで死んでしまう! ここ最近は何から何まできな臭いんだ。手掛かりを探るにも、それをしらみつぶしにするにも、今しかないんだよ!」
「そっくりそのままお返ししますよ、ソー。ソーが壊れずに立ち止まれるのは、今しかないんです。今日一日、今日一日だけでも休んでくれれば、取り返しはつくんです。それとも、今日一日を惜しんで、一日以上猶予をもってお姉さまを助けられたとき、廃人同然になったソーを見てお姉さまはどう思うと言うんですか」
言われ、言葉に詰まる。総一郎は自分が壊れるのはどうでもいい。だが、白羽に泣かれるのはごめんだ。
ローレルの言葉はまだ止まらない。
「それに、ソー、はっきり言いますが私はそんなソーは決して見たくありません。だから命を賭して阻止します。あなたの言うように、今だけなんです。私はソーの味方です。ソーの敵がソーであるなら、ソーの敵になる覚悟があるくらい、あなたの味方なんです」
大人しそうな顔立ちでありながら、誰よりも毅然とした態度でローレルは言った。総一郎は知っている。こういうときのローレルはテコでも動かないと。昔の弱弱しかったローレルでさえこうだった。実力を備えた今の彼女は、言うまでもない。
「……でも、ローレル。不安だよ。俺は、動いていなければ、不安で、どうしていいか分からなくなるんだ」
手が、震える。その手で、総一郎は頭を抱えた。ローレルはそんな総一郎をそっと抱き締めて言う。
「安心してください。私は、ソーの時間を無用に奪う真似はしません。今日一日、全力で癒しますから、全力で癒されてください」
その言葉に、包容力に、総一郎は何も言えなかった。情緒不安定な自らにやっと気づいて、顔をくしゃくしゃにしながら、ただ無言で頷いた。