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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
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8話 大きくなったな、総一郎18

「お、良い感じ良い感じ」


 その夜、白羽と共にSNSを眺めていた。風呂上りでしっとりした彼女の長い白髪を拭きながら、総一郎は「それなら頑張った甲斐もあったってとこかな」と落ち着いた口調で返す。


「総ちゃん、大人ぶってるけどニヤつき隠せてないよ?」


「……そういうのは見ない振りするもんだよ」


「だって可愛いんだもん。終わった直後だって満面の笑みでやり切った! みたいな顔しちゃってさ。みんなの前じゃなかったら抱きしめてたよ」


「はいはい」


 温度調節機能の付いた櫛をとり、白羽の髪を漉く。温風が出る仕組みなのもあって、前世のドライヤーに比べて遥かに早く長髪を乾かすことが可能だ。白羽の髪も、見る見る内に乾いていく。


 本当のところは風魔法があるから、取り立てて必要なものではないのだが。白羽も総一郎には劣るものの新しいもの好きで、たまにこういった品を買ってきては使わせて来るのだ。


「んー、総ちゃんにこうやってお世話されるのも気持ちいいね。偶には甘えるのもいいな」


「俺は結構甘やかしたがりだから、存分に甘えてくれていいよ」


「ダメ~。私だって総ちゃんのこと甘やかしたいもん。ほら、交代交代。私も総ちゃんの髪乾かしたげる」


「そんな濡れてないよ」


 言いつつ、総一郎は従順に白羽の前の地面に腰を下ろした。白羽はフェイスタオルを持って「んふふ」と悪だくみするように笑ってから、一気に総一郎の髪をわしゃわしゃと拭き始めた。


「これでもか、これでもか! どうだ、参ったか!」


「あははは、やると思った」


「む、生意気な奴め。参ったっていうまでわしゃわしゃしてやる!」


「わー! 参った、参ったから! あはははは」


 白羽はタオル攻撃を止めて、「ふふん、弟は姉には勝てないんだよ」とドヤ顔だ。総一郎は髪に触れ、ちょうど乾いたな、と確認する。


「それで、バズり具合は実際どうなの? 俺にも見せてよ」


「ん、いいよ」


 ソファに座り直した総一郎に、半ばしなだれかかるように白羽は距離を冷めて、EVフォンを開いて見せた。SNSの画面では、『イキオベ市長候補、亜人のパフォーマーを雇いフラッシュモブを敢行』と見出しに書かれている。


 結果は上々のようだった。前世の話題沸騰、というレベルにも遜色ないほど騒がれている。万単位の『いいね』や拡散。コメントの数々はどれもポジティブなものばかりだ。


「おぉ、動画まで撮られてたんだ、気づかなかった」


「ううん、これJVAの人の仕込み。画角とかちゃんとあらかじめ決めた位置から取ってあるのを編集したから、ほとんど編集なしでMV同然だよ」


「相変わらず用意周到だね」


 動画を流す。総一郎を始めとしたARFメンバーたちが踊り狂い、その熱狂に包まれオーディエンスも大盛り上がりだ。楽しかったなぁと思い出す。恥ずかしかったが、いざやってみれば思った以上にいい思い出になった。


「ほら、感想コメントもいっぱい。わ! すっごい褒められてるよ、総ちゃん。狼男の雄叫びが格好いいとか、吸血鬼の子可愛いとか、むふ、天使の子超美人だって! キャー!」


「白ねぇ美人だもん、当然だよ」


「あとこの踊りがキレッキレのイケメンだれ~!? って」


「え、顔隠しきれてなかった?」


「気にするのそこ?」


 そこである。SNSが原因で現実世界にまで支障が出るなんて愚かしい真似はごめんだ。


「安心していいよ。MVは上手いこと目線が隠れるように撮ってもらったし、あの場面は私たちのMV以外が撮影できないよう、電脳魔術、BMC、EVフォンの全部にジャミング入るようハウハウがやってくれたから」


「本当有能だなぁアーリ」


 このSF現代社会を生きるカバリストは、正直大抵のことは一人でこなしてくれる安心感がある。そう思うとよく敵に回して勝てたな、と思わなくもない。


「あ、『市長がこれだけ文化に寛容で、それでいて効果的な差別撤廃のプロパガンダが出来るなら将来のアーカムは安泰だな』だって! この人は確実にイッキーおじさんに投票してくれるよ! やったね!」


「お、いいね。何て言うか、的を得たコメントだ」


 こちら側の意図を透かして見た上で、市長に相応しいと判断してくれる人が居るのは頼もしい。と思えばこの人はどうやらインフルエンサーらしく、このコメントだけでちょっとしたバズが発生していた。


「はてさて、これでハウハウが出してくれる分析結果も良ければいいんだけど」


 白羽はそう、少し緊張気味に言った。表面的に見た結果は大成功だろう。だが、アナグラム分析の俎上に載せることで評価が変わってくる。つまり、感動し投票もしてくれるのか、好評だったが投票はしないのか。


「あー、もー、緊張してきた。飲み物持ってくるね。レモンスカッシュ」


「あ、俺にもちょうだい」


「は~い」


 立ち上がった白羽は、コップにジュースを注いで戻ってくる。と同時、白羽の中指に装着されたEVフォンが震えた。


「来た」


「どう?」


 早速来た届いた分析結果に、総一郎たちは注目だ。そして、その報告に口を閉ざす。


「……なるほど」


 支持率は5%前後の上昇を見込める、というものだった。当初の投票率予想としては、15%ほど。だから、これで20%程度を見込めることになる。


 一方、コロナードは元から築いていた人気の30%に加え、亜人を搾取するやり方での市民の安全を確保する、という演説で堅実に8%前後の支持率上昇を見込んだらしい。合計37%。


 単純計算で、二倍近い差だ。


「……安全、ね」


 白羽の言葉には、皮肉めいた色が込められていた。それはそうだ。奴の保証する安全に、亜人のそれは含まれない。


 彼女は、長く長く息を吐きだした。それから、気分を入れ替えるように「よしっ」と声を上げる。それからくる、と総一郎に向かい、「ま、バズらせるっていう目的は確実に果たせたんだし、良しとしよう! 次は、このバズを足掛かりに利用するよ」と。


「足掛かり?」


「そ、足掛かり。こうやって亜人差別撤廃を目指しますよっていうアピールをしないと、イッキーおじさんじゃ会えない人たちが居たからね」


 言われて、総一郎は少し考える。そして、「あ、なるほど」と頷いた。










 フラッシュモブで上がった歓声から興奮冷めやらぬ翌日の昼頃、総一郎はイキオベさんと待ち合わせていた。ラフめな格好をした総一郎とは対照的に、イキオベさんはブラウン調のスーツに帽子と、中々暑そうな格好だ。


「やぁ、総一郎君。君と一対一というのは初めてだね」


「そうですね。大抵は白ねぇが横に居ましたし、居ない時は殺伐としてましたし」


 笑いながら言うと、イキオベさんは目を伏せた。あれ、と総一郎は触れてはまずいことを言ってしまったかと思ったが、違ったようだ。


「あの時は済まなかったね。アレから精神魔法の加護を知人から強く譲り受けたよ。あの邪神相手ではどれほどの効果があるかも分からないが」


 総一郎はその口ぶりに安堵しつつ、苦笑気味に賛同する。


「ナイはあんまり露骨なやり方をしてこないから怖いんですよね。あ、ちなみに彼女、今ARFで拘束してますよ」


「それはすごいな。よく出来たね」


 そんな雑談をしながら、二人は歩き出した。向かう先は、アーカムの辺境。ミヤさんの店やJの家があるスラムだ。


 道の狭くなっていく中を、迷わず直進する。最近では総一郎が一人で歩く分には見られもしなくなったが、今日はイキオベさんという身なりのいい見慣れない人物を連れている。そのお蔭で浮浪者と思しき姿のゴロツキたちや、この季節に厚着をしたいかつい目つきの男などがこちらをじっと見つめているのが分かった。


「総一郎君」


「無視で構いません。そうすれば絡まれることもないと思います」


「そうかね。では、それを信じて任せよう」


 イキオベさんは、特に何を言うこともなく、淡々と総一郎の後に続いた。総一郎は、更なる待ち合わせ場所としてミヤさんの店に歩を進める。


 店に到着し中に入ると、中でJが待っていた。


「お、来たなイッちゃん」


「J、今日は俺がメインじゃないよ」


「分かってるよ。……Mr.イキオベ。おれが誰か分かるか?」


 どこか含みのありそうな問いかけだった。しかし、イキオベさんはそれに気づいたのか否か、着席しながら堂々とした態度で答える。


「ああ、先日のフラッシュモブの一番槍を務めてくれた、ジェイコブ・ベイリーくんだね。君の咆哮は実によかったよ」


 沈黙が走った。その間を埋めるように、ミヤさんがそっと両者に飲み物を用意し「ごゆっくり」とそっと言い残して厨房に引っ込んでいく。それを見送ってから、やっとJは口を開いた。


「……そうかい、あんがとよ」


 そこまで言って、Jは溜息を吐きながら頭を掻きむしった。それから「イッちゃん、前情報っつーか、そういうの、何も伝えてねーのか?」と尋ねてくる。


「うん。あらかじめ教えて、答えを用意されても嫌でしょ」


「そうか、そう、だな。うん。確かに、そのまま本音で答えてくれた方がこっちとしても信じやすい……っていえばいいんだろうが」


 今から選び直す訳にもいかねぇから、上手く騙してくれるならその方がいいんだが。そんなJの物言いに、流石にイキオベさんも怪訝そうな顔をした。それから「憶測で申し訳ないんだが」と前置きして、問う。


「君は狼男だったね。失礼だが聞かせてほしい。―――君は、モンスターズフィーストのトップ、『魔狼』の縁者だろうか」


「息子だよ。つーか親父、そんな恥ずかしいあだ名持ってたのか。ハハ、笑えるぜ」


「……そうか」


 Jの返答に、イキオベさんは目を伏せた。何故この場に呼ばれたのかを、理解したのだろう。彼は長く息を吐き、それからまっすぐJに向かう。


「私の意見をここで述べるのは簡単だ。だが、それは君との心の距離を大きくするばかりだろう。まず、ジェイコブくん。君の話を聞かせてもらえないか?」


「別に……、話すことはねぇよ。おれだってさ、ガキだけど、ガキなりに色々やってきた。今は大事な時期で、それを飲み込めないほど甘ったれじゃねぇしな。だから、良いんだよ別に。アンタがある程度本気だってのは知ってるし」


「ある程度、じゃない。私は亜人差別の撤廃を、天命だと思っている。であるからには、君とのわだかまりは完全になくさねばならないんだ。大人にならないでくれ。私に、本音をぶつけてくれ」


「……」


 Jは、どこか困った様子で総一郎を見た。総一郎は「いい機会じゃないか」と肩を竦めて微笑を返す。「そういうとこ、ホント敵わねぇよなぁ」とまた溜息を吐いて、Jはイキオベさんに口を開いた。


「じゃあ、良いか? ……結局さ、JVAって、何でモンスターズフィーストを狙ったんだ? 確かに、モンスターズフィースト――『宴』はギャングってくくりではあったよ。けど、可能な限り民間人には手を出さなかったし、クスリの類を商売にしないよう親父からも厳命してあったはずだ。警察ならいざ知れず、何でジャパニーズの自警団が潰してきたんだ?」


「モンスターズフィーストの構成員の手によって、日本人の少女が一人、命を落とした。少女一人の命で、アーカム亜人全員の生活基盤を崩壊させたのか、と思うかもしれないね。だが、あの当時日本人は難民としてアーカムに移ってきたばかりで、非常に不安定な時期だった。――強気で行かなければ、『日本人はカモにしてもいい』と認識される。そうすれば、さらに多くの命が失われる。そう考え、強行するしかなかったんだ」


「つまり、おれたちアーカムに元から居た亜人と、ジャパニーズの命を天秤にかけたんだな? そして、おれたちを見捨てた訳だ」


「その通りだ。弁明はしない。当時の私は、まず私の所属する日本という国を可能な限り守らなければならなかった。君たちARFが、今国籍問わず亜人を守っているように」


「……うめぇなぁ、返しがよ。頭いい奴ってのはこういうのが上手いよなぁ。この、何つーの? 丸めこまれてる感っていうかさ」


「丸めこんでいるつもりはないよ。私は――」


「いいんだ、いいんだよ、丸めこんでくれたってさ。どうせ、おれたちはもうアンタにしか賭けられないんだ。今までの積み重ねたモン、全部アンタに任せたんだ。アンタが一番に適任で、それにおれは納得したんだ。だから、もういいんだよ、もう」


「……」


 この、親の仇の前でさえのらりくらりと躱せるのは、頭だけだった頃の飄々とした態度を彷彿とさせる。それはきっと、Jが頭で納得して、心では諦めているからだろう。


 Jはその意味で、ARFで誰よりも地に足がついていた。無理なことは無理だし、出来ることは感情が邪魔しても出来る。それは、直観的に絶対に無理なラインを見抜いてその隙間を縫って不可能を可能に変えていく、夢見がちに背伸びする白羽とは、また違ったタイプだ。


 だからこそ、総一郎はJにイキオベさんと直接会話させたいと思ったのだ。


 キオベさんは表面こそ違えど、白羽とそっくりなくらいに熱い人だから。


「良くない。何も、何も良くないよジェイコブ君。私は、君に私を諦めてほしくない。私しか条件に合う人が居ないから、渋々支援するなんてことはやめてほしい。私しかいない、私になら任せられる。そう思って任せてほしいんだ」


 Jは、その言い草に眉をひそめた。が、やはり飄々と「おれはアンタしか居ないって思ってるぜ?」と困り眉で笑う。


 そして、そんなことではイキオベさんが納得しないのも、総一郎は把握済みだ。


「ジェイコブくん。私は、本心でぶつかってきて欲しいんだ。何故怒りをぶつけない? 理屈では分かっても、思っているんだろう? 私のことを、本当は心の底で憎んでいるんだろう? あそこまでする必要はなかったと。“死人が出ないほど徹底的に”潰す必要なんかなかっただろう、と」


「……そう、だな。一人くらい死んでもよかったんじゃねぇか、とは今は思うな。じゃなきゃ、リッジウェイの奴が多少警戒して、もう少し亜人が警察に殺されることは少なかったかもな」


 ぼそ、と呟いてから、Jはぐいとミヤさんが用意した飲み物を口にする。


「おれさ、アンタの言う事がすげー分かんだよ、Mr.イキオベ。アンタの言う『カモにしてもいい奴ら』だって認識される、つまり舐められることってマジで大ごとなんだなってさ。そのくくりがデカいだけで、もう大事だ。大勢の命に関わる。だから、JVAってのは日本人にとっては何にも代えがたい命綱だったっつーか、さ」


「ああ」


「で、その……何つーの? 舐められないために必要なものだから……威信? ってのは、ある意味で『宴』を潰すことで証明したというか、要するに奪ったんだよな。そうだ。JVAは、『宴』から“舐められないための理由”を奪ってったんだ。その、威信を。アーカムの亜人から、社会への盾を」


「否定は、しないよ」


「でもさ、仕方ねぇよな。『宴』がジャパニーズの女の子の命を奪って、JVAからしたらその社会への盾にひびを入れられた様なもんだったんだよな。報復は、しなきゃいけなかった。『宴』から威信を奪って、自分の威信を補強しなきゃならなかった。だろ?」


「君の言う、通りだよ」


「……じゃあさ、悪いのは無意味にJVAにケチをつけた『宴』じゃねぇかよ。おれ知らなかったよ。あの頃は学校にシラハさんとか、マナさんとかジャパニーズの同級生がいっぱい出来てさ、何かワクワクしてて……裏で、そんなことがあったなんてよ。知らなかったよ」


「……」


 シラハさんが居なきゃ、おれはジャパニーズ嫌いのクソ野郎になってたんだろうな。そう独り言ちるJに、イキオベさんは何も言えないようだった。


 気まずい沈黙が、店に満ちた。総一郎は、ただ静観している。ここは、自分が口を出していい場面ではない。


 しばらくして、口を開いたのはJだった。


「本題、入るか。Mr.イキオベ、アンタを嫌ってる『宴』の縁者ってのは多い。おれが取り次いでやるから、話してみてくんねーかな」


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