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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
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8話 大きくなったな、総一郎10

 うっとりとした様子で博士が撫でるアンドロイドは、率直に言って不気味の一言だ。だが、NCRという鋼鉄のスライムを生み出した博士の新開発である。きっととんでもないものなのだろう。


「ま、これは試作品と言うか、新しい発想を試すというものでしかないのだけどね」


 博士はそう言ってから、「起動」と告げた。アンドロイドはピピッと起動音をさせてから、顔を上げる。


 そこにいたのは、ローレルだった。


「―――!?」


 総一郎は動揺して、隣に居たはずのローレルを見た。隣のローレルは絶句して口を押えている。それから総一郎はアンドロイドだったローレルを見ると、それは総一郎になっていた。


「うわっ、うわぁっ」


「ハハハハハ! いい反応をするねぇ君たち! そうとも、これで分かったろう? このアンドロイドは、ホログラムを利用して瞬時に姿を変えるのさ。体の半分がNCRで出来ているから、幼児から屈強な男にまで一瞬で変化する!」


 博士はグッと握りこぶしを固めて、大声で言った。


「これこそ私の新開発! アンドロイド商標番号30071号、ランダマイザ!」


「……」


 総一郎はちょっとトラウマを思い出してげんなりする。そういえばイギリスで殺したと思った相手が全員異形だったなぁ、と。顔が次々に変わっていく化け物がかつていたのだ。


 しかし、そう溜息を吐いているばかりでもいられない。総一郎は難しい顔で、一つ質問した。


「これ、どこに卸すつもりですか?」


「え? そうだねぇ、やっぱりNCRのように個人売買は出来ないかな。出来るだけ公的な機関に売ろうとは思っているが」


 危ない、と思う。NCRの時はまさか警察と敵対するとは思っていなかったため、放置していて痛い目に遭ったのだ。だが今は立場も明確。総一郎は博士に耳打ちをする。


「博士、出来れば今警察に卸すのはやめてください。出来れば市長選まで待っていただけると」


「……なるほど? そちらにはそちらの動きがあるから、あまり妙な横やりは入れてくれるなと、そういう事かな?」


「平たく言うと、そうなります。これが自分のふりして平然と組織内に侵入してきて暴れまわるなんて、ゾッとしませんから」


「ハハハ、なるほどなるほど。確かにそれは脅威だ」


 では、多少この発明の扱いも考えねばならないね。博士はそう言って『ランダマイザ』を再び布で覆い隠した。そこでローレルが「あ、あの、他にも何かありますか?」と興味津々な様子で博士に質問する。


「お、ローラ君は好奇心旺盛だねぇ! 新開発はここまでの三つだけだけど、既製品で良ければ案内しようか?」


「是非に!」


「うんうん、将来有望だ。素晴らしいカバラの能力もあるしね、その辺りについての話も少し聞きたいんだがどうかな?」


 ローレルと博士は、そうやって話しながら研究室の奥の方に歩いて行った。途中でローレルは振り返り、小さく総一郎に手を振る。総一郎はそれに手を振り返して、彼女の知的な小旅行を見送った。


 そしてそんな彼女を見ながら、総一郎の横に立つ図書が一言。


「総一郎、しばらく家にいなかったけどその間にその、何かあったのか?」


「え、あー、いやその、そんなところ」


 大きく何かあったのはローレルとではなくナイとだったが、そこまで詳しく話す必要はないだろう。図書は「そうか」とだけ言って、顎で隅の方に置かれている椅子を指す。


「ま、立ち話も何だろ。座ろうぜ、客にコーヒーの一つもまだ淹れちゃいないしな」


「ありがとう。図書にぃのコーヒー微妙だけど、砂糖とミルクで美味しく飲ませてもらうね」


「淹れる気無くすこと言うな」


 総一郎は肩で笑いながら席につく。こんなひどい物言いが出来るのは図書くらいのものだ。度量と言うのは広すぎると損だなぁと思う。だが、そんな損している図書だからこそ何も気負わずモノを言える。


 図書が鼻歌交じりにコーヒーを淹れるのを眺めながら、考える。琉歌の話をしても、案外普通に受け入れるのではないかと。記憶がなくなっても家族であることに違いはないと豪語して、まるで何年ぶりかの再会とすら感じさせない態度で接するのでは、と。


「おら、俺の微妙なコーヒーだ。砂糖とミルクで勝手に満足しやがれクソッたれ」


 口調とは裏腹に、そっと丁寧に図書はコーヒーカップを机に置いた。総一郎は礼を言って、何も入れず一啜りする。うん、微妙。納得を上書きして、砂糖とミルクをドバドバ投入する。


 それに、図書は不満顔。自分でも一啜りして、首を傾げている。


「うーん、俺からすりゃあ中々うまく淹れられたと思ったんだがな」


「別に微妙っていうのは俺個人の感想だし、気にすることはないんじゃない? 俺、結構味覚に妙な影響出てた時期の長い人間だし、まともな味覚じゃないかも」


「多分触れにくい内容な気がするから触れんぞ」


「あはは。その辺りはご自由に」


 総一郎は自分のさじ加減でかなり甘くしたコーヒーをさらに口にする。それから味わう振りをして、どう切り出すべきかを考え、少しアナグラムを計算して、言葉を紡ぐ。


「でも、図書にぃは変わらないから、安心するよ」


「ん? これまた妙なことを言い出したな」


 片眉を寄せながらも、褒められていると認識したようで図書は口角を上げた。総一郎は「だってそうじゃないか」と肩を竦める。


「俺の人生は、日本が人食い鬼に占拠されてからねじ曲がった。イギリスの地で一人生き抜いて、アメリカで知り合いと再会してもそのほとんどが変化してた。白ねぇだってそれは例外じゃない。けど、図書にぃは図書にぃのままだったから」


「……それは、そうかもな。俺はお前と出会う前に衝撃的なことがあって、それから一度も人生観が変わってないし。そういう意味では、俺も中々早熟だったっつーか」


 図書は人食い鬼に拉致され、目の前で女の子が食い殺される様をまざまざと見せつけられたことがあったという。それが想い人だか、あるいは単なる同級生だったのかはもう覚えていないが、それ以来図書は変わらず“図書”だった。


「けどよ総一郎。俺から見る分には、お前は変わったけど変わってないように見えるぜ。何て言うのがいいか、曲がりくねって元に戻ってきたっつーかさ」


「そうかな。そうかもね。一時期確かに荒れてたけど、今は……」


 マシだ、と言い切れない自分がいることに、総一郎は気づく。忘れた頃に主張し出す、その小さくも凝り固まった執念。総一郎に幸せになることを許さない、己自身への呪い。


「ま、何にせよ、お互い苦労して生きてきたってところだね」


「ハッハッハ、違いない」


 からからと笑って、図書はコーヒーカップを持ち上げた。一啜りし「やっぱ俺が淹れるのが一番俺好みだ」とほくそ笑む。総一郎は「自画自賛」とぼそりと呟き、図書に睨まれた。


「あつかわ村の人たち、どうしてるかな」


 総一郎の落とした言葉に、図書もどこか遠くを見るような顔になった。「そうだなぁ。天狗のおっちゃんとか、今頃何やってんだろうな」とポツリ言う。


「天狗様とはイギリスで会ったよ。紆余曲折の末半殺しにしちゃったけど」


「紆余曲折の一言で経緯を省くな。何してんだお前何があったんだよそれ」


 図書は目を剥いて机越しに詰め寄ってくる。なのでそれを総一郎は培った戦闘能力すべてを使って紙一重でかわしつつ、「他にもシルフィードとかイギリス出身だったから、探せば会えたのかなぁ」など思い出深い面々を想起する。


「……そうだな。元気にやってるのかね、あの妖怪亜人たちは」


 総一郎への追求を諦めて、図書は深く息を突きながら言った。ここだろう、と総一郎は切り出す。


「それに、あの場に取り残されたるーちゃ」「やめてくれ」


 ぴしゃり、と図書が遮ってきて、総一郎は口をつぐんだ。図書はこちらも見ずに、まるで琉歌の話がなかったかのようにそのままの体勢で、静かに俯いている。


 総一郎は「他にも、タマとか。……生きてたら、また碁を打ちたかったなぁ」と誤魔化しながら、脳内で結論付ける。


 ――ダメだ。今の図書にはまだ、琉歌のことは伝えられない。琉歌のことがここまで、彼にとって禁句だとは思っていなかった。


「そうだな。タマ―――清の命を守ってくれた、すげぇ奴だった。あんなに小さかったのにな。俺なんかより、ずっとでっけぇ奴だった」


 しんみりと零しながら、図書は沈黙を埋めるかのようにコーヒーを啜る。総一郎もそれに倣うように、コーヒーを口にした。先ほどはちょうどいいと思えたのが、何だか今はまだ甘さが足りないように思えてしまう。


 シュガースティックに手を伸ばすと、「やめとけって。さっきの量を見る限り砂糖の塊がコーヒーの底に眠ってるだろ」と図書に言われる。ティースプーンでカップの底を浚うと、その通りで笑ってしまった。


 砂糖の塊を口にしながら、コーヒーを飲む。甘い。だが満足な甘さではなく、甘ったるすぎるくらいの甘さだった。


「ソー」


 ローレルに名を呼ばれる。その瞳は生き生きしていて、俺たちとは真反対だと思った。頷いて立ち上がる。そして、図書に別れを告げた。


「じゃあ、今日はこんなところで。また家でね」


「ん、おう」


 素っ気ない態度だが、それでも努めて普段通りにしようとしてくれているのが分かった。総一郎は博士にも丁寧に「貴重な場にお呼びいただいてありがとうございました」と礼をして、ローレルを連れて研究室を出る。


「ローレル、楽しかった?」


「はい! 自分でNCRを動かす体験は、筆舌に尽くしがいほどでした!」


「あはは、それはよかった」


 ミスカトニック大学の廊下を歩きながら、ローレルの話を聞く。ローレルはどこまでこちらの考えを読んでいるのか、総一郎の気が紛れるほどの熱量で博士の発明に対するロマンを語ってくれた。


 食堂に戻るとまだみんな駄弁っていて、そこに二人で混ざることになった。とりとめのない話をする時間というものに懐かしさを抱きながら、総一郎たちは結局、碌に授業にも出ないまま歓談を楽しんだ。


 そして夕方。総一郎は皆がミヤさんの店に向かう道から逸れて、一人ARFの建物に向かった。ローレルは、「やっぱり一人だけ働かないのもむずがゆいので、手伝ってきます」と別行動だ。


 新ARF本拠地の玄関に足を踏み入れる。まっすぐに奥の部屋に向かう。扉を向けると、一人白羽が忙しそうに作業をしていた。


「ダメだった?」


 白羽はこちらを見ずに言う。総一郎はただ「うん」と頷いた。


「そっか。じゃあ、当初の予定通りってことで」


「……うん」


 もう一度首肯して、だが、総一郎はその場から離れられなかった。手持無沙汰に部屋中をうろうろしてから、所在なく壁にもたれる。


 白羽が、ちょっと呆れを含んだ溜息を落とした。苦笑気味に「帰らないの?」と尋ねてくる。


「うん。今日は、あんまり帰りたくない」


「そんなにショックだったの?」


「……そうかも。何て言うか、俺、図書にぃに甘えてたんだなって」


「ってことは、相当激しく拒絶されたんだ」


「名前を出しただけで、やめてくれってさ。……もう大人の癖に」


「拗ねたようなこと言わないの。っていうか、私からしてみればズーズーの人間らしいとこがやっと見えたって気がするけど」


 白羽の物言いに、総一郎は顔を上げた。「私ね? 実は図書にぃのことちょっと不気味に思ってたんだ」と総一郎は初めて、白羽が図書のことを“図書にぃ”呼びするのを聞いた。


「すっごい懐が広くって、バカにされれば怒ってるポーズは取るけど、私天使だから肌で分かっちゃうんだよね。あ、全然怒ってないんだなーとか、そういうの。それがちょっと不気味でさ、だから無意味にからかっちゃったりなんかしたんだけど」


「……そんなこと思ってたんだ」


「多分私だけって気はするけどね。すごいよ、図書にぃ。見た限り、結構感情表現がはっきりしてるタイプに見えるのに、どんな時でも頭は冷静なの。ARFに勧誘しようかと思ってた時期があるくらい。っていうかしたのかな? 副リーダーが接触したみたいな話は聞いたんだよね」


「そうなの!? 副リーダーってことは、ファイアーピッグと?」


「そそ。でも図書にぃからその話聞いたことないでしょ?」


「うん」


「まぁだから、そういうことなのかなぁって。あの人はどこまでいっても日常の人で、並外れてる部分が間違いなくあるんだけど、それも含めてやっぱり普通なのかなって」


 白羽の言い分はどこか観念的で、人間だれしも特別で、その特別さをある程度含んでいるが故にやはり普通なのだと、そういうことだった。総一郎はそれを聞きながら、だんだん肩の力が抜けてくるのを感じる。


 それから、自分なりに、総一郎自身がどう思ったのかを口にした。


「……俺、多分失望したんだ。図書にぃは戦いこそしないけど、誰よりも日常にいる人で、それが特別で、俺が最後にみんなを連れて帰る場所なんだって、そんな幻想を抱いてた」


「気持ちは分かるよ。ずっちん包容力カンストしてるし。いや、してると思ってたらしてなかったって話なのかな」


「――図書にぃも、普通の人なんだよね。普通過ぎるって意味で特別な人なんじゃなく、本当にただ普通の人」


「そそ。まぁ総ちゃんは普通じゃないからね。憧れすぎてたのかも」


「俺は普通だよ。普通ボーイだよ」


「どの口がそれ言うの?」


 小さく二人で吹き出す。それから白羽は「どうする? 私もう少しで今日のお仕事終わらせて帰るけど」と尋ねてきた。


「何が残ってるの?」


「今まさに話に上がった、副リーダーの拘束チームの采配。あーあ、都合よく手が空いてて、戦力に不足ない人材、どこかにいないかなぁ~」


 言いながら、白羽はチラチラと総一郎を見てきた。総一郎は失笑して、無論、こう返す。


「じゃあ俺がやるよ。それで帰れる?」


「やったありがと! ちょっと待っててね」


 白羽はまた集中し始めて、淡々と業務を終わらせにかかった。総一郎はそれを邪魔しないように、静かに天井を見つめて待っていた。


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