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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
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8話 大きくなったな、総一郎15

 何と言うか、絶妙な沈黙だった。


「……副リーダー」


 白羽の困惑と悲しみがない交ぜになった呼びかけを聞いて、しかしファイアーピッグはそっぽを向いていた。その様子はまるで、応答する気など微塵もないと言わんばかり。


 ピッグ部隊を拘束して、その日の深夜に白羽の前に引っ立てた結果だった。といっても、大柄な亜人十人以上を並べられる空間など、今のARFにはない。


 なので、ファイアーピッグ並びにその娘ヴィー、及びピッグに連なって部隊の指揮を執る二人の、計四人を白羽の前に並べることとなった。


 場所は新ARFの白羽の執務室。辛うじて組織の長たる風格が整ったその部屋に、幹部として総一郎が銃片手に、遅番で来た吸血鬼シェリルが蝙蝠を四人の首筋に立たせて見守る形だ。それだけで、フィアーバレットを受けた彼らはヴィー以外抵抗できない。


「何で戻ってこなかったのって、聞いてるの。未熟な私に組織の引っ張り方教えて、みんなを導こうとする私を導いてくれたのは副リーダーでしょ? そんな子供みたいにだんまり決め込むような人じゃなかった。……何とか言ってよ、ねぇ」


「……」


 やはりファイアーピッグは何も言わない。白羽は部隊の他二人にも視線をやるが、その二人もいの一番に「事情についてですが、ヒルディスさんから何も言う事がないなら、俺たちからもありません」と言って以来、ずっと目も口も閉じて、身じろぎ一つない。


「戻ってこなかったこと、怒る気なんてないよ? 事情を話してくれるなら、協力もしたい。でも、何も言ってくれないなら何もできないよ」


「……」


 白羽の続く言葉にも、ファイアーピッグは無反応だ。総一郎は、ヴィーはこの場でどんなことを考えているのだろう、と彼女の様子を窺う。彼女は妙に冷めた目でファイアーピッグと白羽を見比べて、特に言うこともないと肩の力を抜いた。


 アナグラム分析に掛ける限り、ヴィーはこのやり取りに茶番めいたものを感じているらしい。そして、それを半ば関係のないことのように思っていると。


 茶番、と総一郎は考える。思えば、ファイアーピッグは中々の役者だった。ウッドとしてARFと戦っていた時、何度か奴に嵌められた記憶がある。実際、ここに連れてきた途端にピッグは態度を硬化させた。


 もしかしたら、と思い、総一郎はカバラでアナグラムを整える。そしてそれを、言葉にした。


「白ねぇ、もしかしてファイアーピッグに恨まれるような事でもした?」


「えっ、何で? してないよ。してない、はず」


「でも、こんな風に対話すら拒絶されるって相当じゃない? 少なくとも嫌われてないとこんな事にはならないよ」


「う、で、でも」


 そこで総一郎は、瞬間ウィンクをした。それだけで白羽は勘づき「……そう、かな」と意見を翻す。「そうだよ」と総一郎は肯定し、望む方向に誘導し始めた。


「ひとまずここは俺が受け持つからさ、白ねぇは今日は帰って」


「じゃあ、任せるね。シェリルちゃんも」


「私は別に、適当にやるけど」


「そのくらいの方が副リーダーにはちょうどいいのかもね。それじゃ、私はここで」


 部屋を出ていく白羽を、総一郎は目で追った。そして扉が閉じられるのと同時、ファイアーピッグは口を開く。


「お前、何処まで知ってやがる?」


「別に、知ってるとかそういう事じゃないよ。妙だなって気づいたから、それとなく誘導しただけさ」


「ふん、そうかよ。ま、あのウッドがここまで優男だとは思わなかったけどな。ひとまずあの天使風情に言う事は何もねぇ。その点で言やぁ助かったぜ」


「ウッドじゃないよ、俺は」


 否定しつつ思うのは、天使風情、とは随分な言い方だという事。だが、その発言には躊躇いと後悔のアナグラムが入り混じっている。亜人とて人間らしい行動をすれば、その分カバラの俎上に載るというところか。


「ファイアーピッグ、君、白ねぇに対してまだ忠誠心があるね?」


「……何見てやがったんだ? 恨みがあるって言ったのはお前だろうが、ウッド」


「ウッドじゃないって。ま、でもそれでいい。嘘をついていても分かるから、君の都合よく返事してくれ。返事だけで掴む」


 む、と黙り込む。だが、その一言でピッグの口端が僅かに吊り上がるのが分かった。総一郎は周囲やこちらを見渡して、何かしらこの場を覗き込む存在を警戒する。


「君は、白ねぇに対して素直に応じたり、親しみを込めて接することが出来ない事情がある」


「んな訳ねぇだろ。あんな天使風情に親しみなんか覚えるかよ。侵略者の神の小間使いが」


「ん、今の言葉ちょっとヒント入ってる? 侵略者の神……亜人は神に関連するものがあると疼痛だったりのダメージが入るよね。シェリル?」


「うん。あんま神神言わないで。ちょっと頭痛くなる」


「分かった、となると……天使、というよりも神。一神教の神そのものにまつわるものへの反逆ってとこ? そういえは襲撃地点もそんなのばっかりだったよね」


「そんなの決まってんだろ。神はオレたち悪魔の敵。神を殺すことこそオレら悪魔の悲願だ」


「悪魔、か。シェリルも広義の意味では悪魔なんだっけ。Jとかも」


「そうだよ。少なくとも、神は私たちのこと敵だと認識してる。でも、そこの毛むくじゃらのオジサンはちょっと事情違うかも」


 言われて、総一郎は「そうなの?」と聞き返す。「うん」と頷くシェリルに、ピッグは口を挟まない。つまり、総一郎に聞かせたい情報という事か。


「オジサンはね、私もうろ覚えなんだけど、どこかの神話の出身らしいんだよね。元を辿ればその神話の神の眷属だったらしくって。でも何かものすごい戦争があって、それに人間が混ざってきて神ごと全部ねじ伏せて、人から貰ってたエネルギー的なものも全部なくなっちゃって、悪魔みたいになったのが今、って話なんだって」


「元神の眷属……?」


 ピッグに目をやると、奴は不機嫌そうな演技で「――神話だ。愛と豊穣の女神――――様。それがオレの主人だった」と語る。


「えっと、愛と美の女神……なんて言った?」


「聞こえなかったんなら、そういうことだ。もはやこの世には、――――様は神とも認めれちゃいないらしい。歯がゆいったらありゃしねぇが、オレはあのお方を悪魔と呼ぶつもりは毛頭ない」


「分かった。それなら、それでいい」


 総一郎は考える。宗教。その中でも古いもの。かつて様々な多神教の神話は、総一郎の前世においてすらまともに信じられてはいなかった。理由はやはり一神教、つまりキリスト教だ。


 何だかうっすらと見えてきたような気がする。一神教に敵対するかつての神の眷属が、一神教にまつわるものを破壊したりしている。それはある種の悪魔信仰に近い。つまり、神を冒涜することで悪魔への信仰を示せるというもの。


 ならば、ピッグの行いにも一貫性が出てくる。キリスト教系の建物を破壊することで力を得るならば、キリスト教に関わるものに親愛や忠誠を見せれば、逆の効果ももたらされよう。


「白ねぇに反抗したのは、本心じゃなく今までに身に着けてきた力を失わないため?」


「……。そんな訳ねぇだろ、天使風情と話す口なんて持ってねぇ。それだけだ」


 アナグラムは正解を示している。ビンゴ、と総一郎は息を吐いた。となると、どう白羽に伝えたものか。というか白羽は白羽で羽が黒くなった堕天使なのだからその辺りどうなのか、などなど。ううむ、と考える中でヴィーが口を開いた。


「ねぇ、イッちゃん。こっちからも質問いい? 何でイッちゃんARFなんていう危ない組織に関わることになったの? Jとかそこの子は見るからに亜人だから仕方ないとしても」


「肉親がARFのトップだからって言うのが一番の理由かな。というか、それはこっちからも聞かせてほしいんだけど」


「え? それって?」


「ヴィーがこんな危ないことに関わってる理由。俺は元から多少戦える人間だったから、ARFに関わるって言ってもそんなに支障はなかったんだけど」


 そう前置きすると、ピッグ、シェリルの二人から「いや、あれが多少な訳ねぇだろ……」「ARFの幹部のほぼ総攻撃を手玉に取るのって、多少、だったんだね、知らなかったー」と白い目で見られる。


「……結構戦いには慣れてたから俺はいいんだけど、ヴィーは直接やり合った感じ特に経験はないでしょ? それが何で、あんな力を身に着けてピッグの部隊に交じってるのさ」


 総一郎からの問いに、ヴィーはピッグと目を合わせた。それから「言っていい? 隠すような事じゃないと思うんだけど」「まぁ……いいだろ。悪用するとも思えねぇ」と打ち合わせし、総一郎に向き直る。


「ま、単刀直入に言うなら、パパの過保護よ」


「パパ?」


「ッ! こっ、こいつ! こいつの! 過保護!」


 思わず口を滑らせてしまった、とばかりヴィーは顔を赤くして、訂正し、それからその無意味さに俯いて唸り始める。そう言えば前に、父親が音信不通だのなんだのと嘆いていたような思い出が。あれが予兆だったのか、と思わないでもない。


「それで、過保護って言うのは」


 総一郎の問いに答えたのは、ファイアーピッグだった。


「このご時世だ。無力な身内を守り抜くってのは、難しい時代だろ。そのことをずっと考えてたとこで、姐さ、あの天使風情をお前に奪われて、そこで弱ったところをあの邪神に付け込まれかけた」


「付け込まれかけた、っていうのは……」


「何、ほどほどに言う事聞くふりをして、うまぁく利用してやったってだけだ。奴もどっかの神話の出ではあるらしいが、オレの神話は遡ること二千三百年以上の歴史がある。そう簡単に誑かされるほど落ちぶれちゃあいねぇって訳よ」


「……なる、ほど」


 ナイの所属する神話体系はそれで一つの勢力、という価値観を有していなかったがために、総一郎は新鮮な思いをする。確かに神話というものは多くあって、ナイのそれはその一つでしかない。キリスト教も、日本の八百万の神々も、そしてピッグの――神話も。


「それで、今はそのナイからの……いわゆる“援助”に乗っかる形で、力を蓄えてる、と?」


「ああ。もう破られちまったからはっきりさせちまうんだが、ヴィーラのこれは魔女契約のモンだ。オレがあのクソッたれの神を汚して手に入れた力を、全てヴィーラへの加護として分け与えてる。だから、坊ちゃんとハウンドをオレに差し向けたのは英断だったぜ、ウッド。何せオレが力の源だ。オレが死んじまえば、ヴィーラはただの女子供にすぎねぇ。逆にオレを破れなきゃあ、ヴィーラは素人だが無敵のおてんば娘ってな」


「だからウッドじゃないって」


「おてんば娘って言い方、すごい嫌なのだけれど。私ももう一人前のティーンエイジャーなのよ? もっと丁重に扱って」


「あーあークソジャリどもがうるせぇなぁ。ったくいつの間にかこんなこまっしゃくれやがってよ。まだまだ手のかかるお年頃だろうが、ナマイキったらありゃしねぇ」


 と文句を垂れるように、しかしピッグは口端をどこか緩めながら言う。その様子を見て、本当に親子なのだな、と総一郎は思った。親。総一郎たちが失ったもの。


 記憶の定かでない夢現の中でなら、何度か父らしき影を見たのだが。いつか会える日は来るのだろうか。それとも、かつての燃え上がる家出の別れが今生のそれになってしまうのか。


 とはいえ、そんな郷愁はこの場には何も関係はない。総一郎は「分かった」とまとめに入る。


「詰まる話、ピッグがARFに戻らなかったのは離反というのではなく、事情があって戻れないだけだった、っていう解釈でいい? もっと言うなら、そっちの『力を蓄える』っていう目的を邪魔しない形でこっちの手伝いをして貰いたいって話になるんだけど」


「……」


 ピッグは総一郎の目を見て、それから後ろの部下二人に目をやった。部下二人はそれぞれ「ヒルディスさんの好きにしてください。俺らはついていくだけです」と一任する構えだ。


「分かった。じゃあ決めさせてもらうが――ウッド、オレはお前がいつの間にやらARFの中核に居座ってるのが信用ならねぇ。だから、お前からの指示に全面的に従う事もしねぇ」


「含みのある言い方だね。はっきり言いなよ」


「何か仕事があるなら、依頼って形でこっちによこせ。天使風情の意思が介在しないようにした上でな。そしたら、内容如何によっては吟味して手伝う事もあるかもしれん。もちろん報酬はたんまりいただく。どうだ?」


「……」


 総一郎は目を細める。一応シェリルに目をやると、「え、私に意見求めないでよ」と嫌な顔をされた。溜息を吐くしかない態度である。とはいえ、それはそれ。


「報酬に関しては、今の俺たちもカツカツだから毎回交渉する。それ以外は要求通りで構わないよ。だけどこれ以上は譲歩できない。それでいい?」


「お前あんまり交渉上手くねぇな、今度特訓つけてやるから覚悟しとけ」


「え?」


「じゃ、ひとまず今日はそれでいい。ヴァンプ、蝙蝠外してくれ。ウッドもその銃隠せ」


「え、うん」


「オジサン負けた立場なのにエラソ~」


「ハッハッハ、交渉ごとはヴァンプのが素質がありそうだな」


「そりゃそうだよ、シルバーバレット社にマジックウェポン禁止させたの誰だと思ってるの?」


「お前そんなことしてたのかよ。つーかもう片方はどうした」


「お別れした」


「は?」


 再会に旧交を温める二人に総一郎は何だか釈然としない思いをしながら、ピッグの言うとおりフィアーバレットの込められた拳銃を懐に隠した。シェリルも蝙蝠を自分の体に戻すと、ピッグたち四人はぬっと立ち上がる。


「じゃ、ひとまず今日はこの辺りで退散させてもらうぜ。どうせクソッたれの神に関わる建物も、ひとまず今日ので最後だったんだ。次の目星がつくまで、しばらくは休暇ってことにしようぜ、お前ら」


「了解です、ヒルディスさん。次は聖遺物系で調査しておきます」


「休めっつってんだろうが。働きもんだねぇお前らはよ」


「えー、私せっかく休学届出してきたのに、もう終わり?」


「ガキんちょは大人しく学校行ってりゃいいんだよ。大学まで行ってちゃんと勉強しろ」


「別に勉強嫌いじゃないからいいけど~」


 言いながら、彼らはぞろぞろと白羽の執務室から出て行った。総一郎はポカンとその様子を眺めて、彼ら全員が部屋からいなくなって数秒、ようやくシェリルに尋ねることが出来た。


「何か、上手いことあしらわれた気がするんだけど」


「そうだよ。ソウイチ途中から主導権取られて手玉に取られてた」


「……えぇ」


「これは確かに交渉の特訓が必要かもね。私からも教えてあげよっか?」


 意地悪な笑みを浮かべて言うシェリルに、総一郎は少し考える。確かに、これからピッグと関わっていくのであれば、白羽を交えず交渉していく必要がある。そして現状ARFで白羽の次に総一郎が権威的にみられている事実も加味すると――。


「もしかしたら、本当に頼むかも」


 戦闘という分野では危なげなくなってきた総一郎だったが、新しい弱点が見えてきた夏の深夜だった。


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