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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
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8話 大きくなったな、総一郎28

「お姉ちゃんお姉ちゃん、一緒に遊ぶぞ」


「いいよ、何する?」


「ノルマンディー攻略ごっこしよう」


「殺伐とし過ぎてない?」


 視界の片隅で、琉歌が清と遊んでいた。


 髪を切り、衣服などのそれこれを整えた琉歌は、幼馴染というひいき目を抜きにしても美しかった。不思議にキレイどころの揃いがちな総一郎の周りではあるが、琉歌とて決して負けてはいない。


 その上、今の自然に聞こえた声が、琉歌がデバイス越しに発した合成音声であるというのだから、もう何も心配することはないように見えた。口の動きと脳内で発された言語信号を処理して合成音声で即時発話する機構は、見事琉歌の望みに適ったものだ。


 人間関係も悪くない。清は今見ているようにすぐに琉歌を受け入れたし、琉歌の方も意外な面倒見の良さを見せ、よく清に構っている。お蔭で清に遊ぶようねだられる機会が減って、総一郎は少し寂しいくらいだ。


 特に目を瞠るものがあるのは。


「おーう、帰ったぞ~」


「っ、お、お兄ちゃんお帰り!」


 声帯を震わせないながら、合成音声デバイスは使用者の意思に従って声量を大きくする。図書は「おう、お帰りって言ってくれる奴が一人増えるだけで嬉しいもんだな」とにこやかだ。


「お帰りだ、お兄ちゃん。今日のお土産は何だ?」


「いつからそんな行事出来たんだ?」


「いいから、今日のお土産は?」


「強引だな清。んじゃこれやるよ、研究室で捨てるに捨てられなかった人工知能」


『わーお! 何てかわいい子なんだ! 少し硬い話し言葉もギャップがあってキュートだね! 君の愛くるしさの為なら全世界が動くだろうさ!』


「えっ、そんな、そんな事を言われると、照れるだろう……」


「対象の特徴を見つけては無限に褒めてくれる人工知能だ。捨てる決断すら寂しげに褒めてきて捨てられなかった」


 何だその最強のシステム。


 総一郎もちょっと興味深い気持ちで近づく一方、琉歌は「きょ、今日もお疲れ様」と図書のカバンを受け取った。「お前思いのほか気遣いできんのな」と言って、図書は笑う。


「……これやっぱり……」


 そしてそれを険しい目で眺める白羽である。総一郎は最近そんな調子な白羽を奇妙に思いながら、無限に褒めてくれる人工知能に無限に褒めてもらって愛着がわいてくる。


 最近は急を要する仕事が少ないので、こうやってゆったりできる時間が増えていた。日中は今も忙しいが、夜帰ってきてこうしてのんびりと身内と戯れる時間がある、というのは総一郎にとってちょうどいい働き方だ。


 ……よくよく考えると、働き方とか考えている時点でおかしいのかもしれないが。学業からしばらく離れていたが、今どの程度やれるだろう。ちょっと恐ろしくなる総一郎である。


『そんな風に自分を顧みることが出来るだけで、君には成長の余地が広く広く存在しているよ! 君の未来は無限大だ!』


 人工知能に励まされ元気が出てきた。まだやれるかもしれない。


 そんな風に人工知能で遊んでいると、白羽がそっと息をひそめて近寄ってきた。総一郎は気配の殺し方が恐ろしく下手だな、と思いながら「どうかした? 白ねぇも褒められたくなった?」と聞く。


「え、あ、うん。それもなくはないんだけど今は違くて『謙虚なんだね、君は! 謙虚で居られるということは自信の表れだ! それだけの自信を抱くには眠れない日もあっただろう!』うるさいからちょっと黙らせてそれ」


 白羽はとても微妙な顔で総一郎に言う。半笑いで総一郎が電源を切ると、白羽は「ちょっと来て」と手を引いて二階に歩き出した。


 そして至る二階である。白羽はとても難しい顔をして「総ちゃん、どう思う?」と尋ねてくる。


「どうって、何が?」


「琉歌ちゃんの、図書さんに対する態度」


 言われて、思い浮かべる。確かに総一郎、白羽に対するまだぎこちない琉歌の態度に比べると、図書への接し方は険が取れていて、見ていると思わず和んでしまう。


「いい感じだよね。記憶喪失なのにアレだけ仲良しってなると、家族って特別なんだなって思うよ」


「じゃなくって、だから、その。……恋する乙女っていうか、さ」


「恋?」


 総一郎が聞き返すと、難しい顔で白羽が頷いた。納得がいかず、総一郎は記憶にアナグラム分析をかける。


 電脳魔術を備えた人間は、全てクラウド上に記憶の映像記録を有している。これは脳を介してではなく映像そのものがクラウドに行くので、記憶の改ざんなどの影響を受けない。裁判にも使える歴とした証拠だ。


 それをカバラで分析し、総一郎は気まずい顔で目を瞑った。


「……恋だね。え、本当に? 禁断の恋?」


「うん。だから、どうしたものかなって」


 言って、眉根を寄せる白羽である。総一郎はそれを受けて、腕を組む。


「どうしたものかな、っていうのは、どういう意味? 俺たちがこんな関係なのに、人のそれには口出しするって事?」


「そりゃ出すよ。るーちゃんがせっかく戻ってこられたのに、禁断の恋の所為で家族関係も破綻、なんて寂しすぎるもん」


「……んっ?」


「え? どうしたの総ちゃん。っていうか私たちがこんな関係って――あ」


 そっくりじゃん、と白羽は言う。今気づいたのか、と総一郎は頭を抱える。


「ん? んん? あー、うーん。そっか。そっか? うーん?」


 そして白羽は何かがしっくりこないのか、しきりに首を傾げている。総一郎は白羽が何に納得いってないのかが全く分からず、同じように首を傾げるばかりだ。


「白ねぇ、何が分からなくてそんなにうんうん言ってるの?」


「ん、何かね、腑に落ちないって言うか。頭で分かってるんだけど、心が納得してないというか」


「というと」


「頭では、総ちゃんが言った、私たちがそもそも恋人関係なのに口出しするの? っていうのが分かるの。でも、何でここに私たちが出てくるのか、体が分かってないの」


 ―――別の話じゃない? って思っちゃう。頭では分かってるはずなのに。


 白羽はそう言って、また首を傾げる。


 総一郎は、それに、白羽がなぞった総一郎自身の言葉に、考えさせられた。それは、総一郎の中にある前提が浮き彫りになる言葉だったから。つまり、近親相姦を悪事と捉える自分が根底にいることを認めていたから。


「……そっか。これ、俺たちの問題でもあるんだ。つまり、俺たちが自然に抱いた感情こそが、これから俺たちが抱かれる感情だって」


 ぼそりと呟いた言葉は、自分の不納得に振り回される白羽には届かなかったようだった。それでいい、と総一郎は思考の深みに潜り出す。


 琉歌の恋心を教えられて、よくない、と思った自分が間違いなくいたことを、総一郎は否定しない。それが常識的で、他人事のレベルでは生理的嫌悪感を抱いて、それを拒絶するように『俺たちの方がよほど深い関係なのに、どの口で他人を否定するのか』と問うたのだ。


 だが、白羽は首を傾げている。そのことに、総一郎は気付きを得るのだ。白羽は人間ではない。亜人。天使。そこに眠るのは、人間とは全く異なりながら人間と交われる異形の遺伝子だ。


 家族間の恋愛は、多くの人々が否と答えるだろう事象だ。遺伝子学上でも避けるべき行為。遺伝子とは、多様性によって守られるものであるから。


 禁忌には理由がある。そしてその大抵は、かつて人類が未発達だった時代には、死に直結したものだ。所詮人間は動物で、その頃からの本能のルールに縛られている。


 白羽を見る。亜人は、人類に起源がない。どこに起源があるのかも分からない、突如現れ世界に大きな影響を与えた存在。それは言い換えれば、彼らには生きるための本能を獲得する過程が存在しなかったということ。


 白羽にとって、本能とは何なのだろう。人間とは別のものがある、と父に説明された覚えがある。求人本能。天使とは人を救うものであるが故に。


「白ねぇ」


 総一郎は、問う。


「白ねぇは、るーちゃんの恋心に気付いて、どう思ったの?」


 俺みたいに、生理的にまずいって思った? という言葉は、敢えて伏せた。


 白羽は答える。


「このままだと二人とも不幸になるって勘づいて、それはまずいって思ったの」


 身近な誰かが不幸になることを望まない気持ちは、人間には自然なものだ。だからそれが、天使に備わる本能によって優先された理由であるかは、分からなかった。


「総ちゃん、どう思ったの?」


 そして跳ね返ってきた問いに、総一郎は口ごもるのだ。


「俺は、その」


「その?」


 まごつく。だが、隠すべきことじゃないとも思った。本音を言えばいい。


「俺は、怖くなったよ。今まで漠然と世間体なんて言ったけど、その本当の意味を突き付けられた気持ちになった。俺たちの子どもが生まれた時、俺たちは、その視線からこの子を守っていかなきゃならないんだって」


 白羽の腹部に触れる。少し張っていて、そこに生命の息吹が眠っているのが分かった。だが、総一郎の言葉の意味を、白羽は理解しなかった。僅かに戸惑うような面持ちで、総一郎を見つめている。


「……もしかしたら、天使の遺伝子は近親相姦なんかじゃ歪まない、完璧なものなのかもね」


 であれば禁忌もクソもない。愛し合える相手と好きに愛し合える。子どもが生来の病に侵される心配もない。それは喜ばしいことだ。社会がそれを認めるなら。


「それで、白ねぇ。あの二人をどうするつもりなの?」


 総一郎が話題を変えると、脳が切り替わったのかと思うくらい、白羽は明瞭に説明し始めた。


「要はるーちゃんがショックを受け過ぎなきゃいいんだよ。私たちが阻止すべきは二人家族関係の破綻だけなんだから、その恋が成就しようと失恋に落ち着こうと構わない」


「それはまた、冷たいね」


「仕方ないでしょ。ずっちー、ワグナー博士のことが好きだったはずだし。成就させられるならそうするよ。でも、難しすぎる」


 厳しい表情で首を振る白羽だ。天使の勘でそういうのなら、それはきっと確かなことなのだろう。失恋の決まった片想いとは、切ないものである。特に、それが親しい人間同士の物だと、なおさら。


 というか図書は博士のことが好きだったのか。知っていたような知らなかったような。ところで博士は研究を夫としている、みたいな修道女のようなことを言っていたのだが、そのことは把握しているのだろうか。


「だから、やんわりとるーちゃんには諦めてもらう。幸い天使とカバリストが揃ってるわけだしね。難しい事じゃないよ。少なくとも、成就させるよりはね」


 具体的には、と白羽が口を開く。そのタイミングで、ナイが現れた。


「……何、ナイ。これから真剣な話するんだけど。用事がないならあっち行っててもらえる? それとも今からでも拘束しなおそうか?」


「まったく、白羽ちゃんはいつも辛辣で困るよ。総一郎君の落ち着きようを見習ってほしいものだね」


 横やりを入れられイライラ気味の白羽を、さらりとナイは受け流した。それから、この小さな邪神は一つ提案をする。


「君たちの目論見、やりようによってはこの一晩で解決するよ。ボクが手伝ってあげようか?」


「要らない。じゃあ総ちゃん、説明を始めるね」


「白ねぇ、白ねぇ。流石に邪険に扱いすぎ。今のナイは俺たち不興を買って出るようなことしないよ。敵じゃないんだから」


 総一郎の諫めに、じっとりとした目でナイを見る白羽だ。それから長く息を吐いて質問を始める。腕まで組んで、完全に警戒モードだった。


「もし善意なのだとして、何でそんなことを言い出したの? ナイ、最初から最後まで興味なさそうだったじゃん」


「興味ないから、だよ。わざわざ君たちが手を回すほどの価値がある問題じゃない。それに君たちでは非効率的だ。あの二人は良くも悪くも君たちからの影響が少ないから、色んな〈魔術〉を禁じられている今でも未来くらい見えるしね」


 その言葉で、総一郎は何となく把握する。カバラは計算が根本にある。高速処理のスパコンなどを通して負担を軽減しているが、それでもいくらか面倒は残るものだ。


 対して、ナイの未来視はどうすればどうなる、というのがすべて分かる。技術でなく能力であるというのは、そういうことなのだ。出来るから出来る。それ以上は望むべくもないだろう。


「なら、どうすればいいかな」


 総一郎がナイに聞くと、ナイは嬉しそうににんまり笑った。


「ボクが口を滑らせて終わりだよ」


 言うが早いか、ナイは軽い調子で階段を駆け下り始めた。今に飛び込んでいく彼女を見て、白羽は「総ちゃん! 止めて!」と叫ぶ。総一郎はナイを信じていない訳じゃないにしろ、成り行きは見るべきだとその後を追った。


 ナイは、まるでいつもやっているかのように、自然な様子で清の隣に陣取った。清はキョトンとしてナイを見つめる。ナイは清と遊ぶ振りを始めながら、こう言った。


「そういえば、ワグナー先生へのアタック、上手く行ってるのかな?」


 近くにいた琉歌は、何のことかと首を傾げる。白羽はやっと追いついてくるが、遅い。


「お兄ちゃんの好きな先生か? あの人も中々の難物だからな……あ、でも今週末にデートに誘えたって話してたぞ」


 清の暴露に、琉歌は凍り付く。白羽はまさにその瞬間を目撃して、天を仰いだ。ナイは一仕事したような顔をして、「さて、最後に調整入れて終わりだね」と立ち上がりその場を離れる。


「……お兄ちゃん、好きな人いるの?」


「ん、ああ。かなり昔から好きだったみたいだぞ。もうゾッコンだな。先生は天才だったから、その助手になるだけでもものすごい苦労をしたって話、もう耳にタコができるほど聞かされた」


 アレは地獄だった……、と神妙な顔をして首を振る清に、涙目の琉歌である。そこでナイに連れられた図書が現れ、「何だ何だ。つーか結局お前は誰なんだ」と言いながら、今に登場だ。


「……お兄ちゃん」


 琉歌は、図書の姿を見つけほろりと涙を一筋零した。そして、堪らず駆け出し、そのまま家を出ていってしまう。


「はっ!? 何だ何だっ? 何で今泣いて出ていきやがったんだ?」


「いいから追いかけなよ。それが兄の甲斐性ってもんさ」


「うるせぇなぁお前! 誰だか分からんけど言う通りにしてやるよクソッ!」


 ナイに文句を言いつつ、慌ただしく図書も玄関に向かう。白羽が心配げに「私も付いてく?」と聞くと「いやいい! 流れは分からんが、俺を見て泣いたってことは般若家の問題ってことだろ!」と言い捨てて、玄関を飛び出していった。


「ナイッ!」


 そして、怒髪天の白羽だ。しかしナイは総一郎の背後に隠れて、「わーこわーい! 総一郎君助けてー」と冗談めかして騒いでいる。


 しかし、ここまで荒っぽい方法だとは総一郎も思っていなくて、「あの、ナイ?」と声をかける。


「何かな、総一郎君。もしかして君までボクのこと疑うの? 悲しいなぁ」


「疑う、というより、強引に過ぎることについての文句かな。ほら、清ちゃんだってポカンとしてるよ」


 事態から完全に置いていかれた清は、口を開けて図書たちの消えていった玄関の方を見つめていた。しかし少しすると驚きも薄れたのか、「まぁいいか。それでナイとやら。お前は結局一緒に遊んでくれるのか?」と尋ねてくる。


「あは、呑気だね清ちゃん。でもごめんね、君総一郎君との関連が弱いから、未来全部見えてつまらないんだ」


「一体全体何を言ってるんだこいつは……?」


 清はマイペースに、ナイの言動に眉をひそめていた。そんな少女に、白羽は「清ちゃん」と詰め寄る。


「何か、落ち着きすぎじゃない? 一応清ちゃんのお兄さんとお姉さんが走って家から出て行ったんだけど」


「お兄ちゃんが追いかけてったなら大丈夫だ。基本的にお兄ちゃんは運がいいからな。何とかなる」


「いやいやいや」


 清からの図書に対する厚すぎる信頼に、え、と白羽は目をパチクリとさせた。そんなやり取りをしていると、玄関からガチャ、と帰宅の報せ。


「おう、帰ってきたぞ。心配かけたな。琉歌も謝っとけ」


「……ごめんなさい。その、ちょっと舞い上がってたって言うか」


 総一郎も白羽もここまでの短期解決が起こり得るとは考えていなくて、動揺するばかりだ。それにナイが「ほら。『祝福されし子どもたち』が絡まなきゃこんなものだよ」とナイは嗤い、清は「そりゃお兄ちゃんだからな。それでお兄ちゃん、お土産は?」とまたねだる。


「それどころじゃなかったっての、こののんびり妹が!」


 図書が清に抱き着いてくすぐり始め、清は「うきゃっ、うくくくく、やめっ、やめて、あはははは!」と珍しいくらい分かりやすく笑い声をあげた。


 それを眺めながら、ナイはそっと近寄ってきて「ね、総一郎君。それで相談があるんだけど」と近寄ってきて、小声で提案してくる。


 きっとそれが、総一郎を葛藤させると分かっていながら。


「そろそろ、ボクのこと信頼してくれたりしない? そうすれば、ボクはきっと、君にとってもっとも強力な仲間になれるよ」


 誰よりも、ね。ナイはそう囁いて、以前のように、どこか裏のある笑みを浮かべるのだった。


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