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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
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7話 死が二人を別つまでⅩⅢ

「……つまり、疑わしい、の範疇を出ない訳ね」


 ミヤさんの感想は、淡々としたものだった。難しい、という顔ではあるが、まだ急を要する事態かどうかは分からない、という表情だ。


「そう、ですね。俺もまだ、そうならなければいい、と思っている段階ですし」


「でもねぇー、そっかー、無貌の神かぁー。ありうるわよねぇー。うわー判断に困るぅー」


 ぐあー、とでも言いそうな風に、ミヤさんは頭をグルングルン回しながら溜息をまき散らす。グレゴリーはそれを冷ややかな目で見ていた。


「……ま、ミヤが妙なのはいつものことか」


「失敬ね」


「それよりその無貌の神? とかいうのが厄介なのはわかったんだが、そこまで疑うのは行きすぎじゃないか?」


 グレゴリーのまっとうな疑問に、「いやぁー、ありうるって感じられるくらい厄介度高いのよあの存在は」とミヤさんはとっても渋い顔だ。


 それに総一郎、もしかしてと思い聞いてみる。


「ミヤさん。勘違いだったら申し訳ないんですけど、無貌の神を相手取ったりしたことが」


「あるわよ勿論。っていうか元はグレゴリーの親気取りだったのよ? それを、『やっば今すぐ対処しないと地球壊れる』ってボコして保護したのが私よ」


「何だその出生の新事実」


 グレゴリー、ええ? という顔でミヤさんを睨みつけた。それに「るっさい! ほっといたら今頃アンタは妙なのの言いなりだった可能性があるってことよこのバカ息子!」とミヤさんは逆切れだ。


「グレゴリー。アンタ自我が芽生えただとか前世の記憶取り戻しただとかが五歳くらいだったでしょ! その前の時代よ! モー大変だったんだからね!」


「何がだよ」


「何もかもよ! その時の巡業員、全員死んだか発狂して今スラムの奥で管巻いてるわよ! 無貌の神ってマジで性格悪くって、人間関係から責めてくんのよ! そして全員不幸にしてケタケタ笑ってんの!」


「それでミヤさんはどうしたんですか?」


「腹立ったからグレゴリーに執着してる理由問いただして全面的に嫌がらせしてやったわ。具体的には転生者の命を迂遠にでも奪おうとしたら、運勢が急降下する呪いかけたのよ」


「イマイチピンとこない呪いだな。ミヤ、お前説明下手すぎだろ」


「じゃあピンと来させてあげる」


 ミヤさんが指を鳴らした直後、グレゴリーの座ってるイスがその場で瓦解した。虚を突かれたグレゴリーは尻餅をついて、背後の机の角に後頭部を打ち付ける。だが驚異的な身体能力の持ち主なグレゴリーは、不機嫌そうな表情をさらに険しくするばかりだ。


「痛くはないが、不愉快だな」


「あんた頑丈だもんね。それでどう? ピンときた?」


「男に二言があると思うか。不運というのは主観的なものだろ? オレがこの程度で不運だと感じるとでも思うのかよ」


「なるほど、意地を張る訳ね? 別にいいわよ私は。ちなみにその呪い放っとくと明日まで解けないんだけど」


「……」


 鼻を鳴らして、グレゴリーは立ち上がった。それから自室へ黙って引っ込もうと歩き出した直後、地面のぬめりに足を滑らせてひっくり返る。ミヤさんの大笑いに眉間のしわを深くしながら、グレゴリーは肩を怒らせて奥へと引っ込んでいった。


「あ、また物音した。グレゴリー! もの壊したらぶっ飛ばすからねー!」


 畜生舐めやがって! とくぐもった怒鳴り声が聞こえ、数秒もせずにまたガタン! と物音が。「グレゴリーには容赦しませんね」と総一郎が苦笑すると、「あいつ頑丈だから何やっても説教にならなくて困ってるのよ」と悩ましげな溜息だ。


「無貌の神が絡んでるなら、ありうる話っていうのも分かるわ」


 声のトーンがいきなり下がったので、総一郎はびくりとさせられる。ミヤさんは視線を落として、考えを巡らせているようだった。


「でも、だからこそ私は疑わしいだけなら手は出せない。もちろんグレゴリーもね。だから、証拠が欲しい」


「証拠、ですか」


「ええ、そうよ。証拠。それがあれば……グレゴリーを貸してあげる。あいつ『能力』が制限下にあってもそこそこ戦えるし、そういう意味じゃ私が出張るより役に立ってくれると思うわ」


 私が出ると程よく戦うってことが出来ないから。とミヤさんは言う。総一郎は、少し気になって質問した。


「そういえば、グレゴリーはラビットとして平気で戦ってますよね。制限してるとはいえ、人を殺してしまえば破滅……してしまうのに」


「あいつの付けてる手足、可愛いでしょ」


「……はい?」


 いきなり話が変わったと感じて首を傾げると、「ああゴメン、変な切り出し方しちゃったわね」とミヤさんは笑う。


「あのモフモフのウサギアームとウサギレッグ、私のお手製でね。まじないが掛かってるのよ。あれが壊れない威力の攻撃なら、絶対に死者が出ないっていう、ね」


「そう、なんですか」


「そそ。そういうのがなきゃアイツ、学校で殴られっぱなしで帰ってくる時があってね……。小学校の時は傷だらけの癖に威張って帰ってきてさ。そういう意味じゃ優しい奴なのよ。破滅云々なんて話してなかったのに、『殴ったらあいつら大怪我するだろ』って」


 ナマイキでしょ、とミヤさんは懐かしそうに言う。


「それで私が頭に来ちゃって、力加減が一定レベル超えたら破れる札作ったのよ。それを拳にグルグル巻いて、札が破れないように殴れば小学生パンチの範囲内だって。そしたらあいつ無傷で帰ってきてさ」


 曰く、全員泣かせてやった、と。グレゴリーらしい、と思う。


「それがきっかけで、成長するごとにぶちのめす相手が増えてったのよね。で、挙句の果てに社会レベルで暴れる連中を懲らしめる新しい札くれって言われたのよ。バカなこと止めろって言っても効かないから、ウサギのかっわいー奴作ったら諦めるかなって思ったの」


「それでも止まらなかったんですね」


「“『弱者の味方』って言えばそれらしいだろ?”ってね。でもやっぱり相手が死なないレベルの攻撃しかできないから、頭がいい敵は簡単に出し抜いてくる。そういう意味では最近のウッド騒動なんかはずっと悩み通しだったわ」


 相手が何枚も上手だったのね。なんて流し目で言われて、総一郎は固く笑ってスルーを決め込む。


「だからこそ――ウッドが『能力者』だってわかった時のあいつったらなかったわ。引導を渡してやれなかったって家に帰ってきてからずーっとうだうだうだうだ。ま、総一郎は『能力』で人を殺してなかったんだから結果的には良かったんだけど」


「あの時のことはいまだに夢に見ますよ……」


 アーカムに渡ってきて初めて実感した死だった。ウッドの記憶は明瞭ながら膜の張ったような他人事感があるのに、あの時の追い詰められた記憶に関してばかりは例外もいいところ。


 正直言って、トラウマだ。


「悪かったわねー。でもギリギリで生き残ってくれてよかったわ。危うく殺しちゃったとしても、生き返らせることは出来ないから」


「それがグレゴリーの言っていた『死者蘇生の破綻』ですか?」


「そうよ。死者を生き返らせられる人間は割といてね。ゾンビが最近色々と騒がせてるけど、文字通り完全に生き返るパターンもある」


「でも、破綻するんですよね」


「ええ、その通り。これも一般人を『能力』で殺したとき同様即詰み系の“概念”の一つよ。死者を蘇らせれば、蘇生者も生き返った本人も、ついでに近くの数人も巻き込んで人間関係が瓦解する。それが『能力者』だったら最悪ね。そのまま大抵破滅コースよ」


 だから『能力者』は『能力』で他人の生死に関わっちゃダメよ? とミヤさんは言った。痛い目見るのは他でもない本人なのだから、と。


「ま、要は世の中、普通じゃありえないようなことを自分の勝手で起こそうとしたら、その無理が全部返ってくるってことね。他にもタイムパラドックス起こしてヒドイ目見た奴とか居たわよ~。時間はねぇ、即詰み系も重大事件系もいっぱいあるから手出し無用ね」


「ハハハ。……はぁ」


 総一郎は空笑いして、それから口を閉ざした。どうしても、考えてしまう。ファーガス。まだ偽ウッドの正体が、父である可能性が消えたわけではない。だが、きっとナイならファーガスを選ぶ。それがより多くの心を激しく揺さぶると分かっているから。


「けど、油断はできない」


 ファーガスだったなら、多くの人間の感情が揺さぶられる代わりに本気のグレゴリーが力を貸してくれるだろう。死者の蘇生などという歪な存在は不幸の種だと、ファーガスが『能力者』であるのも手伝って、かつてのウッドへのように圧倒してくれるはずだ。


 しかし、父だったなら。動揺するのは総一郎に、恐らくは白羽だ。そして、父が判明もしていない『能力』で人を殺した確証もない以上、グレゴリーは手を出すまい。そのとき起こるのは総一郎と父の全面対決だ。それは、下手をするとファーガス以上に困る事態と言える。


 そうでなくとも、父が居ないなら説明のつかない出来事があったのだ。その事実がある以上、何かしらの関与の疑いは決して拭えないと言える。昔の事を知る人は大抵父を知っているほど、アーカムは父と縁深かった。


 そう思うと、さらにため息がこぼれていった。どちらにせよ嫌だし、前途多難だ。総一郎は手元に『闇』魔法を浮かべて睨みつける。『能力者』に対する唯一の対抗手段。だが、『能力者』以外には使えないと来た。


「難しそうな顔しちゃって。不安?」


「不安です。現状睨んでる偽ウッドの正体は、どちらであろうと俺にとっては最悪ですから。今まで積み上げてきた戦いのノウハウ、全部無駄になりますし」


「そうでもないと思うけどね。でもまぁ、気持ちは分かるわ。いきなり攻撃力無限の一本勝負ね、とか言われれば困るに決まってるもの」


「いざとなったら訓練づけてくれたりしません? 『能力者』戦の」


「そうねぇ……相手が優さんだったならいいわよ。訓練づけてあげる。じゃないと勝ち目ないだろうしね」


 勝ち目がない、とはっきり言われるのは、何となく察していた上でも多少クルものがあった。そんな総一郎の落ち込みように「まぁまぁ。多少やり方が変わるだけよ。最初は戸惑うにしろ、すぐに要領は掴めるわ」とミヤさんはフォローをしてくれる。


 その後ポツリと「アイツも最初は辛かったのかな」とミヤさんは言う。


「……グレゴリーのことですか?」


「あー、ううん。昔馴染みのことをちょっと思い出してね。昔にも居たのよ。普通の高校生やってたのに『能力者』同士の抗争に巻き込まれて『能力者』になっちゃった奴。昔は魔力の発散が今ほど円滑じゃなかったから、割とありがちな悲劇ではあったんだけど」


「それはまた……大変ですね」


「大変だったわ……。モテる奴だったから事件の度にはべらす女増えてったし。結局私にはなびいてくれなかったし……。あーもー! 最初っから隣に居たの私でしょーがー!」


 叫んでバタンと机に倒れ込む。何事かと顔を覗き込むと、明らかに酔っていた。ビールでこれか、とミヤさんの酒への弱さを知る。


「うぅう……、私頑張ったのに……。何でそっちに行っちゃうのよぉ……うぅ……」


 めそめそと泣くミヤさんはそのまま静かに寝入ってしまって、総一郎は頬をかいた。ミヤさんの店とはいえ、このまま放置するのも薄情というものか。細い体を持ち上げて、「グレゴリー! ミヤさん潰れちゃったから部屋まで運ぶよー!」と呼びかける。


「あぁ? ……また昼酌で潰れたのか。いい加減下戸の自覚持ってくんねぇか」


 な、と言い切る前にグレゴリーは奥の階段で滑って何回転かしながらゴロゴロと転がり出てきた。しばし無言で見つめあって、そっと提案。


「俺が運ぶね……?」


「……頼む」


 総一郎も、この不運って結構馬鹿にならないのではと認識し始める。何せ本来なら転ぶ余地のないグレゴリーのはずなのだ。それが面白いようにこけるのは、侮れないと言わざるを得ない。


 階段をグレゴリーに先に行かせると事故になる、という予測の元、総一郎は彼の指示を先にうけてミヤさんを一人で寝室のベッドまで運んだ。改めてみれば顔も真っ赤で、これだけ弱くて良く飲む気になるな、と感心する。


 階下へ戻ると、もう窓の外は暗くなり始めていた。そろそろ帰るかな、と店内スペースに出ると、グレゴリーがカシャカシャとバーテンダーの真似事をしている。小気味よく上下に振られる、名前のよく分からない、カクテルを混ぜ合わせる銀色のカップが印象的だ。


「どうしたの? それ」


「お前の姉に振る舞ったんだ。お前にも一杯くらいと思ってな」


 総一郎は頬をヒクつかせる。つまり、カクテルを用意する代わりに姉への取次がどうなったかハッキリしていけという事だろう。


「はぁ、分かったよ。それ、度数は?」


「オレはあくまでただのジュースだと言い張るが」言い張るて。


「……ま、その方が俺もスムーズに話せるかな」


 カウンター席、グレゴリーの目の前に総一郎は陣取った。即座に目の前に出された一杯は、茶褐色のそれだ。無言で指さすと、「コーヒー系の甘めの奴だ。飲みやすい部類に入る」と端的に告げられる。


 総一郎はまず警戒をあらわにちびりとやり、その美味しさに気付いて更に一口分杯を傾けた。なるほど前評判通りの味である。


「バーテンとしてはそこそこ実力があるみたいだね」


「成人したら、夜に出そうと思っててな。だから、それまでにアーカムにはある程度平和になっててもらう必要がある」


「君の言う平和っていうのは?」


「弱い奴が守られていること。それでいて、守られているって感謝を持ちながら、ちゃんと笑えてることだ」


「弱者の味方を自称するだけあるね。強い人はどうでもいいの?」


「強い奴は自分の事を守れるだろ」


 何を言っているのか、とばかり切り捨てたグレゴリーに、総一郎はまた一口飲んでから言い返した。


「守れないよ。強ければ強いほど自壊する。その最たる例が『能力者』だろうし、そうでなくとも白ねえは俺以外には完全に心を許せない」


 沈黙が下りる。グレゴリーは困惑の目でこちらを見つめていた。総一郎は、気にもせずやはりコップに口を付ける。まだだ。本音まで吐露するには、まだ足りない。


 飲み干して、コップを差し出した。「とにかく飲みやすくて、回りやすいの頼むよ」と注文する。


 グレゴリーはコップを受け取って、違うグラスにまたカシャカシャとカクテルを作り始めた。総一郎は黙ってそれを見つめる。中身を注ぎ、こちらの前に突き出してから、グレゴリーは問うた。


「それは、どういう意味だ。シラハに、何をした」


「……」


 総一郎は一口飲んで液を舌でもてあそんでから、グラスを一気に傾けて飲み干した。グレゴリーはそのペースに目を丸くしている。だから、言ってやった。


「グレゴリー、君も飲め。飲み比べと行こうじゃないか」


「……チッ」


 グレゴリーは手早くカクテルを作って勢いよく飲みほした。まだだ、と思う。総一郎もグレゴリーも、まだ顔すら赤くなっちゃいない。


「同じの」


「分かった」


 意地を張りあうみたいにして、注文と応答が交わされた。グレゴリーはまたシャカシャカ作り始める。その最中に、総一郎は言った。


「救ってもらった。傷つけたのに、助けられた。だから俺は、今ここにウッドじゃなく総一郎として居られる」


「それ、言うのにためらう必要があったか?」


「時期を考えればわかるよ。あの時、直前に何があって、そこに居たのは誰だったかって」


 グレゴリーは視線を斜め上に持ち上げながら、手際よくカクテルを総一郎に差し出した。躊躇わず飲み干す。少し、回ってきたという気がする。


「――面倒だ。迂遠な言い方は止めろ。はっきりと言え」


「ここじゃあ言わないよ。俺が家に帰った頃に、君が答えにたどり着くくらいがちょうどいい」


 君に殺されるのはゴメンだからね、と総一郎は心中で呟いた。グレゴリーは不機嫌そうに目を細める。総一郎は視線をそらして言った。


「強いからこそ、壊れやすいんだ。罪の上に強さを重ねる。弱さを歪めて強さにする。けど君は生まれながらに強い。歪んでいないまっすぐな君は、きっと歪み切った俺たちを理解できない」


「訳の分からないことを言うな。強さは研鑽の先にある。罪の上に重ねられた強さも、弱さを歪めて作った強さも、まがい物だったってことだろうが」


「ほら、理解しようとすらしてないじゃないか」


 総一郎が指摘すると、グレゴリーは胸を突かれたように黙ってから、その辺の瓶を掴んで一気飲みした。少し彼も回ってきたように見える。


「うるせぇ。それで、結局どうなんだ。オレはイチ、お前に頼んだよな? シラハと俺を取り持ってくれって」


「そうだね。それに関して、ちゃんと取り持ったじゃないか」


「いつ、どこで」


「白ねえはARFのリーダーだ。君が俺の証拠を確認して偽ウッドを追い詰めてくれるって言うんなら、自然と君はARF陣営につくことになる。そうすれば、自然とリーダー相手に話す機会はあるよね」


「……あ?」


 グレゴリーは声色に反してキョトンとした顔で総一郎を見た。その反応に、総一郎がポカンとする。


「え、知らなかったの?」


「……ここ最近はARFよりもゾンビを追っていたからな。というか、ARFはハウンドとお前のぶつかり合いからだいぶ大人しいだろうが」


「え、じゃあJVAと手を組んだとか、宗教施設を同時一斉襲撃とか、ギャングをほとんど一掃したとか知らないの?」


「はぁ……?」


 理解が追い付かない、という顔をする。その反応に総一郎は戸惑って、急に思いついた。


「グレゴリー。もしかしてラビット活動ってさ、協力者とか、通信傍受とか」


「居ないし出来るわけがねぇだろ。オレはただの高校生だぞ。それも成績があまりよろしくない類の」


「むしろそれでよく今まで色んな組織に横やり入れてきたね!」


「耳がいいからな。ゾンビの拉致被害系統はもう百人単位で阻止できたと思ってる」


 が、と彼は首を垂れた。情報的に明らかに遅れているのが分かって、落ち込んでいるらしい。通りで登場シーンにムラがあると思ったのだ。VSハウンドは現れないのに、VSヴァンパイアシスターズでは窮地に駆け付けるとか。


「……イチ」


「はい」


「確認するが――お前は、何のために戦ってる」


 深そうな質問だが、流れ的に浅そうでもある。


「白ねえのために、そして俺自身のために今は戦ってるよ」


「お前自身のために、ってのは多分無貌の神だな。じゃあ、シラハ……ARFはどうだ」


「彼らは、生きるのが難しい亜人たちのために戦ってる。つまりは、自分の力で警察とかから自分を守れない類の亜人たちのために」


「じゃあ、弱者のためだな」


 分かった、とグレゴリーは言った。この言葉だけで信じるのかとも思ったが、彼なら総一郎の動揺くらい身体能力ですべて把握していそうだ。カバラの誤魔化しがあればどこまで正確かは分からないが。


「ならウッドじゃなくなった、善良なお前と信じて頼みたいことがある」


「どうぞ」


「……オレは常に正義と弱者のために戦う。もしお前がオレと同じ立場に立って戦うなら、オレにも情報をくれ」


「味方になってくれると?」


「確約は出来ない。だが、オレの信条がお前らの信条と違わなければそうなる」


「なんとまぁ」


 あのグレゴリーにここまで言わせてしまうとは。ただまぁ、最近のARFの動きはかなり政治的に高度というか、話し合いや敵対拠点の秘密裏の乗っ取りだったりとグレゴリーにすら察知が難しいのだろう。根本的にラビットの活動は夜だし。


 あ、だから早朝の襲撃だったのか、と今更に白羽の頭脳に感嘆する。


 思えばベルと共に行ったノア・オリビア支部制圧の時も、様子を見に来るやじ馬一人いなかった。もしかすると、総一郎たちのバックアップにJVAの魔法使いが音魔法の無音バリアでも張ってくれたと考えるとつじつまが合ったりする。JVAつよい。


 総一郎は手元のグラスを口につけて、中身がなくなっていたことを思い出す。もう一杯頼むと差し出すと「一応言っておくが、奢りだったのは最初の一杯だけだからな」と渋い顔をされた。


「そこは気にしてないよ。でも、そうだな。なら、濃い目のを二つ頼みたいな」


 二つか、とグレゴリーは首を傾げて作り始める。二つグラスを差し出され、総一郎は一つ受け取り、一つを隣の席の前に置いた。


「俺からの奢りだよ。今日はこれで最後にするから、飲みながら話さない?」


「……それは、悪くないな」


 皮肉気に笑って、グレゴリーはカウンターを回って総一郎の横に座った。総一郎がグラスを掲げると、察してグレゴリーも持ち上げる。


「じゃ、グレゴリーの失恋を祈って」


「やめろ」


「乾杯」


「乾杯」


 硬質で、軽い音。二人はグラスをぶつけ合って、それぞれ一口ずつ嚥下した。濃い目というだけあって、液体が喉を通るとカッと熱くなる。


「そういえば、俺たちはどっちも転生者なんだっけ」


「そうだが、それがどうかしたか?」


「ちょっとね。ほら、肉体年齢はともかく、精神年齢はお互い合法で飲める年かなって思って」


「イチ、お前前世は何歳だった」


「何歳だったかな……。社会人になって、その自覚が出てきて、やっと慣れてきて……そうだ。プロポーズをしようとしたんだっけ、あの日」


「気にしてるか? してたなら謝罪する」


「要らないよ。体感ですら、十五、六年前のことだ。それよりも、この半生が濃すぎた」


「そうか。オレもだ。一人旅で日本に訪れて、事故があって、あの化け物じみたガキが」


 総一郎は目を剥いてグレゴリーを見た。彼は総一郎の視線を受けて「オレの知る転生者は、全員あの事件の被害者だぞ」と短く告げた。


「それ、本当に? ……だとすれば、何で」


「さぁな。何かしらあったのかもしれないし、その延長上にイチの言う無貌の神がいるのかもしれない。だが、大事なのは今この瞬間だ。お前が前世よりも今世を重視するように、オレも今のために全力を尽くす」


 そこまで言って「このままだと会話が終わるな」とグレゴリーは呟いた。「まさしくだね」と総一郎が笑うと、この不愛想な美丈夫は少し考えて総一郎に衝撃の事実を伝えた。


「ちなみにだが、あの事件の後始末を付けたのはミヤらしいぞ」


「マジで!?」


 マジで、とか言っちゃった。


「ああ、大マジだ。オレもそれを聞いて流石に驚いた」


 総一郎の反応が面白かったのか、グレゴリーはクックと笑う。


「ミヤが長年『能力者』をやってきたことは直接聞いてるな?」


「う、うん」


「あいつはな、お前が思っている以上に凄まじい人生を歩んでるぞ。不死の『能力者』の話は聞いたか?」


「いいや、聞いてないけど」


「そいつを殺すために亜人が生まれたらしいぞ」


「理解が追い付かない」


 理解が追い付かない。


 グレゴリーはその流れから、ミヤさんがヒロインのうろ覚えスペクタクルを話し始めた。ミヤさんが好きだったらしいモテモテハイスペック幼馴染や、そこにひっついた色んな恋のライバルたち(全員『能力者』)。そして現れる最大の敵『不死』がウッドも真っ青なくらいの狂気具合で軽く酔いが冷めるなどなど。


 総一郎の半生がかすむようなハイレベルなお話だったがやっぱりほとんど理解できなかった。多分グレゴリーの説明が下手だったせいだろう。


「で、なんやかんやあってその幼馴染は日本の動乱期を掻い潜って初代大統領に収まってだな」


「わぁすごい」


 総一郎はグラスの中の液体をちびりちびり絶え間なく舐めて情報を頭に素通りさせている。ここまでの話を総括すると、ミヤさんの幼馴染すごい、だ。ちょっと実在を疑うくらい。


 そんなバカ話をし、夜も少しずつ更けていく。グレゴリーと仲直りした一幕だった。


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