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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
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8話 大きくなったな、総一郎26

 ナイの制限が、少し緩くなった。


 理由は、先日の拉致事件だ。本当に人間並みの力しかない、という証明が、敵の手によってなされてしまったために、そして決定上完全には見捨てられないことがより明らかになったために、常に拘束下に置くのは適切でないと判断されたのだ。


 そのため、今ナイは総一郎を挟んでシェリルと睨み合っている。


「シェリルちゃん? もういい時間じゃない。いい加減仕事に行ったらどうかな? そしてボクの総一郎君から離れろ」


「えー、でもナイの方がヒイラギの追跡に向いてない? 同じ邪神なんだし。っていうか誰かを自分のモノ扱いって良くないよね。ソウイチはソウイチのもの。違う?」


「む」


「うー……!」


「はいはい、俺をダシにじゃれ合うのはおしまい。っていうか俺がそもそもこれからやることあるから。はい、二人ともソーシャルディスタンスとって」


「これがボクらの社会的な距離だよ」「そうそう、ナイの言う通り」


「ゼロ距離ですけど」


 総一郎の胸のあたりに抱き着いて話し合っているのだから何とも愛らしい限りだが、それで遅刻など目も当てられない。


 何せ今日はイキオベさんと会う日なのだ。と言っても、正式なそれではないが。


 もっと言うなら、琉歌のいる院への二回目の来訪日である。


「総ちゃーん、準備でき、た……?」


 白羽に見られた。


 総一郎、固まる。白羽、震える。ナイとシェリルは呑気に、ちょっと驚いたように顔を見合わせている。


「……じゃあ二人とも、行ってらっしゃい。シェリルちゃん、行こ」


「うん、そうだね。んじゃソウイチ、バイバイ」


 そして収集をつけずに逃げていく少女二人である。残されるのは修羅場の気配漂う姉弟。これでこれから親になるとは信じられない。


「総ちゃん?」


「なん、でしょう」


「あの二人はああ見えて多分成人してたりしそうだからまだいいんだけど……、分かってるよね」


「そこまで見損なわれるのは困るよ!」


 一から十までひどい話だった。










「にしても、ナイも砕けると意外に面白いところあるのかもね」


 イキオベさんの孤児院に向かって歩いていると、白羽が思いもよらぬことを言い出した。


「頭でも打った……?」


「ちょっと。総ちゃんだって私のこと見損なわないで欲しいな」


 唇を尖らせて、白羽は抗議の構えだ。それから「私だって物事を見たままに評価することくらいできますぅー」と拗ねてしまう。


「ごめんって。でも、一番ナイを嫌ってたの、白ねぇだったから」


「いや、嫌いは今でも嫌いだよ。ARFで一番ナイを嫌ってる自信あるもん」


 そう言われて、総一郎は「えぇ、どっち?」と困惑だ。すると白羽は手を肩のあたりまで持ち上げて首を振り、まるで『分かってないなー』と言わんばかりのジェスチャーをする。


「総ちゃん、好き嫌いだけで人間関係がある訳じゃないでしょ? 盗人にも三分の理を認めよ、ってね」


「会議であれだけ即自追放案を推してたのに……」


 総一郎の文句に、しかし白羽は口笛まで吹き始めて知らぬ顔。この調子では何を言っても仕方ない、と「はいはい。まぁ俺としては、ナイを少しでも受け入れてくれたみたいで嬉しいよ」と肯定的に捉えることにした。


「んふふ。総ちゃんも分かってるじゃない。そういうことだよ。何事も否定ばっかりじゃ始まらないからね」


「置いてくよ」


「あー、もう。今度は総ちゃんが拗ねちゃった」


 ごめんってー。と白羽は、足早に置いていこうとした総一郎の腕に抱き着いてくる。そういう可愛らしいことをされると許したくなってしまうのが、悲しい男のサガというものか。


「それで、今日はどんな話ししよっか、あの子に」


「ん? うん。どうしようか」


 白羽の口ぶりに違和感があって、総一郎は首を傾げる。


「俺としては、あんまり込み入ったことは話さず、俺たちの話を……ほどほどに脚色して話すのがいいかなってとこだけど」


「それが無難だよねぇ。特にあの子、私と総ちゃんの話を聞きたがってたし」


 総一郎、白羽の表現が意図的だと勘づいて、問うた。


「名前、出さない方がいいの?」


「え、ううん。何となくそんな気がして……。別に、琉歌ちゃんの名前が特別誰かにバレちゃいけない理由とかはないよ」


 総一郎、硬直する。白羽はパチクリと瞬きして、「あれ、総ちゃんどうしたの?」と尋ねてくる。


「白ねぇ……。そりゃ、そうした方がいいって言うなら、その通りにし続けないと。白ねぇは天使なんだから」


「え?」


「おい」


 白羽の背後から近寄ってきた人物が、白羽の肩を掴んで振り向かせる。その人物に、白羽もまた、「あちゃー……」と顔を覆うのだ。


「今、琉歌っつったか、お前ら。何で今頃になってそんな話してる。しかも、今すぐ会えるような言い方で」


 真剣そのもの、といった顔つきで問いただしてきたのは、図書だった。おそらく唯一、琉歌の名前を聞かせてはならない人物。そりゃあ白羽の天性の勘も、言わないようにと自制する訳だ。


「あー、その、なんて言うか」


「御託はいい。琉歌は生きてるのか? アーカムにいるのか? まずそれから聞かせろ」


「う」


 白羽は図書の勢いに押され気味だ。意図して隠していたことが負い目になって、強く追及を跳ねのけられないでいる。


 だが、総一郎はそうではない。常に全世界に負い目を感じながら生きているのだ。この程度、跳ねのけられない訳がない。


「図書にぃ。俺は、それを図書にぃに全て包み隠さず教えてあげたいと思ってる。ううん、思ってた」


「……どういうことだよ」


 白羽との間に割り込んでいくと、図書の視線の先が総一郎に代わる。総一郎は、端的に自分の想いを伝えた。


「少し前に、俺、図書にぃに琉歌ちゃんの名前出したよね。その時、図書にぃは聞かなかったことにしようとした。傷ついてるんだよね。その傷が癒えないでいる。それだけ、琉歌ちゃんを、……るーちゃんを大切に思っていたから。分かるよ。俺だってショックだった」


 でもさ、と総一郎は言葉を共感から突きつけるものに変える。


「家族を大切に思う気持ちは素晴らしいものだと思う。けど、それ以上に俺は、図書にぃが私情を最低限も切り捨てきれない子供だと思った。あのままじゃあ、全てを打ち明けることは出来ないって」


「……」


 言われて、図書は総一郎たちに詰め寄るのを止めた。それから息を長く吐き出して、「分かった。冷静になる。だから、頼む。教えてくれないか」と言った。


「白ねぇ、どうする?」


「うーん……。まぁ、多分大丈夫じゃない? 暴れても総ちゃんが居ればどうにでもなるし」


「暴れねぇよ。っていうか年の離れた弟分にはまだ負け」


 図書は総一郎を見る。言葉が止まる。少しして、こう言った。


「総一郎。その、暴れるつもりはまったくないんだけどさ、この世の中何があるかって100%分かる訳じゃないし、その、長い付き合いだから」


「いや恐がりすぎでしょ。俺だって手加減くらいできるよ」


 だってお前、たまにマジで怖いんだもん……。と図書は及び腰だ。最近こんな扱い多いなぁ、とため息が出るばかりの総一郎である。


「じゃあ、一緒についてきて。道すがら説明するから」


「おう。頼む」


 白羽にも視線を送ると頷かれたので、ひとまずはこれで良さそうだった。総一郎は歩きながら、琉歌がどこでどういう状態なのか、今まで連絡が出来なかったのは何故か、という話をしながら歩く。


 図書は、それを聞きながらずっと難しい顔をしていた。眉根を寄せて、口を引き結び、時折考え込むように目まで瞑る。


「で、ここがその孤児院」


 到着したタイミングで言うと「ありがとよ。イキオベさん、いるのか?」と図書は質問してくる。


「うん、居るよ。会ってく?」


「ああ、会わせてくれ。話すことがある」


「分かった」


 総一郎たちは歩みを進め、孤児院の扉の前に立った。呼び鈴を押すまでなく、電脳魔術越しに来客判別の手続きがあったのだろう。ちょうどのタイミングで扉が開かれた。


「やぁ、みんなよく来たね。それに―――図書くんも」


 出迎えてくれたイキオベさんは、どこか眉尻を垂れさせていた。その表情がどういう感情の表れかは、総一郎にも分かった。


 図書は、挑むように問う。


「どうも、イキオベさん。俺も中に入れてくれますか」


「もちろんだよ。さ、中で話そうか」


「ありがとうございます。突然で申し訳ありません」


「いやいや、構わないよ。お上がりなさい。白羽ちゃん、総一郎君も」


 イキオベさんに連れられて、三人は孤児院の中に入った。白羽は早々に子どもたちに群がられ、「うるさいと良くないかもだから、私がしばらくみんなのお世話してるね」とハーメルンの笛吹きよろしく、子どもたちを広間の遊べる空間に誘導していった。


 そして残されるのは、男三人だ。広いテーブルについて、お茶まで用意されてから「さて、何処から話そうか……」とイキオベさんは冷たい玉露を啜る。


「大まかな話は、総一郎から聞きました。ですから、イキオベさんを責めるつもりはありません。ただ、会わせてほしい」


「会って、どうするつもりか、聞いてもいいかな」


「もちろん、連れて帰ります。琉歌は、俺の家族です」


 躊躇う事のない断言に、総一郎は感嘆だ。こういうときハッキリ言えるところは、やはりいいな、と思う。


 けれど、イキオベさんは難色を示した。


「それは……性急というものだと、私は思うがね。琉歌ちゃんは、とても繊細な子だ。総一郎君が押し入って話してくれるまで、私でも近づかせてはくれなかった。そんな子がいきなり環境丸ごと変わって、どうなるか」


 総一郎も、概ね同じ意見だ。だが、それを取り立てて表明するつもりもなかった。この場において、総一郎は間を取り持つ役目以上のものを持たない。


 それに、きっと、何かを言うまでもないだろう、という確信があった。


 どうせ、琉歌を一番に理解しているのは図書なのだ。


「……琉歌が、繊細?」


 すごい顔だった。図書は眉間にしわを寄せて、呆れかえったと言わんばかりの顔で続ける。


「あの、琉歌がですか? 人食い鬼に拉致られた翌日にはけろっとしてた琉歌が? びっくりしたときとりあえず泣くとみんなが優しくしてくれるから得だよ、とか言ってた琉歌が? 幼い時すでにハチャメチャだった白羽に、平然とついて回ってた琉歌が?」


 初耳情報が続々出てきて総一郎は呆気にとられている。いや確かに白羽は昔から破天荒で、それに懲りもせずくっついていたのは覚えているが。


「小さいとき総一郎が好きで、『勢いでファーストキス貰っちゃった!』とか喜んでた琉歌が? 清が襲われたとき庇って死んじまったケットシーのタマを、それ以来兄貴と呼んではばからなかった琉歌が? 誰が、繊細だって言いましたか?」


「い、いや、私からは、そう見えたという話なんだが……」


 図書の圧に負けて、イキオベさんですらタジタジだ。途中から総一郎の琉歌像がガラガラと崩壊を始める。記憶の中の琉歌は、大人しくて泣き虫な可愛らしい子だ。だが今の話を聞く限り、琉歌が意図してそう言った面を見せなかった疑惑が湧いてくる。


 というか、ファーストキス事件。懐かしすぎる。そんなこともあったなぁと総一郎は複雑な感情だ


「琉歌、引きこもってるって話でしたよね」


「あ、ああ。それを、総一郎君がどうにか、という状態でね。私はまだ碌に話したこともないんだが……」


「それ、多分面倒くさがってるだけですよ。あいつ生来の怠けモンなんで。俺が引き取って帰ります」


 言うなり、図書はすっくと立ちあがって部屋を出て行った。イキオベさんはぎょっとして見ているが、総一郎は思わず吹き出してしまう。


「総一郎君、笑っている場合じゃないだろう。君からも止めてやってくれ」


「いやぁ、意外に上手く行くと思いますよ。何て言うか、昔もこんな感じでしたから」


 思えば琉歌が過去に泣いたりしていても、図書だけは雑に扱うのを止めなかった。不思議に可哀想だと感じなかったのは、こういう事だったのかもしれない。


 総一郎は半笑いで居ながら、席を立って図書の後についていく。イキオベさんも難しい顔だったが、総一郎がこう言うので渋々見守ってくれるようだ。


 そうして、図書は琉歌の部屋の扉の前に立った。鍵は掛けられていない。代わりに、琉歌の種族魔法が誰をも近づけさせなかったから。


「開けるぞ」


「っ」


 扉越しに息をのむ気配があった。扉が開かれる。同時、琉歌が声を張り上げた。


「『入ってこないで! 今すぐこの建物から出てって!』」


「あ? ふざけたこと抜かしてんじゃねーぞ引きこもり。いつまでも甘えてんな」


 扉を開いて電気をつけ、ずんずんと琉歌に近寄っていく図書。琉歌は肩を跳ねさせ、「ま、また? また私の言葉が効かない人!?」と動揺している。


「そりゃ精神系の種族魔法が身内に効くわけねーだろ。遺伝的に抵抗力持ってんだから」


「身、内?」


「顔見せろ」


 琉歌の至近距離にまで近寄って、図書はその長く伸び切った髪をかき分けた。整った、確かにどこか図書の面影のある顔立ち。特徴的な垂れ眉。琉歌はびくびくとして図書を見つめている。


「……本当に、琉歌なんだな。ああ、こんな情けねぇ垂れ眉、琉歌しか居ねぇ」


「な、何? 誰? 身内って、どういうこと?」


「俺はお前の兄ちゃんだよ。……本当に記憶喪失なんだな」


 悪い、驚かせるかもしれん。そう前置きして、図書は琉歌のことを強く抱きしめた。


「……会いたかった。ずっと、ずっと……! 死んだと思ってた。もう、家族は清しかいないんだって思ってた。――ありがとう、生きててくれて、ありがとう……ッ!」


 図書は、泣いていた。感情を、ここに至るまでずっと隠していたのだと総一郎は気づいた。琉歌は面食らっていたが、拒否しようとはしない。ただどこか表情を柔らかくして「ん……」と兄の背中をぽんぽん叩いていた。


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