8話 大きくなったな、総一郎3
ナイの寝顔を、見つめていた。
夕暮れ。保護の後処置を終え、方々への連絡を白羽たちに任せて数時間。長くなってきた日が、それでも赤く没しようとする頃だった。
気を抜くと無垢な表情を見せてくれることは、少し前に知ったことだ。ナイの嘲笑は緊張と共にある。すなわち、様々な意味で総一郎に不釣り合いになることを怖れるが故の、不敵さだった。
「君は本当に、手のかかる女の子だよ」
総一郎はナイの額を撫で付ける。その、窓から差し込む夕日に赤く染まった額を。
それから立ち上がって、部屋を出た。拘束は敢えてしない。ここで寝首をかくなど、ありきたりでつまらないから。少なくとも総一郎は、ナイがそうすれば一種の失望さえ抱くから。
自分も随分、無貌の神の思考回路を理解するようになってしまったな、と自嘲する。
部屋を出ると、ローレルが厳しい顔をしてそこに立っていた。彼女は総一郎とすれ違うように入室する。恐らく総一郎の考えをアナグラム計算で解き明かし、拘束しないことを看破したのか。
「やってもやらなくても変わらないと思うけど?」
「ソーのその判断は油断と言うのです。この化け物への警戒は、してもし足りないということはありません」
とりつく島もない、と総一郎は肩をすくめ、ローレルを置いていく形で階下へと向かった。ちょうど到着した様子のJが、片手をあげて挨拶してくる。
すっかり狼の頭の姿に見慣れてしまった彼だが、今日は本来の黒人の少年の姿だ。抱えるほどの大きさだった彼を、今は総一郎が見上げなければならない。
「お、イッちゃん。体調はどうだ?」
「まぁまぁってとこかな。会議はここでやるの?」
「おう。そう聞いてるぜ」
「図書にぃ部外者なのに都合よく家使われてるよねぇ……。前のARFのパーティーでも二次会に使われてたし」
「異様に懐広いから、みんなして甘えてるところはあるな。ま、とっくにおれたちの素性には勘づいてるんじゃないか?」
「あー、なるほど。その上で聞いてこないって、そういうことなのかな」
「頭上がんねぇよな、ホント」
軽く会話しながら、二人揃ってリビングに入る。すでに白羽、シェリル、アーリ、愛見がそこに座っていて、ひとまずの幹部は総一郎とJを待つばかり、という態勢が出来上がっていた。
「二人とも来たね。じゃあ空いてるところ座って貰える?」
白羽の指示以外会話のない空間に、少年二人は少々顔を強張らせる。ひとまず総一郎は白羽の横、Jは愛見の隣に座ると、少しだけ空気が和らいだ気がした。
「拘束を済ませてきました。では会議を始めましょう」
剣呑な雰囲気と共に現れたローレルに、そんなことなかったな、と総一郎は思った。
「うん、じゃあ始めようか。ひとまず、会議場所がちゃんとあるのに毎回ここに呼び寄せることになってごめんね。今回はちょっと私を始めとして感情的になってしまいそうな面子がいるし、総ちゃんの体調も加味してここで開催させて貰ったよ」
「それに関しては問題ないぜ。多少個人的な話ではあるしな」
アーリのコメントに、白羽は「ありがとハウハウ」と礼を言う。
「じゃあ早速本題に入ろうか。議題は、数時間前に確保した、私たちの仇敵の一人とも言える、ナイ――無貌の邪神の化身の処遇について」
「処刑すればやぶ蛇になりかねません。一刻も早く追放すべきです」
ローレルの提案に、アーリが乗った。
「自動操縦の車両にくくりつければスムーズに行くと思うぜ。そのままインスマウスの波止場に突っ込んで、海の底に沈めてやろう」
そして白羽が決を取りにかかる。
「私もその案に賛成かな。じゃあひとまずこの案でいいかどうか決を取るよ。賛成の人は挙手して貰える?」
白羽、ローレル、アーリが鋭ささえある挙動で手をあげた。一方で、総一郎、J、シェリル、愛見が戸惑いがちにそれを眺めるのみ。
特に総一郎は、このやり手三人がナイ追放の急先鋒かぁ、とちょっと怯んでいる自分がいる。
「……過半数の賛成を得られなかったため、一旦この案は保留とします。不賛成の四人は、それぞれ意見を聞かせて貰える?」
白羽の顔つきは微妙に不機嫌さがにじんでいる。こんな顔中々見られないね、と総一郎は引き気味だ。
「つってもなぁ、あのちっこい邪神が今更ARFに潜り込んで大暴れ、なんてことは起こらないんじゃないか?」
そう言ったのはJだ。白羽とローレルの視線が同時に向けられ、やっと狼の生首をやめることの出来た黒人少年は「うお」と肩を跳ねさせる。
「なるほど、ミスタジェイコブはそう考えるわけですね? では、その根拠を教えていただけますか?」
「え、こ、根拠? あーっと、そういうのはちょっと分からないんだけどよ」
「なら、何ですか? あなたは邪神という大きな脅威を前にして、“何となく”大丈夫じゃないかと言い放ったと、そういう事ですか?」
そんでもって詰め方がえげつない。
随分な言いように、Jはたじたじだ。総一郎は少し嘆息して助け舟を出した。
「ローレル、ストップ。感情的になりすぎだよ。それに、純粋な亜人の直感っていうのはそれだけで結構侮れないから、考慮に入れるべきだと思う」
「侮れない、とソーが考える理由を教えてください」すっかり熱くなってるなぁ。
「これはちょっと前の話だけど、シェリルがノア・オリビア潜入の時に蝙蝠を数十体飛ばして順路を確保したことがあったんだ。そこで少し話して教えてもらったんだけど、シェリルは群体になった蝙蝠の感覚を一つ一つちゃんと制御している、みたいなことを言ってた」
「つまり、どういうことですか?」
「要するに、俺たち人間に比べて純粋な亜人っていうのは大きく認知の範囲が違うって事だよ。それが狭いか広いかは分からないけど、少なくともJは狼男である以上、俺たちよりはずっと嗅覚とかが優れてるはず。そういう無意識化の判断みたいなのは、大きな判断材料になる。違う?」
「……」
ローレルはしかめっ面になって、「分かり、ました。根拠として言葉に出来ずとも、一つの有意義な意見だったと認めます」と言う。
何と言うか、今感情的になってる面々が揃って理屈屋で良かったな、と思う次第だ。感情のままに「嫌いだから追放! それ以外認めない!」と言われるのが一番困ってしまうから。
「ちなみにJ。何でナイが暴れないって思うの?」
一応やんわりと蒸し返すと、「あー……言葉にするのは難しいんだけどよ」とJなりの考えを聞かせてくれる。
「この家で保護してるって聞いて一応警戒しながら入ったんだが、何つーか、今までにあのちっこいのに纏わりついてた嫌な力を感じなかったんだよな。狂気地区に蔓延してるあの感じって言って分かるか? ねっとりした闇っていうかさ」
「あ、それ分かる。ナイ、何か今日気持ち悪くなかったよね。ちっちゃい子そのままっていうか。少し美味しそうにすら見えたもん」
食いついたシェリルのコメントに、一同動揺である。「美味しそう……ですか~?」と隣に座る愛見が質問すると、「え、あいや、変な意味じゃなくてね」と弁解を始めた。
「私吸血鬼だから、亜人の形質が出てない人間を見るとまず美味しそうかマズそうかっていう判断があるんだよ。でも最近はソウイチのしか吸ってないから勘違いしないでね」
「それはそれでモノ申したい部分があるけど」
ぼそりと零す白羽に「やーい」と煽るシェリルである。この小さな吸血鬼も以前に比べて肝が据わったものだ。
「でも、これ結構貴重な意見じゃない? 純粋な亜人二人が、こうしてナイに何らかの変化を見出してる。これは無視できないと思うけど」
総一郎の反撃に、白羽はむっとへの字口だ。そこで、アーリが声を上げた。
「そうは言うけどよ、じゃあ対案はどうなるんだよ。アタシたちはおおよそ、『あの邪神を内側に抱えることは大きなリスクで、そのリスクを避けるためには、追放するのが一番コストが低い』って考えで案を出したんだ。何らかの変化があった、なんて漠然とした理由じゃ揺るがないぜ?」
流石長年カバリストとしてARFを支えてきただけあって、アーリの意見は地に足が付いていて反論が難しい。
そこで、愛見がそっと手を挙げた。一時期はノア・オリビアに離反していた彼女も、今は目の周りに包帯でなく眼鏡をかけ、おっとりと口を開く。
「あの、わたしから意見いいですか~?」
「うん、もちろん。愛ちゃんの考え聞かせてもらえる?」
白羽の首肯に、おずおずと愛見は続けた。
「わたしの考え……というかノア・オリビアで少なからずシスターナイ――邪神ナイと接した経験から推測、提案させてもらうんですけど~。その、邪神ナイを保護して観察下に置く、というのが追放よりもよりARFに利益があるのでは、と思うんですよ~」
「……続けて」
白羽の目が細められたのに居心地悪そうにしながら、愛見は説明を継続する。
「というのも、あの子単独ではそんなに脅威じゃないんですね~? マザーヒイラギにも言えたことですが、彼女らは個人では未来視や即効性と強度の高い精神干渉しか出来ません~。そして、未来視はイッちゃんと関わる限り無効化できますし~、精神干渉も精神魔法での防御が効きます~。強度は高いですが、抵抗できる面々も居ますので、問題はないかと~」
「つまり、アタシたちが過敏になるほどのリスクではないってアイは言いたいわけか?」
アーリの要約に、「そうですね~。ハウンドさんの言う通りです~」と肯定する。
「もちろん、驚異的な怪物を召喚する能力が彼女らにはありますし、それでなくとも頭がいいですから出し抜かれる可能性も十分考えられます~。けれど、それらは目の届かないところで脅威になるほど蓄積して、一息に強襲してくるから脅威なのでは、と思う訳なんですね~」
言われて思い出すのは、総一郎、J同時拉致事件だ。あの時ナイ筆頭のノア・オリビアは、ベルという爆弾をこちらに忍び込ませることでもって致命打を与えてきた。そしてそれは、種が割れていれば対策の難しくない攻撃でもあった。
「となると、監視下において悪さしようとするたびに細かく邪魔してやれば」
「わたしの考えでは、ほとんど無力化できるのでは、と思います~」
なるほどなぁ、とアーリは納得を示す。それから「そのついでにウルフマン、ヴァンプの言う変化ってのも調べられそうだな」と意見の反転を思わせる言葉を口にした。
旗色が悪くなるのは、白羽とローレルだ。
ローレルは目を伏せて、敗色濃厚な議論の流れの中で静かに黙していた。反論が思いつかない以上、自分の反発する感情を必死に消化しようとしているのだろう。克己。感情を理性でねじ伏せてまで、総一郎を助けてくれた彼女らしい、と思う。
一方で、白羽はあくまで考える姿勢を崩さなかった。総一郎のように顎に手を当ててむっつり考え込んでいる。
こういうとき、味方の白羽は頼もしい。逆に反対意見の今なら――つまり、そういうことだ。
「愛ちゃんの言うナイの能力って、本当にそれだけなの?」
その一言は、総一郎たちがすっかり信じていた前提を突き崩すものだった。愛見は、僅かな沈黙の後、「わたしが長期間共に過ごして見たのは、これだけですよ~」と答える。
「なら、手の内に隠した奥の手が残っていても不思議じゃないと私は思うよ。そういう事の繰り返しで少なくとも総ちゃんはウッドになっていたし、そのウッドに良いように翻弄されていたのがARFでしょ?」
鋭い眼光で一人ナイの保護案に反対する白羽に、一同は同時に口をつぐんだ。そこで、一人首を振る人物が。
ローレルは、「いいえ、何か隠した手があったとしても、奥の手と言えるものではないと推察します」と反論する。
「何故なら、彼女はソーと共に死ぬ、という最終目標を遂げる寸前で抵抗しきれなかったからです。私から強引にソーを奪い取ればすべてうまく言ったというのに、そんな状況でなお奥の手を隠し続けるメリットがありません」
―――それに、それで言えば奥の手自体はすでに発動されていました。
ローレルの返す言葉に、白羽は首を傾げる。
「……というと?」
「報告より知らされていた『人間として死ぬと内側から異形の怪物が出てきて暴れまわる。見るだけで強力な精神汚染を受ける』という性質は、恐らく死なずともある程度操作できるというのが彼女らの奥の手だと思われます。実際マザーヒイラギはそれで襲い掛かってきたのをミスタジェイコブが撃退しましたし、ナイがそれで反撃しようとしたのを私は言葉で封殺しました」
ローレルが味方に付いてくれる、という思わぬ展開に、総一郎は「おぉ」と感嘆の声を漏らした。記憶に新しい総一郎奪還を根拠にした反論は、鋭く白羽を論破したかに見えた。
が、白羽は珍しく腕を組み、「なるほど」と一旦頷いてからこう言った。
「ナイの、“土壇場の”奥の手はそれだけだって事だね。それは有意義な情報をありがとう」
総一郎は、その態度にしぶといとも、粘り強いとも思わなかった。
―――白羽は、子どものように意地になっている。
嘆息。それから、「白ねえ」と名を呼ぶ。それから諫める言葉を投げかけようとしたとき、隙をつくように「ねぇ総ちゃん」と名を呼び返された。
「総ちゃん言ったよね。亜人は認知の幅が人間とは異なっていて、それは大きな判断材料になるって」
「え、うん」
「なら、どうして私のことは考慮してくれないの?」
それに一拍間をおいて、総一郎は説明する。
「白ねえは人間とのハーフでしょ? 考慮してもいいけど、それで言えば白ねえと俺の認知で相殺できるし、追加で味方になってくれてる愛さんの意見分、こっちが有利になるけど」
「それは数の論理だよね。多数決。でも、亜人の種類で認知の幅の話をすればまた違った結論が出てくると思わない?」
「つまり?」
白羽は、こう提案してくる。
「狼男は嗅覚で大きく能力が高いし、敵の情報そのものを感知する能力は抜群だと思う。吸血鬼は夜の眷属だけあって、そういう神と敵対する魔の力ってものそのものを直接肌で感じられるから、ナイが多分何かの変化があったのは間違いないと思うよ」
でも、と続けた。
「天使の認知は、もっとメタ的だって話があったよね。カバリストが数字を介さないと得られない結果を言語化するまでもない感覚で得られる、上位カバリストだって話」
「じゃあボスは、あのちっこい邪神に変化があったのは間違いないにしろ、保護案だと結果的によくないことになる、って肌で感じたってことか? その、天使の上位カバリスト的な認知で」とアーリ。
「そういうこと。どう? ウー君たちの意見が無視できないなら、私の意見も無視できないと思わない?」
総一郎は口を引き結んだ。総一郎自身の論を則る形で述べられている以上、適当な反論では今までの議論全てを瓦解させかねない。一見正しいようにも聞こえる。
だが、何かがおかしいという感覚があった。こういう風に感じるとき、実際に何かを見落としていて、導かれた結論は間違っているものだ。
頭で納得させられても心が納得できていない。そういうとき、心の声は言語化できない段階で何か矛盾点を見つけている。
「……論点は、追放するか保護するか、だよね」
総一郎の確認に「うん、そうだね」と白羽は頷く。
「で、白ねえの反論は『ナイを保護するという案は、いずれナイの手でARFに不利益をもたらすんじゃないか』っていう天使の感覚を論拠としている」
「うん。整理ありがとう」
こういうとき白羽は豪胆だ。総一郎は、そんな彼女に反駁を始める。
「俺の個人的な憶測になってしまうけど、多分、ナイを保護すれば何か悪いことが起きる、っていうのは間違いないと思う。それは白ねえの天使的な直感がいままでARFを導いてきた功績から、俺も認められる」
だけどさ、と総一郎は疑問を呈した。
「それは、本当に“ナイの手によるもの”なのかな?」
「……それは、どういうこと?」
総一郎は唾を飲み下して、息を一つ落として説明する。
「ナイは、まず前提として『破滅すること』が最終目標として定められてる。これは俺と結ばれる形で毒を口に含んだことからも確定として扱っていい。でも、それはそれとして――ナイはその破滅に、俺を関わらせたがっている」
そこまではいいよね、と確認すると「まったく迷惑なことにね」と白羽から肯定が帰ってくる。
「で、ここからはナイの趣味嗜好的な話になってくるんだけど、ナイは俺の中で自分を大きくしようとしている節がある。独占欲っていうのかな。Jは分かってくれると思うんだけど」
「そういやあったなそんなこと。おれの言動を操って、イッちゃんがおれをどうでもよくなるように仕向けてたぜ」
「そうなんだよ。要するにちょっと独り占めしたがるわがままってことなんだけど……問題は、そんなナイが『保護されたのを裏切る』なんていういかにも嫌われそうな手を取るかなって」
総一郎の提示した問題に、白羽は眉をひそめて言う。
「でも、昔総ちゃんはナイに裏切られてなかった? 一人で衰弱していくところを寄り添われて、一番信頼したところでって」
「うん。裏切りは裏切りだと思う。けど、あのとき俺はナイを嫌いになれなかった。っていうのは、あの裏切りはまず俺がナイを好きになってなければ成立しないというか」
言葉に詰まる、たどたどしくも、総一郎は言葉をつなぐ。
「保護下の人物の裏切りは、軽蔑を伴うと思うんだ。それは、ナイに対する失望を含む。俺は人間心理としてナイから多少なりとも興味を失う。けど、あの裏切りは俺の中のナイを限界まで大きくした。俺はあの時、苦しい中でずっとナイが戻ってきてくれることを祈っていた」
その言いざまに、白羽は机の上に置いていた拳を握り、ローレルは勝ち誇るような顔になった。確かにその心の隙間を埋めたのはローレルだったけども、とちょっと総一郎は毒気を抜かれる。
「それからのナイの敵対行為だって、常に俺の、俺たちの度肝を抜いた。だからこうして揃って対策会議を練ってるんじゃないか。また大きなことをやってくるんじゃないかって、俺だけじゃなくみんなの中でナイが大きな存在になっているから」
つまりは、と総一郎は結んだ。
「ナイは、現実を舞台にした演出家なんだよ。ナイの催しは悪質だけど、必ず俺たちの予想を上回ってくる。保護されたところで裏切りなんて、そんな“つまらない”ことはしないよ」
「……じゃあ、私の感じ取った『良くないこと』は、どうなるの?」
「ナイの手によるものじゃないと俺は思う。ナイの変化から察するに、多分ナイを狙ったものなんじゃないかな。その意味で、ナイは加害者じゃないし、保護して然るべき相手になると思う。白ねえだって、警察から逃げ延びてきた亜人を、リスクを承知で保護するでしょ?」
「警察から逃げてきた亜人とナイは全然別だよ、そもそもその義理がない。っていう問答は、細かいから今はさておくね。――総ちゃん」
白羽は、総一郎をまっすぐに見つめて言う。
「私は総ちゃんが何よりも大切だから、厳しいことを言うよ。総ちゃんの言うそれは、誇大妄想だよ。こんな短い時間でそれだけのシナリオを作れたなんてって褒めてあげたいくらい。例えそれが真実だったとしても、現状では総ちゃんの話に根拠が薄すぎて話にならないの。私は、総ちゃんの命も、私の命も、ARFのみんなの命も、そんな与太話には賭けられない」
全否定か、と総一郎は苦笑いだ。しかし、そこでシェリルが「私はソウイチの話、割と納得できるけどな。確かにナイにはそういう変な信用があるし」とコメントを挟んでくる。
総一郎と白羽の対立は、こうして向かい合う時間が長引けば長引くほど凝り固まるような気がしてくる。そして、それを吟味するように見つめる周囲。
「……この手の議論は全会一致が望ましいのですが、難しいようなので一時的な猶予を設けるか否か、で決を採りませんか?」
提案したのはローレルだった。ようやく矛の納めどころを見つけたと、姉弟は揃って緊張を緩める溜息を吐いた。
「では、邪神を一時保護し、その期間内に見極めるという案と、即自追放するという案の二つをここに提示したいと思います。一時的な猶予を設ける案に賛成の方は挙手してください」
筆頭として総一郎が、続いてシェリル、アーリが手を挙げ、最後にローレルが手を挙げた。総一郎は賛成派の変動に目を見開く。
「白ねえは分かるけど、Jと愛さんも反対するの?」
「すまねぇ、イッちゃん。ちょっと分からなくなってきた。おれの勘ではあのちびっ子はかなり安全に近いと思うんだが、よくよく考えればシラハさんの言う通り義理がねぇ」
「わたしも、考える時間が欲しいです~。追放案に賛成というより、わたしは今回どちらにも賛成しません~。白ちゃんが慎重になりすぎるのも、分かりすぎるくらいですし~……」
それぞれがそれぞれの判断で、ナイに対して思うところがあるのだろう。分かっていたことだ。ナイは総一郎以外の面々にとって仇敵である。そう易々と受け入れられるはずもない。
「じゃあ、決定だね。ナイは一時観察。その期間にどうやって見極めるかは、休憩の後に話そう? 私、ちょっと外の風にあたってくる」
この場の冷え切った空気から逃れるべく席を立った白羽に、総一郎は何も言えなかった。Jも「一旦頭切り替えてくる」と部屋を出ていく。
「じゃあ、十五分後に再集合ね」
白羽はそう言い残して、姿を消した。総一郎は下唇を数秒噛んでから、ナイの様子を見に席を立つ。