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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
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7話 死が二人を別つまでⅩⅩⅦ

「いいかい、J。見たらわかるだろうが、今のあの子は下手なガラス細工よりよっぽど脆い。お前がなだめようとしたその手でああなってしまうほどにね。だから、自分で下手に何かしようとするんじゃなく、何かあったらあたしら大人を頼んな。分かったかい?」


「あ、う」


「返事は!?」


「はっ、はい!」


 呆然とするJに活を入れたのは祖母だった。無力なばかりの少年で、暗闇で何かに怯えるばかりのマナミに何もできないと打ちひしがれていたところを、無理やりに元気づけてくれた。


「よし! んじゃひとまずベッドに戻すよ。Jは電気をつけて換気だ。それだけで結構違うだろうさ」


 ガラス細工よりも脆い、と言っておきながら、祖母は中々雑な手つきでマナミを抱えてベッドに戻した。いくらか暴れるマナミに殴られていたが、祖母はものともせずにベッドに寝かせ、布団を掛けた。


 Jが電気を付けたり、窓を開けて換気し始めると、マナミはいくらか呼吸を落ち着け始めた。気づくと祖母は、何処から取り出したのか額を冷やす放熱シートを持っていて、ぴたりと貼り付けるとマナミの眠りはすっかり深くなっていった。


「……すげぇ……」


 思わず声を漏らしてしまう。自分よりも無神経そうな扱いだったのにもかかわらず、マナミの悪夢を払ってしまった。


「そうさ。お前の祖母ちゃんはすげぇんだよ、J」


 これが年の功って奴さね。と笑いかけられた。それ以来、二人でマナミの世話を看るようになった。





 マナミとの本格的な付き合いは、それからだった。同じ亜人差別によって大きく傷つけられた、という事実がマナミを世話するJを熱心にさせた。


 数か月に及ぶJと祖母の介護もあって、少しずつマナミは正気を取り戻していった。夜電気を消して寝られない、時折フラッシュバックを起こして過呼吸になるなどの後遺症は残ったものの、日常生活に支障はなくなりつつあった。


 大きな助けとなったのは、手の中の目が襲撃犯によって奪われなかったことだろう。そのお蔭で両目を失ってなおマナミは失明に至らなかったし、ある程度普通の生活に戻ってからは遅れた勉強を取り戻したいと自分から言い出したほどだ。


「おはようございます、Jくん」


「ん……、おはようマナさん。今日も朝から勉強か? まじめだな~。おれなんか勉強大っ嫌いだってのに」


「しばらくの間全然できませんでしたから。少しでも追いつかないと」


 ある日の朝のことだった。その頃になると、当たり前の光景だった。早朝から起き出して、一人黙々と手の目を使って学校の勉強の遅れを取り戻すマナミの姿。目に包帯を巻いたままで、かつてからは考えられなかったような堅苦しい話し方で。


 ――正気に戻ることと、性格が変わることは全く意味合いが違う。


 手の目を開くことすら怖がって、自分の闇の中に追いやっていた時期は、正気ではなかっただろう。目を開けばくり抜かれる。その恐怖と思い込みから脱出するのに数週間かかった。


 一方で、この性格はどうか。シラハがマナミの仇を取ると言って、負担にならない程度のヒアリングを重ねる過程で、マナミは何度もこの言葉を口にした。


『わたしが、わたしがもっとしっかりしていれば良かったんですッ。嫌ならば嫌って言えていれば、あそこは人のいる場所で、ちゃんとあの場で毅然とした態度を取れていれば、わたしは、こんなことには……!』


 聞けば突如として現れた男たちに、あれよあれよと言いくるめられ暗がりに連れ込まれたのが始まりだったという。高圧的に迫ってくる男たちが恐くて、言いなりになってしまったばかりに自らは目を失ったと。


『わたしッ! こんなわたしが嫌いです! ぐずでのろまで、簡単に他人の言いなりになってしまうわたしが! もっと強いわたしになりたい。もっと毅然としたわたしになりたいッ!』


 自己否定。それを阻む言葉を、彼女の味方でいる誰もが持っていなかった。悪人に与しやすしと見られなかっただけで、きっとマナミは地獄を見ずに済んだと分かるから。誰よりもマナミがそのことを確信していたから、余計な言葉は意味を持たなかった。


「そっか、頑張れよ」


 だからJは、性格の変わりつつあるマナミを容認するしかなかった。J自体はかつてののほほんとした彼女の方が好きだったとしても、マナミ自身がこの性格を求めているなら、それをJが止めることは出来なかったから。


「はい、頑張ります。Jくんもどうですか? せっかく人間らしい姿を持った亜人なんですから、最低限の学歴くらいは積んでも罰が当たりませんよ」


「勘弁してくれよ、そんな婆ちゃんみたいなこと言うの。あー……そうだよなぁ。スポーツだけ出来ても大学に入れるかどうかなんて分かんねぇしなぁ。つーか入学費を払い続けるだけの備蓄ってないだろウチ。親父が捕まる前ならともかくさ」


「……難しいものですね」


 以前のマナミなら、のほほんとしながらも冗談の一つでもかましただろう場面だった。だが、今のマナミはそうしない。きっと出来ないのだろう。それだけの余裕がないのだ。


 そんな、少しぎこちないなりにお互いのことを思いやれる環境というのが、マナミがヒルディスの家で得た関係性だったのだろうと思う。いずれ絶対に聞かれると思っていた彼女の家族についてのことを質問しなかったのも、マナミなりの思いやりだったのだろうと。


 その意味で、マナミという少女は見た目よりずっと強い少女だったと、当時Jは感じていた。正気を取り戻すのには苦労したが、それ以来は強い自分になろう、変わろうと決めて、まっすぐにそこに向かっていける人間なのだと。


 Jなりの、ある種の尊敬に近い感情だった。好ましさというところから離れて、すごい人だなと思っていたのだ。


 思っていたのに。











 最近ゴロゴロ移動していても、割とすぐにゾンビに捕獲され連れ戻されがちなウルフマンは、まず脳内でイメトレからチャレンジすることにした。


 考えるのはゾンビの巡回ルートだ。今までゴロゴロ好き勝手移動してきたから、たどる順路も人数も、何となく頭に入っている。あとは、自分の中で、奴ら、の迂回ルートを考え、る、だけだ。また、考慮、し、なければ、ならないのは、自分の、移動スピー……。


 寝た。


「すぴー」


「あらあら、Jくん今日は脱走しないで大人しくしててくれたんですね」


 マナミの部屋のベッドの上、目を閉じての高度なイメージトレーニングは睡眠が趣味のウルフマンには少々荷が重いようで、すぐに睡魔に負けてしまった。微睡みの上からマナミの穏やかな声が降ってくるのが、眠気を加速させる。


 そんな風にしてすやすやとお昼寝に没頭していると、不意に夢が訪れた。ウルフマンは眠りながらも、首を傾げるような思いをする。


 果たして、普通寝ている自分が「お、夢来た」などと自覚したことがかつてあっただろうかと。


「なんか妙だな」


 思ったことが素直に口に出される。そこで、夢の中であると自覚しながらかなりはっきりと意識があることに気が付いた。明晰夢、というものがこの世にあるのは勉強熱心なマナミとの雑談で知ったことだが、自分に縁があるとは、と変な関心が先にくる。


 そこで、気づいた。目の前に、木面があることに。


「あ? ウッドか?」


 ウッドで散々見飽きた木面が、目の前でくるくると回っていた。一定のスピードではなく、何かを探しているような挙動だ。右を向いたり左を向いたりしながら、何となく自分に近づいている気がする。


「これ、アレか? おれを探してんのか?」


 直観があって、ウルフマンはいつものように口を開閉してゴロリと移動。木面に触れた瞬間、世界が開けた。




「―――――J? 君、Jか?」




「おぉ! イッちゃんじゃんか! 久しぶりぃ!」


「ああ、Jだ。この化け物メンタルはJだ」


 なんか失礼なことを言っているが、それよりも喜びが勝った。開けた世界は図書の家らしき空間をかたどっていて、その中に立っているイッちゃんにウルフマンはゴロゴロと突撃だ。


「おぉ、あはは、何かJ、移動速度速くなってない?」


「最近ノア・オリビア内を視察してるんだけど、いい加減スルーされなくなっちまってな。スピードとステルス能力が求められてんだ」


 ニッ、と笑って言うと、イッちゃんは瞠目して、それから「君はすごい奴だよ、本当に」としみじみ言いながら抱え上げてくれる。そのままウルフマンの頭をそっとテーブルの上に置き、「これで話しやすいかな」と気遣ってくる。


「ん、定位置だな。いい感じだ。つーかこれどういう事だ? イッちゃんってナイとかいうのに監禁状態なんじゃなかったか」


「うん、その通りだよ。実際体は動かせない。ただそれでも何かできないかなって思って、色々試してたんだ。そしたら、君の夢につなげられた」


 ナイが夢の中で度々会いに来るから、その応用が生きたって感じかな。とよく分からないことを言っているが、ともかく抗う意思は十分に残っているという事だろう。


「そっか、流石イッちゃんだ。まだ全然諦めるつもりないんだな」


「一時はだいぶ精神的にも追い詰められたけどね。やっぱり、性に合わないから」


 穏やかな顔で笑うイッちゃんに、重ねてウルフマンは感心だ。敵だとアレだけ恐ろしい分、味方につけるとこんな状況でも頼もしい。


「それで、そっちはどう? 視察してるって言ってたけどそんなことできるの?」


「出来るというか、見逃されてたのがちょっと前だな。イッちゃんに付きっきりらしいナイ以外のノア・オリビア幹部は全員接触したし、ある程度人柄は掴めたぞ」


「もしかして君一人をノア・オリビアに放り込むのって実は最適解だったんじゃないかって今少し思ったよ」


 冗談めかしたことを苦笑してイッちゃんは言う。それから真剣な顔つきになったから、詳しく今まで得た情報を伝えた。


 まず、マナミのこと。大抵は確認済みの情報で、イッちゃんは頷くばかりだった。ついでベルのこと。イッちゃんが招き入れたのもあって、心苦しそうに顔を歪めていた。それからマザーのこと。痛みを伴う様々な話に、絶句した。


 特に、ヴァンプのことで。


「……そんな」


 ヴァンプの話をした直後、イッちゃんの反応はひどかった。何のかんのと言っても仲のいい二人だ。イッちゃんは蒼白になって歯を食いしばり、「J、シェリル、……ごめん、俺の所為で」と拳を握り締めた。


 その言葉に、Jは目つき鋭く否定する。


「違う。違うぜ、イッちゃん。イッちゃんのせいじゃない。イッちゃんのために、ARFのために、おれたちは頑張ってるんだ。特にヴァンプは、一番に頑張ってる。狂い死にしてもおかしくない状況でも、お前のために耐え抜くって言ったんだぜ、イッちゃん」


「……せいじゃなく、ために、か」


 イッちゃんは呟いてから、深呼吸した。長く、熱い呼吸だった。それから目をつむり、開いた時の瞳はシラハのそれによく似ていた。


「やれることをやろう、全力で。少しでも白ねえたちのためになるように。それで脱出で来てから、全力でシェリルを甘やかしてあげなきゃ」


 まだまだ死ねないね、とイッちゃんは言う。その意気だ、とウルフマンは答えた。


「それで、やれることってーとどうなるんだ? おれはそんなに頭がよくねぇから、とりあえず転がって色んなとこ行っていろんなものを見てた訳だけども」


「うん、それはとても有益だったと思う。となると……、そうだね。J、俺は君の相談役になるよ。これでも一人でARFを窮地に追いやった人間だ。多少なりとも役に立てると思う」


「そりゃありがたい。じゃあ、これからどうすりゃいい?」


「……そうだな」


 イッちゃんは手を口元にあてて考える。ブシガイト姉弟に共通する癖だ。こうなると長いのは分かっているので、ウルフマンは口を閉ざして待ちの体勢になる。


 だが思いのほか、すぐにイッちゃんは口を開いた。


「J、君はどうしたい?」


「は?」


 キョトンとして、ウルフマンはイッちゃんを見た。戸惑いがちに聞き返す。


「あの、相談役じゃないのか?」


「んー、何ていうかさ、俺は結構非情な決断を下してしまう方で、実際その所為で拘束されてから色んなことを後悔してるんだ。慎重になった結果何も得られず終わってしまった、というか」


 言って、恥ずかしげに頬を掻く。軽く言うが、言外に含まれた感情の多寡を感じ取れないウルフマンではない。


「それは、仕方なかったことだと思うけどよ」


「ううん、仕方なくなかったことだった。救えた人たちだった。無為に見捨ててしまった。それに、君のことだって」


 そこでイッちゃんは言葉を飲み込んで、「だから」とつなぐ。


「だから、俺はあくまでサポートに徹するべきだと思ったんだ。俺は守るものがあると弱くなる。思い切った行動がとれないんだ。それで、その弱さを活かせる役割を果たそうって、そう思った」


「それで、おれの考えを聞くって?」


「考えというよりは、君がどうしたいのかを指針にしたいんだよ。俺は俺の考えで君を縛りたくない。君は思い切った行動で実際に成果を出せているし、その強みを、意思を尊重したい」


「……」


 ウルフマンは、再度ポカンとイッちゃんを見つめた。


「何つーか、ちょっと会わない内に大人になったな、イッちゃん。そんなにショックだったのか」


「すごい他人事みたいに言うね君」


 呆れられてしまった。先ほどまでのキリリとした表情はどこへやら、かなり呆れの入った目で見られている。


「まぁいいや。それでもう一度聞くけどさ。J、君はどうしたい?」


「……あー」


「あ、一応先に言っておくけど、セキュリティは万全のはずだから安心して。この場の主は『祝福されし子どもたち』の俺だし、常人では絶対に破れない精神魔法のプロテクトを掛けてるから。もちろん、相手がナイだから油断はできないけど」


「え、お、おう。いや、そういうのでまごついたんじゃねぇんだけどさ」


 ちっと考えさせてくれ、と言って今度考え込むのは、ウルフマンの方だった。狼の生首が、自分なりにたどり着きたい到達点。そこには何があると自問して、すぐに答えは出た。


「おれ、おれさ」


 狼男は、親友の目を見つめる。


「マナさんを、ARFに戻してやりたい。マナさんが何考えてんのか知りたいし、その悩みを解決して、笑顔でARFに戻りたいって思えるようにしてやりたい」


 イッちゃんはその言葉を受けて、僅かに目を瞠り、それから据わらせた。


「困難だよ。それをやり遂げる覚悟は、――いや、ごめん。愚問だったね」


 君ほど覚悟の決まってる人もいないか。とイッちゃんは独り言ちる。「だろ?」と言うとと「本当、君のメンタルは化け物だよ」と笑った。


「じゃあ、どうしようかな。愛さんについては俺そんなに深い関係でもないし……ひとまず、情報共有からしたいと思うんだけど、どうかな」


「情報共有ってーと」


「Jは愛さんと長い付き合いだと思うんだ。だから、君の知る全てを教えて欲しい。そこからいくらか俺なりに解釈して、アドバイスできることもあると思うから」


「そう、か。うん。そうだな。こういうのはおれから言うべきじゃないと思うが、そんなこと言ってらんねーもんな、今」


「その言葉少し俺に刺さる」


「何でだよ」


 というやり取りをしつつ、ウルフマンは話し始めた。ウルフマンの知るマナミの過去を掻い摘んで。だいぶ長い話になったが、イッちゃんは最初から最後まで熱心に聞いていた。


「――分かった、ありがとう。分かっていることはそれで全部?」


「ああ、これで全部になる」


「そっか。とするなら……やっぱり、邪眼と愛さんについてを中心に調べていく必要があるのかな、と思うよ」


「愛さんはその通りだと思ったが、邪眼もか」


「うん。実際死者蘇生とかがどういうプロセスを踏んでいるのか、Jは理解してないでしょ? その辺りも含めて考えることが、愛さんがノア・オリビアについてしまったのか、と言う謎を明らかにする事に繋がるじゃないかと思うんだ」


「なるほど……そうか、そうだな」


「あとは、そうだな。愛さんと同じような経験をした人々に、それぞれ話を聞いてみる、とか」


「それはまた、どういう」


「愛さんの過去は今聞いた通りだと思うけど、そう言った出来事にぶつかっての考え方、感じ方っていうのは人それぞれだと思うんだ。俺の感じ方とJのそれは、当たり前だけど全然違う。そしてそれは愛さんにも言えることだ。だからこそ、愛さんにも、それ以外の人からも聞くことで、愛さん本人の考え方や感じ方が浮き彫りになるんじゃないかって」


「……なるほど。やっぱイッちゃんって頭いいな。何て言うんだろ。難しい問題を簡単にするのがうまいっていうか」


「慣れているだけだよ。でもこの慣れも、きっと活かせると思ってね」


 それで、とイッちゃんは続けた。


「基本方針として、第一に邪眼の情報を集める。第二に愛さん本人と、愛さんの過去と似た経験を持つ人たちから話を聞く、という二つが、君がこれから挑む具体的な任務になる」


「おう、了解したぜ!」


「それで今の話を聞いていて思った『似ている過去』を持つ人を俺なりに考えてみたんだけど、ノア・オリビア内で接触可能な面々だとベル、シェリルになる。それと、接触不可能な人として、その、俺の昔の恋人も結構似ている部分があると思ったかな」


「昔の恋人?」


「うん、だからその話をしようと思うんだけど、ひとまず話すべき相手をまとめてからね」


「おう」


「だから、似ている人、という点でシェリル、ベルから可能な限り話を聞いてほしいのと、俺から話すローレルっていう昔の恋人の話も参考にしてもらいたい。それから最後に、“まったく似ていない”という点で、ナイからも話を聞けるといいかもしれないと思ったんだ」


「うお、マジか。ノア・オリビアの中じゃ一番接点がない幹部じゃんか」


「だから、可能な限りでいいよ。その裁量は君に任せる」


「そうか、分かったぜ。でも似てないから話を聞くってのは?」


「ナイの思考回路を逆にしたら愛さんになるかなってくらい似てないと感じたから、参考までに聞いてくれると思考の材料が増えるかもってね」


 微笑と共にそう提案するイッちゃんに、「何で真逆と思ったんだ?」と尋ねる。


「うーん。愛さんが不特定多数の生に執着するのに対して、ナイは俺とナイだけの死に執着してるから、かな。ナイの方はいくらか想定がつくけどね」


「想定つくなら教えてくれよ」


 率直にねだると、イッちゃんは苦笑して言った。


「だって、つまんないでしょナイの人生。人間、少しくらい苦しい思いしなきゃ人生楽しくないよ」


 苦しすぎても嫌になっちゃうけどね。と結ぶイッちゃんに、ウルフマンはアホの顔をする。


「なるほどなぁ。ちょっとよく分かんねぇけど、イッちゃんが言うなら頑張ってみるぜ」


「分かって欲しかったところだけど、信頼されてるってところは感謝しておこうかな」


 そう言って皮肉っぽく笑う様子は、いつもと変わらないように見えた。つまり、隙を突かれて拉致されてしまう前と同じように。


 なのに、不自然に見えるのは、そう言う事だ。


「イッちゃん。おれにまでカバラで嘘つく必要ないぜ。でも、いつも通りに振る舞って励まそうっていう気持ちはサンキューな」


「……こういう時ってJには敵わないって思わされるよ」


 顔色に一気に疲れがにじむ。だが、それ以上彼はウルフマンに踏み込ませなかった。自分の頬を二回たたいて気合を入れ、先ほどまであったアルカイックスマイルを取り除き、話し始める。


「じゃあ、話を始めようか。俺の昔の恋人の名前は、ローレル・シルヴェスター。愛さんと似ていると思ったのは、二人とも『理想の自分になる』という共通点があったからだ」


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