7話 死が二人を別つまでⅩⅡ
「魔法って、何だと思う?」
ミヤさんの問いに、総一郎は考え込む。これだけでは解釈の余地がありすぎて、答えにくい。そのように返すと、科学的見地による返答を求めているのだとその旨を伝えられた。
科学的見地、となると総一郎の得意分野だ。魔法。亜人より親和性を受け取って、その多寡でもって“魔力”とされるエネルギーを火の玉などの現象として、発生させる技術だと。
ならば魔力とは何か、と。白羽がワグナー先生より教えられた研究内容を、総一郎も教えてもらっていた。魔力とは人が多い場所に集まるエネルギーだ、と返答する。
ならば何故、魔力は人が集まる場所に集まるのか。総一郎はその問いへの答えを持たない。だから、腕を組んで考え始める。
「人が集まる場所に集まる、ってことは、そのエネルギーは人に由来するってことですかね」
「でも、それは本当に正しいのかしら。魔力が少ない場所は人が少ないのは確かなことなのかもしれないけど、人が少ない場所は魔力が少ないって断言できる?」
必要条件、十分条件的な話だ、と思った。魔力が少ない→人が少ないが真だとしても、その逆が成り立つ場合は少ない。実際、イギリスの僻地でも、ある程度総一郎はドラゴンたちと戦えたのだ。
「……降参です。イジメないでください」
「ふふふ。ごめんなさいね。でも、私が思ってる以上に知ってたから、何処まで知ってるのかと思って」
侮れないわねぇ、とミヤさんは感心するような仕草で、いつの間にか用意していたらしいビールに口を付ける。こんな時間から、と思うが客がいない以上仕方がないのか。コップを置いて、潤わされた唇が言葉を紡いだ。
「魔力ってね、脳波なのよ」
「脳、波?」
「そうそう。脳波。もっと正確な話をするときりがないんだけど、ともかく生物の脳から漏れ出るエネルギー。それがこの世で魔力と呼ばれるものの正体なのよね」
総一郎は、その言葉を受けてしばし思考に浸った。脳より漏れ出るエネルギーを行使することで、魔法を操る。総一郎は違和感に首を傾げ、尋ねた。
「それは超能力では?」
「あ、うん。そういう見方も出来るわよ全然。火魔法はパイロキネシスだし、精神魔法はサイコメトリーだし」
「そういえばそんな論どこかで聞きましたね……。でもよくよく考えるとやっぱり納得いかないといいますか」
一瞬納得しそうになったが、火や風魔法は分かっても水や土、金属魔法などの物質を直接生み出すものも超能力で片づけられるのだろうか。そのように聞くと、ミヤさんは答える。
「風は分子レベルの大まかな流れを司る干渉で、火は熱エネルギーと分子結合レベルの干渉。一方水は原子レベルで、土とか金属は素粒子レベルの干渉って感じかしら。受け売りだから正しいかは分かんないけど」
化学苦手だったのに覚えてる私すごくない? と話がそれそうになるのを、総一郎は「そうですね、それで」と急カーブで再着地。にしても、あまりに信じがたい話だ。原子どころか素粒子レベルの干渉を行う事が出来るエネルギーだと。だが、魔法を科学的に理解するなら、そのように解釈していくしかない。
つまり、方法さえ知れれば簡単に使用できる、自由自在なエネルギーであると。
「そうそう。それが魔力で、その魔力の発露の形が魔法なのよね。じゃあ次に、亜人って何かしら」
「降参です、教えてください」
「少しは考える努力をしなさいな」
「って言われても」
魔法は研究も鍛錬も積んでいるから、ある程度は分かる。だが、亜人が何か、など科学的見地で分かる人など少なかろう。彼らは人間と同様の理性と知性を有する存在なのだから――
そこまで考えて、思い出した。かつて読んだワグナー先生の書籍。イギリスにいた亜人たちの異様な変化。最初はまともだった天狗や竜神様が、正気を失って暴れたあの一件を。
「亜人は、国によってその性質を変えると言われています。日本では完全な人間でした。アメリカでもそうです……が、どこか犯罪者というイメージもついて回りますし、法そのものに価値を置いている亜人も実際少ない。そしてイギリスでは、亜人は大抵獰猛な獣でした」
「へぇ、他の国ではそうだったのね。それで、そこから何か分かる?」
総一郎は深呼吸し、自分の考えをまとめて口にした。
「亜人は、その国の人間が持つ“イメージ”に準じた性質を持ちやすい、んですかね」
「……頭よさそうとは思ってたけど、やっぱりすごいわね総一郎。ウチのバカ息子に爪のアカ煎じて飲ませたいくらいよ」
「昔から思ってましたけど、そのことわざ普通に汚いですよね」
とはいえ褒められるのは嬉しいので素直に受け取る。
「まぁ、そうね。亜人っていうのはつまりそういうもの。人間のイメージを無意識に受け取って、自分の意思と混ぜ合わせて振る舞う、天使、妖精、妖怪、怪物、悪魔みたいな幻想の中の住人達。三百年前に突如として現れた新人類。それが亜人ってね」
イメージ。と総一郎は反復する。するとミヤさんは、「概念とも言い換えられるわ」と呟くように言った。それから首を振って「間違えた。イメージが概念なんじゃなくて、イメージが概念に“なる”のよ」と。
よく分からなくなって、総一郎は確認をとる。
「イメージは、各々それぞれが持ってる考え、印象といったものですよね。概念は逆で、論理的かつ言語的な意味内容。つまり個人のものであるイメージとは違い、限りなく共有可能なミームだと」
「ごめん総一郎、ミームって何?」
「伝染する情報です。親が机の上にお皿を置いて食事したら、子どもも真似して机にお皿を置きますよね? でも親が机を寝床にしていたら、子どももそうするかもしれません。そうやって広がっていく情報を、ミームと呼びます」
「シュレディンガーって聞いてまず猫が思い浮かぶようなものかしら」
「シュレディンガーの猫みんな好きですよね。あれ『んな訳ないじゃん』って話なんですけど」
それはさておき。
「そうね。総一郎が言った意味通りの意味合いで、私はイメージが概念になるって言ったわ。亜人へのそれぞれ不定形なイメージが、一定以上の共有化で力を持った概念へと変貌する。だから各国それぞれで亜人は性質を変えるのよね。それが、今の時代」
「今の、ですか」
「そう、今。もっと言うなら、亜人が存在する、今の時代」
総一郎は、つばを飲み込む。話が、核心に近づいていくのが肌で感じられた。亜人が存在するこの世のイメージが、亜人の概念に影響を及ぼすならば。亜人が存在しなかった時代には、何が。
「魔力の話はしたわね。それに、イメージと概念の話も」
ミヤさんの確認に、総一郎は頷いた。それから、何となく流れが出来ていることに気付く。
「魔力は脳から漏れ出るエネルギー。イメージは脳が形成する像。となると、“力を持った概念”は――その二つの組み合わさったものとか」
「……そこまで分かったなら、出し惜しみする必要もないわね。その通りよ。イメージという枠に、エネルギーが詰め込まれて、魔法になったり、力を持った概念になったりする。それが今のこの世界。魔法は人為的なエネルギーの発散で、亜人を始めとした概念は自然発生的なエネルギーの発散ね」
発散、と聞いて総一郎は勘づいた。亜人登場以前と以後。そこに生ずる違いは、魔力と現時点で呼称すべきエネルギーが、発散されているか否かだ。そして、使用されなかったエネルギーは溜まる一方だろう。人類が活用方法を理解するまでの石油のように。
その中で、もし、偶然そのエネルギーの活用方法を知る人間が、“ごく少数”いたなら。
「『能力』はね、頭脳を有する生物すべてが少しずつ貯めて、いつの間にか莫大な量となったこのエネルギーを、限られた人間が独占して、好き勝手に振るっていたものなのよ」
『能力』を振るう者を、単純に『能力者』と呼称した時代があったという。
亜人登場以前の、総一郎も知る時代。前世に生きたあの安穏とした世界の裏では、ひそかに『能力者』が跳梁跋扈し、しのぎを削りあっていたという。
だが、と思う。当然、歴史を見る限り『能力者』の存在が確認されたことなどない。隠されていたとしても、規模的に隠し通せるものではなかったのではないか。まして、対抗者のほとんどいない『能力者』だ。隠す気もない場合の方が多かろう。
そんな総一郎の疑問に、ミヤさんはやはり段階を踏んで説明を始める。
「そうねぇ……じゃあ、ひとまず総一郎が今まで出会ってきた『先祖返り』たちを教えてもらえるかしら」
先祖返り、というのはミヤさんが名付けた呼称だという。つまり、滅んだはずの『能力者』が再び現れ始めたがゆえに、三百年前の『先祖』に返ったのだと。
「俺があったのは、グレゴリーにルフィナ、それと……かつての親友だけです。それと自分自身に、ミヤさんくらいのものでしょうか」
「なるほどねぇ。そうポンポン居られても困るし、そんなものかしら。一度は居なくなった存在だしね。――じゃあ、次。そのみんなの能力を教えてくれる?」
総一郎は思い出す。グレゴリーは何だったろうか。異能という言葉に留めるのすら疑問な、あのとてつもない筋力。奴の拳は文字通り空を薙いだ。だが、それだけではなかったのは記憶に新しい。奴は姿も音も、体温すら感知されないように仕向けたウッドを見つけ出した。
身体能力。グレゴリーの『能力』を最も適切に表現するのはこれだろう。圧倒的という言葉すら生ぬるい、身体能力だ。
次。ルフィナはどうだろう。紙などに浮かぶインクなどを、時空を超えて支配する『能力』だった。平面の支配、だろうか。そこまで考え、違うと首を振る。平面の支配ではなく、二次元情報の支配という方が正しかろう。
ファーガスは。最初はただ恐れおののくばかりだった、あの異能は何だったか。総一郎が想起するのはナイの分析だ。世界を滅ぼす剣は作れても、同様な効果の盾は作れない、とか何とか。「特殊効果の付加」と言っていた気もする。もっと言うなら、その物体の性質を強化する『能力』だと。
最後に、総一郎だ。ブラックホール。ただそれだけ言えば単純な能力だが、使い勝手が恐ろしく良かったのを覚えている。何個でも、どんな大きさでも、総一郎が望めばそれだけ分裂と拡大を繰り返す。縮小消滅だって思いのままだ。
「グレゴリーは圧倒的な身体能力。ルフィナは二次元情報の支配。親友の――ファーガスは性質強化。そして俺はブラックホール、だったと思います」
「そのみんなは、能力の範囲で出来ないことってあった?」
ミヤさんの間髪入れない質問に、総一郎は面食らう。それから「当然あるに決まっている」という旨の言葉を口にしようとして、その根拠がないことに気付いた。
ウッドがアーリの屋敷で飽きもせずに遊んでいたから、身に染みるほど知っている。規模が大きいという範囲に、その誰もが収まらない。強いて言うなら本人の想像の範囲に従っているという程度だ。
とするなら、総一郎は、この『闇』魔法を広げ続ければ、世界を、宇宙をすべて呑み込めるとでも?
「……出来ないことは、ないんですか?」
半ば恐怖しながら、総一郎は尋ねた。莫大なエネルギーによって、この異能が支えられていることは理解している。だとしても、宇宙を滅ぼして余りあるエネルギーが、宇宙の中にあるなどと。
「さぁ? 今は分からないわ。でも、昔はなかったのよ」
その言葉に、二人きりの店内は静まり返る。ただ、ミヤさんが日も落ちていないのにビールを飲む音のどの音だけが、妙に豪快に響いた。「さて」と彼女は言う。
「そういう意味じゃ、これからする昔話は今の人間にとっては神話になるのかもしれないわね」
「し、神話、ですか」
「ふふっ、そんな肩ひじ張らなくていいのよ? 総一郎。神話っていうのはつまり、現代とは全く違った論理で語られる、誇張だらけのおとぎ話にすぎないの。だから話半分に聞きなさいな。どうせもう終わった過去の話よ」
過去の話、と言われて総一郎は自らの手を見つめた。『闇』魔法と名付けた『能力』とされる、総一郎だけの異能。ミヤさんはこれを、過去のものにせよと、使わずに忘れよとそう告げているのか。
「三百年前に『能力者』が暴れなかったのはね。一つの概念が理由の根底として横たわっていたからよ」
思い出すように宙を見つめながら、ミヤさんは話し始めた。
「いつからそんな概念ができたのか、それとも欲におぼれた人間の末路は自然とそうなるものだったのか……。分からないけれど、自然にみんなが知っていたの」
「何を、ですか」
総一郎は、緊張とともに尋ねた。ミヤさんは少し悪戯っぽく総一郎を見てから、ビールの泡をすすりつつ言う。
「『能力』で一般人を殺した『能力者』は、それが原因で破滅する」
破滅。総一郎は知らず知らずに繰り返していた。ナイが総一郎に与えようとするもの。無貌の神がナイに求めさせるもの。
「これはね、必ずと言っていいくらいの法則だったのよ。私利私欲で『能力』を他者への殺傷のために振るうってね、『能力』への歪な全能感とか、一般人に対する過度の蔑視とか、そういうものの第一歩だから。で、そういう事例がいくつも積み重なって、気づくと概念になってたのね。必ずと言っていい、くらいの法則が、明確な必然となった」
「それが、ミヤさんやグレゴリーの言う引導に繋がると」
「平たく言っちゃえばね。だって、可哀想なんだもの。本当に、見てられないくらいボロボロで、引導を渡してあげないと人間としての尊厳も守れずに死ぬしかない。無関係の人も危ないしね」
「……想像には、難くないです」
力に溺れる、ということなのだろう。本人も当然として、周囲の人間すべてが。何せ宇宙をも滅ぼせるという触れ込みだ。事実グレゴリーの拳は、星々さえ薙いでしまいそうだった。空を摩擦で燃やしたのすら、本気でなかったと言っていたのだ。
あの力を利用としようとすれば、際限はないだろう。少し脅せば誰だっていうことを聞く。欲しいものは何だって手に入る。普通の人間からは殺される余地もない。――それを、人は退屈と呼ぶのだ。そして退屈は人を殺す。
しかし、総一郎は納得しきれていない。その疑問を言い当てるように、ミヤさんは続けた。
「っていうか、実際に放置してたら宇宙ごと自滅しかねない案件って結構あったのよね。大変だったわーあの処理。予言の出来る『能力者』が仲間にいたんだけどね? そいつが学校で授業受けてるような真昼間に『やっばい今ビビッときたこれこれここの住所に今から何時間以内に行ってねじゃないとこの街地図から消えるから』とか『あーこれダメだわ。街が消えるのはもうあきらめていいよでもあと何分以内には絶対についてねその県焦土にな、あ、これも間に合わない』とか『日本とんで地球滅亡前あと五分』とか! 私行動力すっごくない!? 当時高校生だったのに学校早退して飛行機取って地方まで行ってその『能力者』が生まれた事実ごとこの世から消して事なきを得たのよ! 移動チョー大変だった!」
「すごいですけど、俺としては生まれた事実ごと相手を消せるミヤさんの『能力』のほうがすごいと思います」
「実は私あの時代でも有数の武闘派だったのよね」
「ひ……なるほど」
「今思いっきりドン引きしなかった?」
「してません」
首を振り振り否定する総一郎。ミヤさんには絶対逆らわないと決めた一幕だ。
にしても、過去遡及的に事実を改変できるのなら、致命的な出来事がない限りは隠ぺいが可能なのかもしれない。しかし、とも思う。話を聞く限り、致命的な出来事が簡単に起こってしまっても不思議ではないと感じたのだ。
故にそこについて尋ねようとした、まさにそのタイミングだった。
「……ミヤ。お前イチに何話してんだ?」
聞きたくない声を聴いて、総一郎は思い切り肩を跳ねさせた。しかしミヤさんはそんな総一郎の態度に気付いたのか違うのか、いつものように「お、グレゴリーちょうどいいわね。こっち来なさい」と手招きする。
「オレはイチと話したいことがあるんだがな……、まぁいい。何だ?」
ミヤさんはこちらを見る。背後に感じるあの美丈夫の存在感に、総一郎は少し待ってほしい、と必死にアイコンタクトを送る。アナグラム調整された、意図の伝わるようなそれだ。ミヤさんはうんうん頷いて言った。
「グレゴリー。耳より情報なんだけどね、実はウッドの正体って、総一郎らしいのよ!」
「は?」
「ちょっ、心の準備がまだだって伝えましたよね!」
「そんなのいくら待ったってまだのままよ。でね、グレゴリー。ウッドが『能力』で人を殺した云々って、アンタの勘違いらしいのよね。だから、もうウッドを、ってか総一郎を追いこんじゃダメよ?」
「……お前ら、それ、マジで言ってんのか」
グレゴリーは底冷えしそうな声音でもって問うてくる。総一郎はかつてボコボコにされた記憶に怯え切って、目も合わせられない。
思考はすでに逃げることにシフトしていた。一般人に振るってはならない『能力』だろうと、『能力者』相手ならば許されよう。グレゴリーの拳でもって破られる程度のブラックホールでも、無数に出せるなら逃げるだけのことは出来る。
「イチ、どこ向いてんだ。こっち見ろよ」
「ほらー。グレゴリーアンタ、前にイジメすぎなのよ。勘違いだったんだから謝んなさい!」
「……マジなのか。イチ、お前がウッドだったのか」
「まぁ、その、やむにやまれぬ事情があってね」
頭の中でいかにグレゴリーから逃げるか、あわよくばダメージを与えられるかを考える。アナグラム演算は威力が膨大で面倒だったが、∞を代入して記号として扱えば負荷は軽い。総一郎のブラックホールとて威力そのものは無限のようなものだ。ならば、と考えたところで、グレゴリーは「分かった」と言った。
「様子を見る限り本当のことらしい。それでなお人間として生きていられるなら、それはオレの勘違いだったってことだ。謝罪しよう、ウッド。お前は人の営みから外れていなかった」
「……君の横やりのおかげで、俺がシェリルを殺さずに済んだのは確かだ。謝罪はいらないよ」
「いいや、そこはハッキリさせておく必要がある。何せお前は人の営みの範疇で多くの一般人の人生を破綻させた極悪人だ。これから懲らしめるにしても、殺すのは避けるって基準を明示して殴らなきゃならん」
あ、これ今すぐ逃げた方がいいかも。
総一郎は素早く席から立ってグレゴリーの横を抜ける。それを容易く防いでグレゴリーは地面に総一郎をたたきつけた。絶息。次いで拳が真上から落ちてこようとし、総一郎は『闇』魔法を――
「グレゴリー、総一郎。これ以上私の店で暴れたら地獄見せるわよ」
二人の少年は、その言葉にピクリとも動けなくなった。ただの脅しではない。耳に届いた言葉がそのまま脳を鷲掴みにし、ねじ伏せるような圧力があった。
「……く、うぐ、言葉に直接力を込めやがったな……――――ッハァ! 畜生まだ克服に二秒かかる」
「総一郎は初体験だから解いたげる。自発的には暴れないだろうしね」
ミヤさんが地面に倒れて動けない総一郎の頭を、指で軽くはじいた。途端全身が軽くなって、動けるようになる。
「おいミヤ。お前イチに甘くないか?」
「私は“アンタに”厳しいのよグレゴリー。総一郎、立てる?」
「あ、はい。すいません騒動起こして」
「ほら見なさいこの礼儀正しさ」
「……改めて考えるとこいつがウッドとはとても思えないな」
ミヤさんに助け起こされ、総一郎は深く息をついた。どうやら、この場には総一郎が相手にもならない『能力者』が揃っているらしい。魔境だ、と重ねて溜息を。
「じゃ、仲直りってことでいいかしら? ほらグレゴリー、コーラ二つ持ってきなさい。総一郎のコップもう空だから。あと今前世世界の話してるから、飲み物ついでに混ざりなさい」
「人使いの荒いババァが……」
「あ? おいババァつったか今」
「コーラ持ってくる」
ミヤさんはたまに物凄く怖いんだな、と総一郎はどこか遠い気持ちで考える。グレゴリーのコーラを待って、話が再開された。
グレゴリーは着席しながら聞いてくる。
「それで? 前世世界ってーと……おいマジか。ってことはイチも転生者だと?」
「そういえばいつバレたんですかそれ。いえ、秘密にしていることではないんですけど」
とそこまで言って、文脈からグレゴリーも転生者であると理解する。なるほど、ミヤさんの言う『先祖返り』=転生者という流れか。ルフィナも、ファーガスも転生者だった。
「ま、その話は長くなるし、おいおいね。あとでグレゴリーの口から話してあげなさい」
それで、とミヤさんは続けた。どうやらまだ話は残っているらしい。
「どこまで話したんだ?」
「『能力者』は『能力』で一般人を殺したら破滅するってとこまでを、丁寧気味にね。ついでに最近ゾンビがうろちょろしてるし、即詰み系の概念についてもういくらか教えておこうかなって」
「となると、『死者蘇生の破綻』あたりか」
ぴくっ、と総一郎が反応したのに、ミヤさんは奇妙そうに「どうかした?」と尋ねてくる。グレゴリーも見つめてくる中、総一郎は意を決し言葉を口にした。
「その……元々俺がミヤさんを訪ねたのは、そのことが聞きたくてなんです。ルフィナからの又聞きで『死者をよみがえらせるとミヤさんを敵に回す』と聞いたから」
「何でこのことを?」
僅かな躊躇い。それは、死した彼の尊厳を守りたいがためか。
口が、声もなく蠢いた。言おうとして言えない。それは、疑いですら明言したくなかったからだ。だが、核心に切り出すには話すしか。
「……かつて、」
言葉に詰まる。その躊躇いを飲み下して、総一郎は丹田に力を籠め、わだかまった想いを吐き出した。
「かつて死なせてしまった友人が、生き返っている可能性があるんです。彼は『能力者』で――そして今、無貌の神の操り人形にされているかも、しれない、んです」
苦しい、と総一郎は服の胸の辺りを強く掻き抱く。ファーガス。かつて殺せなかった親友。思えば、あまりに出来すぎた筋書きだった。ローレルが現れ、ベルが復讐に総一郎と手を取ろうとしている。そんな状況下で偽ウッドにふさわしいのは、多くの心を砕いて嘲笑うのは、明らかにファーガスの復活だ。
「……その話、詳しく聞かせてもらえる?」
ミヤさんは視線を鋭くして尋ねてくる。総一郎はただ黙って頷いて、事のあらましを伝え始めた。