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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
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8話 大きくなったな、総一郎8

「俺たちのこと、やっぱり覚えてない?」


 琉歌は、ふるふると首を横に振った。それから、戸惑い交じりの目でこちらを睨んでくる。昔から変わらない垂れ眉。白羽は率直に「悲しいなぁ。琉歌ちゃんにそんな目で見られるなんて」と告げ、琉歌の罪悪感を刺激する。手口があくどい。


 イキオベさんには退室いただいての、総一郎、白羽、そして琉歌の三人での確認だった。むん、と琉歌の体臭らしき甘い匂いが充満している。琉歌は多数の亜人の血が混じっているが、総一郎に眩暈を起こさせるようなこの匂いはその所為か否か。


 白羽が何かに勘づいた様子で、きびきびと窓を開け換気を始めた。本当にこの辺りの嗅覚が鋭いな、と総一郎はちょっと助かったような気持になった。


「うーん。小学生以来だから、普通に忘れられてもおかしくない時間は経ってるんだよね。それを差し引いても記憶喪失だから、うーん」


 白羽は首を捻り捻りして、琉歌のことを眺めた。琉歌は居心地悪そうに、膝頭の辺りをこすり合わせている。


「るーちゃん、良ければなんだけど、総ちゃんに記憶を見てもらってもいい? 総ちゃん、こう見えて精神魔法周りにかなり強いから」


「あ、うん。任せてもらえれば、都合のいい部分だけ抽出して、っていうことは出来なくはないと思うよ」


 提案するも、琉歌はさらに強く首を振った。そこには必死ささえ滲んでいる。総一郎と白羽は顔を見合わせ、互いに難しい表情を作った。


「その理由は、教えてくれる?」


「……」


 琉歌はそっと机の上に置かれていた大きな画用紙を取り出して、大きな字で『言いたくない』と記した。本来はこのようにして他者と会話を行っていたのかもしれない。つまり、強く拒絶する意図がないときは。


「そっか。思い出せないし、思い出したくないし、探られたくもない、と」


 白羽はある程度見当をつけたらしく、視線をあちらこちらに巡らせて考え込んでいる。その様子を不気味そうに琉歌が見ていたから、誤魔化しと話をつなぐ意図で総一郎は問いかけた。


「記憶がないっていうのは、いつまでの話なのか聞いていいかな」


「……」


 じっと警戒心あらわに眉根を寄せつつも、琉歌は画用紙に『半年は経ってないと思う』と記した。総一郎は続いて、「じゃあアーカムに来たのは?」と。


「……」


 琉歌は数秒考え込んで、『分からない。気付いたらここにいた』と書く。


「そっか、ありがとう」


 総一郎は考える。恐らく、記憶喪失後すぐに琉歌は何者かに保護され、そしてイキオベさんの下に届けられたのだろう。つまり、琉歌をイキオベさんへと引き渡した人物こそが記憶喪失の謎のカギを握るはずだ。


 と、推論を立てたはいいものの、知られたくないと琉歌が言う以上、総一郎がそこまで踏み込む理由はないのだった。ふーむ、と腕を組んで首を傾げる。イキオベさんの意を酌むならば。


「じゃあ、その辺りのことはいいかな。話は変わるけど、また遊びに来ていい? 忘れられちゃったままなのは寂しいし、また仲良くなりたいんだ」


 琉歌は目を丸くして総一郎を見る。そこで白羽が「ストップ」と両者の前に立ちふさがった。総一郎は白羽の顔を見上げる。


「白ねえ、どうかした?」


「るーちゃんと仲良くなる任務に就くのは私です。総ちゃんじゃありません」


「え、別に二人で仲良くなればいいじゃないか」


「ダメ」


「何でさ」


「何でも」


 何という事だろう。琉歌がやっと対話してくれるようになったかと思えば、白羽が対話してくれなくなってしまった。総一郎は溜息を吐いて、語り掛ける。


「ナイの一件から白ねぇ、狭量になってない?」


「うぐっ。だってぇ……」


 人差し指をツンツン突き合わせながら、白羽はもにょもにょと言い訳を。その様子を覗き込んでいた琉歌は、無垢な表情で総一郎と白羽を交互に見る。


『二人は姉弟なんだよね?』


「え、うん。それがどうかした?」


『何でもない』


 と言う割には、琉歌は嬉し恥ずかしといった表情で、武士垣外姉弟を見つめていた。それから急いだ様子で書き書き、こちらにメッセージを見せてくる。


『次も二人で来て』


「え、何々。るーちゃん、何か変なものを私たちに見出してない?」


『そんなことない。二人で来て』


「え、うん……いいけど」


 総ちゃんは? と問われ、総一郎も頷いた。するとまるで昔のような和やかな笑みを浮かべて『やった』と琉歌は喜んだ。そんな風にされると、こちらも何ともむずがゆくなってしまう。


 そんな風に約束をしてから、総一郎と白羽は部屋を出た。廊下を少し歩いた先でイキオベさんが子どもたちと戯れていたから声をかけると「おぉ! それは良かった。ぜひともあの子と仲良くしてあげてくれ」と笑顔で送り出される。


 帰り道。街灯が道を照らすばかりの暗がりを進む。冷房のない外は多少温度が高く、しかし日本のように湿っていないため、暑いより暖かいという印象を抱く。


 そんな中で、白羽が言った。


「私たちが考えるべきは、るーちゃんの力をどこまで市長選に活かしていいのか。そして、るーちゃんのことをずーにぃに伝えていいのか」


 総一郎は、意外に思って聞き返す。


「市長選で生かさない手はないと思ってたけど、違うの? というか、図書にぃには絶対教えなきゃダメでしょ。それに清ちゃんにも」


「……そう思う?」


「市長選はさておき、般若兄妹に教えないなんておかしいと思う」


 総一郎の意見に、「順当に考えればそうだよね」と白羽は悩ましげにへの字口を作った。総一郎は、片眉を寄せながら「この件は順当じゃないって?」と尋ねる。


「だって、そうでしょ? 十年近く会えなかった家族とやっと再会できたと思ったら、記憶喪失だよ。私たちは幼馴染でしかないからまだマシだったけど、家族に『誰?』なんて言われてみなよ。傷つくどころじゃないって」


 そう言われてみれば、そうかもしれない。思い出すのは白羽との再会。修羅の入り混じった総一郎を見て、総一郎が失われたと勘違いした白羽は拒絶を示したし、それを受けた総一郎は傷ついて、修羅に主導権を奪われウッドとなっていたほどだ。


「確かに、そうかも知れない。事前に教えてたとしても、いざああやって『来ないで!』なんて言われれば、図書にぃでもキツイか」


「でも、教えてあげたい気持ちは分かるんだ。いずれ絶対教える。けど、今じゃないかもって」


「これは、複雑だね」


「そうなんだよ」


 うんうん偉そうに頷く白羽に、総一郎は軽く笑って肩を竦めた。「なぁに総ちゃん。言いたいことがあるならハッキリ言うといいよ」とすごみのある笑顔で迫ってくるから、「何でもないよ。ホントホント」と話題を逸らす。


「けどさ」


 総一郎が、それでも残るもやもやに逆説の接続詞を口にすると、白羽は黙って視線を向けて続きを促してくれる。


「それでも、やっぱり知りたいと思うんだ。だから、その、少し名前を出して反応を見るくらいのことはしてみたいんだ。それで、どんな状態でも会えるなら、って反応なら、説明して、会わせてあげたい」


「……そうだね。家族と離れ離れが、苦しくない訳ないもんね」


 白羽から手を伸ばされる。その手を握り返すと複雑に絡められたから、応えて固く握りあった。総一郎よりも少し小さな手。だが対等な手。多くの人を救い守ってきた偉大な手。そして何より、大切な家族の手。










 琉歌の能力の政治利用については、まず図書に琉歌のことを伝えるか否か、という問題が解決してから考えるべきだ、という結論に至った。


 である以上、図書の意思を確認する必要がある。それも、悟られないままに。


 そんなことを考えながら、総一郎は電脳魔術でカレンダーを確認していた。やっと療養期間が終わるな、と伸びをしながら今日は何をしようか考える。


 最近碌に学校に行けていないから、今の内に行っておこうかな、と思いながら寝室からリビングへ向かう。階段を意味もなく急ぎ足でおりてリビングに入ると、Jと愛見がコーヒーを啜っていた。


「君たちもうここ第二の家か何かだと思ってるでしょ」


「いやぁ居心地が抜群にいいからよ。朝はやっぱズショさん家だよな」


「そして夜はミヤさんのところで一杯ですよね~」


「愛さんもう飲んでるの隠すつもりもないよね」


 向かいに座ると、愛見は総一郎にもコーヒーを注いでくれる。礼を言って一啜りしてから尋ねた。


「白ねぇと図書にぃは?」


「シラハさんは、今日は早朝から本家筋カバリスト連れて用事があるってよ。ズショさんはセイちゃんをプライマリースクールに連れてってからそのまま研究室だと」


「ちなみにわたしたちは、珍しく非番なんです~。休日の朝ってゆっくりできていいですね~」


 なー、とJの相槌に嬉しそうに表情を緩める愛見だ。仲睦まじく和やかな雰囲気を醸している。総一郎は微笑ましく思いながら、琉歌のこと、図書のことを考える。


「図書にぃ、清ちゃん送って行ったんだ。世間的にはまだまだ緊張感あるしねぇ」


「いや、今日は単純に図書さんが寝ぼけてプリスクールの時みたいに連れてっただけだ」


「プリスクールって何だっけ」


「日本で言う幼稚園ですよ~」


 ただの間違えだった。「呑気な兄妹だなぁ」と総一郎はコーヒーをまた一口。


「それで二人は暇つぶしにここに?」


「っていうのもあるけど、久しぶりに学校に行こうと思ってな。マナさんに自習を手伝っては貰ってるんだが、偶には自分でも行かなきゃっつーか」


「会いたい人もいますしね~。今まではこんなに忙しくなかったので、ふと行きたいと思ったんですよ~」


「な! それでせっかくだから、イッちゃんも連れていこうと思ってよ」


 総一郎は目を丸くして「俺もちょうど行こうと思ってたところだったんだ」と相好を崩す。それに「お! そりゃいいな!」と笑い、愛見は「みんな考えることは一緒ですね~」と肩を揺らした。


 それから一通り朝の準備を済ませて、総一郎たちは学校へ向かった。最近は車でのお出かけばかりだったから、自分の足で歩くという事が何だか伸び伸びと感じられてよかった。


 それに、と総一郎は空を仰いだ。日差しが強い。総一郎がアーカムに来たのは去年の秋だったから、初めての夏だった。それから、まだ一年も経ってなかったのか、なんて当たり前のことに驚く。


 しばらくくだらないことを話しながら歩いていると、ミスカトニック大学にたどり着く。そこからメイン通りから逸れた道を行くと、総一郎たちが所属する付属校にたどり着いた。何だか感慨深さに、三人そろって長い息を吐く。


 それから、Jはキリリ表情を整えて言った。


「おし、じゃあ食堂行こうぜ!」


「いや授業受けようよ。何のための学校だよ」


 Jは「おぉ?」と首を傾げる。そういえばJは学力的に不安のあるタイプだったな、と思い出した。ついさっき自習とか頭良さそうなこと言っていたから惑わされた。


 しかしそこで、「あぁ、そういえば~」と愛見が難しい顔をする。


「授業に行っても、とっくに出席日数不足していますし、追い払われてしまうかもしれません~。どうしましょう~」


「えっ。愛さん教師に精神魔法使ってないんですか? 俺はどうせ途中から行けなくなるの見えてたから、あらかじめ細工しておきましたけど」


 Jと愛見は、総一郎の言葉を受けて凍り付いた。総一郎、「え、何。どうしたの二人とも」と困惑する。


「……やっぱウッドになるだけのことは」


「日頃優しいですけどまるっきり他人相手だと~……」


 二人は思わせぶりにコショコショと耳打ちし合う。総一郎は唇を尖らせて「何さ」と不機嫌アピールだ。Jは首を振りながらため息を落としつつ肩を組んできて「ま、その辺りはおれたちでちゃんと教えてってやるから」と謎に上から目線だった。


「ひとまず、イッちゃん~? 一般人に精神魔法をかけるのは、ARFでも外道のやることだと忌避されることです~。止めましょうね~」


 総一郎、淡々と返す。


「というと、俺たちに待ってるのは留年ですが」


「うぐっ。いや、その、まぁ。……世の中には必要悪というものが必要ですよね~」


「マナさん?」


 Jは瞠目しながら愛見を見た。愛見はそっと目を地面に向け、「そうですよね~、出席日数が足りていない以上、待ってるのは留年ですよね~。そうですよね……」とこぼす。


 そして愛見は、Jに向かって真剣な顔で告げる。


「Jくん。ここは仕方ありません。困る人が居ない以上、我々は精神魔法で留年を待逃れるべきです」


「マナさん!?」


 間延びした語尾すら外れるほどの愛見の本気さに、Jは衝撃を受けた様子だった。「お、おい! 正気に戻ってくれマナさん! そんなの良くないだろ! なぁ!」と愛見の肩をグラグラと揺さぶる。


「で、ですが、せっかくご厚意でわたし、事件以後の療養期間も無視して進学させていただいたのに、それが反社会組織に属してその忙しさで留年なんて、顔向けができないというか」


「ARFは確かに反社的なところがあるけどよ! それでもそれが正しいってやってきたんだろ!? それをそんな風に言われちゃ悲しいぜマナさん!」


「あ、いえ、ARFの活動には誇りを持ってます。そうではなくその、ノア・オリビアの方が、ですね」


「そっちは確かに顔向けできないな」


「イッちゃん! わたしの出席日数も頼めますか!?」


「マナさん!?」


 この二人のやり取りも大概楽しいなぁと思いながら、「もちろん。任せておいてください。教師にはまったく後遺症の残らない形で手早く処理しますよ」と握り拳を作る総一郎だ。Jは「この二人はダメだ……!」と珍しく常識人のように頭を抱えている。


 そこで、三人に声がかかった。


「アレ? ワァ! 珍しイ! 久しぶりだねミンナ! ボクのこと覚えてル?」


 ちょっと片言な日本語に、総一郎たちは振り返った。そこにはあどけない顔で再会を喜ぶ、まるで女の子のように愛らしい中国人の少年、湯仙文が立っていた。


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