8話 大きくなったな、総一郎43
アーリが、物言いたげな目で総一郎を見つめていた。
「……どうしたの? 言いたいことがあるなら言いなよ」
総一郎は白羽の席で作業をしながら言った。電脳魔術を駆使したそれは、前世のそれよりよほど効率的で、高度で、三百年経っても人間のやることはなくならないな、と思わせられる。
「二つ、ある」
「作業しながらだけど、聞いてるから」
手を止めずに促すと、アーリは溜息を吐いた。それから、「まず一つ目だ」と切り出してくる。
「ナイに関して、薔薇十字が文句を言ってる。奴が最近自由に動いてる分、読めるアナグラムが減ってるって話だ。アタシはそんなに影響を感じないが、ウルフマンも少しボヤいてたな。対処してやってくれ」
「分かった。次は?」
「……次、だがな」
アーリは、力強めに机に手を置いた。他の誰かがそうしたとて、総一郎は動じなかっただろうが、アーリ、つまりカバリストがそうするというのには『こっちを見ろ。あるいは見させる』という強い意図とアナグラム操作が込められている。
だからその訴えに応じて視線を上げると、アーリは張り詰めたような顔で総一郎を睨んでいた。疲れているからか、その表情がどういった感情によるものなのか、総一郎は実感できない。
「ソウ。お前の体調を心配してる。アタシだけじゃない。ARFに関わる連中、全員だ。一時期のボス以上に休んでないのは異常だぜ。特にお前、人間だろ」
「亜人も人間だ。みんなが頑張ってくれてるんだから、リーダー代理を引き受けてる俺が一番頑張らないと」
「そんな屁理屈がカバリストに通用すると思ってんのか! お前、体調崩しては生物魔術で誤魔化してるらしいな。集中力が切れたら精神魔法で強引に過集中状態に自分を追いやったり。見てる奴は見てるぞ」
総一郎は手を止め、首を傾げた。それから、こう答える。
「それの、何が問題なの?」
「何がって……!」
「いや、だってそうじゃないか。生物魔術での治療は、日本の最新医学でも使われうる高度なものだよ。精神魔法でのケアも同様だ。特に俺の場合は、カバラの補助があるから、その場しのぎで実際にはダメージが蓄積してる、ってこともない」
「え……は……?」
「確かに普通の感覚で見たらちょっと常軌を逸してるかもしれないけど、実質的には何も問題はないよ。俺は健康そのものだ。肉体的にも精神的にもね」
アーリが、気味の悪いものを見るような目で見ているのが分かった。仕方ないなぁ、と総一郎は内心面倒くさく思いつつ、キレイごとで場の空気を柔らかくする。
「それに、俺は燃えてるんだよ。やっとみんなの努力が実る正念場なんだ。今頑張らないでどうするんだって、ね」
それに、アーリはひどく悲しそうな顔になった。何でそんな顔をするんだ、と総一郎は不思議に思う。しかし、アーリは目を伏せながらも「分かった」と頷いてくれた。分かったと言うのならば、分かってくれたのだろう。
「それは良かった。じゃあ、引き続きお願いね。ナイの件は後で取り掛かるよ」
告げてまた淡々と作業を再開させると、アーリは静かに白羽の執務室から出て行った。総一郎はまた没頭したり、不意に途切れて反応しなくなる集中力を精神魔法で補いながら、すべきことを進めていった。
それから数時間。抱えていた膨大な仕事の山を全て他人に投げた状態になってから「さて」と総一郎は席を立った。ナイが問題を起こしているという事だったが、一体全体何をしでかしているのか。一応彼女には常にシェリルか愛見が監視についているはずなのだが。
「今誰がついてるんだろ」
管理体制が杜撰だ、と総一郎が作って導入した、ARF幹部の現在の仕事を自動で取得して通知するアプリから『ナイ係り』の所在を確認する。今は、愛見がナイについているらしい。報告によると鬱憤をためているらしいウルフマンことJも、同行状態と示されていた。
「早く行こう」
総一郎は手早く準備して、ARFの拠点を出た。時刻は夜八時を回ったところ。秘密結社だった時期はもう過ぎたというのに、いまだにみんな夜型だなぁ、などと詮無きことを考える。
夏の夜は暖かな気温に涼しい風が伴う、過ごしやすい気候だった。その風はどこか、秋の兆しを感じさせる。
「そろそろアーカムに来て、一年が経つんだな」
色濃い一年だったと、そう思う。生涯でも最も短くて長い一年だったと。目まぐるしく変わる環境に、自分自身に、置いていかれたり、追い越してしまったり。
速足でナイたちのいる場所に向かう。スラムの中でも、亜人の多く住まう場所。元ARFメンバーの自治がなされた、比較的安全な地域だ。
Jの祖母の家があるのは、この地域のど真ん中だったりする。つまりは、元モンスターズフィーストの自治区という訳だ。諍いが簡単に起こらないのも納得である。
そう分析しながら、繁華街よりも、余程スラムに詳しくなってしまったな、なんて事を思わないでもない。学校よりもよほどこちらの方が足しげく通った一年だった。それだけに確信を持っていたのだ。ここでは危険はないと。安全だと。
怒号が、上がるまでは。
「おいっ、テメェ!」
「ッ」
総一郎は上がった声に肩を跳ねさせた。Jの声だ。最近妙に肝が据わっていた彼が声を荒げるなど、ちょっと想定してなくて、総一郎は慌てて走り出す。
この角を曲がったところだ、と総一郎は右を向きながら十字路に差し掛かる。ちょうどそのタイミングを見計らったように、その影は総一郎へと身を投げ出した。
「うわっ、と――ナイ?」
「ジャストタイミングだね、総一郎君。待ってたよ」
余裕綽々で、ナイは真上を見上げるようにして総一郎の顔を見つめていた。総一郎は困惑気味にその視線を受け止めてから、真正面に向き直る。
そこには、案の定肩を怒らせたJが立っていた。そばにはオロオロと戸惑う愛見。そしてその傍らには、妙なことにギルと……マーガレットだったか、印象の薄い薔薇十字の構成員が立っていた。
「やぁ。報告を受けて様子を見に来たよ。ナイに困ってるって」
「もー、総一郎君までボクを目の敵にするっていうの? そんなんじゃ、悲しくって寝返りたくなっちゃうよ」
「おい、イチ。今の聞いたか、寝返るだのと言ってるぞ、その無貌の神は。今この時こそ、そのARFに抱え込んだ病巣を排除するときじゃないのか」
「ギル、落ち着いて。ナイは寝返れないよ。ヒイラギの下に戻ってもあるのは苦痛だけだ。この子には行き場がないんだから、少しは優しくしてあげてもいいんじゃないかな」
総一郎が穏やかに言って聞かせると、ギルは怯んだように表情、体を強張らせ、一歩退いた。穏やかに言ったはずなのにな、と思う。カバラで振り返って確認しても、怒りなどを滲ませるようなアナグラムは発見できないのに。
まぁいい、と総一郎はJに目を向ける。普通の人間形態である彼は、深呼吸をして、荒ぶる感情を抑えようとしているのが分かった。総一郎はそれを待っていると、Jは「イッちゃん」と名を呼んできた。
「ナイの行動を、以前までとはいかないまでも、ある程度制限して欲しい。仕事にならねぇんだ」
「分かった。まず状況を教えて欲しい。薔薇十字がそういうのは分かるけど、Jがそう思う理由が思い当たらないんだ」
Jは、考え込むようにして黙り込む。それからわしゃわしゃと頭を掻いて「あー、何つーかよ。その、だな。つまり」とまとまらない様子だ。
それをカバーしたのは愛見だった。「イッちゃん。私から説明します~」とこちらも平時の眼鏡姿で進み出る。
「元々、今日は選挙権を持つお年を召した亜人の皆さんとの会合だったんです~。Jくんは皆さんに面識があって可愛がられていますから、あとは何をどうするか分かっているわたしが付いていけば、と~……」
「うん、そこまでは俺の認識通りだね。それで、ナイがどう絡んだの?」
「ボクはボクの認識下で正しいと判断した行為をなしたまでだよ」
「黙っていろ、無貌の神」
茶々を入れるナイに、鋭く制止を入れるギル。この二人の組み合わせも、かつては想像もした事がなかったな、などと総一郎はふらふらと思考を行き来させる。
「それで~、出発するとき、ナイが付いてきたがったんです~。Jくんは嫌がっていたんですが、わたしとしては『ご老人がたに受けがいいかな』と思いまして~。実際、ナイは可愛らしいですから、皆さんにもチヤホヤされて~」
「そこで最悪の水の差し方をするまではな」
Jの怒り心頭な付け足しに、総一郎は腕の中のナイを見下ろした。ナイは思わせぶりに目を細めて、クスクスと笑っている。
「皆様に『わたしたちは亜人差別を徹底的に排除するためにここまでやってきました。イキオベさんが当選することで、やっとその大願が成就されるんです』と説明したんです。そこで、ナイが、その」
「あのおねーちゃん、嘘吐いてるよ~、って言ってみたんだ。そしたらね、会場騒然! 見ものだったよ、無知蒙昧な老害どもがガヤガヤと不安がってる様はね」
本当にただ水を差したらしいナイの口ぶりに、総一郎はしかし、表情一つ変えなかった。「なるほどね、流れは分かったよ。それで? 何でギルたちもここに?」と水を向ける。
「彼女らの説明だけでは不足だから、我々側で補助をするのがいいと判断したんだ。つまりは、説明はさておき説得までのアナグラムにズレが生じるのが分かっていたから、サポートに来たという事だね」
「なるほど、ありがとう。要するに気を利かせてくれたわけだね」
総一郎が言うと、にわかに困惑が走った。主に、薔薇十字側に。ギルは眉を複雑に上下させ、マーガレットはポカンと口を開ける。その理由がイマイチ理解できない総一郎だ。何か変なことを言っただろうか。
しかし、そう間抜け面を長時間晒す彼らでもない。とりわけギルはすぐに咳払いをして、取り繕った。
「……ああ。そうとも、そのつもりで来たんだ。もっとも、そこの無貌の神によって破綻させられたがね」
せっかくアロマを焚いたりと面倒な真似をしたというのに、とボヤくギルと、その証拠とばかりアロマ用の装置を掲げるマーガレットに、総一郎は頷く。魔法がないとこういった方法でアナグラムを合わせることもあるのか、とちょっと不思議な気持ちになった。
総一郎は注意力散漫が散漫になっているな、とふと気づいて、頭に手を当てた。パチッ、と音がして、自然と思考がまとまり始める。何度かまばたきをしてから、「了解。みんなからの話は承知したよ。じゃあ、最後にナイ」と見下ろす。
「みんなの邪魔をした理由、今ココで、説明できる?」
ナイは、パッと素の表情を綻ばせてから、外向きの、含みを多分に有した満面の笑みでもって総一郎以外を一様に眺め、人差し指を口に当てこう答えた。
「ひ、み、つ♡」
「イッちゃん、そこ退け。一発殴る」
「Jくん! そんな、仲間内で暴力はダメですよ~!」
「イチ、これで分かったろう。それは我々にとっての敵だ。君と深い仲というのは理解しているが、それでも拘束は必要だ。違うか?」
それぞれが騒がしく自らの心情を述べるのを聞いて、総一郎は素早く手を上に伸ばした。全員が、その挙動に注目して、静かになる。それから、総一郎は手を下ろして総括した。
「結論から言うよ。ナイの拘束及び、行動への制限に関して、俺は『現状維持』の判断を下します」
「なっ、どういうことだよ、イッちゃん!」
「そうだ、その判断には納得がいかない。ただでさえこちらは迷惑しているんだ。殺せと言わないだけでも譲歩していると考えてくれ」
「……」
総一郎は、口を閉ざして二人を見た。抗議の構えでいる彼らは、言いたいことをしばらく述べ、それから内容をすべて吐き出して静かになっていく。愛見はその様子をハラハラと見守り、マーガレットは気持ち悪そうな顔で総一郎を見つめていた。
全員が口を閉ざしてから、総一郎は続きを話す。
「じゃあ、理由を述べるよ。この判断を下した理由は、『現状ナイにしか理解できなくて、ナイが説明することそのものが君たちに悪影響をもたらす事象が発生しているから』かつ、こういう説明をナイ自身からしても説得力がないからかな。だからナイは、黙って動いてる」
「どうかな? 本当にそうかな? ボクが気まぐれでみんなの邪魔をしてるだけかもしれないよ?」
「あはは、面白い冗談を言うね、ナイ。君がそんなつまらない事するはずないじゃないか」
「……あは」
ナイが愛おしげに総一郎の手に自らの手を伸ばし、そっと絡めてくる。その様子を、J、ギルが苦々しい様子で睨みつけていた。「イチ」とギルが呼んでくる。
「本気で、言ってるのか? 確かにその無貌の神について、僕はアナグラムから解析することは出来ない。それの考えていることを読めば発狂してしまうからね。とはいえ、君が正常な判断の元そう主張している訳じゃないことくらい、見ればわかる」
「けどギル。君は俺の考えもカバラで分析してるわけじゃないよね。っていうのは、俺がある程度、ナイから“知るべきでない知識”を得てるから」
「……そんな勇気のいることが出来るのは、心底君を愛しているシルヴェスターくらいのものだろうさ」
痛いところを突かれた、とばかりギルは視線を斜め下に向けた。「だが」とそれでも彼は、食い下がってくる。
「君の判断に、私怨が混ざっているのは確かだろう? それだけのことを、薔薇十字は君にした。けれど、けれどだよ。君が、ひいては組織が困らない程度の嫌がらせくらい受け入れよう。しかしこれは組織に関することだ。君の未来の関することだ。そんな時くらい――」
「私怨……? ああ、そうか。そういえば俺は、君たちを恨んでいたね。忘れてたよ、忙しくって」
「ッ―――……」
困惑、からの動揺。ギルは、総一郎の言葉に凍り付いていた。そこで、Jが声を上げる。
ひどく、辛そうな顔をしていた。何でそんな表情をしているのだろう、と総一郎は不思議に思う。思いながらも、どうでもいいと感じている自分も居た。この件も早いところ片づけて、次の仕事に取り掛かりたいのだ。
だがJは、そんな総一郎の思いとは真反対の提案をしてきた。
「なぁ、話変わる、っつーかもうさっきの話はもういいからよ。おれたちが平謝りして何とかすればまだ目はあると思うし。それよりさ、イッちゃん。休まねーか? マジでさ。みんな心配してんだよ本当に。見てて痛々しいっつーかさ」
「……え、嫌だけど」
総一郎の口からぽろりと出てきた言葉に、Jは今までの様子よりも遥かに激しく怒りを見せた。「イッちゃん!」と大声を張り上げて、詰め寄ってくる。
「いいから、休め! 嫌じゃねぇ―んだよ! や、す、め! お前自分じゃ平気だって言ってるけど、見てるこっちからすれば明らかにおかしくなってんだよ! 魔法でどうにかしてるから平気とか、適当なことほざいてんじゃねぇぞ!」
「……イッちゃん。わたしも、それに関しては同意見です~。あなたは、働きすぎです。何日間寝てないんですか~? シェリルちゃんも心配してましたよ~……」
二人から言われて、総一郎は今日初めて感情が刺激された。眉をぴくっとさせて、言葉を練って、言う。
「今はさ、大切な時期じゃないか。でも、普通に取り掛かってるようじゃダメなんだ。ARFの誰かを使い潰すような働かせ方になる。そんなのは嫌なんだ。君たちに無理は、させたくない」
「おれたちだって同じだよ! 何でよりにもよってイッちゃんが潰れるのを黙って見てなきゃなんねーんだよ! 休んでくれよ! 頼ってくれよ! おれたちそんなに使えねぇか!? そんなに頼りねぇか!?」
「ナイ……ナイからも、何か言ってくれませんか~……?」
掴みかかる勢いで訴えるJと、ナイに働きかける愛見。とっくにギルたち薔薇十字は置いてけぼりだ。ナイはというと、総一郎の腕を取って自分を抱きしめさせながら、微睡むような目つきで総一郎を見上げて、言うのだ。
「言って、聞く?」
「ごめんね、ナイ」
「あは、だよね。君は穏やかでとっても頑固者。こうと決めた総一郎君を反対側に動かすなんて、誰にもできない」
似た者同士だもんね。とナイは言った。それでか、と思う。ナイは総一郎に休ませることはとっくに諦めていて、仕方ないからと総一郎と共に代償を払いながら動いているのだ。
総一郎は、かつての決心が間違っていなかったと反芻する。死ぬならナイと死ぬのがいい。破滅への道連れは、ナイ以外にあり得ない。
「クソッ、二人の世界に入ってんじゃねぇよ! おい、イッちゃん!」
Jは詰め寄ってきて、胸倉を掴んできた。それを、総一郎は避けなかった。避けようという気にならなかった。
「なぁ、何でそう自分を犠牲にしようとするんだ? 何でイッちゃんは、そう自分を追い込むんだ。そんなに自分が嫌いか? それとも、おれたちに同情して欲しいのか? なぁ。仲のいいダチがどんどんおかしくなってくの見せつけられて、おれたちがどう思うのかってのは無視かよ、おい……」
お前がウッドになった時みたいな辛い思い、何度もさせんなよ。
Jは総一郎の胸倉をつかんだまま、ぐったりと項垂れた。総一郎はそれを支えて、「愛さん」と呼ぶ。
「J、疲れてるみたいだから、送って行ってあげて。ナイは俺が引き受けるから」
「イッちゃん。疲れてるのは、あなたの方ですよ~……」
「ごめんね。まだやることいっぱいあるから」
片手謝りで軽くいなすと、愛見も眉を垂れさせて、俯き加減にJを支えた。総一郎はJから離れて、「ギル」と薔薇十字側に視線を向ける。
「君たちはナイをとことん敵視しているし、ナイはむしろ君たちの不安を煽るように、あえて君たちの困るような振る舞いをすると思う。けど、信じてほしいんだ。ナイをじゃない。ナイと長年付き添ってきて、この子に騙され続けてきた俺を」
「また騙されるとは、思わないのか?」
「こんな小さな嘘、無貌の神の名が泣くよ。ナイはそういうことはしないんだ。俺たちをあっと驚かせて、動揺させて、足元が崩れ落ちるような気分にさせる、そんな嘘を吐く。“これ”はそうじゃない。なら、安心していい。疑わしい内は、むしろ安全なんだよ」
「総一郎君ってば、たんじゅーん。ボクがそういう君の考えも読んで足元掬ってるだけだったら、どうするの?」
「そんな事しないでしょ、ナイは」
「あは! さてどうでしょう」
クスクスと笑って、ナイは総一郎から離れた。それからギルに近寄って「五月蝿いばかりの頭でっかち君は、しばらく黙っていなよ。吠えるなら、正気を捨てるくらいの覚悟を見せるんだね」と挑発してから、歩いて夜の闇の中に溶けていった。
「お、おい! イチ、お前が奴を引き受けるんじゃないのか!」
「ナイにもやることがある。君にもあるだろう? 俺にもある。夜遅い時間になってきたけど、まだまだすべきことは多いからね。休んでなんかいられないんだ」
総一郎は煙に巻くような言葉を返して、その場を去った。次の訪問先の場所をナビで確認しながら、ぼそりと呟く。
「時間を割くまでもないことだったな。ナイに関する文句はどうせ解消できないものばかりだし、優先度を下げようか」
電脳魔術のスケジュールアプリを操作して、ナイへの陳情について優先度を最低にする。それに付随して、Jの投票権持ち亜人たちへの働き掛けも、優先度を低くした。ナイが絡んだという事は、ナイが受け持つという事。どう転ばせるかだけ、見ていればいい。
「安心しなよ、ギル」
もはや遠い彼の名を呼びながら、総一郎は皮肉っぽく口端を持ち上げた。
「ナイは一二を争うくらい信頼できるよ。厳密には、ナイの悪辣さだけどね」
次の仕事の時間が迫っているのを、アプリが通知で知らせてくる。総一郎は魔法でビルを超えて跳躍し、いつもの飛行術式で一気に目的地へ向かっていく。




