7話 死が二人を別つまでⅩⅩⅩ
マナミと共にやってきたJが呼び鈴を鳴らすと、すぐに扉が開いた。怖いオニの仮面を頭の横につけたズショがにやりと笑って、「おう来たな悪ガキども」と家の中に招き入れてくれた。この人は昔から変わらないな、とひそかに安心感を覚えたのはこの頃からか。
家の中に入ると、オールドタイプの据え置きゲーム機(VRじゃない奴)で、オタフクとかいう面を顔の横につけたズショの妹ことセイと、シラハがムキになって対戦ゲームをしていた。
「白羽! もうお前は終わりだ! さぁ、辞世の句を読め!」
「ぐ、ぐぬぬ、まだ小学生にもなってないお子ちゃまに、負け、負けて、たまるかぁああああ!」
そのように叫びながらガードを破られ場外までキャラを吹き飛ばされたシラハは、口をあんぐりと開けて真っ白になっていた。一方勝利を飾ったセイは両手でガッツポーズを決め、そのままズショの腹めがけて突撃。
「お兄ちゃん勝ったぞ。ご褒美をくれ」
「お前こんなちっちゃいのに何させても上手くやるよなぁ。ほれキャンディー」
「お兄ちゃんはよく妹のツボを押さえている」
受け取った飴玉の包装をぴりと破り、口に放り投げては至福の表情。この兄妹は見ていて和むなぁと思いながら、「お邪魔します」と存在をアピールした。
「お、来たね来たね。ささ、次の私の相手を務めてくれたまえよウー君」
「シラハさんクソ弱いのにゲーム好きですよね」
「遊ぶこと全般が大好きです。ウー君の次は愛ちゃんね!」
「あ、一対一なんですね。分かりました。じゃあそれまで清ちゃんと一緒に遊んでます」
「愛見は子供心の分かるいい奴だな。私のチョコを少し分けてやろう」
「わたしはいいですから、全部清ちゃんが食べて?」
「女神……!?」
この子言葉使い硬いのに場がめっちゃ明るくなるな、と思いつつ、Jはシラハの横に座ってコントローラーを持った。シラハがひそやかに音魔法をかけたのに、変身せずとも他人より耳のいいJが聞き逃すはずがなかった。
「――愛ちゃん、最近どう?」
「カエルの死体蘇らせた話は、前しましたよね」
「うん、聞いたよ。それから何か進展とかは?」
「蛙に続き体が半分腐ったネズミに成功しました。今は保健所で出た犬の死骸で試行錯誤してます」
「いずれ人間にたどり着いちゃいそうだね。ちょっとその辺りは怖いけど、まだ様子見ってとこかな。無理に取り上げても気力ごとなくなっちゃいそうだし」
「かなり熱中してはいますね」
「だよねー」
シラハは乾いた笑いを漏らした。カチャカチャとキャラクターを選び、対戦開始。しかしお互いに本気で勝とうとはしていない。シラハは息を吐き、しばらく気の無い動きでキャラクターを動かしながら、言った。
「愛ちゃんの両目、取り戻したよ」
Jは、口を引き結んだ。きっと、喜ばしいことだったろう。だが、諸手を上げて喜ぶには事態は複雑化しすぎていた。
「好事家のね、亜人を“飼ってる”奴がいて、そいつから取ってきたの。呪術と妖怪の組み合わせが天才的だとか何とか、腹の立つことまくし立ててた」
「その、それで」
「ひとまず、結論から言うね。取り戻した両目は結構状態が良くて、お医者さんがいくらかいじれば愛ちゃんに返してあげられるかもって。一応眼鏡とかで補正する必要がありそうだとは言ってたけど、これで愛ちゃんは顔の両目で物を見られるようになる」
「それは、よかったと思います。とうとう復学が近くなってきましたね。……それで」
「うん。お察しの通りここからが肝心。――愛ちゃんが何してたのか分かった。そいつかなり呪術について研究してたらしくってね、始末つける前に色々聞きだしたんだ。愛ちゃんの手の目と、邪眼の呪術。日本ネイティブの亜人と神秘の組み合わせが、どんな効果をもたらしたのかって」
シラハは、熱心にプレイする風を装って、淡々と告げた。
「視界に入れたものに対する強力な干渉。愛ちゃんの呪術は、根本的にそう言った効果を持つって」
「干渉、ですか」
「かなり雑な説明だけどね。今愛ちゃんが勤しんでるのも、その一環。つまりね、愛ちゃんは今、死を見ようとしてるの。見て、干渉しようとしてる」
かつてマナミが言っていたことを思い出したのを覚えていた。「見るは、捉える。すなわち捕らえる」。万能の力だ。全能ではないにしろ、あらゆる物事に通じていた。
「目を付けられたのはね、偶然その情報が漏れちゃったからなんだって。それで亜人を人とも思わないクズどもが、金になるって拘束して両目をくり抜いたの。手の目の意味も分からない馬鹿どもだったけど、それでも裏オークションでかなりの値になったみたい」
「この街って、そんなのあったんですね。知りませんでした、おれ……」
「所詮こっぱギャングたちの日銭稼ぎだよ。近い内に潰す算段ついてるしね。ただ、愛ちゃんのご両親が地味に力を持ってるからって、鉄砲玉に放火させて全部有耶無耶に、っていうのが事件の全貌みたい。そのお蔭で日本人の有力者たちから情報集めるの楽だったよ」
人を苦しめた奴には、報いが必要だよね。シラハは表情こそゲームに集中していたが、瞳にはやはり仄暗い炎を宿していた。その恨む気持ちはJも同様だ。だが手は下された。他ならぬマナミの目でもって。
こうして語る今でも、あの時ギャングを虐殺したマナミには背筋が凍る。
「マナさんが」
Jは、問いかけていた。
「マナさんが、いずれ、近い内に生と死を見たとしたら、どうなりますか。おれ、今更怖いなんて言いません。傍で支えます。でも、……不安です。おれ一人じゃ、力が及ばないかもしれないって」
シラハは、しばらく黙っていた。カチャカチャとコントローラーを操作して、Jのキャラを追いやろうとし始めた。慌てて対抗するとあまりの弱さに一瞬で形勢逆転し、改めてシラハの弱さに苦笑してしまった。
「ウー君は笑ってるのがいいよ。今みたいにね」
シラハが焦りの表情をしながら、必死に画面内で飛び回った。だが、言葉紡ぐ声はひどく落ち着いていた。
「焦らなくていいよ。愛ちゃんを支えるウー君を、私が支える。私だけじゃないよ。ヒルディスさんだって、ウー君のおばあちゃんだって支えてくれる。何ならズーチンだって、清ちゃんだって力になってくれるはずだよ。でも、それはウー君に余裕があるから。助けての声をあげられない人を助けるのは、難しいから」
愛ちゃんがそうでしょ? シラハの言う通りだと思った。マナミは助けを求めない。自分の力で何とかしようとして、無理をして、呪術という神秘で自分の精神に干渉してしまったほどだ。
「愛ちゃんの死者蘇生も、直接知ってるのはウー君だけだよ。つまり、愛ちゃんが助けを求められるとしたら、それはウー君だけ。近くにいてあげて? 辛いときは私でも誰でも頼ってくれていい。でも、愛ちゃんが今頼れるのは、多分ウー君だけだから」
シラハの必死の抵抗を、Jは容赦なくかっ飛ばした。シラハはそのタイミングで音魔法を解き、「あー! いやぁーー!」と叫んで背もたれに倒れ込んだ。本当に演技の上手い人だ、と思った。どこまでが本心なのだろうと考えることがある。だが、きっとその善意だけは本物だ。
「Jくん。次わたしがやってもいいですか?」
近づいてきたマナミにコントローラーを手渡した。シラハが「もうっ、誰にもっ、負けない!」と涙目で吠えるのを、「いえいえ、白ちゃんにはまだまだ負けてもらいますよ」とマナミは悪戯っぽく返した。
来てよかった。そう思った。まだ死者蘇生にこだわる彼女ではあるけれど、その合間でもこうやって友達と遊ぶことが出来る。なら、きっと。きっと耐え抜くことは出来るはずだと。
だが、死だ。彼女が抗おうとしているのは、この世でいったい何人が逆らえたかも分からない、死という万物の終焉だ。
「……笑えよ。おれには、味方がいくらでもいるだろ」
不安にしおれかけた心を、言葉で無理やりたたき起こした。負けるわけにはいかなかった。だからJは、ゲームでマナミにボコボコにされるシラハを「ホント弱いなシラハさん!」と笑った。
「うるさい!」と叱る声が、何だか頼もしかった。
ゾンビに捕獲されてむすっと運搬されていると、慌てた様子のマナミが走り寄ってきた。
「あ、じぇ、Jくん……!」
ゾンビからウルフマンを受け取って、震える手で強く胸に抱く。そんなマナミの様子に流石にウルフマンも下世話のことは言わず「え、どうしたんだよ」と尋ねた。
「捕まり、ました」
「誰が、何に?」
マナミは過呼吸を起こしていて、言葉を明確に告げることすら難しいようだった。それだけの緊張の中で、辛うじてこの単語だけを、彼女は絞り出した。
「白、ちゃんが」
ウルフマンは、息をのむ。
「白ちゃん、が、とうとう、ノア・オリビアに、捕まり、ました」
マナミに抱えられて会議室まで赴いたウルフマンは、ボロボロになって倒れ伏すシラハの姿を捉えた。
「あら、今度は耳ざといですわね、狼さん。我が聖女も、愛らしい吸血鬼の時とは違ってフットワークが軽いですこと」
言葉を紡いだのは、マザーだった。彼女は優雅な椅子に腰かけながら、横たわるシラハの体を足置きにしていた。服を血や焼けこげた痕に汚すシラハは、マザーが足で小突くたびに小さなうめき声を上げる
「やっぱり元上司に比べ、関わりの少ない同僚では重要度が違うという事かしら? けひ、吸血鬼のお嬢様が可哀そうとは思いませんの?」
カッ、と視界が赤黒く染まるようだった。しかしウルフマンは、噴出しそうなる怒りを理性で必死にかみ殺す。一方で、問われたマナミは手の目を瞠目してから、鋭い視線でマザーを貫いた。
「あの時の反省を活かして、ゾンビたちにノア内部の情報を集めさせるようにしたんです。マザー・ヒイラギ、わたしはあなたがシェリルちゃんにしたことは許していませんから」
「あら、そう」
マナミの抗議をさも無関心であるかのように相槌を打ってから、マザーは隠しきれなかったかのように、けひ、と嫌らしい笑みをこぼす。それから方針を変えたようで、とうとうとマナミに嫌味を言い始めた。
「まったく、あなたはとうにこのノア・オリビアの幹部であるというのに、まだ古巣に未練があるようですわね。浅ましい、と表現せざるを得ませんわ。あの時誓ってくれた忠誠は一体何だったんですの?」
「それとこれとは話が別です。組織の長だからといって、部下の友人をどうこうする権利が認められるわけがありません」
「そうですの? でも、我が聖女」
マザーは、けひ、と嗤う。
「この天使は、普通には“殺せませんよ”? それだけで、あなたにとっては不都合な存在なのでは?」
「……それ、は」
マナミは言葉に詰まる。震えが目を覆う包帯の余りに伝わって、ウルフマンの横で微動している。その様子に、ウルフマンは口を挟めなかった。まだマナミには、謎が付きまとっている。
「まぁ、どうせARFの頭目の処理は、あなたの管轄ではありません。わたくしが責任をもって尋問にかけ、残党の情報を手に入れますわ」
「そんなッ、白ちゃんに酷いことしないでください!」
「酷いことをするなんて一言も言っていないでしょう? わたくしはただ、尋問にかける、と言っただけです。もっとも、抵抗が頑なであったなら、それ相応の手段には出るでしょうが」
けひ、とマザーは嗤う。けひひ、と心底可笑しげに肩を揺らす。その姿を、信じられるものか。疑わないでいられるか。
――だが、ウルフマンたちに、マザーを止める手はない。
「ほら、そろそろ起きなさいな。いつまで寝ているつもりですの?」
マザーはシラハの真っ白な髪を乱雑につかんで、力任せに持ち上げた。シラハが顔をしかめながら、薄目を開く。
「ん、え、愛ちゃん……? それに、ウー君も」
シラハ、さん、とウルフマンは呼ぶ。し、白ちゃん、とマナミは唇を震わせる。
「どうも久しぶりでございますわね、ARFの頭目、ブラックウィング様。わたくしはノア・オリビアの創設者、マザー・ヒイラギですわ」
「あぁ……これはご親切にどーも。私はシラハ・ブシガイト。名乗るまでもないと思うけど、礼儀として自己紹介させてもらうね」
「あら、これはこれはご丁寧に。こんな状況でも動揺の一つもないのは、流石ですわね」
嫌らしい笑みでもって、シラハを持ち上げるマザー。それにシラハは目を据わらせ、核心を突いた。
「……あなた、私にキレる理由を探りながら話してるでしょ。殺気、隠せてないよ。んー、褒めたのを素直に受け取ったら傲慢だって殴る。謙遜したら称賛を素直に受け取らず生意気だって言って蹴り飛ばす。そんなところ?」
「――! へぇ、あなた、面白いですわね。そんじょそこらの愚物とは訳が違いますわ」
「あらゆる人には向き不向きがあるだけだよ。私の場合、みんなの心の主柱になることが役割だから。だから私は揺るがないしへこたれない。殺しても死なないしね」
まるで、もう全部調査済みでしょ? と言わんばかりの肉薄だった。物理的には考えるまでもなく追い込まれているというのに、精神的な余裕を崩す素振りすらない。それにウルフマンたちの心は頼もしさに落ち着き、
「でも、痛みはあるでしょう?」
マザーは、強くシラハの耳を掴んで引きちぎった。シラハは悲鳴をすんでのところで飲み込むが、やはり痛みのあまりすぐに言葉を返すということは出来なかった。ウルフマンは体を失ったことすら忘れて飛び出ようとし、それを震えるマナミの腕が押し込める。
「放せ! マナさん、邪魔すんじゃねぇ! おれは、こいつを、引き裂いてやらなきゃならねぇんだ!」
「Jくん! 今のあなたにそんなこと出来ないでしょう!? 落ち着いて! 落ち着いてください!」
二人の様子を見て、マザーはけひけひと高笑いを上げた。今まで感情を表に出さなかったウルフマンの激怒が酷く可笑しかったのか、ニタニタと笑いながら顔を近づけてくる。
「狼さん。やっと、やぁっと、あなたの顔が歪む様を見ることが出来ましたわ。あぁ、堪らない。あなた、わたくしの見立て通りとってもいい表情をするんですのね。いい。とてもいいです」
お礼をして差し上げます。とマザーは狼の眼前に千切ったシラハの耳を差し出した。何だ、と思うとマザーは気味の悪い声の羅列を述べる。
顔が、自由に動かなくなる。
「な、ぁ、が」
「ほら、あーん、ですわ。お口を、お開きになって?」
その指示に、マザー以外の誰もが蒼白になった。意思とは無関係に開く口に、ウルフマンは震えだす。それを制止しようとしたマナミも、マザーの妙な所作に動けなくなった。
「はい。あなたの敬愛する頭目のお耳ですわ。よく味わって食べなさい」
シラハの耳を舌の上に置かれ、ウルフマンの口はゆっくりと閉じられた。そして、ウルフマンの口は勝手に咀嚼を始める。コリコリとした触感、血の生臭さ、それ以上に尊敬するボスの体を食べているという事実に、ウルフマンの精神は瓦解を始める。
「けひ、けひひひひひひ! あぁ、涙を浮かべるほど美味しいんですのね! 嬉しいですわ。じゃあ、もう半分も食べさせて差し上げませんとね」
マザーは振り返り、シラハへと立ち返る。その頃にはシラハは気丈さを取り戻していて、冷静で鋭い目でマザーを睨みつけていた。
「けひ、不服そうな面持ちですわね。何か言いたいことがあって? あなたはARFの残党狩りのための重要な参考人。残る幹部である猟犬さんと、行方知れずのお豚さんの場所を教えてくだされば、もしかしたら少しは便宜を図ってもいいかもしれません」
「……ねぇ、そんな風に私をイジメて、本当にいいの?」
「けひ、何を言っているのか分かりませんわ。わたくしとあなたは完全な敵対勢力。意味のない揺さぶりに引っかかるほど愚かだと思って?」
「だって、そうでしょ。私をイジメたら、嫌われちゃうよ」
「嫌う? わたくしが誰かに嫌われることを怖がるとでも――」
「――ナイ。私がイジメられてるのを黙認したってバレたとき、総ちゃんはあなたをどんな目で見るんだろうね」
闇の中で、揺らぎが起こった。気づけばそこにはウルフマンの次の小柄な少女が立っていて、冷徹な目をしながらマザーの手を掴んでいた。
「あら、シスターナイじゃありませんか! どうしたんですの、我が同胞。まさかとは思いますが、わたくしの行動をお止めになるつもりですか?」
「もちろんだよ。だって君の行動は、ボクとボクの愛しい『祝福されし子どもたち』の仲を、引き裂こうとしているのに等しい。これは、天上の“彼”に対する反逆と認識したって問題はないんだよ」
「あらあら! それはそれは、あなた、随分あの殿方に入れ込んでいたんですのね。けひ、なるほどなるほど、そりゃあ無貌の神が望むのは自身の破滅ですもの。何かにお熱にならなければ、破滅も何もないという事ですわね」
気に食いませんわ。マザーは冷酷な声音でもってナイの掴む手を振り払う。
「わたくしが好きなようにして構わない、と言ったのはシスター、あなたでしょう? 今更横やりを入れられても困ってしまいます。それとも、シスター、あなたが代わりにわたくしの慰み者になってくださいますか? 同胞の苦しむ様を演出する、というのは倒錯的で、それならばわたくしは喜んでこの天使を投げ出しますけれど」
「そんな訳ないじゃないか。ボクだって白羽ちゃんがボクの足元見てこなきゃ助け舟なんか出さなかったよ。もともと彼女は憎い恋敵だ。本来なら拷問の末に死んだって、何ら構わないんだよ」
でもね、とナイはケタケタと嗤う。
「分不相応にもボクの足元を見てきたんだ。それも、ボクが最も愛する総一郎君の名前まで出して。そんなの、許せるはずがないだろう? でも彼女の言う事は確かに事実で、今、白羽ちゃんをイジメるのは得策じゃないのも本当なんだ」
「……何が言いたいんですの?」
「時期じゃないってことさ」
ナイはウルフマンの口を開き、ぐちゃぐちゃになったシラハの耳を回収する。
「ボクから君に伝えたいのは、機が熟するのを待って欲しいという事だけだよ。だって、準備はほとんど完成しているのに、寸前でケチが付くなんて嫌じゃないか。どうせボクも総一郎君も死後永遠の愛を誓いあって地獄に落ちていくんだ。それに君のお楽しみは、その方が映えるだろう?」
ナイはシラハへと歩み寄る。耳はいつの間にかナイの手の中で元通りになっていて、それを軽くあてがうだけでシラハの耳は治癒していた。静かな支配。穏やかな狂気。ナイは、マザーとは違い結婚式を間近に控えた新婦のように微笑む。
「明後日。式の準備はほとんど整った。だから明後日、ボクと総一郎君は永遠の愛を誓いあう。ボクはね、それを白羽ちゃんに見せつけたいんだ。総一郎君が完全にボクのものになって、ボクも完全に総一郎君のものになるところを、白羽ちゃんにこそ見てもらいたい」
耳を治した手をそのままに、ナイはシラハの頬を撫でつけた。シラハは先ほどとは打って変わって戸惑いを隠せなくなっている。ウルフマンたちには伺い知れない何かが、そこに決しつつあるように見えた。
「マザー、君のお楽しみは、きっとその後の方が楽しいよ。だって、そこにはもう総一郎君は居ない。シラハちゃんはきっと面白いように泣き叫ぶよ。死ねない体に弱った心。これほど君好みの物もないだろう?」
「……けひ、けひひひひひひッ。あぁ、流石は先達と言ったところですわ。やはり同胞というものは、理解者というものは、何物にも代えがたいものです」
分かりました。とマザーは頷いた。それからまたシラハの髪を乱雑につかみなおしてにこやかな笑みを浮かべる。
「では、激しくイジメることは、今はしないでおきます。ひとまずは適当な小部屋にでも入れておきますわ。それでいいんでしょう? シスターナイ」
「うん、それでいいよ。あまりつまみ食いはしないように」
「えぇ、えぇ。シスターが怒り出さない程度に収めておきますわ。では、ごきげんよう」
挨拶をして、マザーはシラハの髪から本人を引きずる形で会議室を後にした。すぐに自動ドアが閉まって見えなくなってしまう二人を見送るウルフマンとマナミ。ナイは一つ欠伸をしてから、置いていかれるばかりの二人に小さく詰った。
「君たち、何の役にも立たなかったね。やっぱり総一郎君がいなきゃ、一般人なんてつまらないや」
愛ちゃんは大人しく自分の仕事をしていなよ。それで君の目的も果たせるんだからさ。
小さな邪神はそう言い捨ててその場を去っていく。残された二人は、ただ、無力感をかみしめる以外に何も許されてはいなかった。




