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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
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8話 大きくなったな、総一郎13

 ウルフマンからの連絡を受けて、ハウンドは無表情の中にほんの少しの苦みを走らせた。


『ティンバー』


 慣れない新たなコードネームで弟分を呼びながら、ウルフマンの連絡を見るよう促す。すると彼も「これは、少し難しくなってきたかもしれないね」とへの字口を作った。


 そこに書かれていたのは、ファイアーピッグ部隊の構成員三人を撃破したこと、そしてファイアーピッグにしかけたところ現れたヴィーに、返り討ちにあったことだ。


 それぞれARFの構成員としての姿を取ってから潜伏し、人質がほぼ全員隔離されたのを確認しての今だった。居場所はとある従業員室。カバラを利用すれば、ファイアーピッグ部隊の捜索後を見計らって占拠するなんて簡単なことだった。


「ヴィーがそんなに強いとは」


 前々からボスより「この報告にある女の子は、ミスカトニック付属に通う面々とけっこう親交のある子みたい。あんまり手荒にしちゃダメだよ」と通達されている。


 それだけに、確保すべき相手であって敵ではないと認識していたのだが、ウルフマンが撃退させられるとなると中々難しいかもしれない。


『ティンバー、どうする』


 彼女の友人の意見を聞く意図で尋ねると、ティンバーは「ううむ」と考え込んだ。それから、「ひとまず、本丸以外の構成員を全員倒すところから始めるのはどうかな。それまでに考えをまとめておくから」と言った。


『分かった。それでいい』


 ティンバーの考えを肯定しながら、ハウンドは構成員全員に設置したバグドローンのGPSを、立体視ビジョンで共有した。彼は「お」と言ってハウンドを見てくる。


「いいね、ハウンドが望んだとおりの固まった状況だ。一網打尽にできる」


 ティンバーの指摘に、しかしハウンドは頷けなかった。答えないハウンドに「どうしたの? 何か問題が?」と尋ねてくるから、ハウンドはビジョンを指さして言う。


『想定の二倍の集まり方をしている。恐らくファイアーピッグの指示だろう。ほぼ完全に一塊になったファイアーピッグ部隊は、かなり隙が少ない。フィアーバレットでも難しいはずだ』


「なるほど。なら分断策を」


『いや、無駄だ。ピッグがそう命じたなら、奴らは誘導になど乗らない』


「ふむ……。となると、俺としては情報不足だ。ハウンドの方針に従うよ」


 一任され『任された』とハウンドはビジョンと睨めっこを始める。立体視ビジョンをさらに拡大させ、構造を確かめながら一つ一つ指摘する。


『まず、奴らが押さえてるのは博物館のホールだ。ここは館内全体につながる通路がある。対して、ファイアーピッグと魔女エルヴィーラはこの大きめの展示室で、自分たちはここ』


「つまり、部隊をどうにかしないとファイアーピッグと会えもしない、と」


 立地上の条件を要約したティンバーに、ハウンドは静かに首肯した。すると彼はボスであるシラハのように顎に手を当てて、考え始める。


「要するに、俺たちは部隊を突破していく必要がある。でも、現状だとハウンド一人での打破は難しい……っていう認識であってる?」


『間違ってはいない』


 頷く。ティンバーは「言うまでもない提案なんだけど、意見を聞かせてもらう意図で言うよ」と前置きして、口を開く。


「俺がハウンドと同時に部隊を奇襲すれば、彼らを突破できないかな」


『お前が出て行ったら、ピッグは不利を察知して逃げ出す。部隊員を確保するのは有意義ではあるが、やはりメインターゲットはピッグ自身だ』


 それに、撤退指示が出れば部隊は散り散りになって迷いなく逃げ出すだろう。人数上ではこちらの方がはるかに不利である以上、逃げに徹されれば対処できない。


「あー、了解。そうか、ピッグはその辺りの戦況判断に優れてるのか。となると、俺の役割は」


『魔女の攻略だ。ピッグ一人なら、ウルフマンで対応できる。だからこそ、自分一人で部隊を相手取る必要が出てくる』


「ありがとう、これで全容が見えてきた。じゃあ、ハウンドとピッグ部隊の戦闘の細かい予想から聞いていくよ」


 ティンバーは人差し指を立て「まず聞かせてほしいのは、ハウンドが一人で突入したらどう戦闘が運んでどう決着するのか」


 アナグラムでの計算をスーパーコンピューターに投げ、帰ってきた結果を伝える。


『自分一人が強襲することで、宣言通り半分を一息に無力化できる。その後平静を取り戻した残り半分の部隊と直接対決することになり、その連携力の前にこちらが無力化される』


「つまり、奇襲でない状態で対決するから負けるんだってこと?」


『そうなる』


「ってことはさ」


 ティンバーは言う。


「奇襲を二回繰り返せるなら、間違いなく勝てるってことだよね?」









 ハウンドは、まるで通行人のような自然体で博物館のホールに現れた。


「あ? ……ハウン」


 ド、まで言わせることなく、ハウンドはSMGを取り出した。ピッグ部隊は一気に色めき立つが、遅い。アナグラムを完全に合わせ切った銃撃によって、ホールを張っていたメンバーのうち半分、五人をフィアーバレットで撃ち抜く。


「全員散会ッ! ウルフマンに続いてハウンドの襲撃だ! 陣形ファイブで畳んでやれ!」


 部下の中でもピッグの片腕に近い地位を持つ者の指示で、それぞれが物陰に隠れる。それだけならカバラで突破すればいい。だが、奴らは亜人のみが持つアナグラムに変換できない種族魔法を、常に何かしらの形で発動させるよう訓練されている。


「――チッ」


 ハウンドはやはりアナグラム分析で見かけ上の敵の数が倍近くなっていることに気付いて、まずは隠れようと近場の物陰に飛び込む。


 だが、そこにはすでに罠が仕掛けられていた。小さな、目視の難しいほどの火種は、ハウンドの接近に反応して渦を巻いた。マズイ、と間髪入れずにフィアーバレットで潰す。他のマジックウェポンと同じくアンチマジック効果の付いた弾丸故、これで相殺が可能なのだ。


 けれどそんな二段構え程度で、ピッグ部隊が満足するわけがなかった。ハウンドの混乱を予想してあらかじめ肉薄してきたピッグ部隊が、畳み掛けるように三人、炎を纏って突っ込んでくる。


 とはいえハウンドとて古強者だ。取り回しの利くSMGでの掃射で、ギリギリその三人を返り討ちにした。直後、同時並行で計算していたアナグラム分析で、それらがフェイクであると知る。ならば、と三つの炎の巨躯が崩れ散るよりも早く振り向き、


 ――すでにその拳は、眼前にあった。


「油断ならねぇよな、お前はよ」


 宙を浮くほどの力で、拳はハウンドの腹部の中心にめり込んだ。鍛えているにしろ、ハウンドは女性だ。二メートルを超える亜人の殴打など、耐えられる訳もない。


 ホールの中心へと、ハウンドはバウンドして吹っ飛んでいった。そして転がりながら、全身に力が入らなくなっていることを理解する。


「ったくよぉ、ウルフマンを万全に畳もうとしたらこれだぜ。だが、ヒルディスさんの言う通り固まってて正解だったな。これで二分割なんてしてたら、最初の乱射で全滅だ」


「しかし、五人でウルフマンを相手取れるか?」


「ウチの秘蔵っ子がいりゃあ後れを取ることはないだろ。さっき報告で圧倒したって聞いたぜ」


「んで、今ボスと秘蔵っ子は何してんだ?」


「あ? そりゃあ、俺たちがここを襲撃した目的を果たしてんだよ」


 ぞろぞろとピッグ部隊の残る五人が出てくる。それから「お前らー! 大丈夫かー!?」と声を上げた。「報告通り怪我らしい怪我はねぇ! ただ……やっぱ魔法の類は厳しいぜこれ」とハウンドによる被弾者たちが応答する。


「おう、ハウンド。悪かったな、思い切り殴ってよ。こっちもいざ始まっちまえば殺し殺されみたいな戦闘ばっかだからよ、お前らがこっちを殺すつもりがないって分かってても手加減がな」


 呼吸が難しい。だがハウンドの脳にはBMCが設置されている。ジャパニーズで言うところの電脳魔術めいたそれを通して『骨がいくつか折れたぞ』と恨みがましく言ってやる。


「まぁそう言うなよ。こっちもARF側に悪影響のないようにやりくりしてたんだぜ? おかげで今の今まで俺たちの活動知らなかったろ。何てったって、目標物にギャングの活動搦めてんだ。傍から見りゃあギャングどもが相打ちして自滅したようにしか見えねぇ」


 ハウンドには、確かにそう言った報告には覚えがあった。そして彼らの言う通りそう言った事例はよくあるもので、いつものことだとボスに報告もせずに自然減少した敵対組織数に計上していった。


「つっても、ARF側が有能すぎてここ最近はそれも出来てないんだがな。街のギャング団体全部潰すって何だよって、ヒルディスさん笑ってたぜ。気付かねぇところで成長しやがってよぉ」


 お蔭で戦いたくもねぇお前らと、やり合わなくちゃならねぇじゃねぇか。ピッグ部隊の構成員たちは、豪胆に笑いあう。するとそこで、ピッグの片腕が「おい、ウルフマンも俺らの知らねぇ新入り一人も片付いてねぇだろ。雑談はその辺にしとけ」と注意喚起した。


「おっと、そうだな。陣形を最初に戻せ。被弾した奴らは奥で軽く診察する。ハウンドが出端で殺しに掛からなかったってことは死ぬようなものじゃねぇだろうが、本人の口から聞き出すのは叶わねぇだろうからな」


 ちげぇねぇ! と構成員たちが笑いあった。ここだ、とハウンドは“それ”を起動する。


 瞬時に折れた骨や打撲が回復する。ハウンドは意表をつくように跳ね起きて、殴り飛ばされても手放さなかったSMGで再度の襲撃を行った。


「なッ」


 笑いあうような緊張感のない空間で、ハウンドの手元で一秒に何百と言うマズルフラッシュが起こった。吐き出される弾の数々は弾幕を形成し、ハウンドの横凪ぎに従って面でピッグ部隊を制圧する。


 制圧したのは先ほど被弾したメンバーを含めて八人。被弾していなかった五人の内、新たに三人をフィアーバレットで無力化した。全身が震えだし、彼らはまともに立ち上がれなくなる。


 それでもピッグの片腕に当たる構成員と、ハウンドを殴り飛ばした構成員の二人は、辛うじて物陰に隠れた。


「ハウンドッ! テメェそんな頑丈だったか! 骨が折れたってのはブラフか!」


「いいや、間違いなくへし折った感触があった! ブラフじゃねぇ! “へし折れたのが、治った”んだ!」


『ピッグ部隊は一人一人に判断力があるからやり辛い』


 二度目の奇襲、と言う切り札を切ってなお全滅させられなかった以上、ハウンドは先ほどのように「最悪一度は無力化されてもいい」、という態度で戦うことは出来ない。


 故に、物陰に隠れながら、携帯してきたガジェットすべてを起動させた。黒鉄のスライムことNCRを三キロ程度に、ハウンド同様に掃射機能を有した中型ドローン二体。そして、今から投げるスモークグレネード。


「グレネードだ! 全員逃げろッ!」


 ピッグ部隊は亜人らしく目がいい。だから勘違いするように純粋なグレネードに似たデザインのものを持ってきた。お蔭で対処されることもなく煙幕がホール中を覆い尽くす。その間に、ハウンドはアナグラム分析を走らせながら駆け出した。


 同時、BMCで中型ドローンを飛ばす。最初の襲撃で使わなかった以上、ハウンドは今回この手のドローンは持ってきていないと認識させている。これはカバラでも裏打ちした事実だ。


 また、バグドローンが構成員たちに発信機をつけている。その発信機を辿れば、中型ドローンは狙いを違うことなくフィアーバレットで構成員たちを瞬時に無力化することだろう。固まっていれば残り二人の構成員など恐れるに足りない。


 ハウンドは、ドローンに掃射命令を出す。煙幕の中で、連続する発砲音が上がる。


 だがハウンドは、これで勝ったとは思わない。


 ピッグ部隊が、歴戦の純血亜人たちの部隊であるが故に。


「そこだぁ!」


 二つの中型ドローンが同時に破壊される音を聞くと同時、ハウンドはドローンがあったはずの場所にSMGを乱射した。「うぐっ」と声が聞こえる。一人無力化。


 その時、燃え上がる巨大な炎の腕が煙を薙ぎ払った。最後の一人はピッグの片腕だ。奴は視界を遮るもののなくなったホールを挟んで、ハウンドの真反対に立っていた。


「一騎打ちだ、ハウンド」


 片腕は駆け出した。ハウンドはカバラを頼りにSMGで奴を狙う。だが、アナグラムは普通の魔法ならいざ知れず、単純な亜人の身体能力に計算の狂いを起こす。そしてその超人的な速度は、人間のエイム能力では狙いきれない。


「健闘したが、仕舞いだ」


 ハウンドの眼前に立ちふさがり、そして直後に横っ飛びで銃撃での返り討ちを回避したピッグの片腕は、拳を強く振りかぶり襲い来た。


 ハウンドは咄嗟にNCRに指示をして、初撃を防御する。だが黒鉄のスライムは拳の業火の前に溶け出した。SMGも同様だ。赤熱する二つを思わず手放す。続く攻撃を防ぐ手立てはない。


「誇れよ、ハウンド」


 ピッグの片腕は、唸る。


「たった一人で純血の亜人を軽く九人同時にのしちまうんだ。お前は立派なARFの幹部だよ」


 拳が来た。思わず目を瞑る。体を硬直させる。


 だが、衝撃は来なかった。


「……?」


 目を開く。するとそこには、攻撃を受け止めるウルフマンが、そして何より、ピッグの片腕を木剣で打ちのめすティンバーの姿があった。


「遅くなってごめん。ウルフマンとの合流に時間がかかった」


「おい、おれの所為みたいに言うなよな。確かに一回撒こうとしてかなり大回りで博物館を走り回ってはいたけどよぉ」


 ピッグの片腕はぐらりと頭を揺らし、そのまま仰向けに倒れ伏した。ハウンドはティンバーの木剣を見る。ウルフマンも気持ちは同じらしく、「初めて実戦で使われてんの見たけど、やっぱこぇえよその木の剣」とボヤいていた。


「君たちこれ怖がるよねぇ。それでハウンド、俺が渡した図書にぃ謹製、生物魔術の保存されたカプセルはどうだった?」


 言われて、ハウンドはポッケに手を突っ込んでそれを投げ渡す。受け取ったティンバーは、「あー、やっぱ試作品だから、一度使った魔法は、二度は使えないんだね」と指先でトントンとカプセル状のそれを叩いた。


 ――それは、ズショ、というソウの兄貴分(密かに姉貴分としてライバル意識がある)の発明品だった。何でも、魔法を使えない人間でも、込められた魔法を使える、というもの。本当なら何度でも繰り返し使えるらしかったのだが、仕様変更によりこの様に変化したと。


 ハウンドが回復したのは、このカプセルのお蔭だった。生物魔術と呼ばれる複雑な魔法は、対象を生物学的に健康な状態に強制的に変化させる、というもの。即死でなければ、内臓破裂くらいは簡単に“直し”てしまうらしい。


「それで? 他の人たちは、無傷ではあるけど」


「おうおう、前評判通り怯えてんな。こいつがフィアーバレットの効果か。これそのものが恐ろしいぜ」


 勇猛果敢だったはずのピッグ部隊たちは、味方が優勢でないこの状況に震えが止まらないらしかった。「クソ、何で、だ。た、立てねぇ……」「こぇえ、こぇえよ。何でだ。何でこんなこぇえんだよ……!」とうずくまって呻いている。


「これで戦いの気配がなくなればケロっとし始めるんでしょ? そりゃあ売れるよ。撃っても殺さず怪我も追わせないけど、自衛能力が完璧な弾丸なんて」


「これが出回った世界はおれも怖いな。そうなる前に、亜人差別を根絶しねぇと」


『その為にも、ピッグを下す必要がある』


「ファイアーピッグの能力云々もそうだけど、単純に人手が足りないしね……」


 ティンバーの苦笑いに、ハウンドも少し気が遠くなった。想起される事務仕事現場の指揮カバラでの意思決定……、首を振り、ハウンドとしての緊張感を取り戻して言う。


『ともかく、この場は制圧した。自分がこの場を見ているから、二人はファイアーピッグを頼む』


「そうだね。じゃあ行こうかウルフマン。ハウンドもお疲れ様」


「おう。ここは任せたぜ。だからここからはおれたちに任せろ」


 二人は軽く手を挙げて奥に向かう。ハウンドは近場の壁にもたれかかり、隠していた口元を露出して「味方が頼もしいと楽だなまったく」と漏らす。


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