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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
栄光の歴史持つ国にて
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1話 勝気なビスクドール(4)

 授業初日という事で担任ガイダンスが終わり、放課後になった。手筈通り、ベンと二人でローラを待っている。


「……それで、女の子――なんだっけ?」


「ああ、……どうした?」


「ああ、いや、何でもないよ……」


 言葉にはしていなかったが、ファーガスは何となく察してしまった。初心なのだろう。とりあえず、「ローラは結構気さくだから付き合いやすいと思うぞ」と教えてやる。そこに、丁度彼女がやってきた。ぺこり、と頭を下げる。


「すいません、お待たせしました」


「ん、じゃあ行こうぜ」


 二人を連れだって、ギルドに向かった。ギルドというのは、クエストを受注できる敷地のはずれの建物の事だ。実際はそういう名前ではないのだろうが、ゲームをよくやる若者らしい発想で命名され、すぐに広まったのだ。少なくともイングランドクラスでは。


 背後で、たどたどしく「ど、どうも初めまして、べべ、ベンジャミン・コネリー・クラークです」「ここ、こちらこそ、よろしくお願いします。ローレル・シルヴェスターです。ロっ、ローラと呼んでください」と挨拶する二人に、思わず目を覆うファーガス。二人とも自分の時は平気だったのに何の違いがあるのか。


「ところで、ロローラ。お前どんな聖神法取ったんだ?」


「ロローラじゃないです!」


「え! 違うの? 僕は嘘を教えられたのか……?」


「え、いや、そういう事ではなくてですね」


「いやいや。安心してくれベン。こいつはロローラであってるよ」


「あ、何だ。びっくりしたー……」


「……怒りますよ。というか、クラーク君……、いえ、ベンでいいです。貴方も多分ですが、分かって乗っていましたよね?」


「え、いや、あはははははは……」


 ローラのジト目に、後頭部を掻きつつ視線を逸らして誤魔化すベン。存外すぐに仲良くなれそうだと安心して、「ほら、早くいこうぜ」と二人を急かす。


 ギルド内は、すでに新騎士候補生でいっぱいだった。紐で道筋を指定する形の、蛇行する長蛇の列ができている。逆に、身長の高い上級生たちは端っこの方で遠い目をして待機していた。


「うわ、もうこんなにいっぱいいます。早く並ばないと」


「そうだね。ってファーガス? 何でちょっと嬉しそうなんだ?」


「あ、いや、この風景和むなぁって……」


「意味が分かりません……」


 幼さゆえに上級生の気遣いに気付けないローラとベン。いつか彼女たちもこんな風に端っこで遠い目をして待機する時が来るのだろう。気遣いも伝統の内なのかもしれない。


 ファーガスたちもとりあえず新騎士候補生という事で、列に並んで待っていた。順番が来て、「こちらが開きましたよー」と声がかかる。


「クエストを受けたいんですけど、手ごろなのありません?」


「はい、今は……ゴブリンの討伐と、その角の回収が一番簡単ですね。確認しますが、スキルツリーで取った聖神法は試してみましたか?」


「はい、一通り成功させておきました」


「は、はい。ぼくも、何とか……」


「あっ、……ぶっつけ本番って駄目ですかね」


「死にますよ? ファーガス」


「死んじゃうよ? 何でやらなかったの」


「面目ない……」


 両手拝みで謝るファーガス。それに受付嬢は苦笑いしつつ、「でも」と言う。


「ゴブリン程度なら、武器があれば聖神法なしでも倒せると思いますよ。実際、聖気の減少を嫌って強敵にしか聖神法を使わない方も多いです」


「あ、そうなんですか?」と明るくなるファーガスの顔色。しかし、打って変わって女性の表情は少し怖くなる。


「ですが、ゴブリンは本来群れで行動します。この季節は散らばっていることが多いうえ、他の新騎士候補生様がゴブリンばかり狙うのでそう危険はありませんが、ゴブリン以外の……例えばインプなどを見かけるかもしれませんが、その時は逃げてください。また、ゴブリンやコボルトなどの群れに遭遇した場合も同じです」


「はぁ、そうですか……」


「分かりました、肝に銘じておきます」


「ファーガス、君は結構緊張感がないね」


「……何かすまん」


 とりあえずは再度謝っておくものの、そこまでの物か、とも思う。武器を買い忘れたとかなら大目玉を食らっても分かるが、聖神法の一つや二つ、多少不慣れでも、と考えてしまう。

 むしろ重要視すべきなのは、亜人に対して『ビビらないこと』ではないかというのがファーガスの持論だった。


 しかし逆に言えば、それほど聖神法は頼もしい物なのかもしれない。


 使ってないファーガスには、分からなかったが。


 ともあれ、皆でクエストを受注し、サークルに入った。サークルはつまるところ瞬間移動装置のようなもので、一息に山まで連れて行ってくれるらしい。他にも転送陣やら何やら、呼び方は結構適当だ。


 サークル初体験の三人は、それによって山に着いただけで大興奮だった。周囲のなにもかもが、一瞬にして入れ替わる。その感覚は筆舌に尽くしがたいものだ。


 恐る恐る、と言う具合に、ローラが一歩踏み出した。ファーガス、ベンもそれに続く。踏むのは木の床でなく土だった。周囲の木々も確かにそこにあり、それぞれが存在感を放っている。


 そのうえ、ただの山や森には無い緊張感があった。耳を澄ませば、何者かの息遣いを感じられる。遠くから、剣戟の音が聞こえるような気がする。


 ファーガスは盾を取り出しつつ、タブレットで『リード・アタック』の項を読み始めた。所作は簡単。すぐにでも発動できるだろう。


「おし、これでひとまず安心かね。ローラ、索敵は出来るか?」


「はい。一応とっておきました」


「じゃあ、発動しながら歩こうぜ。その方が安全だ」


「はい。……何か、手馴れてはいませんか?」


「気のせい気のせい」


 適当な会話を交わしつつ、タブレットから所作を読み取り、一つずつ試していった。移動系の聖神法はどれも簡単だったが、戦闘系は少し難しいかもしれない。


 踏み固められた土の上を歩きながら、ファーガスはふと気づいてベンに尋ねる。


「ていうかさ、俺とお前、今日ほとんど一緒だったよな? いつ練習したんだよ」


「え? ああ、朝六時前くらいに起きて、修練場に行ったんだよ。凄いよね。そんな時間でも、上級生が結構いてさ。コツを教えてもらったんだ」


「あー……、そういう事か。ローラもそんな感じ?」


「は……い。私は、みなさんとの待ち合わせ前に少し……」


「道理で遅れるわけだよ。……大丈夫か?」


「索敵でちょっと気持ち悪く……あぅっ」


 よろけた挙句木にぶつかるローラ。すでに相当弱っていたのか、そのまま倒れてしまう。「大丈夫か?」と助け起こすと、「頭が揺れて気持ち悪いので離してください……」とすげなく言われる。内心カチンとくるファーガス。


「ベンは『サーチ』取って……ないんだったか」


「うん、ごめんね……」


 ふむ、と考えてしまう。索敵はこういう場所では何よりも重要な技能である。最悪、ファーガスの場合は培った勘で何とかなるかもしれないが、彼らも同時に守るというのは少々きつい。


「……ローラ。今度、金渡すから杖を買ってきてくれないか?」


「……えっと、ああ、全クラスの聖神法が使えるとか何とか言っていましたっけ。分かりました」


 二人、小声で会話し、ファーガスは彼女の了解を得る。本当はローラの杖を貸してもらって使いたかったが、ベンのいる前でと言うのは難しい。自前の物があれば、袖に隠して使う事も出来るのだろうが。


 しばらく動かない方がいいだろうと、皆で話し合って決めた。「すいません。私の所為で……」とすまなそうにローラが言うので、「ローラ一人に任せた俺たちが悪いんだよ」と肩竦めてフォローした。


 三分も休まないうちだった。ファーガスは、様子を窺うような嫌らしい気配を感じ取った。何者かが、こちらを見ている。人間のそれではないだろう。視線からは、敵意を感じる。


「二人とも、何かいる気がする。注意してくれ」


「……君が居れば索敵いらないんじゃないか?」


「バカ、気配の感じる間合いに大勢で入られたら負けるに決まってんだろ。勝てる量ならこっちから捕捉して、逆なら捕捉される前に逃げる。……そろそろ、来るぜ」


 鬼が出るか、蛇が出るか。まさかオーガは出るまい。余談だが、ヒドラくらいならベルの家の裏山で戦わされたことがあった。結果? もちろんボロ負けだ。


 はたして、飛び出てきたのは二匹のゴブリンだった。醜悪な外見に、ローラとベルの二人は震えあがる。


「にっ、逃げなきゃ! 早く逃げなきゃ!」


「ファーガス! 何で動かないんですか! 早く逃げ」


「いや、こいつらを殺しに来たんだろうが、俺たちは」


 ゴブリンの強度は大体人並。対してファーガスの片手剣は長くもないが、取り回しやすい軽量型だ。軽く盾を翳しつつ聖神法。襲い来た鈍器の攻撃が、吸い込まれるようにしてファーガスの木の盾を叩く。


 そして、その隙をついたファーガスは、一匹のゴブリンの首に剣を突き刺した。強引に抜くと、青色の血が噴き出てもう片方のゴブリンの目をつぶす。もう一度、突き。返り血も浴びない。帰ったら盾を洗わねばと思うくらいだ。


「……ファーガス、凄いね……」


「ごめんなさい。先ほどは意地の悪いことを言って……」


「え、いや別に、そこまで気にしてなかったんだけど……。なんか、謝らせてごめん」


「君が謝ってどうするんだよ、ファーガス」


 三人、軽く噴き出して笑った。とはいえ、予想の範囲内だ。ファーガスも初めは、亜人に遭遇した時に考えたのが『逃げなければ』だった。


「正直言葉で言っても分からないからな。俺もそうだったからこその実演だよ。つっても、はっきり言ってこの周囲にいる奴らは聖神法なしでも倒せる程度だと思う。補助にはなると思うけどさ」


「……何か、経験者みたいな口ぶりだね……」


「ベン、お前分かってて言ってるだろ」


「ってことはやっぱりそうなの!? すでに経験者ってこと!?」


「そうなのですか! ある意味では納得ですが……」


「――二人とも、出来れば敵地で大声は出さないでもらえると……――」


 言いながら、ファーガスは目を剥いた。背後から、一匹、先ほどよりもひときわ大きなゴブリンが二人へと忍び寄っていた。振りかぶるはボロボロになった両手剣。騎士候補生から奪った物だろうか。


「二人とも! 逃げろ!」


 大声で、そのように指示する。だが、遅かった。両手剣は二人に向かって滑っていく。そしてファーガスは今更に理解するのだ。――こういう時のために、聖神法が要るのだと。


 その時、もう一つ、空を切る音が走った。


 ゴブリンの頭から、矢が生えた。そして横倒しになり、肉が地面をたたく音が響く。


「危ないところだったねー。クリスタベル様が撃たなければ、怪我してたかも」


 聞こえたのは、陽気そうな女子の声だった。まず姿を現したのも、陽気そうに飛び跳ねる少女。茶色の髪を、ローラより少し短めの長さで切りそろえている。活発な印象だ。腰にかかっているのはレイピア。ただし、彼女は自分で選んでそれにしているように思える。


 付随して、もう二人。色濃い金髪と、薄い――銀と言っていいほどの髪色。ファーガスは、その名を呼んだ。弓を手に現れた、先ほど矢の射手の名を。


「ベル! お前が助けてくれたのか!」


「え、何? 知り合いですか? ってうわ。ゴブリンが普通に転がってる。もしかして結構強い? 君も私たちのパーティ入らない?」


「マーガレット。止めて」


「はぁい……。貴重な戦力が……」


 名残惜しそうに、マーガレットと呼ばれた少女はこちらに視線を向けている。ベルほどじゃないが、愛嬌のある少女だとファーガスは評する。


「ありがとな。俺じゃあちょっと、助けきれなかった」


「……礼には及ばない。人として当然のことをしただけだ」


 硬い。明らかに外面でしゃべっている。ファーガスはそれが感じられて、どうも納得がいかなかった。「さ、こいつのツノそぎ落としてギルドまでもっていきましょうよ!」とマーガレットがベルを催促するのを遮るように、ファーガスは声をかける。


「あのさ、ちょっとベル――そこの子と話がしたいんだけど、いいか?」


「え? ……何? クリスタベル様がいくら可愛いからってナンパなんかさせないよ?」


「いや、そんなんじゃないっての。顔見知りなんだ。駄目か?」


「……クリスタベル様がいいって言うなら」


「ありがとう」


 礼を言う。だが、ファーガス自身避けられている自覚はあった。ベル自身が首を振る可能性も考慮した。肝心の彼女は、考え込んでいる。半ばあきらめて、別の方法を探るかと考え始めた時だった。


「少し、皆外してくれないか? 込み入った話になるかもしれないから」


「え? は、はい。分かりました……」


 マーガレットは首肯し、ファーガスもローラ、ベンに視線を向ける。二人は戸惑いつつも従ってくれ、「じゃあ、先に下山してるね」と言うベンの言葉に、ファーガスは「了解」と返す。


 ベルはファーガスに背を向けて歩き出した。どうにも話しかけづらい雰囲気を彼女は醸していて、ファーガスは渋い顔してついていく。すると大きな切り株があって、彼女はそこに腰を下ろした。


「……どうしたんだ。座らないと疲れると思うけど」


「あ、ああ」


 少し、柔らかくなった。ファーガスはその事に気付き、素直に従う。そして訪れる静寂。ファーガスは、どのように切り出していいか変わらない。


「……話すことがあったんじゃないのか?」


 ベルの言葉は、何だか逃げ出したそうだった。しかし、それが全てではなかろう。ではなければ、話し合いには応じない。

 それが後押しになって、ファーガスはたどたどしく話し出す


「ひ、……久しぶりだな。ベル」


「うん、久しぶり」


「数年……ぶりだな。閣下と一緒に、実家に戻ってったきりだっけか」


「……いい加減、私の父を閣下と呼ぶのは止めてくれないか?」


「でも閣下じゃん。公爵なんだから」


「まぁ、そうだけど……」


 少しずつ、ベルの言葉が柔らかくなる。ファーガスの口調も、昔に戻っていく。


「こっちはさ、師匠の修業が続いてたよ。もう厳しいのなんの。でもその成果もあって、多少は強くなったぜ」


「そう……」


「ああ。惜しむらくは兄ちゃんたちがほとんど居なくなっちまったことだな。まぁ俺と違って住込みだったから、そういうキツさもあったのかもしれないけど」


「ファーガスは、どうなの」


「とりあえず学園入って来いってさ。合格じゃないけど、俺の年基準なら及第点って送り出された。そっちはどうだ? 閣下元気?」


「元気だけど閣下と呼ぶな」


「じゃあ何だよ、お父さんって呼んでもいいのかよ?」


「あんまりふざけていると怒るからね……!」


 ベルは、少しずつ感情を露わにしていった。懐かしくて、可愛らしい。そして改めて確認するのだ。――俺は、ベルが好きなのだと。


 だから、ファーガスは唐突に本題を切り出す。まだ、彼女の笑顔を見られていないからだ。


「結局、あの後に何があったんだ? 多分だけど、閣下も少し噛んでるんだろ? そうでもないのにベルが沈んだ顔のままっていうのは、考えにくい」


 ぴた、とベルの動きが止まった。表情を盗み見ると、強張っている。ファーガスは、心の内で失敗したかと額を押さえた。少々踏み込みすぎたかもしれない。あちゃー、と言った心境だ。


 けれど、ベルは意外にも「言わなきゃダメかな……」と言った。再会してから、最も柔らかい口調。ここは押すべしと、ファーガスは「頼む」と強い口調で迫る。


「……許嫁が、出来たんだ」


「……いい、なずけ」


 ベルの言葉に、ファーガスはオウム返しをした。体の、様々で、妙な場所に力が入った。苛立ちにも似て、悲しみにも似ている。


「……何でだ? そんな話が、何で……」


「分からない。もう、そういう時代じゃないはずなのに、父がそう言ったんだ。いやだって言ったのに、撤回してくれなかった……」


「あ、相手は? 閣下が認めるってことは、この学園には入ってるんだろ?」


「……ハワードって奴だよ。ファーガスも、一度会ってる。ナイオネル・ベネディクト・ハワード」


 ファーガスは、口元を押さえて記憶を洗い出す。聞き覚え自体はあった。そこに、ベルが居た時という縛りを加えれば、出てくるのは早かった。


「あの、目つきの悪い黒髪の奴か」


「うん。あいつ、あの……!」


 ベルはその時、言葉を呑みこんだ。何かを、言わなかった。ファーガスはそれを見咎め、問いただそうとした。しかし、遅かった。


「今日は、もう、いいかな……。少し、疲れてしまって」


 そのように言って、彼女は疲労をにじませて微笑む。しかし、違うのだ。――俺が見たかったのは、そんな笑みじゃない。


「……ああ、ありがとな。久々に話せて、嬉しかった」


「うん。……じゃあ」


 軽く手を振って、彼女は去って行こうとした。だが立ち止まって、微かに震えながら言い捨てるようにこう告げる。


「ファーガス。出来れば、ハワードには近づかないで」


「……何で」


「――危険、だから」


 ベルは、言葉を置いて次の瞬間には走り出してしまっていた。ファーガスは、先ほどまでの会話を振り返る。――許嫁。そのために彼女は、ファーガスたちとのパーティ結成を拒んだ。そして、あんなにも元気を失っている。


 やりきれず、山の中を歩いていた。タブレットで聖神法の所作を確認しつつも、頭の中に入っているような気がしない。


 気配を感じ、振り向いた。コボルトが一匹、こちらに向かっている。


 ファーガスに気付かなかったのかと疑うほど隙だらけだった。軽く一振りして討伐してしまうが、納得がいかない。コボルトが走ってきた方向を見る。何となく、そちらへ歩いていく。


 そこで、一人の少年が笑っていた。


 自身の体ほどもある大剣を自由自在に振り回し、ゴブリン、コボルト、他にもさまざまな種類の亜人を切り殺していく。目つきの悪い瞳は凄惨に見開かれていて、敵と言う敵を一匹たりとも捉えて逃さない。


 すさまじい強さだった。ファーガスは、奴を知っていた。先ほど話に挙げたばかりだ。ハワード。奴は最後の一匹を転ばせ、その腹部に大剣を突き刺し、地面に縫い付ける。その亜人の苦しみに悶える様は、まるで羽をもがれた羽虫のようだ。


「……昨日、居た奴だな」


 そのまま、奴はこちらに目を向けた。意地の悪そうな笑みが、口元に貼り付いている。


「何だっけか。オレ、お前の名前聞いたっけ?」


 話しかけられ、どうすべきか迷った。ベルの言う事を信じるならば、無視すべきだ。だが、奴なら許嫁の問題について何か知っているかもしれない。


 ――ごめん、と心の中でベルに謝った。硬い表情で、ファーガスは応える。


「いいや、言ってねぇよ。けど、お前の名前は知ってる。ナイオネル・ベネディクト・ハワード……だよな」


「ああ、お前は? 覚えてたら覚えとくぜ」


「ファーガス・グリンダー」


「はぁん……。約束はできないな」


「別に、俺の名前はどうでもいいんだよ。それより……お前、ベルと許嫁なんだってな」


「ベル……クリスタベルか」


 ハワードは表情をゆがめて舌を打った。苛立たしげな視線が、ファーガスを貫く。


「けっ、良かったな。お前の名前、多分忘れねぇぜ。グリンダーだったな? んだよ。クリスタベルを愛称で呼んだり、許嫁の話を知ってたり。随分親しいらしいな、あの『チキンガール』と」


「ベルがどんな目にあったのかも知らない奴が、勝手なことを言うんじゃねぇ!」


 口が、勝手に奴を怒鳴りつけていた。しかし、自覚しても止めようとは思わなかった。『チキンガール』。ああ、ベルに元気がなかった理由の一つに、それもあったのだ。


 そんな風にいきり立つファーガスを、奴は冷めた目で見つめていた。鼻で笑って、「まぁ、オレには関係ないか」と平然と立ち去っていく。


「おい、待てよ! 何で許嫁なんて話になったんだよ! 教えろよ!」


 しかしハワードは反応するそぶりがない。ファーガスは、それでも叫び続けた。自らの道化っぷりには、気づかない振りだ。

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