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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
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8話 大きくなったな、総一郎5

 総一郎立ち合いの上でのローレルからナイへのヒアリングは、一昼夜に渡る長丁場となった。


 総一郎は、椅子に座らされ拘束具に全身グルグル巻きにされたナイと、それを冷淡に見下ろすローレルの図を見ていた。窓のない小さな部屋。尋問室と言われて誰も疑わないし、総一郎も否定できないような部屋でのことだった。


 主な事情聴取はローレルの役目だったが、総一郎もただ見ているだけではない。ささやかな役割として、ナイの監視とご機嫌取りを担っていた。ナイがローレルの質問に無意味な詭弁を弄したときなどに、諫めたり総一郎自身という飴で釣ったりするのだ。


 ようやく全容が見えた、とばかりローレルは長い息を吐きだした。それから、ハキハキした口調で状況の整理をし始める。


「概ね聞きたいことは聞き尽くしました。大雑把な成り行きとしては、ナイとマザーヒイラギの仲違いと、その対決でのルール上、ナイは制限を受けている状態にある、と」


「そうなるね。そして、その制限を取り払えるのは総一郎君だけって訳さ」


 何か企んでいそうな笑みを浮かべるも、ナイの顔色から疲労の色が隠せていない。総一郎は特に口を挟まないながら、ナイにも疲れとかあるんだ、とちょっとした発見をしたような気持ちになった。


「なるほど。では後々一つ一つ精査しておきます。お疲れさまでした」とローレルはナイに告げ、そのまま総一郎の手を引いて部屋を出る。拘束下にあるナイは「あー! 総一郎君連れてくのズルいー! 置いてって!」と叫ぶも、流石のローレル、ガン無視である。


「……あんまりナイの不満を貯めるのは、得策じゃないと思うよ?」


「ええ。完全な無力化状態ではない以上、最低限の警戒はして然るべきでしょう。ですが、あの拷問癖を持つマザーヒイラギの考える制約です。拘束具から自由に逃げる、という類の能力は失われていると考えるのが自然でしょう」


 ―――それに、ソーの許可で本来の力を、という部分も追々検証していかなければなりませんね。


 そう言ってから、ローレルはそっと微笑んで「ソーもお疲れさまでした。あなたがいてくれただけで、とてもやり易かったです」と総一郎の手をきゅっと握ってくる。


「うん、力になれたのなら良かったよ」


 握り返す。すると、ローレルは指を搦めてきた。俗にいう恋人つなぎをしながら、彼女は顔を近づけてくる。眼前で、金髪のローレルの、趣味のいい小さな三つ編みが揺れた。


「ソー、ご褒美ください」


「ナイの部屋の前で?」


「はい。ここで、下さい」


「ローレルも中々嫉妬深いんだね」


「ソーが浮気性なのが悪いんです」


 総一郎は周囲に人影がいないことを確認してから、ローレルの唇にそっと口づけをした。啄むような軽いキスだったが、ローレルはそれだけでご満悦に自分の唇のあたりに触れる。


「ふふ、頑張った甲斐がありました。では、私はこのまま帰ります。ソーはお姉さまが呼んでいましたので、そちらに合流して帰宅することをお勧めします」


「分かった、じゃあまた明日、ローレル」


「はい。愛してますよ、ソー」


 柔らかく微笑して、ローレルは去っていった。総一郎は脱力するように壁にもたれてから、自分の唇に触れ、それから頭を抱える。


「……クソ」


 許されていい訳ない。そう呟く表情は苦悶の一言だった。総一郎はこぶしを握り締め、沈鬱な面持ちで新しいARFの廊下を歩く。


 小さな建物だから、白羽の待つ部屋にはすぐに到着した。深呼吸して、何度か本気で頬を叩いて、顔を調節する。それから、普段通りに振る舞えているとアナグラムで確認してから入室した。


「白ねぇ? ローレルから呼ばれてるって聞いて来たよ。どうしたの?」


「あ、ナイスたいみーん! 総ちゃん、そこに飾ってあるスーツに着替えて、そのままイッキーおじさんのとこ行くよ!」


 大机の向こうに椅子の上でふんぞり返っていた白羽は、総一郎を見つけるなり大声で指示を出してきた。総一郎は片耳を押さえて『うるさい』のジェスチャーをしながら、「え、何でさ」と問う。


 白羽は、瞳をギラリと輝かせて言った。


「そりゃあ決まってるよ! 何せこれから市長選! 亜人差別をぶち壊す、最終決戦なんだから!」


 ふふん、と白羽は鼻息を荒くする。総一郎は政治に疎いが、ひとまず重大な一大イベントであることだけは理解していた。


 要は、その打ち合わせをこれからしに行くよ、という事なのだろう。総一郎は窓の外がすっかり暗くなっていることを確認してから尋ねる。


「それで、これから行くって事?」


「そ! さぁ着替えて! ネクタイ結ぶの苦手ならお姉ちゃんがやってあげるから!」


「え、いいよ。自分で出来るし」


 言いながら総一郎が白羽が指さした先のスーツを手に取ると、白羽は大机を飛び越えてきた。身軽な動きに反して、その衣装はお淑やかなドレスである。どこか和風なデザインなのが、総一郎の郷愁をくすぐった。


 だが白羽が総一郎の腕を強く掴み声にドスを利かせてきたことで、全部吹き飛んだ。


「総ちゃん……? 私、まだ総ちゃんがナイの見え見えの罠を踏みぬいたこと、許してないよ……?」


 うぐっ、と総一郎は呼吸を詰まらせる。脳裏によぎるは先日の大説教だ。あの時の白羽はすさまじかった。罵声や詰りから始まったかと思えば泣き落としにかかるなど、あらゆる感情、態度で総一郎を多角的に反省させてくるのには、いくら何でもズルいと思ったものだ。


 無論、総一郎になす術などなかった。あの時のナイにすべきことはアレだけだったとどれだけ理路整然に説明しても、白羽の涙一つに屈服するばかり。『今度こそ総ちゃんが死んじゃうって本当に怖かったんだよ!?』と泣かれて、何を言い返せようか。


「……白ねぇ、ネクタイお願いしてもいいですか」


「んふ、総ちゃんは仕方のない子だなぁ~。この甘えんぼさんめ」


 どっちが、と思ったが、総一郎にそんな生意気なことを言う資格はないのだった。結局白羽はネクタイどころか総一郎の腕をシャツ、ジャケットの袖に通し、ズボンにまで手を伸ばし(死守できなかった)、ネクタイを締めることで画竜点睛を得た。


 代わりに失われたのは総一郎の自尊心である。得られたものに比べればささやかな犠牲なのだろう。白羽にとっては。


「さて、総ちゃんのお世話出来て満足したし、ちょうど無人タクシーも来たし、行こうか」


 手を差し出してきたので、総一郎はエスコートするように手を取って白羽を案内した。と言っても、建物を出るまでの短い道のりだ。しかし白羽は満足そうだった。


 タクシーに乗り込み、白羽は短く行き先を指定し、総一郎がシートベルトを締めたところでタクシーは走り出す。背もたれの柔らかさに、朝から今に至るまでの疲れが噴出した。


 座席で欠伸を一つすると、白羽は「おっきなアクビ」とくすくす笑う。それから自分の膝を叩いて「いいよ、おいで総ちゃん。総ちゃんの疲れ、全部癒しちゃう」と膝枕を誘ってくる。


 それに、総一郎は反射的に乗りかけた。だが、脳裏の奥底で怒号が響いた。総一郎は冷や汗を闇に紛らわせながら、「いいよ。さっき随分甘えちゃったしね」とやんわり断る。


「むー、総ちゃんはもっとお姉ちゃんに甘えていいと思う」


「まぁまぁ」


 宥めるも白羽は不満げに総一郎を見つめている。その瞳は父譲りの日本人らしい茶色のそれで、しかし色合いが深く、何だか見透かされているような気分になってくる。


 ―――やめてよ、白ねぇ。それ以上追い詰めないで。


 その瞬間、白羽は何かに勘づいたように「まったく、じゃあ代わりに明日はいっぱい甘やかすから」と手を引いた。総一郎は、口をつぐんで自問する。今、心中に、響いたのは。総一郎は音もなく拳を強く握りしめ、「何が追い詰めないで、だ」と口に出さず詰った。


 隣のビルが大きく爆ぜたのは、その時だった。


「ッ! 総ちゃん!」


「分かってる!」


 総一郎は、即座に白羽に『灰』を記す。次いで自分。だがタクシーに被害はなく、アラートを鳴らしながらうまく降り注ぐ瓦礫を回避して遠ざかっていく。


「何、今の。爆発したの、ビル? ……私たちとは、無関係……?」


 訝しげに言う白羽と自分から『灰』を吹き飛ばしながら、総一郎は肩を竦めた。


「それはまた珍しいね。俺たちが騒動の渦中じゃないなんて」


「珍しいなんてもんじゃないよ。だって、このアーカムにおいてはあり得ないことだもん」


 反論する白羽の声色は固く強張っていた。「何でさ」と問うと、「前にも言ったでしょ」と白羽は唇を引き締め、建物の家事を凝視する。


「ARFは、ARFを除くすべての反社会勢力を潰してきたんだよ。個人じゃあんな風に一気に建物を燃やすなんて無理。このアーカムに、あんなこと出来る犯罪者はいないの」


 総一郎は言葉を失う。移動するタクシーの窓に張り付いて、光魔法を駆使しビルの様子を事細かに観察した。


 ビルは、地階から屋上にかけて一気に燃え上がったようだった。確かに、常人が一人でやってのける犯罪行為ではない。故にさらに詳細に観察すると、複数影が見つかった。


 影の一つ一つはほとんど大きなものだった。人間にするには少々大きすぎる、大型の亜人らしき影。取り立てて大きな影を見つけて、もしや、とある一人の名が浮かぶ。だが、炎の渦の中でチラと正体を晒した存在が、総一郎を惑わせた。


 そこから覗くは、あまりに襟の巨大な帽子に赤い長髪。優雅に炎の中を舞う様は、まるで火を操る魔女のようだった。


「……ヴィー?」


 エルヴィーラ・ムーン。それは見間違えでなければ、総一郎の通っているミスカトニック大学付属校の友人のはずだ。一般人。日本人でない彼女には、魔法すら使えない本当の一般人のはずだったのに。


 車は遠ざかっていく。「白ねぇ」と名を呼ぶが、首を振られた。


「気になる気持ちは分かるけど、今回は抑えて。私たちが今から向かうのは、市長選の打ち合わせだよ。アレは大事の前の小事。――取り掛かるのは、私たちじゃなくてもいい」


 総一郎は一拍おいて、白羽の言い分を飲み込んだ。それからJ、アーリに連絡を飛ばすと、即座に『分かった、向かうぜ』『了解、ヴァンプと合流して調査する』と返事がきた。


「……これでいいんだよね。俺たちは、打ち合わせに集中する」


「うん、ありがとう。総ちゃんも大人になったね」


「我がまま放題の白ねぇが良く言うよ」


「子どもの自分を殺さないまま大人になって行くのが、いい大人ってもんだよ」


 ニッと白羽は笑う。白ねぇの大物っぷりには負けました、と総一郎はお手上げのポーズを取った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] こんなに時間が経ってもどのキャラか直ぐに分かって性格も思い出せる位全部のキャラが立ってるの改めて凄いなと。 [気になる点] 炎って言えば行方不明のファイヤーピッグさん関連かな…? [一言]…
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