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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
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8話 大きくなったな、総一郎27

 図書の宣言通り、琉歌は図書の家に移り住むことになった。イキオベさんの危惧するような事は全くなく図書の「帰るぞ。手続きは俺がやっとくから」「分かった、えっと、お兄ちゃん?」と二つ返事で成り行きが決まった。


「まさか、こんなにあっさりとした決着になるとは、思わなかったよ」


 イキオベさんはそう言って、少し恥ずかしげに頭を掻いていた。


「血というものは、私たちの知る由もない力があるのかもしれないね。あれだけ他人を拒絶していた琉歌ちゃんが、ここまで素直になるとは思わなかった」


「……そうかもしれませんね。何て言うか、あの二人、本当に自然体で」


 今後の引っ越しの段取りを決めるため、と会話する二人を見ていて、総一郎はしみじみと感じ入る。懐かしい光景だった。取り立てて考えるまでもなく、二度と見られない二人の姿だと思っていた。


 総一郎の目には、心なしか前回より琉歌の様子も明るく見えた。縮こまって筆談していた琉歌の様子を思い出すに、何だか総一郎まで嬉しくなってくる。


「るーちゃんも、普通に話せる相手っていうのが楽なんでしょうか。その、会話するのに筆談が必要ない相手っていうのが」


「それは、きっとあると思うよ。彼女はあの力をすべて使いこなしているとは言えない。結果として、誰かとの会話そのものを厭うようになってしまった、という見方も出来るのかもね」


 そんな風にイキオベさんと話していると、白羽が息せき切って部屋の中に飛び込んできた。間髪入れず彼女は扉を閉めて、そこに背中でもたれかかりながら深呼吸をする。


「はぁ、はぁ……、や、ヤバかった……」


「お疲れ、白ねぇ。ハードに遊んできたみたいだね」


「付き合ってらんないよもう。総ちゃんも気を付けてね? 子供たち、今暴徒と化してるから」


「一体何したの白ねぇ」


 相変わらずの破天荒っぷりだ。懐かしい気分のままで白羽を見ると、よくよく考えると成長こそしても本質は変わらなかったのだな、という気持ちになる。


 総一郎はどうだろうか。人当たりに関しては図書の次に変わっていないだろう。だが、本質は誰よりも変化してしまった。それを、総一郎は自分自身で切なく思う。


 かつては、誇張なしに生まれて嘘を一度もついた事がないような少年だった。


 今は、この瞬間でさえ、自分に嘘をついている。


「あ! ずっちーとるーちゃんが話してる! 上手く行ったの?」


「うん。やっぱり般若兄妹は般若兄妹だったね。るーちゃん、図書にぃの強引さが心地いいみたいだ」


 見れば琉歌が何を言ったのか、図書に頬を引っ張られていた。それにぽかぽかと弱い抵抗をする様は、どうしようもなく和んでしまう。


「総ちゃん、混ざりに行こ」


「……うん」


 白羽の誘いに抵抗しきれず、総一郎は乗ってしまう。ざわざわとした罪悪感が背中をはい回るが、すでに計画に練っている。だから、今は、今だけは見逃してくれ。


 総一郎は郷愁に誘われ、白羽についていく。かつてのように、四人で楽しく話せるような日が来るなんて。そんな風に、油断しきっていた


 そんな、都合のいい話がある訳もないのに。


「やっほ! ずっちーに、るーちゃん! 再会したばっかりですっごく仲良しみたいだね」


「おい白羽聞けよ。こいつ部屋の荷物俺に全部運ばせようとすんだぜ。引っ越しロボットじゃ丁寧に運んでくれねぇってよ。アーカムの工業力舐めんなって教えてやれ」


「お兄ちゃんだっていう癖に、全然わがまま聞いてくれない……。ひどいよぉ」


 総一郎の頭の中で、精神魔法の防御が反応した。


「何が酷いんだよ。お前兄を奴隷みたく扱おうとするな」


「いや、図書さんが酷いよ」


「は? おいおい白羽、何言ってん」


 そこで、図書が異変に気付いた。白羽の目の色が、まるで亜人差別者を前にしたかのように無慈悲に乾いている。そして、白羽はゆっくりと手を合わせようとした。それを、総一郎が寸でのところで止める。


「白ねぇ、冷静に」


 パチッ、と小さな静電気めいた音が響いた。途端、白羽は停止する。そして、自分の手を見て蒼白になった。


 白羽の両手合わせは、天使の種族魔法の発動条件だ。神に祈る――神を呪うことでもって、堕天使の彼女は権能を振るう。


「……私」


「ん? 何だ? どういうことだ? 何でそんな顔してんだよ」


 詳細を知らない図書は、首を傾げて問いかけてくる。総一郎はやっと精神魔法の防御を安定させることに成功して、重い息を吐きだした。


「ごめん、油断してたし、何なら舐めてた。琉歌ちゃん、図書にぃと二人きり以外のときは、筆談にしてほしい。白ねぇ、図書にぃに向けて魔法で攻撃しようとしてた」


「はぁ!? いや、冗談だろ?」


 驚く図書に、白羽は力なく首を振る。


「ううん、今私、本気で図書さんに種族魔法で攻撃しようとしてた。なんて酷いことをする人なんだろうって、こんな奴……って」


 それを聞いて、琉歌は口をつぐんだ。彼女は手元に持っていた大きな自由帳を広げて、こう記す。


『ごめんなさい。いつもは気を付けてたのに、気が緩んで』


 それから、こう続けた。


『やっぱり、お兄ちゃんの家に行くの、やめとく。迷惑かけちゃうから』


 図書は言った。


「うるせぇ、もう決めたことだ。その場の気分で覆ると思うな」


 図書は強かった。その場の全員が呆けてしまうほどに。










 家に帰ってきて、図書の家で主に過ごしている面々が集められた。


 総一郎、白羽の武士垣外姉弟、総一郎にくっついて、ナイ、シェリル。そして図書の家族である、清。


「……おねぇちゃん、なのか?」


 堅苦しい話し言葉の小学生こと清に尋ねられ、戸惑い気味に琉歌は『そうみたい』とあいまいに筆談で肯定した。清には、赤ん坊の時記憶はない。そして琉歌は、赤ん坊のころにしか清と接していないし、その記憶も喪失している。


 そんな、まるで初対面のように触れ合う妹二人に複雑そうな目を向けつつ、図書は「さて。じゃあちょっとみんな聞いてくれ」と場を改めた。


「今回、めでたく般若三兄妹がここに集結する運びとなった。まず、そのことを祝いたいと思う。みんな、拍手!」


 パチパチ、とそれぞれが拍手する。幼馴染勢はもちろん乗り、シェリルも何となく拍手する。ナイは興味なさげに琉歌を見つめていた。


「ただ、それに伴って問題が出てきた。っていうのは、第一に部屋が足りないこと。もう一つは、琉歌の話し言葉が家族以外に悪影響を及ぼしかねないこと、だ」


「……まぁ、とうとうこの日が来たかって感じかな」


 要するに出て行け、という事なのだろうと総一郎が解釈すると「おい、早合点するな。まだ俺は何にも考えてねぇぞ」と。いや考えてはいて欲しいが。


「んで、差し当って部屋割りをどうするか……ってことなんだが、まず一つ確認したいことがある」


「何?」


 白羽の質問に、図書はナイとシェリルを見た。


「そいつら誰だ。どこから来た」


 ごもっともすぎる問いだった。


「あー……まず、このシェリルちゃんから説明するね」


 白羽はコホンと咳払いし「端的に言うなら、縁のあった孤児になるかな。亜人だから、ほっといたら命が危ない子の一人。出身がアーカムだからイキオベさんにも預けられないの」と。しかし、「いや、それは前に聞いた。そうだな、質問が悪かった」と図書は言い直す。


「俺が聞きたいのは、匿ってる理由じゃなく、ここに住まわせてる理由だ。今までは部屋に余裕があったから受け入れられた。だがもう余裕がない以上、俺の家に住まわせる積極的な理由が居る。その理由を言えるか? って話なんだ」


「……ボス、これはちょっと無理な流れだって。いいよ別に、私は。狼さんだって新本部で寝泊まりしてるんでしょ? 私もそっちに行くよ」


 シェリルが自発的に出ていく表明をして、図書は「本人はこう言ってるが」と白羽を見た。白羽も「シェリルちゃんがそう言うなら、その言葉に甘える形になるかな」と。


「で、次。お前……名前からして知らんなお前。何か気づいたらいて馴染んでたけど、誰だ? マジで知らねぇぞお前のこと」


「ボクはここに住んでるわけじゃないよ。だから、君が気にすることじゃない」


「そうか。ならいい」


 何だこの図書の度量。ナイも今は何の力も使えないのにこの堂々さである。こんな何でもない場所で迫力ある会話を繰り広げないで欲しい。


「となると……部屋の問題は解決したな。んじゃ次は本題、琉歌の扱いに関してだ」


 名指しされ、びくりと琉歌は肩を震わせた。肩を縮こまらせて、俯いてしまう。


「ひとまず日頃は筆談にしてほしいってのはあるんだが、そうは言っても限界があるってもんでな。それに、せっかく家に居るんだ。琉歌も、口頭で話せる相手なら口頭で話したいだろ?」


 聞かれ、琉歌は少し困り眉を震わせてから、ふるふると首を振った。図書が「あ?」と言う。この兄貴分柄が悪いな。


「家族に嘘ついてんじゃねぇぞ。それとも、俺が気を遣われて嬉しいと思うタイプだと思うのか?」


 琉歌は痛いところを突かれた、という顔になってから、また首を振った。「なら、お前の本音は」と問われ、琉歌は口を開く。


「……喋り、たい」


「おう。だから、琉歌がしゃべっても問題がないようにいくらか対策を考えていきたい、ってのが今回の主旨だ」


「挙手!」


「ハイ白羽」


 白羽の挙手に素早く反応する図書。白羽はコホンと咳払いを一つしてから、こう言った。


「テクノロジーの力に頼るのってどう? つまり、るーちゃんまだ電脳魔術も入れてないみたいだし、それに合わせて合成音声デバイスを買うっていう」


「ほぼ解決に近い案出してきたなお前」


『電脳魔術?』


 筆談で尋ねてくる琉歌に「日本人は基本そういうのを入れるんだよ、俺たちは幼少期に色々あったから入れ損ねてたんだけど」と総一郎は説明する。


「るーちゃんも加護はあるはずだから、―――――――――って唱えてみて。そうしたら電脳魔術が発動して、君の中に映像が流れるはずだから」


『なにそれこわい』


「いいから言え」


 強引な図書である。


「……―――――――――」


 総一郎が唱えたのを完全に復唱するように呪文を唱えると、琉歌はびくりと肩を震わせて、そっと前に手を伸ばした。恐らく、彼女の頭の中で「ようこそ」と例の案内が広がっているのだろう。


「あとは合成音性デバイス買うだけだな。宅配で良いか。お、これアレだな。登録者が一定語数話すとそれを分析して本人そっくりにやってくれる奴」


「もうほとんど解決だね。そう思うと、図書にぃが多少強引にでも連れてきたのは正解だった」


「だろ? つーかこんなしょうもない理由で家族が離れ離れとかありえないからな」


 とんとん拍子で進んでいく話に、琉歌はポカンとしていた。それを見て「お? 何だ琉歌。お前が深刻に考えてたものなんかな、こんなもんなんだ。だから困ったらお兄ちゃんに言え、な?」と図書はニヤリ笑って見せる。


「……うん」


 琉歌はぽっと頬を染めて、確かに頷いた。総一郎はこれか家族の絆か、と自分ごとのようにほっこりする。


「あれ、これ、もしかして……?」


 一方白羽は妙な顔で琉歌を見つめていた。どうしたのだろう、と思いつつ今はスルーの総一郎だ。


「と、そうこう言ってたら宅配来たな」


 地下高速輸送システムの完備されたこの家は、宅配を決済すると数分とせずにモノが届く。玄関に行って戻ってきた図書は、「ほれ、再会祝いだ」と言って琉歌にデバイスを投げ渡す。


「わ、わ、わ」


 この手のデバイスは購入後にボタンを押しただけで、近づくあらゆる人にインストール登録するかの確認を送る。総一郎にとっては慣れたことで何も考えずキャンセルしてしまうのだが、琉歌にとっては一つ一つが慌てるほど目新しいようだ。


「じゃ、そんな感じで一段落ってな。琉歌からは何かあるか?」


 問われ、琉歌は「え、あの、その」と口ごもり、それから一拍おいて、言うのだ。


「……ありがとう、お兄ちゃん」


「ん、いいってことよ。家族なんだからな」


 にっ、と笑って、図書はクシャクシャと琉歌の頭を撫で荒らした。琉歌は「や、やめて」と困りながらも笑い、図書は「いいだろこんな伸ばし放題でセットしてねぇ髪なんか。つーかそうだな。床屋にも行かなきゃな。後、服とかか」と考え始める。


「となると、白羽、買い物付き合ってもらっていいか? 総一郎も白羽が妙なこと始めないように見張っててくれ」


「ズッチリーノ私のことなんだと思ってるの? もう立派なティーンエイジャーなんだけど」


「お前こそ俺の名前を何だと思ってんだ」


 そんな風にぶつかり合う姉と兄である。こんなやり取りも何年来の物なのだろう、と思うと感慨深い。


「……ふふっ」


 そして、琉歌はしみじみと撫でられた頭に触れ、仄かに笑みを浮かべる。総一郎も白羽と触れ合うのが好きだから、気持ちがよく分かった。


 と思っていると、白羽もその様子を見て、ぼそりと言うのだ。


「これ、少し危ないかも」


 白羽の言葉の意味は、総一郎にはよく分からなかった。


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