8話 大きくなったな、総一郎9
もう仙文と逢ってしまっては、授業など二の次になるに決まっていた。
仙文を新たに加えた総一郎たち四人は、そのまま食堂へと向かってひとまず大量のポテトフライを確保して席に座った。フライを一つ摘まみ上げながら、仙文は笑う。
「ボクら、集まるととりあえずポテト頼むよネ。しかもこんなにいっぱい」
それに答えたのはJだ。「あー」と少し考えるような声を上げてから、こう説明する。
「ミヤさんの影響だろうなぁ。あそこ山ほどのポテトが何も言わずに出てくるから」
「美味しいんですよねぇミヤさんのポテト。しかもけっこうな頻度でタダですし」
「財布に優しいんだよなぁ。これで運動してなきゃ太る一方だっただろうぜ」
カラカラと笑うJに、仙文は「そうイえば、最近何してたノ? 全然見なかったけど、海外で何かしたリ?」と尋ねてくる。
「いや? 最近はむしろ動けなくってなぁ。何せ首」までで「イッ!?」とJは言葉を詰まらせる。総一郎は仙文と並んでJたちの向かいに座っていたから見えなかったが、アナグラム計算で愛見がこっそりつねったのが分かった。ナイス愛さん。
「首? 首がどうしたノ?」
「あ、いやぁ、ちょっと首に怪我を負ってな。その治療で色々とあったんだよ」
「エッ! 大変だったんだネェ……」
「まっ、まぁ、もう全然大丈夫なんだけどな! は、ハッハッハ!」
とまで言ってから、Jは愛見と総一郎に“これでいいか”とばかり伺うような視線をよこした。総一郎たちは一瞬顔を見合わせてから、“いいだろう”と頷く。「?」と仙文は事情が分からず小首を傾げていた。
「そういえば、今日はヴィーとは一緒じゃないんだね」
「あ、ウン! そうなんだヨ!」
仙文はよく分かっていない様子だったが、総一郎が話を逸らすと簡単にそちらに思考を切り替えてくれた。
話題は、以前見かけたヴィーらしき人物の影の正体を探る意図の物だ。火事の中に揺らめくそれを、総一郎は忘れられなかったのだ。そしてその勘繰りを裏付けるように、仙文の返答は悲しみに満ちている。
「最近ヴィーも連絡が取れなくなっちゃって、ボクすっごく寂しいんダ……。ボクそんなに友達が多いタイプじゃないシ、みんなも段々学校来なくなっテ……」
そう言われると弱い三人である。しかし、これで疑いの可能性が高まった。つまり、あの時見た影が本当にヴィーである可能性が。
「姿を見ない、じゃなく連絡が取れないのは心配だね」
総一郎が相槌を打つと「ウン……」と仙文は頷いた。この様子だと、仙文自身は何の情報も握っていなさそうだ。ヴィーにどんな背景があってあの大きな亜人の影――恐らくファイアーピッグとつながりが出来たのだろうか。
Jと愛見に目配せすると、すでに話は聞いているらしく神妙な顔になっていた。以後情報が上がればきっとローレルやアーリあたりから連絡があることだろう。いや、アーリが伝えてくれる予定になりそうだったらローレルがもぎ取ってくるから、ローレルか。
そう思っていた、まさにその時だった。
「ん、お? おいイッちゃん」
「うん? な、にっ?」
“な”はJへの返答に、そして上ずった“にっ?”は視界を塞がれた驚きから。総一郎の視界を塞いだ人物に愛見は「あら~」と小さく笑いを漏らし、仙文は「えっ、あっ、えっ?」と戸惑ったような声を上げている。
「だーれだ?」
「声色変えても分かるよ、ローレル。俺の周りに茶目っ気の多い人が結構いるけど、目を塞いでくるのは君だけだ」
「大正解です。それにしてもちょうど私のことを考えてくれてて嬉しかったです。噂をすれば、と言ったところでしょうか」
小さな花が開くような笑顔で、ローレルは上から覗き込んできた。重力に従って小さな趣味のいい三つ編みが垂れる。「悪戯っ子め」と軽く三つ編みを手に取ってローレルの顔をくすぐる。「ひゃっ」とびっくりした様子の声が可愛らしい。
「えっと……? イッちゃん、この人は?」
「え、あー、どう説明したものか」
「ソーの彼女のローレル・シルヴェスターです。ソーがいつもお世話になっています。ローラと呼んでください」
「うぇっ!? イッちゃん彼女居たの? あっ、いやその、……湯仙文デス……」
「よろしくお願いしますね、仙文さん」
ローレルの踏み込みの鋭さに、仙文は呆気にとられるばかりだ。総一郎が絶妙に表現しがたい気持ちで愛見を見ると「彼女ってことになりましたね~」とクスクス笑っている。「そうですね。うん。ローレルは彼女でした」と総一郎はもう受け止めるしかない。
「それで、ローレルがわざわざ来てくれたってことは」
ヴィーについての情報が集まった、ということ「ではないです」なかった。
「お姉さまが前に約束してくださった通り、というか、私だけ今日のシフトがなくなったんです。それで思いっきりソーと遊ぼうと思って探しました」
「連絡してくれればいいのに」
「せっかくの機会ですよ? サプライズ、したいじゃないですか」
にこ、と爽やかで透明感のある笑みで、悪戯っぽいことをいうローレルだ。「参ったなぁ」と総一郎は頭を掻いた。本当に、参ってしまう。ただ、ローレルに。
「……なるほど、サプライズ」
そしてそんなローレルを謎の真剣さで愛見が見つめている。Jはほえー、とアホ面を晒していた。いつの日か愛見がJを骨抜きにしてしまう日が来るのだろうか。
そう思いながら眺めていると、愛見はJの腕に抱き着いた。Jは「お? マナさんがこんなことすんの珍しいな」と笑顔になった。骨抜きは難しいかもしれない。
「ボク、場違いかナ」
「えっ、ああいや、そんなこと全然ないって! 仙文は全然ここにいていいというか、ローレルが無駄にかき回したというか」
「私の所為ですか。……あ、私の所為ですね。アナグラムがそう示してます」
ローレルのこの潔いところが結構好きな総一郎だ。
「では、そろそろお暇しましょうか。ソーのこと連れていっていいですか?」
「あ、ウン……。もうちょっと話したかったケド、仕方ないネ」
「ええ、どうぞ。連れていってあげてください」
「むしろこの空気でローラにダメって言える奴見てみてぇよ」
仙文、愛見、Jからそれぞれコメントを貰いつつ、ローレルに手を引かれて総一郎は立ち上がった。それから三人に手を振りながら離れていき、食堂の扉をくぐり完全に別れた。
そのまま、ローレルは行き先も告げずに上機嫌に総一郎の手を引く。アナグラム計算でどこに行くのか割り出してもよかったが、せっかくならローレルの声を聞きたい。
「どこに向かってるの?」
「今に分かりますよ」
ちょうどその時、総一郎の電脳魔術に通知が入った。見ると「新開発の製品出来たから見に来ねぇ?」という題。送り主は図書だ。
色々な意味でピッタリな次の予定に「ローレルがカバラの天才って言われる理由がちょっと分かったよ」と総一郎は肩を竦める。
「何を言ってるんですか、私だって元はソーと同じくらいの実力だったじゃないですか。天才なんかじゃないですよ」
「でも、俺アナグラムが全部ゼロになる瞬間なんか見たことなかったよ?」
「それはそうです」
ローレルは総一郎を引く手を恋人つなぎに変えて続ける。
「私がここまで来たのは、すべてソーの為ですから。だから私は天才じゃなく、ただ恋の病に浮かされて努力しただけなんですよ」
「ローレルは二言目には口説いてくるなぁ」
するとローレルは一瞬固まって顔を逸らしながら「ま、まぁ、そういう面も無きにしろあらずと言うか、はい」と照れだす。総一郎としては無意識の行動だったことに驚きだ。本当に飽きさせてくれない女の子である。
「そっか。そんなに俺のことを思ってくれてるなんて嬉しいなぁ。俺はてっきりカバラで狙って言ってると思ってたんだけど、まさか無意識だとは」
「いえ、あの、確かにその通りではあるんですけど、その」
「うん? 何か事情でもあるの?」
「……何でもありません」
「アナグラムが跳ねたよ。何か隠したでしょ。何隠したの?」
「何も隠してないです」
「本当は?」
「……」
「……」
沈黙の後、ローレルは仄かに顔を赤くして、総一郎の腕で自分の顔を隠しながら言った。
「だって、好きな気持ちが溢れてしまうんです。仕方ないじゃないですか……」
可愛すぎて死ぬかと思った。
そんな砂糖の塊を吐きそうなやり取りをしつつ、二人は図書のいる研究室にたどり着いた。「ここがサラ・ワグナー先生の研究室……!」とローレルは目をキラキラと輝かせて見つめている。
「図書にぃー! 来たよー!」
「おう! 思った以上に早いな到着。ちょっと待っててくれ」
研究室の扉を開けて声をかけると、白衣を着た図書がワグナー博士と共に何かを見下ろしながら相談していた。「これ、どうします? 見せていいですか?」「うーん、見せるまでもない気もするというか、見せてもいいけど見せるだけ無駄と言うか」と悩んでいる様子。
総一郎は軽い調子で手を横に振る。
「別に、暇つぶしできたので変なものでも気にしないですよ? あ、すいません事後承諾なんですけど興味のある知り合いを連れてきてしまったんですが、大丈夫ですか?」
するとワグナー博士がぱっと顔を上げて、映像の早回りのようにスタスタとこちらに近寄ってローレルに声をかける。
「ああうん、別に構わないよ! 君もこういうのに興味が?」
「はっ、はい! あっ、あの、本読みました! すごい面白くって!」
「お、読者の子か! いいねぇ見込みあるよー君。名前は?」
「ローレル・シルヴェスターです! ローラって呼んでください!」
ガチガチに緊張した様子のローレルに、ワグナー博士はうんうん頷いて、総一郎に向かった。
「元気で良い子だね! なかなかいい子を見つけたねぇソウチロウ君~」
肘で「このこの~」とからかわれる。総一郎は困って「いやぁ、あはは」と笑うしかない。
「……弟分がインモラル性癖でしかも二股を」
図書の勘違いは後で絶対に正さなければならない。と思ったが何も勘違いじゃなかった。どうしよう。
「さて! じゃあせっかく来てもらったし、雑に作った発明品の試作の数々を見ていってもらおうか!」
パン、とワグナー博士は柏手を打って、「まずはこちらを見てもらおう。ズー君!」と図書に指示を出す。図書も「ハイお待ち!」とそれを持ってきた。
その、ロボットの生首を。
「……これは?」
『おいおい兄ちゃん、これたぁ随分な言い方するじゃねぇの。お前さんそんなこと言えるほど上等な生き方してきたのかい? 大人しそうな顔しちゃあいるが、俺っちには分かるぜ。お前は――』
「停止」
図書の手でロボットの生首は停止した。総一郎は色々と刺さるところがあって、口を堅く引き結んでロボ首を見下ろすばかり。
「えー……という訳で、雑な発明品第一号、めっちゃ毒舌なだけだと思ったら核心を突いてくる恐ろしい会話AIでした~」
「心臓に悪いよ図書にぃ」
「うん、ごめんな。その、そんなつもりじゃなかったとだけ言わせてくれ」
そうだよ~、これ趣味悪いって言ったじゃないかズー君。と博士が言うだけあって、これは図書の発明であるらしかった。これを発明するのも大概すごいが、と傷つけられただけに複雑な思いで停止中のロボットを見つめる。
「すいません。これ、私が会話してもいいですか?」
しかしローレルは興味津々らしく、総一郎の前例があってなお会話したがった。図書は「お、おう。いいぜ。でも傷ついても怒らないでくれな?」と前置きして起動した。
ローレルはロボットの前に立つ。毒舌核心AIはローレルを見上げて、口を開こうとした。それに、ローレルは切り出す。
「198476196389169371641623846276318」
「エラー10002。論理プログラムが破綻したため、初期化します」
「嘘だろおい! 一体何が起こった!?」
総一郎、口をあんぐりと開けてローレルを見つめた。ローレルは「これは不思議ですね、適当な数字を言っただけで、AIが壊れてしまうなんて」と惚けて微笑みながら首を傾げている。
「……これは中々珍しいものを見せてもらったね。君、カバリスト? その中でもかなり地位のある人だったりしない?」
そして相変わらずどこまで知っているのか分からないワグナー博士のコメントである。ローレルはニッコリ笑って、「薔薇十字団ではナンバー2ですよ。現在では全員で五人しかいませんけど」とさらりと重大な事実を漏らしてしまう。
「ハハハ。これは嘘とも真とも分からない情報を得てしまった。恐ろしいので、忘れることにするよ。しかし、なるほど。精密機械ほどこういったアプローチが効くんだね。これは中々大きなことを学ばせてもらったかもしれない。……NCRに効くかな?」
何やら発明分野の天才に、新たなひらめきをもたらしてしまったらしいローレルだった。総一郎は図書の方を見ると「ダメだこいつ、マジで初期化しやがった」とロボの頭をペシンと叩いて諦める。
「ローレル」
「私はあなたの幸せの敵の敵です。前に言いましたよね」
「確かに聞いたけども」
総一郎のお小言を聞き入れるつもりはないようで、ローレルは総一郎の意思を黙殺して「他にはどんなのがあるんですか?」と図書に尋ねた。ローレルは有能なだけに手を焼くなぁと、総一郎、腕を組む。
「おう、次は――こいつだっ!」
図書が取り出したるは、何だかゴツゴツした銃のようなものだった。総一郎が「これは?」と尋ねると、「俺が発明したスタンダイヤモンドの魔法あるだろ?」と前置きされる。
「簡単に言うなら、あの魔法を周囲の魔力回収してほぼ無限に撃てる銃だ! これは結構自信あるんだぜ。非殺傷で敵を拘束するから、自衛手段にピッタリってな」
それを聞いた総一郎とローレル、無言と顔を見合わせる。
「……図書にぃ、一足遅かったね」
「すいません……」
「えっ、何がだよ。何で俺謝られるんだよ」
「何がとは言えないんだけど……多分その銃より安価でお手頃な自衛商品が出ると思う。それ、お値段は?」
「……二千ドル以下での生産は出来ねぇ」
「はい、おつかれ」
「クッソおぉぉおお! これはマジで自信あったのに!」
ぐぬぬ、と図書は唸ってから項垂れた。総一郎は南無、と手を合わせる。図書、個人で発明とか出来る時点でかなりすごいのだが、如何せん運がなかった。
「でも魔法を保存できるってそれだけでも結構な発明品だよね。スタンダイヤモンド以外でも出来たりしない? そしたらちょっと俺の自費で買いたいかも」
「あー、そうだな。実際のところはアーカムでの日本人法といくつ照らし合わせる必要があるんだが、総一郎がそもそも日本人だしな。多分大丈夫だし、頼まれてやるよ」
「やった」
そんなやり取りを交わしていると、うずうずした様子の博士が体を割り込ませてきた。ちょっと総一郎は苦笑いしつつ目を向けると、ドヤ顔で躍り出すワグナー博士だ。
「じゃあ、次は私の番かな?」
そんな風に示されたのは、どこから持ってきたのか、キャスター付きの台に載せられた大きめの物体だった。ご丁寧に布で隠してのご登場である。
「では早速――ご開帳!」
掛け声と共にはぎ取られた布の中から現れたのは、図書のもののように頭だけではない、全身丸々完成させられたロボットだった。人型で、絶妙に不気味の谷のど真ん中を狙い抜いたようなフォルム。愛嬌などない、無機質な白色のそれだ。
そしてこれを、総一郎は見たことがあった。
「……これ、リッジウェイ警部が傍に置いていたロボットに似てます」
「ロボット、というかアンドロイドに分類されるものだな。人型を模しているものはそう呼ばれる」
解説したのは、先ほどまで嘆いていた図書だ。総一郎は「そういえば」とちょっとした疑問を切り出す。
「アンドロイドってあんまり見ることがないんだけど、日ごろは何してるの?」
「ん? アンドロイドを見ない? 何言ってんだ?」
「え?」
キョトンとした顔をされ、総一郎もまたキョトンとする。それから博士の妙な顔を見て、「ごめん、俺知識に偏りがあるから教えてもらえる……?」と常識の欠如を恥じた。
「あー、そういや最近まで電脳魔術無しで生きてきたとか言ってたな。そうか学習体系が違うとこんだけ常識に差があるのか……分かった、じゃあこの新発明の前に解説するな」
図書はゴホンと咳払い。「私の番だと思ったんだけどな」と博士は少々むくれている。
「つっても歴史とかにまで話を突っ込むと長くなりすぎるから端的に言うぞ。現状アンドロイドっていうのは、人間と変わらない外見をして社会に溶け込んでる物だ。大昔にはアンドロイドの人権問題もあったらしいが、人権要求をウィルスにして忍び込ませた輩が逮捕されて以来、アンドロイドはどこまで行っても道具だって認識されてる」
「……本当に長くなりそうな話をまとめてくれてありがとう」
道理で見かけないはずだ。興味はあるが、ここでは突っ込まないことにする。
「んで、性能としてだが、機動力が異様に高い人間って感じだな。腕力とかは平均的な人間と変わらないように設計されてるのが一般的だ。知性的には人間よりも遥かに上」
そして当然のことのようにシンギュラリティが昔のこととして語られるのは、かなり面白い。
「ただ、欲求能力は皆無だ。これはさっき言ったアンドロイド人権問題に関わる話なんだけどな。『望む能力』だけはアンドロイドが人類の敵にならない為に、そして人間が守られるべき最後の能力として法律に載ってる」
何だそれ。いや、何だそれ。
「それ、今度詳しく聞かせて」
「ん、おう。いいぞ」
「絶対だよ! 本気で! 頼むよ!」
「お、おう。分かったよ……。で、ここから博士の発明品の話だな」
図書が話を振ると「やっとかい! 待ってたよ!」と勢いよく立ち上がる。




