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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
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8話 大きくなったな、総一郎29

 ゆっくりと、振るう。


 木刀を太極拳よろしく、ゆっくりと素振りする。それが、ここ数カ月の総一郎の訓練のやり方だった。人を殺せなくなった今、総一郎の木刀を使う機会は多い。総一郎がなおも、ARF随一の武闘派であるがため。


「―――――」


 ゆっくりとした素振りは、不殺ゆえに。敵を打ちのめすのではない。絡めとり、痛みを与えず無力化する。その意味で、木刀の操作に手足以上の繊細さを、総一郎は求めていた。


「ふぅぅうううう……」


 深呼吸のやり方次第で、体は熱を持ち、そして冷める。それらは、ここまで苦労せずとも魔法で可能だ。魔法は万能の技術。生かすも殺すも、全ては魔法次第。


 魔法は力だ。日本人が当たり前に有する、弾数半無限のミサイルであり、武装解除不能な重さのない携帯武器であり、優れた認識拡張デバイスだ。


 そういうものを当たり前に持っているから、日本人を軽んじることは誰にもできない。力。力があれば、不幸になることは少ない。他人から差別を受けることもなく、他者に容易く貢献でき、そして感謝される、人間にとって理想的な生き方が出来る。


『ボク、力がないってこんなに惨めな状態だって、分かってなかったんだ』


 ナイは、図書の件を解決に導いた後、総一郎にそう語り掛けた。


『人間の未来を見る、なんてことボクらからすれば当たり前すぎて、お蔭でヒイラギに封じられずに済んだけど、それさえなくなったらって思ったらゾッとするよ。きっと、そのとき、ボクには何もない。本当に、ただ総一郎君に愛を求めるだけのお人形になり果てる』


 攫われたとき、何の抵抗も出来なかったんだ。ナイは、そう語っていた。


『あのお姉さまの子供たちに似せて作られた化け物達に、ボクは何の抵抗も出来なかった。彼らは確かに強いけど、〈魔術〉でなら対抗しうる。つまり、“ボクらの魔術”ってことなんだけど。でもそれがないと、ボクはされるがままなんだ。暴れることさえできなかったんだ』


 怖かったよ。ナイからそんな言葉を聞くのは、総一郎にとって何年ぶりのことだったろうか。


『ボクは、痛覚をヒイラギに蘇らされた。痛いのは辛いよ。ボクね、泣いちゃったんだ。少しビンタを繰り返されただけでね。邪神が、痛くて泣くんだよ? 笑っちゃうよね。笑えなかったよ。ボクは、こんなに無力なんだって思った』


 こんなボクじゃ、君の横に立てないよ。そう零すナイに、総一郎は何と言えばよかったのだろう。


『ボクは、君に並ぶ立つ存在でありたい。君に最大の敵だって認められて、そうやって殺されて死にたい。それが最低ラインだ。守られるお姫様なんてヤだよ。しばらくはそんな感じで居ようって思ってたけど、間違いだった。こんな惨めなのは嫌だ』


 総一郎は、そう語るナイに、何か言おうとしたのだ。是か非かも思い出せないけれど、きっと彼女に自分の意思を伝えようとした。


 だが、ナイはそれよりも早く、こう言い放った。


『だから、ボクはボクの戦いをするよ。総一郎君に、信頼されるボクになる。力に頼り切って翻弄するのはもう止めるよ。君がボクを信頼して、ボクに力を持たせて、裏切られてもいいって思ってもらえるように、頑張る』


 その宣言は鮮烈だった。確かに総一郎は、ナイに裏切られてもいいと思っている。思い続けながら、ナイを愛し敵対し続けていた。


 だが、裏切ると理解されながら力を与えてもらえるほどの信頼を勝ち取る、というナイの宣言には、虚を突かれた。喉元まで出かかっていた考えが、塗りつぶされてしまうほどに。


『つまり、その』


 そして突如口ごもったナイにキョトンとして。


『こ、これからもっと夢中にさせてあげるから、覚悟しておきなよ!』


 顔を真っ赤にして言い逃げしたナイに、総一郎は『もうとっくに、俺は君にやられてるよ』と、形容しがたい、幸福なしんどさに打ち据えられたのだ。


「あの日は、色んなことがあったな」


 そう言ってから、集中力の乱れを自覚し、また息を吐く。それから正眼に構え、目を瞑った。


 まぶたの裏にある闇が、総一郎の周囲を覆った。闇の中に、様々なものが浮かんでは消えていく。そして最近は、いつも最後に父が現れるのだ。


 父は、総一郎の正眼に声もなく笑みを見せていた。あまり笑ったところの見たことのない父だったのに関わらず、浮かぶその笑みは自然である。歪みのない。ただまっすぐな笑み。


 総一郎はその父の像と向かい合って、記憶の中で膨れ上がり萎み縮まる、捉えどころのない影と対峙するのがここ数週間の常だったのだ。


 だが、今日は横やりが入った。


「ん」


 気配を感じて、総一郎は薄目を開けた。獰猛で、大きく、エネルギーを秘めた何者かが高速で近寄ってくる。


 油断すれば、すぐにでも打倒されてしまうだろうとハッキリわかった。だから、静かな心で迎撃の体勢を取る。


「野郎どもッ! かかれ!」


『応!』


 図書の家の塀を乗り越えて、ずんぐりとした二メートル級の影が四方から襲い来た。それに、総一郎は鋭く息を吐き、動く。


 まず掴みかかるように両手を広げ来た影に、総一郎は突きを放った。穿ち殺すようなものではなく、先手を打って攻撃を潰すような一撃。


 狙い通り、影は「ぐっ」と苦しそうな声を上げ、庭の上でもんどりうった。そこに一撃入れれば静かになる。


 続く攻撃は三人による挟撃だ。しかし、慣れたものだね、と総一郎は魔法を使って高く跳躍して回避し、その後三人まとめて木刀で薙ぎ払う。人間相手ならば、流石に吹き飛ぶほど威力は出ないだろう。だが、亜人ならば破魔の力は巨人の一撃めいて力を持つ。


 そうして、四人の亜人たちが転がった。手加減したから一人も死んではいない。正しく、適切に無力化できた、といったところか。


「おーおー、流石だなウッド。オレの部下じゃあ全員で掛かっても勝ち目はねぇな、こりゃあ」


 拍手をしながら現れたのは、ファイアーピッグだった。亜人の姿ではなく、人間の、いわゆる化身と説明される姿でのご登場だ。


「今さら俺の力なんて試してどうするんだよ。君は痛いほど知ってるんじゃないのか」


 あと俺はウッドじゃない。そう文句をつけると、ピッグは「まぁそう言うなよ」と庭に踏み込んできて、部下たちの頬を叩く。


「おら、起きろ。人様の敷地で情けねぇ姿晒してんじゃねぇぞ」


「う、く……、すいません、ヒルディスさん」


 活を入れられ、ぞろぞろと起き出した部下たちは、総一郎を一睨みしながらも軽く敬礼して出て行った。何だったんだろう。と眺めていると「さて」とピッグが切り出してくる。


「今のはあいさつ代わりだが、正直想定以上だ。ウッド、お前、オレをぶちのめしたときよりも強くなったか?」


「ウッドは俺より弱いよ。代わりに、俺は人を殺せないけどね」


「ハ、言うじゃねぇか。テメェほどの人でなしが、人を殺せないとは思えんが」


「殺せないよ。殺したら、俺は消えてウッドだけが残る」


 うすら笑いを浮かべていたピッグが、表情を失くした。それから、「礼を失した」と頭を下げる。


「テメェはどう見てもウッドだろうに、何で頑なに否定するのか理解しきれてなかった。ウッドだったテメェ自身を、乗り越えてこうやって日々を過ごしてたんだな。無神経なからかいだった。そのことを謝罪したい」


「……なるほど、白ねぇが副リーダーに選ぶだけはあるね。あなたは案外、一本筋が通った人らしい」


 総一郎は木刀を下ろして、ピッグに向かいあった。それから手を差しだして、名を名乗る。


「総一郎・武士垣外です。あなたは?」


「ヒルディスヴィーニ。――神話にて、女神――――を乗せて走っていた猪だった。今はラグナロクで零落した、その辺の一悪魔だ。ヒルディスとでも呼んでくれ」


「分かった。よろしく、ヒルディスさん」


「ああ、ソーイチロ。ん、呼びにくいな」


「日本人の舌にあった呼び名だからね。ソウとでも呼んでよ」


「いや、これでいい。ただでさえ不義理を働いてるんだ。このくらいはな」


 誰への不義理、と口にしないことが、ヒルディスにとってたった一人を指しているのだと総一郎には分かった。それから「世の中って生き辛いね」と言うと「分かったようなこと言うじゃねーの、坊主」とニヤリ偉丈夫は笑う。


「そんな坊主に、力を借りたい。ソーイチロ、オレの仕事を付き合っちゃあくれねぇか」


「……内容によるよ。気が向かない内容なら断るし、有意義なら無給でもいい」


「何てことはねぇ。強盗だ」


「……相手による、と言いたいところだけど、白ねぇがもうギャングの類は全滅させたって言ってたから。断るよ」


「まぁそう言うなよ。そいつ自身は悪人じゃないのは坊主の言う通りだ。だが、そいつは金の使い方が悪い」


「何にお金を使ってるって?」


「聞いて驚け。稀代の事業家ロレンシオ・コロナードの政治資金だ」


 総一郎の絶句を、ヒルディスはどう受け取ったのか。ただ、仄暗く、深みある笑みを浮かべるばかり。その様は、まさに悪魔に相応しい。


 総一郎はしかし、彼に待ったをかける。


「でも、悪人じゃないんでしょ? お金を使う先はどうかと思うけど、襲うほどじゃ」


「おいおい、誰にモノ言ってやがる。オレは悪魔だぞ。知ったこっちゃねぇよ、そんなこと」


「……だけど」


「あーあ―分かった分かった。じゃあ一つヒントだ。坊主、こういうときは結果を見ればいいんだぜ。オレたちが強盗して、そいつから政治資金を奪えばどうなる? 奪わなければどうなる」


 問われ、考える。アナグラム計算も使う。そして、総一郎は渋面で答えた。


「強盗が成功すれば、コロナード氏は今より不利になる。強盗は、ギャングが世間から消えたなんてみんな知らないから、ARFの悪評ではなくどこぞのギャングの悪行として片づけられる。そして、やらなければ何も変わらない」


「ああ。つまり、そういうこった。それに安心しろ、これは殺しの仕事じゃねぇ。ウッドが甦ってくるこたぁねぇさ」


 言われ、総一郎は沈黙の後頷いた。ウッド。今は、ベルの修羅と共に総一郎の中で静かにしている存在。だが、気配は間違いなくそこに残っていた。


 彼を解放したのは確かだ。だが、ウッドは死んではいない。消えてもいない。ただ、眠っているだけだ。


 そんな総一郎の思案する様子を見て、ヒルディスはこう零した。


「……弟ってだけあって、業が深いのはそっくりってか」


 ご執心になる訳だ。ぼそり呟きながら、ヒルディスは溜息を吐きつつ頭を掻いた。それから、「ま、ガキんちょは余計な心配せずに自分のことだけ考えてろ、ってな」と踵を返す。


「? どこに行くのさ」


「どこって、そいつの邸宅よ。デケェんだぜ。壊し甲斐ありまくりだ」


 こんな朝早くから……、と総一郎は、まだ顔も出し切っていない今日の太陽を想う。仕方なく魔法で汗を処理してついていくと、大きなトラックの荷台にぎゅうぎゅう詰めのヒルディスの部下たちと、助手席でまぶたを擦るヴィーがいた。


「あ、イッちゃん……。おは、ふぁあ~……眠い」


「不機嫌そうだね」


「お小遣い千ドルって聞かなきゃ来なかった」


「お金持ちじゃん」


「でしょ?」


「ガキども! 中身のねぇ会話してねぇで、早く乗りやがれ!」


 ヒルディスに一喝され、総一郎はしぶしぶ僅かなスペースを求めてトラックの荷台に乗り込んだ。むわ、とむせ返るような獣臭に、「わりぃなウッド。俺たちだって出来ることならこんな夏場に狭い場所に集まるのは嫌なんだ」と苦しげに愚痴を。


「いいよ、身を隠さなきゃなのはわかるし。このメンツって、多分人間の姿になれないんでしょ?」


 後ウッドじゃないから、と否定しつつ共感してやると「分かってくれるか……」と部下の一人は心を許してくれたようだった。他の連中も、うんうんと頷いている。想定より遥かに素直な面々だった。


「じゃ、閉めるぞ。ソーイチロ、運転中揺れるが、それでぶつかってきたこいつらに押しつぶされるようなことにはならねぇようにな」


 忠告をして、ヒルディスはトラックの後ろの蓋を閉じた。直後、魔法由来の低燃費電灯が、トラックの荷台の中を照らし出してくれる。


 それからしばらくは、息を殺しながら揺られる時間だった。ヒルディスは揺れると言ったが、随分と丁寧な運転だ。少なくとも総一郎の空の旅よりかは評判も良さそうだ、と自嘲気味に考える。


「ウッド、お前こうやって話して見ると普通の奴なんだな。いや、恐ろしいほどに強いことは分かってるがよ」


「だからウッドじゃないって」


「んじゃなんてよ呼べばいいんだよ」


「……ティンバーとか?」


「家でも建てんのかよお前」


 うるさいな、と総一郎はシッシと追い払うジェスチャーだ。それにヒルディスの部隊員は笑い、それから「本当に、普通の奴なんだな」と沈み込むような声音で言う。


「ヒルディスさんから説明を受けちゃあいたが、信じらんねぇよやっぱ。お前、何であんなことしたんだ?」


「あんなことって何さ。ウッドがしでかしたとなんて山ほどあるじゃないか」


「まぁその山ほどある全てっつーか。強いて言うなら、『ハッピーニューイヤー』とかよ」


 純粋に興味がすべてだ、と言わんばかりの聞き方だった。だから、総一郎は自然と答えてしまったのだろう。


「八つ当たりだよ。だから最低なんだ。言い訳のしようもなく最悪なんだ。そんなだから俺は、ウッドを許せないんだ」


 沈黙がトラックの中に満ちた。それから、部隊員の一人が「そうか。悪いこと聞いたな、ティンバー」と声をかけてくる。


「……ううん、当然の質問だと思う。君が謝ることじゃないよ」


 総一郎は首を振り、部隊員たちはそれぞれ「分かった」「色々あるもんな、人生ってのはよ」と理解を示す。それが、総一郎には嫌だった。理解など示さないで欲しい。糾弾して、この場で命を狙おうと、総一郎はそれを否定しない。


 何故誰も、総一郎を責め立てない。優しくなんてされる資格のある人間ではないのだ、自分は。


 だが、そんな事を言葉に出来るはずもなく、総一郎は背もたれに体重を預け、予定地への到着を待つしかなかった。部隊員たちはスムーズに次の話題に移り、総一郎はその話題を自ら聞き逃した。


 それからすぐに、トラックは動きを止めた。「お前ら、出てこい」とヒルディスがトラックの荷台を開ける。


「いいか、この豪邸は、家主のボディガードに守られている。それなりに練度のある連中だ。だが、突破出来ねぇほどじゃねぇ。進行方向上にいる邪魔な奴だけぶっ飛ばして進むぞ。それ以外は無視しろ。いいな」


『応ッ』


 部隊員たちは一様に返事をする。それを聞いてから、ヒルディスは総一郎に視線を向けた。


「ティンバーって呼べばいいんだな。じゃあ改めて、ティンバー、お前の仕事は遊撃だ。ヤバそうな奴を優先的に潰し、状況を見てかく乱しろ。判断は任せる。“いい具合に”やってくれ」


「分かった、得意分野だよ」


 総一郎が答えると、ヒルディス――ファイアーピッグはニッと笑った。それから運転席の方に回り、大声で娘に喝破し始める。


「ヴィーラ! お前はオレと一緒に急先鋒だ。謎が解けても、ティンバーみたいな規格外以外はお前の事を圧すことも出来ねぇ。持ち前の肝っ玉で突き進め、いいか?」


「いつも通りやればいいんでしょ、余裕よ」


「ああ、お前はそれでいい」


 這い出てきた総一郎は、似ても似つかない親子が、そのサイズ差の大きすぎる握り拳を軽くぶつけ合ったのを見た。いいな、と思う。家族の、ただ清々しいばかりの絆。かつて父と、こんな風に信頼し合うことは、総一郎に出来ていたのだろうか。


 もはや、遠い記憶である。総一郎は、異次元袋からティンバーとしての変装道具を取り出して装着を始める。


「お、初期のウッドみてぇな無表情だな。あの時は幹部に招き入れようって姐さ、天使風情がうるさかったもんだが」


「結構判定甘くない? 割ともうダメじゃない?」


「いいんだよ。オレが決定的に認めねぇ限り、悪影響はねぇ」


 そうこう言っていると、ヴィーも美術館で見たような魔女ルックでトラックから下りてくる。のそのそと部隊員たちも荷台から下りてきた。最後に、と目をファイアーピッグに戻せば、いつの間にやら彼は豚の悪魔の姿となっていた。


「さぁ、行くぞ野郎ども。突入だ」


 声は返さない。部隊員たちは、荷台の中に騒々しさを置いてきたようだ。彼らはただ、力強い首肯でもってピッグの後ろを追従する。総一郎、改めティンバーも、その後ろに続いた。


 その屋敷は、閑静な住宅街にあった。少し離れた場所にルフィナの屋敷がある、という事を述べるだけで、ここがどんな地域なのかが分かるというものだろう。


 そして、一行の目の前にそびえ立つは、小高い塀だ。ピッグに目線で問われ、ティンバーはカバラで分析する。


 塀は、見た通りの塀だった。現代の感覚からすると、不用心と用心の狭間にある、絶妙な遮り。完璧な用心とは言えないが、その辺りの空き巣相手には十分な効果を有するだろう。恐らく最低限の通報装置も完備してあるのだろう。


 ティンバーはその通信装置を魔法で探し出して、アーリにそのデータとアナグラムを投げた。即時でクラックウィルスが返ってくるのは、彼女というよりスパコンの功績だろう。電脳魔術経由で、装置類をすべてクラッシュさせる。


『邪魔な電子機器類は全部排除したよ』


 電脳魔術で報告すると、それぞれ無言で頷きあった。それで、さぁ乗り込むぞ、となる寸前、ヴィーが声を上げる。


「イッちゃん本当に何者なの?」


「俺はティンバーです」


「あっ、ティンバー」


 まだまだ一般人気分の抜けないヴィーに、ティンバーは毅然と訂正だ。「ちなみにそっちのコードネームは?」と聞くと「……ファイアーウィッチ、とか?」と小首を傾げている。「ウィッチね、了解」と正面玄関に向かった。


 そして、全員で一息に塀を乗り越えた。侵入。塀の外も静かだったが、中に入ると余計に静かで落ち着かない気分になってくる。


『どこから入る?』


『この辺りの金持ちってのは、そもそも区域に入るのが困難だから油断してるもんだ。ひとまず玄関扉を当たるぞ。そこで扉が開きゃ、そのまま強奪だ』


 無防備の相手に、強盗。総一郎は険しい顔になる。確かに、コロナードの政治資金源であるなら、少なくとも総一郎には敵の一人だ。だが、だが。


 ヒルディスを見る。悪魔。今回の悪事も、神に喧嘩を売る、という意味合いからの戦力強化も兼ねているのだろう。けれど、だからといってまっとうな方法で稼がれたお金を、このままでは困ることになるから、という身勝手な理由で強盗に入っていいものか。


「狙い通りだな。さぁ野郎ども、開けろ、突入だ」


 ピッグの宣言と共に、扉が開け放たれる。その先に広がっていたのは、豪華な造りのエントランスだった。まっすぐに伸びる奥には、上階へとつながる階段。


 そのど真ん中で荷物を広げて座る者の存在を、ピッグたちは忘れたこともないだろう


「よう。待ってたぜ、豚野郎ども」


 そこに腰かけていたのは、リッジウェイ警部だった。彼は自動小銃を肩から掛けながら、電子煙草に煙をくゆらせている。そして、ゆっくりとした所作で立ち上がった。


 その出で立ちは、改めて見ると異様だった。夏なのにもかかわらず、冬のような厚手のコートを羽織っている。それは何故か、見る者に暑苦しさでなく寒気を想起させた。


 だがヴィー、改めウィッチは他の面々の緊張を置き去り、先んじて進む。杖を手元でくるりと回し、「まさかテレビで見たこともある有名人とやりあうなんてね」と優雅さを滲ませ多好戦的に笑みを浮かべるのだ。


 リッジウェイ警部は、言った。


「ミーハーだねェ、お嬢さん。そんなに慌てた生き方してると、気付かずに地雷をふみぬいちまうかもしれないぞ?」


 ちょうどそんな風に、とリッジウェイは指を差した。ウィッチは「え?」とキョトンとした顔で足を上げる。


 同時、強烈な爆発がティンバーたちを襲った。ヴィーはピッグの種族魔法で、総一郎は『灰』で無事だったが、部隊員のうち数人は負傷してしまう。


 その上、衝撃と煙は一行を前後不覚にした。リッジウェイは、高々に声を上げる。


「サァ、試そうぜ豚野郎。幼気なお嬢ちゃんを連れてくるような舐めっぷりで、戦争は果たして出来るもんか、ってなァ」


 彼は虚空に向けて指を振るった。BMCでのディスプレイ操作だったのだろう。彼を取り囲んでいた兵器たちがそれぞれ自発的に動き出し、ドローン、ジャンパーとして素早く散らばってから、機構を伸ばしてオートタレットに変貌する。


「撃て」


 そして、一斉射撃が始まった。


 衝撃による混乱のみだったティンバーは、一足先に我を取り戻して魔法による防壁を張った。即時に扱える最高硬度の盾。図書おなじみのダイヤモンドだ。


 しかしリッジウェイが貯め込んでいたマジックウェポンはまだまだ備蓄があるらしく、その一つ一つが贅沢に、ティンバーの薄いダイヤモンドの防壁を僅かずつ削っていく。


「なるほど、中々使える部下を手元に持っているじゃないか豚野郎。しかし、その盾は電気に弱そうだなァ」


 まるでタクトを振るように、リッジウェイはオートタレットを停止させた。音が止み、一行の混乱が解けてくる。だが、それがリロードによる僅かな休止だと、ティンバーは勘づいた。マズイ、と声を上げる。


「全員退避! 次の掃射は俺の盾では守り切れない!」


「ご明察だ」


 サンダーバレットは、薄いダイヤモンドの盾を、電気分解でボロボロにした。ピッグと部下たちが一斉に屋敷の外に出たのを確認して、魔法を風での逸らしに変える。


「おうおう、多彩だなァ。ウッドを思い出す……というか、随分ウッドに似た仮面じゃないか。もしや、親類か何かか?」


「当たらずとも遠からずってとこかな!」


 少しでもリッジウェイの猛攻から部隊を遠ざけるために、ティンバーは肉薄し木刀を振るった。リッジウェイ警部はそれを銃床で受け止め、振り払う。


「ふむ、ウッドではないようだな。そのこん棒のアナグラムは、魔法を遠ざける。ウッドには持てまい」


「よく知ってるね」


「もちろんだ。シュラは、私の根源に馴染み深い。そうだろう? ソウイチロウ君。ユウ・ブシガイトの忘れ形見」


 しまった、と思う。そういえば木刀の話を以前補導されたときにしたな、と思い出すティンバー――総一郎だ。あまりにも迂闊である。


「にしても、意外だった。あの亜人に対してひどく冷酷だったユウ、奴の息子が、事もあろうにあの豚に手を貸すとは」


 その言葉には、怒りが滲んでいた。かつて語られた、リッジウェイ警部のヒルディスへの恨み。本人が行ったことではないにしろ、警部からすればそんなことは関係ないのだろう。


「私の話は、そんなに退屈だったかね。君が与している豚はロクデナシだと、心を込めて説いたつもりだったが。それとも、君もまた、ロクデナシの一人なのかね?」


 リッジウェイ警部は、総一郎に向け銃を構えた。総一郎は、呼吸を落ち着け対峙する。


「それは、これから俺が見極めていくことです。あなたが決めることじゃない」


「ひっひ、ユウの息子だよ、君は。仕方ない。死なない程度に、モノの道理というものを教えてやろう」


 緊張が張り詰める。カバリスト同士。刀と銃。死闘が、始まった。


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