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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
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7話 死が二人を別つまでⅩⅩⅨ

 それ以降、マナミの様子が明らかにおかしくなり始めた。


 勉強もだいぶ追いついてきて、いくらか学校とのやり取りを重ねれば復学も出来るという段階になりつつあったその頃、マナミは勉強への熱心さは失せて、違うものに興味を示し始めていた。


「……マナさん。それ、何やってんだ?」


 ある昼下がり。祖母が用事で出かけていて、家にはJとマナミしかいない時だった。彼女はケージの中に死んだネズミを入れていて、手の目でじっとその様子を観察していた。


「先日、ギャングの皆さんを殺したじゃないですか」


 Jの問いかけに、マナミは手の目だけをJに向けて答えた。目を失った顔は、ケージに向いているとも言えない曖昧な場所で固定されていた。


「ああ。……それで?」


「その時に、少し気になったんですよ。生きてることと、死んでることって、どのくらい差があるのかなって」


「どのくらいって、そんなの滅茶苦茶大きな差だろ」


「滅茶苦茶大きな差って、何ですか?」


「え、いや、そりゃ」


 Jは死についてそれ以上考えたことがなくて、答えに詰まってしまった。身内が死んでいるのならいざ知れず、Jは離れ離れではあるものの家族の死を体験したことはない。


「わたしをあんなに苦しめたギャングの皆さんは、わたしの邪眼であんなにあっさり死にました。……あの時、不思議に思ったんです。死って何なんだろうって。何ていうか、止まってるだけじゃないですか、あれ」


「止まってたら、また動かせるだろ? でも、死んでたら動かない。だから死んでるのと止まってるのは別だと思うけどよ」


「本当にそうなんですか? 少し面倒なだけで、動かしたらまた動き始めるんじゃないかって思うんですけど」


「……頭でも打ったか?」


 話が段々よく分からなくなってきて、マナミが先日の大量殺人の衝撃で正気を失っているのではないかと疑った。だが彼女は「打ってませんよ」と淡々と答える。


「わたしが思うに、生きてるっていうのは、動き続けていることだと思うんです。自転車って漕いでいるときは全然倒れないのに、止まっていると簡単に倒れてしまうような。飛行機みたいに、飛んでいるから飛び続けられるというか」


「動き続けているから、死なないでいられるってことか?」


「はい。ギャングの皆さんの時は、殺すってどういうことか分からなくて、ひとまず全員の時間をピタッと止めたんです。でも、それだけで血を吐いて全員死んでしまいました。白ちゃんの話では、血流が急に止まったことで血管の様々なところに圧力がかかって、心臓や血管が破れての大量失血が直接の死因だとか」


「止まったから、死んだってことか」


「はい。それで、思ったんです」


 手の目の視線が、まだケージの中のネズミに向かった。


「止まってるものを、こちらで循環するように動かしてあげれば、生物ってまた生き返るんじゃないかって」


「……いやいや、そんな簡単な話じゃないだろ」


「何でですか?」


「いや、おれは分かんねぇけどさ。でもそれで人が生き返るんなら、科学技術でとっくにそういう事が出来るようになってるんじゃねぇの?」


「つまり、分かんないってことですよね?」


「え、お、おう」


「なら、試してみるまではやる価値がありますよ」


 マナミの手の目が、怪しい光に帯びていた。その指先が、繊細な手つきで何かをつかみ、くるくると円を描く動きをした。くるくると、くるくると。その光景は、異様だった。


「あの、マナさん? 何してんだよ。何かその、それ、気持ち悪いからやめないか?」


「体の中の止まっていた血を回してみたんですが……」


 何が足りないんでしょう。とマナミは首を傾げた。Jはしかめ面でネズミを見て、人間の姿ではどんな変化があったのか分からないと判断した。かと言って、わざわざ狼男の姿になる気も起きなかったが。


 ひとまずJは、気味の悪さを感じつつも率直に意見していた。


「どっかで聞いたけどさ、そもそも生物って脳からの電気信号で動いてるんだろ? 血だけ回しても意味ないんじゃ」


 首と手の目が同時にJに向いた。マナミの、顔の両目が失われる以前のような所作だった。彼女は手の目をパチパチとまばたきさせてから、何度かしきりに頷いた。


「なるほど、なるほど。じゃあ、知識不足ってことですね。ありがとう、Jくん。ちょっと図書館で本借りてきます」


「ああ、ちょっと! 外出るならいくらか服に気を付けろって! じゃないと亜人だって通行人にバレるぞ!」


 ――そんなやり取りがあってから、マナミは科学系の読み物にどっぷりとハマり出した。本を読んではどこかから手に入れた小動物の死骸を前ににらめっこし、また首を振って本を読みだす。


 死骸を見つめうんうん唸っている様子にはいつまで経っても慣れなかったが、それでもその頃には電気を消して寝られるようになったし、急に精神状態を崩すようなことはなくなっていたから、Jと祖母はマナミなりに熱中できることを見つけたのだと思っていた。


「マナさん。今日もずっとやってんな」


 いつもように死骸を前にしているマナミに、Jは気軽に声をかけた。学校から帰宅しての、夕飯前。日が暮れ始めた頃だった。


 以前と違うのは、机に積まれた蔵書の山と、ケージの中に生物がいることだった。蛙が、生きているのと死んでいるの、それぞれ一匹ずつ入っていた。


「何かだんだん本格的になってきてないか?」


「やっぱり、見比べないと分からないことって多いですから」


「そっか。そうだな」


 Jは頷いて、荷物を隅においてからマナミの横に座った。椅子の背を前にして、背もたれの上に顎を載せるような体勢だ。


「……Jくんって、優しいですよね」


 唐突なマナミの誉め言葉に、Jは反応遅れて「んっ?」と声をあげた。彼女は少し笑って続けた。


「だって、ずっとわたしの傍にいてくれるじゃないですか。わたしなんて白ちゃんに比べれば別に可愛くもないですし、目を失ってからずっと変なことばかりしていて」


「かれこれ結構長い付き合いになるしな。日本語で言う、縁って奴なんだろ、きっと。にしたってマッドサイエンティストみたいな真似を延々としてんのはちょっと困ったけどよ」


「それでも、離れていきませんでした。今も慣れた風で近くにいてくれて。……今まで気づかなかったことが申し訳ないくらい、ありがたいことだなって思ったんです」


「改めて礼を言われると、どういう反応したらいいのか分かんねぇよ」


 顔をもにょもにょさせながら、Jは後頭部を掻いて誤魔化した。それから、話をそらしにかかった。


「つーか、何で今それに気づいたんだ? きっかけでもあったのか?」


「……はい。理論が完成して、試して、成功して、不意にJくんにわたし、支えられてきたんだなって」


「成功って、何が?」


 問い返すと、マナミは顔をこちらに向けて笑い、手の目をケージの中の、ひっくり返った蛙の死骸に向けた。


「見ててください」


 静電気の、爆ぜるような音がした。途端蛙はひょこひょこと足を動かし始め、自発的に起き上がった。


「……は?」


「ふふふ、すごいでしょう? 脳の生き死にとか、電気とか、その他いろいろ大変でしたけど、小動物なら生き返らせることが出来るようになったんですよ」


「え、いや、……マジか」


 Jに出来たのは、それだけ言って絶句するのみだった。だがその反応を求めていたとばかり、マナミは機嫌よく語り始めた。


「とはいっても、まだ新鮮な小動物じゃないと出来ないんですけどね。肉が腐ってたりするとまたその部分の再構築から始めないといけないですし、脳がもっと大きい生物だと脳細胞の再駆動の仕組みが複雑になりますから」


 内容は謙遜だが、逆に言えばそれらの知識と理論を組めばいずれは可能といっているようなものだった。Jは唾を飲み込み、戦慄するしかなかった。そして、こう尋ねたのだ。


「なぁ、マナさん。その、何つーかさ。……それで、何をしようとしてるんだ?」


 マナミは、包帯を両目に巻き付け、思惑の分からない顔で微笑んだ。













 夢の中、ズショの家のリビングをイメージして構築された空間の中で、イッちゃんはこう語った。


「ローレルはね、普通の子だったんだ。能力もあったし、とても善人だったけれど、それら全部ひっくるめても普通の領域に収まる。そういう子だった」


 そのように語るイッちゃんは、とても愛おしそうに机の上で握り合う手を見つめていた。声のトーンは落ち着きつつも朗らかで、ローレルという少女への接し方が想像できるようだった。


「その意味で、他人からの印象はローレルと愛さんは共通していたんじゃないかなっていうのが、まず一つ。つまり、他人から見るとごく有り触れた少女でしかない、っていうこと」


「でもマナさんは実際に接してみると全然普通じゃねぇぞ」


 ウルフマンの抗議に「もちろん分かってるよ」とイッちゃんは苦笑する。


「傍から見る二人と、友人として、それよりももっと親しい存在として接する二人は別物だ。俺は白ねえにも負けないくらいローレルを魅力的だと思っているし、ある意味でナイと同じくらい怖いとすら思ってる」


「怖い?」


「うん、怖い。何ていうかね、底が知れないんだ。さっき俺は、ローレルは普通の女の子だって言った。白ねえみたいなすごい人じゃない。ナイみたいに脅威的でもない。でも……振り返るとどこか底が知れなくて、ローレルの全容は結局掴めないまま突き放してしまった」


「その底が知れないってのが、マナさんみたいな『理想の自分になる』っていう話に繋がんのか?」


「うん。ローレルの強すぎる克己心は、当時仲がいいとは言えなかった俺をローレルに救わせて、甲斐甲斐しく世話をするにまで至った。仲良くなってから聞いたら、びっくりしたよ。『ボロボロになった人を、例え好ましくない相手でも、見捨てるような自分を許せないから』って」


「なるほどなぁ。確かにそのちょっと強迫観念っぽい感じ、マナさんのに似てるかもしれねぇ」


 と、そこまで話して違和感に気付き、尋ねる。


「んん、と、そのローレルって子はイッちゃんのこと忘れてるんじゃなかったか? 再会した話は聞いたけど、何で突き放したんだよ」


「……ローレル、破壊したはずの記憶を俺経由で完全復元したんだよ」


「悪い、意味分からん」


「俺も分かんなかったよ。普通にパニックだったよあの時」


 真顔なイッちゃんにウルフマンも困り顔だ。根本ノア・オリビアでは無表情で過ごしているウルフマンだが、親友相手に妙な話をされれば困惑をあらわにすることもある。


「普通の子だって認識していたし、実際その時になるまでは離れ離れになる前と何も変わらないとすら思っていたんだ。けど今思い返すと、昔から変なところで驚かせてくる人だったなって。さっき言った克己心といい、カバラの計算速度が異様だったとか、細かいことだけど底が知れないって、そんな風に」


 底が知れない、とウルフマンは口の中で反復する。そして、その特徴をマナミに当てはめる。確かに、何処かつかみどころのない部分があったように思う。けれど、それはマナミの一部においてだけだ。


「確かに、マナさんも普通に見えて底が知れない部分はあったな」


「というと?」


「マナさんさ、一時死者蘇生に凝ってたんだよ。小動物レベルだったけど、おれが絶対に無理だと思ってた蘇生をおれの目の前で実現して見せてくれた。ゾンビとかじゃなくマジにな」


 そのことを告げると、イッちゃんは緊張気味に「あ、ああそうか。死者、蘇生、か。それでゾンビにね、うん」と呟く。確かに反社会的というか、タブーめいた感覚はあるが、数々のタブーを犯してきたイッちゃんが何を今更、という疑問を抱く。


 それを見抜いたらしく、イッちゃんは目をつむって苦々しく説明する。


「あのね、その、何ていうかさ、ラビットの協力をどう取り付けたのかっていうの、知らされてる?」


「うんにゃ、何かイッちゃんが奔走して仲間につけたくれたってのは聞いたけど、詳しい話は知らねぇぞ」


「じゃあ話すけど……死者蘇生は敵に回すんだよ」


「……え、ラビットをか?」


「ラビット……っていうかグレゴリーを。もっと言うなら、グレゴリーを子ども扱いするミヤさんごと」


 ミヤさん、と言われて少し思い出すことがあった。そしてその連想もあって。イッちゃんの言葉が高い信憑性に帯びていると理解できた。


「思った以上にヤバくね?」


「ヤバいよ。俺なんて、あの家族を味方につけるためだけにノア・オリビアに潜入調査したようなものだし」


 ウルフマンにはイマイチ想像がつかないが、ひとまず少し前に街を大量破壊しながらバトった本気のラビットことグレゴリーを敵に回す、というのが非常にまずい状況であることは分かる。


 本気じゃなかったらしいラビット状態でも、かなり厄介な敵だったのだ。それが不殺の心情をかなぐり捨てて殺しにかかって来るなど、考えたくない。


「なるほどなぁ、それでか」


「とはいえ過ぎた話だし、あの親子のアンテナにも粗があるから、気づかれなくてかつ問題がないなら肝心の部分は辛うじて避けたってことになると思う。だからマナさんがグレゴリー親子に殺される、ということは、今は考えなくていい。もちろんこれからそういう事が起こりそうなら、阻止する必要はあるけれどね」


 そう言いながら、イッちゃんは机の上で箱を遠くに置くジェスチャーでもって、話しを変えることを示す。


「でも、そっか。死者蘇生っていうかなり妙な分野ではあるとしても、凝ってた、熱中してたっていうのは、大きな共通点かもしれないね」


「そのローレルって子も熱中してたと」


「カバラにね。ともすれば俺よりもハマってたし、さっきも言ったけど計算能力では俺はローレルには敵わなかった。――難しいな、思った以上に似通っている点が多くて、何処から切り込んでいいのか」


 イッちゃんは手を口元に運び、いつもの思考の体勢になる。だが難航したようで、「愛さんの話を聞いてもいいかな?」とウルフマンに話を振ってきた。


「んん、そうだな。死者蘇生の話だろ? じゃあ一つエピソードがある」


「お、聞かせてもらうよ」


「マナさんがまだ小動物の蘇生が若干おぼつかない時期の話になるんだけどよ」


 前置きしながら、ウルフマンは事前知識の共有を始める。


「マナさんの言う事には、死者蘇生ってのは動かなくなったものが勝手に動き続けるようにする事らしいんだよな」


「動き続ける、というと」


「そうだな。じゃあ受け売りの例えで悪いんだが――自転車ってあるだろ? あれって普通立ってられないよな?」


「そう、だね。走っているとき以外はどこかに寄りかかってると思う」


「でも、走ってるときは転ばずに走り続けられるだろ。それはマナさんの話では動的平行っつって、つまり何だ、走り続けてるから走り続けられるっつーか」


「うん、分かるよ。飛行機も生命もそうだよね。飛び続けているから飛んでいられるし、生き続けているから生き続けられる。自転車は回る車輪に働く慣性によって走れる、飛行機は飛ぶことによって生じる揚力によって飛べる、生命も血液が巡るから心臓が鼓動するエネルギーを受け取れる」


 イッちゃんの反応を見るに、割と有名な話らしい。やっぱ学があるよな、と思いつつ、ウルフマンは続ける。


「マナさんの死者蘇生の方法は、こういう考え方でやってるらしいんだよ。邪眼と手の目の呪術的なんたらでそういう死者の体の不具合を修復して、最後に血のめぐりを生じさせることでとか何とか」


「なるほど、興味深いね」


「で、ここからがそのエピソードになるんだけどよ」


 言って、ウルフマンは当時のことを思い出す。


「マナさんは理論にまではたどり着いてたんだが、如何せん細かい部分に粗があったみたいで、死者の体を動かすっていう段階でも結構四苦八苦してたんだよ。でも生きてるカエルと死んだのを見比べながら一つ一つ問題を解決して、とうとう蘇生に成功したんだ」


 死んだばっかの新鮮な奴な。とウルフマンは付け加える。


「それでさ、そんな風に無理やり生き返らされた死体ってのは、思った以上に生前と違うみたいでよ。曲がりなりにも一度死ぬっていう強烈な体験をしてるもんだから動物でも結構行動が変わるみたいなんだな」


「へぇ、それは知らなかったな。それで?」


「生き返ったカエルが、横に居たカエルに蘇生直後から交尾始めたんだよ」


 イッちゃんが吹き出した。


「ぶふぉっ、げほっ、げほっ」


「いやー、びっくりしたなー。マナさんも結構困ってたぜ、おれは爆笑したけど。やっぱ死に瀕した生物って子孫残すことに貪欲になるんだなぁってマナさんが説明してくれたよ。二匹のカエルどっちも雄だったけど」


「俺その話にどう反応するのが正解なの?」


「え、普通に笑えばいいと思うけどよ。大体イッちゃんもお盛んじゃねぇか。魔法で誤魔化したって分かるもんだせ? 毎晩毎晩ずっこんばっこん」


「ストップ! やめよう! その話はちょっと恥ずかしすぎる!」


「ズショさん、イッちゃんたちがいない時たまにボヤいてたぜ。『あいつら家主差し置いて盛ってんじゃねーぞ』って。横頭についてる仮面被りながらのセリフだったからマジ怖かった」


「その話聞きたくなかったよ! 図書にぃと再会するとき、俺はどんな顔すればいいのさ!」


「まぁ少しくらい愚痴を聞いてけって。おれだって大変なんだぞ? 夜中トイレで起きてきたセイちゃんが寝ぼけてお前らの部屋行かないように注意したり」


「それはマジでありがとう」


 イッちゃん、額を机にこすりつけての感謝である。満足したウルフマンは、まだまだエピソードあるけどここいらで勘弁しておいてやろう、と初めてイッちゃんをやり込めた満足感に、話を戻しにかかる。


「あとは……そうだな。やっぱり辛い時期だったと思うし、何つーかな、強い自分になろう、みたいな。何か大きな物事に打ち込める自分になる、みたいな意気込みとかもあったかなって思うぜ。それでなくとも強い自分になりたいみたいな意思はおれにも分かったし」


「――逃避」


 ウルフマンの話に、イッちゃんはぽつりと単語を呟いた。それからしばし熟考して、ぽつりぽつり語り出す。


「その、あんまり言う事じゃないから強調はしてこなかったんだけど、ローレルはおじいさんおばあさんの家に身を寄せていたんだ。つまりその、そこがローレルにとっての実家のような存在だった、というか」


「ん? おう。それがどうかしたか?」


「その、当たり前のようで、とても残酷な話をするよ」


 イッちゃんの予防線に、ウルフマンは今後の話を察する。苦い顔で、促した。


「俺にとっての家族っていうのは、親子一緒に過ごすものなんだ。俺は幼少期“普通に”両親に育てられたし、Jもそうだって聞いてる」


「……ああ、そうだ」


「でも、ローレルは違った。まるで祖父母が両親であるかのように振る舞っていて、その様子があまりに自然だったから、俺も特にどうと考えることもせずに見逃してた」


 ウルフマンは黙り込んだ。そうだ。親子は、“普通”共に過ごすものだ。親が子を養うのは“普通”のことだ。そして、イッちゃんの語るローレルは、“普通”ではなかった。


「今思えば、ローレルがカバラにあれだけ打ち込んだのは、逃避だったのかもしれない。それこそ、愛さんが両親を失って、その仇も早々に取ってしまって、やるべきことを見つけられず代替として死者蘇生に没頭したように」


 強い自分になる。強くなる必要がある。弱いままではいられない。何故? ――もう守ってもらえないから。きっとマナミの中には、そんな論理が存在した。


「……イッちゃん」


 ウルフマンは、親友の名を呼ぶ。それから、切なさを隠し切れないままに告げた。


「“普通”ってのは、残酷だな」


 親友は声もなく頷いた。それが、全てだった。


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