7話 死が二人を別つまでⅩⅩⅤ
マナミとウルフマンことJが出会ったのは、シラハの仲介によるものだった。
「愛ちゃん愛ちゃん! この子だよこの子! オオカミ少年は実在した!」
「その呼び方やめろよ。意味ちげぇよ」
まだJの父が、モンスターズフィーストのボスとして活動で来ていた頃。日本人が大量に亡命して来たばかりで、JVAすら設立されていなかった時のことだった。
当時は偶然知り合ったばかりで、シラハはJがギャングのボスの息子という事も知らなかったし、もちろんJはシラハに尊敬の念を抱いているという事もない。だから対応もざっくばらんだ。
だが妙に絡んでくる内に友達同士として遊びだすくらいには仲良くなったし、その関係で友達を紹介し合って輪が広がっていくのは、童心ながら楽しかったのを覚えている。シラハはその頃から人懐っこく友達が多くて、彼女と一緒に居ればいくらでも友達が出来た。
だから、この出会いは、当時の彼らにとって特別なものでは決してなかった。
「は、はじめまして~。しの、じゃなくって、えっと。マナミ、シノノメ、です~」
「ジェイコブ・ベイリーだ。シラハ、何かすっとろいの連れてきたな。誰だこいつ」
「最近できた私の日本人友達! 可愛いでしょー。英語が結構できる子だから、通訳係増やそうと思って!」
おどおどと腰を折るマナミをして、確かに整った顔立ちだな、と思ったのを覚えている。白人ほどじゃないにしろ白い肌に、つややかな黒髪。当時は眼鏡をかけていなかったが、どこか吸い込まれそうな目をしている、と感じていた。
ちなみに通訳係、というのは亡命直後の日本人の子供がほとんど英語を話せなかったという事情からの発言だ。大人は販売されている同時通訳機を使い、天使のシラハはキリスト教圏内の言葉は勉強せずとも理解できたらしいが、そうではない子供は会話が難しく学校で馴染めないことが多かったのだ。
その辺りを見越して通訳できるメンバーを増やしながら、ひとまず一緒に遊んで仲間意識を作っていくあたり、シラハのリーダー的片鱗はすでに垣間見えていたというところか。
「あ、えと、あの、あんまりわたしの目は見ないで貰えると~……」
「何だこいつ失礼だぞ」
「あー、違う違う。愛ちゃんってこう見えて亜人だから」
Jは首をひねって白羽の言わんとするところを考えたが、マナミに直接言われるまで理解できなかった。
「目が、その、わたし、目に関する亜人で~……。あんまり見られると、変な魔法かけちゃうかもで~……」
言いながら差し出される手のひらには、一筋の線が入っていた。何だと思って見ると、線はパチリと開かれ、ぎょろりと巨大な目玉がJを見つめた。
「おわっ! びっくりした! なるほどそういう事か。ジャパニーズの亜人はホント色んなのがいるな」
「でしょでしょ! 私愛ちゃんと初めて会ったとき、こんなに妖怪らしいハーフの子初めて見た! って思ったもんね。手の目って妖怪の亜人らしいよ! んじゃジェーくんも見してあげてよ。ジェーくんがどんなオオカミ少年なのかって!」
「あの、嘘つきなんですか~……?」
「違う! まぁいいから見てろ」
Jは初対面の相手には必ずやっていたように両手で顔を隠し、低い声で「いないいない~」と唱える。キョトンとした声がマナミから漏れたのに成功の気配を感じ取りながら――体を狼へと変貌させて顔をマナミへと近づけ、思い切り吠え掛かってやった。
これをやった大抵の相手は、跳び上がって腰を抜かす。今のJから言わせてもらうなら、モンスターズフィーストで亜人の寄り合い的生活圏があったからできた悪戯だ。今やろうものなら、即、差別主義者に証拠を押さえられてリッジウェイ部隊が襲ってくるだろう。
反応は予想通りで、驚いたマナミは尻餅をついて泣き出してしまった。それを幼いJは大笑いし、シラハに拳で分からされたのがひとまずの出会いだった。
それからというもの、シラハを中心とした大勢の中で共に遊ぶということはしばしばあった。率直に言って、その時だって仲が良かったとは思っていない。マナミは明らかにJを怖がっていたし、Jだっておどおどしたマナミに興味なんてなかった為だ。
それぞれはそれぞれに合った友人関係の中で遊んでいた。高頻度で、シラハというあらゆる相手を友人とみなし巻き込んで大騒ぎする嵐が起こっただけで、彼女が居なければJとマナミは一緒に遊ぶことすらなかっただろう。
だから、今の関係はシラハが結んでくれた縁という他ない。興味がなくとも幾度となく遊んでいれば、何となく仲間意識を持つし、何となく相手のことを知るようになる。
「え、マナって実はお嬢様だったのか」
そんな話をしたのは知り合って一年もしない内。JVAがやっと設立された数日後のことだった。
「うん~。少し恥ずかしいんですけど~、お父さんが手の目で、お母さんがすっごく古い呪術師の家系なんだ、って言ってて~」
「呪術? 魔法とは違うのか?」
「わたしも同じこと質問して怒られちゃったことあります~」
かくれんぼで偶然同じ場所に隠れ、中々見つからないものだから始めた雑談だった。この頃にはマナミの間延びした話し言葉にも慣れていて、英語でちゃんと意思疎通できるだけマシ、という価値観も出来上がっていた。
「呪術っていうのは、亜人で言う種族魔法に近いらしいですよ~。わたしはよくわかんなかったですけど~」
「んじゃ魔法なんじゃねーの?」
「でも相手を見るだけで操ったり殺したりっていうのは、魔法でも難しいような~」
「え、何だそれカッケェ……」
神秘めいた異能に男子が反応するのは万国共通だ。
聞けば邪眼、という分類に位置する呪術らしく、その異能が手の目という妖怪に非常に相性が良かったのが馴れ初めだとか何とか。
「手の目っていう妖怪は、基本的には手に目があることで相手を驚かすだけの妖怪なんですよ~。でも~、邪眼の血筋を上手くかけ合わせれば色んな事が出来るって話だったんですね~」
「というと?」
「それが難しくって~……。お母さんの話をそのまま言ってしまうんですけど~、確か……」
――目は『見る』。見るは『捉える』。捉えるはとらえる、つまり『捕らえる』。邪眼はその概念に干渉することを本質とする。
――だが、妖怪「手の目」の血を入れればこの領域に留まらぬ。何故ならば「手の目」の目は手の中にある。ならば目が『捕らえた』ものは手の中にある。
――目が干渉できるのは視線に意味を見出すモノのみ。つまり『見られている』ことを知り動くものだけ。それすなわち生者。だが手が干渉しえないものはない。その意味で、邪眼を持つ手の目は命なきものをも支配下に置くだろう。
Jはマナミがそらんじたその理屈の意味を、半分も理解できなかった。だが何となく格好いいのだけは伝わってきて、マナミのことをそれまでよりも好きになった。
だが、プライマリースクール時代にあたるJとマナミの交友はここまでだった。それはJVAがJの父率いるモンスターズフィーストを解体したためで、Jは父を失い、母と離れ離れになり、最後に残った祖母と共に生きていかねばならなくなったからだ。
苦しい時期で、自分以外に気を払う余裕などなかった。厳しくも優しい祖母の下で狼男としての実力を身に着けることが、自分の命を守るための第一歩だと信じ切っていた。
余裕が出始めたのは、父の右腕を務めていたヒルディスとの再会と、シラハという嵐のような少女の到来があった頃だ。マナミとまた緩やかに親交を取り戻したのもこの時期だろう。
自分のような苦しさを誰かに味わわせたくない、という思いがあった。だがどうしていいか分からず燻っていたJを、シラハが引っ張ってくれた。
そういう、強い意志だけが多くの場所で渦巻いていた時期だった。Jだけじゃない。ヒルディスや他にもたくさんの亜人や亜人を親しく思う人々が、シラハの言葉に自分のすべきことを見出し動き出した。
とはいえ、この時期ではARFのような犯罪性はなく、シラハが指示したのは地道で堅実な慈善運動にすぎなかったのだ。
シラハが、もっとも身近なマナミの悲劇を目撃するまでは。
ウルフマンはいつだって危険を顧みずゴロゴロと転がり進む。口を開いて閉じて、フットボールのような緩急のついた動きでのったりぬったり。
そんな動きをしていたところゾンビに捕まった。
「ああぁ~」
痛みがないくらいの力でがっしりと巨漢のゾンビに捕獲されていた。今まではスルーされていたのが捕まるようになったのは、恐らくマナミがもう拘束は諦めて捕獲の方針に切り替えたためだろう。
早急にステルス能力を身に着ける必要がある。ウルフマンは環境適応を迫られた小動物のような気持ちで乱雑に運ばれていると、通路でベルと出会った。
「……君はいつ見ても面白いな」
「おれはお前に出会って面白くないぞ」
「君にここまで辛辣な扱いを受けるのも、私くらいという気がするな」
「それはそうだな」
ウルフマンはこう見えて、嫌いな人間とは根本的に関わらないか素早く撃滅してきた半生の持ち主である。武闘派だし元々は短気な方だったはずなのだ。今は何の因果か悟りを開きかけているが。
「君、ウルフマンのことは私に任せてくれないか。少し話があるんだ」
「おれにはないぞ」
ウルフマンの抗議は黙殺され、ゾンビは大人しくベルにウルフマンの頭を引き渡した。「これでもう逃げられないな」とニヤリと笑いかけられるが、正直最初から逃げの姿勢を取れる立場じゃない。
「先に言っとくけどマナさんのことは教えないぞ。つーか、おれから聞き出すよりマナさん本人から聞くのがよっぽど簡単なんじゃね?」
「ああ、そのことは別にいいんだ。単純に、自分を嫌っている相手というものは気になるモノだろう?」
君はマスコットというイメージが強いし、つい絡みたくなるんだよ。その言葉に、ウルフマンはイッちゃんの語った修羅を思い出す。ウッドもそうだった。敵でなければ、まず歯牙にもかけないのだ。
図らずして妙な立場を手に入れてしまった、という居心地の悪さを感じる。共にいる相手がその気になればすぐに死んでしまうような状態で、敵対的立場で目立つというのはいかがなものか。
「そうかよ。ベルの心情なんて正直どうでもいいけどな」
「本当に辛辣だな……。引き取ったばかりのアメリアみたいだ」
困ったような声音でベルは呟き、歩き出す。向かう先はやはりアメリアのお気に入りらしい、地下の方の教会部屋だ。ベルと一緒なのは気にくわないが、アメリアとここでまったりする分には悪くないかもしれない。
肝心のアメリアという猫は、相も変わらずべしべしウルフマンを叩いているが。
そんな訳で、またもや木の長椅子にベル、アメリアに挟まれて置かれるウルフマンである。ベルだけマナミにすり替えられねぇかな、とは素直な本心だ。
「スコーンと紅茶を用意してみたんだ。お洒落なティーカップこそないけれど、どうかな」
「……何英国淑女ぶってんだと思ったけど、そういや出身UKか」
「これでも貴族の出だからね。ああ、作法は気にしなくていいよ」
「生首に作法求める奴だったら流石に対話を断念するところだったな」
はちみつだかメープルシロップだか分からないものをぶっかけたスコーンを口に突っ込まれる。人間の口なら窒息していたところだったが、狼の頭ならこの程度一口だ。
「ん、うまいな。毒も入ってない」
「君を殺すのにわざわざ毒を取り寄せないよ」
「おれいつかベルに殺されそうだな?」
「それは……どうだろうね。人生というものは分からないものだから」
否定しない。そのことに今更怯えたりする訳もないが、少なくとも人生観は透けて見える。友人を状況次第では殺せる生き方。だから、イッちゃんを容易く拉致することが出来た。
「ま、他の奴ら殺されるのが早いかもとも思うけどな。マザーとか」
「ハハ、彼女は簡単に殺してくれないよ」
おーこわ、とウルフマンは言ってから、話を変える。
「なぁ、イッちゃんを捕まえた時、ベルはどんな気持ちだった?」
思いついたから口にしていた、くらいの脊髄反射で質問すると、ベルはひどく冷たい流し目でもってウルフマンを見つめた。睨み合うように見つめ合う。ここで負けるようなら、きっと生首の自分は何の役にも立たないだろう。
「……君に根競べしようとするのが間違いだったみたいだ。もうしないと決めたよ」
ベルは溜息をついてから、ぽつりと零した。
「正直言うと、少しいい気味だと思っていたんだ。彼が直接手を下したんじゃないと知っているし、糸を引いたのでもないことを知ってる。けど、ソウはそれでもファーガスの最期の要因になった一人だったから」
「ああ、イースターの二次会で言ってたな。ベルの幼馴染だったか」
ファーガス。イッちゃんやベル、時には白羽の口からも度々語られる少年。悲劇のヒーローのように説明されながら、深く接した二人には常にどこか含むところがあるのを感じていた。
「恋人だったんだってな」
「ああ、愛し合っていた。……違うな。ファーガスは私を愛してくれていたが、私はファーガスの愛に酔っていただけだった」
つらそうな顔をする、と思った。拳をもどかしげに握り、過去を悔いているようにウルフマンの目には映った。
「愛に酔っていたってのもよく分かんねぇ表現だよな。つまりどういうことだよ」
「……君は厳しいことを聞くね、本当に」
「だって分かんねぇんだもん。マザーみたいなやべぇのとは違って、ベルは聞いたら答えるだろ?」
おれ馬鹿だし。と付け加えると、「いいや、君は少なくとも、無知の知は知っているよ」と愚痴るように告げられる。
「――見殺しにしたんだ。嫌われたくなくて」
しばしの躊躇いの後に教えられた言葉に、ウルフマンは理解が追い付かない。首があったら傾げていたような声で、「見殺しの方が嫌われんじゃね」と尋ねる。
「そう、だね。その通りだ。だが、過去の私にはそれが分からなかった。出来うる限り無力な少女でいることこそが、私にできる、ファーガスに愛されるための唯一の努力だと思っていた」
ウルフマンは、口を閉ざし、何も言わない。ベルはそれに不安げな目を向けてきたから、顎をしゃくるような動きで応じた。それにアメリアは何を思ったか猫パンチ。ベルはアメリアを持ち上げて膝に置き、それから少し天井を仰いで考える。
「私とファーガスはね、出会いが酷かったんだ」
少し恥ずかしげな口調で、彼女は語り出す。
「私が貴族というのはつい先ほど教えたと思うのだけど、対するファーガス単なる平民でね。引っ越しの家財搬入の業者がファーガスの父で、ファーガスはたまたまついてくることになって、こっそり庭園に侵入したというのがそもそもの事の起こりだったんだ」
「今のところラブロマンスの入りとして通ずるくらいにはキレイな出会いに感じるが」
「酷いのはここからさ。ファーガスの侵入した庭園に私も居て、それが出会いになったのだけれど、私、そこで何をしていたと思う?」
「……何してたんだ?」
「亜人を貼り付け台に拘束して切りかかってた」
ゾワッ、と身の毛のよだつ感覚を抱く。信じられないものを見る目でベルを見ると「UKはこのアーカム以上の亜人差別国だったからね。今もそうだ。亜人には人権はないし、亜人を守ろうとする人間すら存在しない」と教えられる。
「ま、マジでか」
「うん。私も最初は嫌だったけどね、でもUK貴族にとって、ああいった教育は当然だった。亜人は狩るべきもの。駆除すべきもの。だから、無抵抗な状態でも、殺すのに心を揺るがしてはならないと」
でも、それで正しいと思っていたんだ。ベルは語る。亜人であることを誇りに生きるウルフマンの目の前で。
「それ、そのファーガスは、どういう反応したんだ?」
「激怒していたよ。殴って止められた。ものすごい勢いで押し倒されて、叫ばれて、それを私の師匠が拘束したんだ」
最悪の出会いだった。そう言い切るベルは、しかしどちらかというと恥ずかしげで、しきりにアメリアの背中を柔らかい手つきでつまんでは放すのを繰り返していた。
「そこからよく恋人にまでたどり着けたな」
「お互いに謝ったんだよ。最初はファーガスだけが謝れって彼の父からも、私の家族からも激しく罵られていたんだ。でも、私にはそれが正しくないと感じた。私にも非があったと、幼いながら分かっていたんだ。だから先に謝ったら、ファーガスも頭を下げてくれた」
「それがきっかけで、友達にってか」
「そうだね。私はその後父にいくらか叱られたけど、でもファーガスは私を認めてくれて、それから何度か遊びに来るようになった。貴族が領主であるという時代はとうの昔に過ぎ去ったものだけれど、そう言った面もあって友達が少なくてね。……嬉しかったんだ」
ウルフマンは、当時のベルの心情を想像する。孤独に非人道な教育を受ける中で、間違いを正してくれる相手が友達になってくれた、という彼女の幼少期。幼いのに芯のあるという人物は少ない。そしてそういった人物は、得てして魅力的に見えるものだ。
「ベルの恋人は、いい奴だったんだな」
「うん。ファーガスは良い人だった。誰に対しても、それがカバリストに作られたものであっても」
良い人だったんだ、本当に。
ベルは言いながら、切なげにアメリアを抱き寄せる。猫はその挙動に素直に従って、近づいたベルの顔をペロペロと小さな舌で舐めた。このアメリアという猫もまた、ファーガスを失った内の一匹なのだろう。
大切な誰かを失う、ということ。ありふれていて、悲しいこと。その感情への対処法など、一生知りたくなかった。ウルフマンはそう思う。
「でもね、ここで一番大事なのは、私がファーガスに惹かれていただけで、ファーガスはそうではなかったことだったんだ」
「ベルからの片想いだったと」
「そう。ファーガスにとって、当時の私は単なる友人だった。一番の親友ですらなかったと思う。当時はクリスと呼ばれていてね、文句こそ言わなかったけれど、何だか男性的、とまではいわないものの、中性的な呼ばれ方だなと思っていた」
つまりは、女の子扱いされていなかったのだろう。幼少期特有の残酷さだ。男らしくない女らしくないだとかいう現代からすれば差別的な言葉でもって、平気で友人を馬鹿にする。ウルフマンも昔はそういう子供だった。
「嫌だったんだ。仲間の一人じゃなくて、特別な異性だと思って欲しかった」
「それで、『無力な少女』を気取ったってことになるのか」
「その通りだよ。私は私らしくある以上に、ファーガスの理想の女の子として彼の隣にあることを望んだ。自分を、そんな風に作り替えた。……例え、ファーガスを見殺しにしてでもね」
無力な少女では、愛しい人を救えない。その「作り上げた自分像」に縛られたが故に、見殺してしまう結果になったという話だろう。分かるような、分からないような。だが、他人を真の意味で理解しようなどという愚かな真似を、ウルフマンはしない。
だから、この場合で最も肝心なことを、最後に確認することにした。
「それで、ベル。結局今のお前は、作り上げたベルなのか? それとも、ありのままのベルなのか?」
「……」
僅かな瞠目。ベルはアメリアから、ゆっくりとウルフマンへと視線を移す。その瞳の中にあったのは、洞だった。中身がなく、故に闇に満ちた洞。そんな瞳で、ベルは言った。
「今は、作り上げた私だよ。ありのままで居られるのは、戦っているときだけさ」
ウルフマンは、ベルの戦いを見たことがない。だがイッちゃん曰く、とても戦略的で、あっさりしているとのことだった。しかし、違うのではないか、という気がしてしまう。
こんな目をする奴が、そんな爽やかに戦えるものか。本気でないだけだ。その時戦ったのが、本気を出すべき相手ではないだけだ。
「へぇ、そうかい。そらまた痛々しい話だね」
クリスタベル・アデラ・ダスティン。いずれARFが総力をあげて殺さねばならない一人になる。だからこそ、真に受けず茶化すような態度をとった。今のウルフマンに出来ること。それはいついかなる時でも、不真面目な存在として相手から情報を得るのみ。
「何だい、君は。鋭い質問だなと思ったのに、真面目に答えたら馬鹿にしてきて」
「いやだって冷静に考えてみろよ。ハイスクールくらいの年の女の子がよ、『戦いの中でしか本当の自分出せない』って言ったら普通どう思う」
「……」
ベルはそっと視線を明後日の方向に向け、アメリアを持ち上げて顔を隠す。常識があるんだよな、とウルフマンは思った。だから恥ずかしがれるし、だから恐ろしいのだと。




