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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
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7話 死が二人を別つまでⅦ

 まずビルに飛び上がり、JVAと警察の魔法・銃撃戦を一瞥してから、総一郎は夜を駆けた。前にゾンビを見たルフィナの工場で見た月は満月だったのを覚えている。あれから一か月近くたった。今日の月は、満月から欠け始めといったところか。


 先導するのはシェリルのものと思われる蝙蝠だ。ナイなら偽物で惑わせてくるくらいするだろうと、カバラでもって確かめた一匹。総一郎は空中を走りながら、着々と郊外へと向かっているのを感じ取る。


「結局墓地で発見したの、シェリル?」


 鳴き声が返ってくる。総一郎は建物の屋上間を跳躍しつつ、状況整理に思考を割いた。


 アイは、墓地で見つかった。だが今までの監視カメラでの記録ではそうでなかった。ここに、目撃情報が墓地に集合しているという前提を持ってくると、“墓地で活動していると思わせたい”という説が濃厚になってくる。


 だとすれば、それは何故か。墓地で活動しているという説が広まるとどうなるか。当然アイを探すのは墓地になるだろう。実際監視カメラは墓地を重点的に設置したし、シェリルが探しに行き、発見したのも墓地だ。ゾンビもその戦略の一助になる。


 それが敵の利につながる、ということは。総一郎の思考はさらに深みに潜る。アイの活動場所が墓地だと思わせることで発生する利益とは何か。総一郎達の目をかいくぐるため? 違うだろう。総一郎は状況のさらなる悪化の原因を、まずナイに見出す。そのことを、あの狡猾なナイが理解していないはずがない。


 発想を転換する。総一郎が確実に直観するのなら、ナイが騙そうと考えるのは別の勢力ではないのかと。例えば――つい先ほどまで争いあっていたJVA、アーカム警察などだ。


 総一郎の中で嫌な予感が走った。蝙蝠を優しく捕まえ、「ごめんシェリル。急ぐよ」と告げて加速のための魔法を増やし、弾丸のように空中を飛んだ。


 蝙蝠が甲高い悲鳴を上げる。その最中でも、総一郎は考えを止めなかった。周囲のアナグラムを片っ端から補足、電脳魔術に掛けて状況を割り出しにかかる。


 アイ。対外的にはまだ、ARFの構成員のままだと認識されているだろう。それがこのゾンビ騒動を起こしたとして、JVA、アーカム警察はどう考えるか。答えは明白だ。警察連中はともかくとして、JVAのトップ、イキオベおじさんはARFとの提携を切ろうと考えるはずだ。


「まずい」


 アナグラム計算を人物像検索に変更する。主要なアナグラムはJVAバッチの電波だ。墓地に向かう前に、イキオベおじさんを補足する必要がある。無理なら、総一郎から能動的にアイと敵対する姿を見てもらうか。


 その二択を思いついたところで、イキオベおじさんと他数名のJVA構成員が車を走らせているのをカバラで捉えた。墓地との距離感はギリギリだが、間に合わない距離ではない。


 加速。蝙蝠がとうとう悲鳴さえ上げなくなる。後でシェリルに謝ろうと思いつつ、加速に加速を重ねた。総一郎は自分に出せる最大速力で空を切る。それから、墓地への路地に入りかけていた車の前に着弾した。


 『灰』を記せば、勢い余って道路を破壊することもなかった。いきなり眼前に表れた総一郎に、車は急ブレーキをかける。停止を確認して『灰』を吹き飛ばした。総一郎は車のヘッドライトに照らされ、柔らかな女性の声が注意を喚起してくる。


『急に目の前に飛び出すのは危険行為です。また、あなたは我々の進路をふさいでいます。速やかに進路からどいてください』


 一瞬人間の声かと誤認するも、すぐに車自体が発した合成音声だと気が付いた。総一郎は声を張り上げる。


「イキオベおじさん! 止まってください! 俺です、武士垣外総一郎です!」


 再びの合成音声による注意喚起が、途中で停止させられた。後部座席から出てくるのは、想定通りイキオベおじさんだ。眉根を寄せながら近寄ってくる彼に続き、部下らしき人物も様子を見にドアを開いて出てくる。


「総一郎君か。一体どうしたんだね、そんな危ない真似までして」


「非常に急を要する連絡があるんです。聞いていただけますか?」


 総一郎の剣幕に、イキオベおじさんは面食らったようだった。「それは」と内容を聞いてくる。聞いてくると、思ったのだ。


「それは――ARFの不祥事を隠すためかね?」


「……はい?」


 今度面食らうのは総一郎の番だった。予想外に敵意に満ちた返答を突き付けられ、何度か瞬きをする。困惑からイキオベおじさんより視線を外し、背後の部下たちに目を向ける。それぞれが総一郎を睨む中、ゆったりと車の奥から現れる影があった。


 大人だらけの中でひときわ目立つ小柄な影。子供のそれ。総一郎は言葉を失う。彼女は、くすくすと嘲笑めいた含み笑いとともに総一郎に言葉を投げかけた。


「総一郎君、無駄だよ。もうボク、話しちゃったもの。愛見ちゃんがARFの指示でゾンビを操って、何人も拉致してるんだってこと」


 やられた。総一郎は焦燥に歯を食いしばる。ナイはいつものように意地悪に笑いながら、「さ、みんな。総一郎君の魂胆は見えていることだし、先に行こうよ。車が必要な距離でもないしね」とイキオベおじさん達を急かした。


「そうだな。そうさせて貰おう。だが、結果は見るまでもないような気さえするがね。――総一郎君、私の目は曇っていたようだ。教え子の子供たちが率いている革命集団といえば聞こえはいいが、しょせん犯罪者の集まりでしかなかったのだな」


 おじさんは心底残念そうに総一郎の横を通り過ぎる。その背中に追いすがろうとして、おじさんの部下たちが総一郎を羽交い絞めにした。素早く手錠がかけられ、「ついてきなさい」と両肩をつかまれ連行される。


「ま、待ってください。話を、聞いてください」


「墓地の光景を見てからにさせてもらおう。もし我々の勘違いだったなら、頭を垂れて謝罪する。そうでなければ、分かっているね」


 総一郎は頭をフル回転させて打開策を探った。説得は今のところその余地がない。暴れるのは最後の手段だ。逃げることは可能だろうが、イキオベおじさんの中の疑いを確定させてしまう。ナイの信用性の低さを訴える? こんな幼子が対等に扱われている時点で、おじさん達はすでにナイの術中だ。出来るわけがない。


 そう考えていると、背後からナイが総一郎に抱き着いてきた。身長差が、彼女を腰のあたりに手を回させる。


「あ~、久しぶりに総一郎君に会えたよ~。もー、ボクずっと寂しかったんだからね!」


 甘えるように背中で顔をぐりぐりと押し付けてくる。所作そのものは愛おしいが、状況が状況だ。こんな場面でさえマイペースを貫ける彼女に、総一郎はただ、戦慄と感心を抱くしかない。


「ナイ。君、手回し早すぎでしょ」


「あは。声震えてるよ、総一郎君。強がっちゃってかーわいい! 平気なふりしてすっごく怯えてるの。でもね、ぜーんぶ総一郎君が悪いんだよ。ボク、ちゃんと宣戦布告したのに、他の事にばっかりかまけてて。直接墓地じゃなくてこっちに来たのは褒めたいところだけど、合格点は上げられませーん」


 嘲笑を漏らしながら、ナイはわき腹のあたりから覗き込むように総一郎の顔を見上げた。ここまで近づくと、睡蓮の匂いが香ってくる。悪戯っぽくうれし気な笑み。それが、氷点下にまで冷え込む。


「総一郎君、ボクの事舐めすぎだよ。だから、一つ目の破滅をプレゼントしてあげる。ARFはこれから、警察JVAともに敵に回す犯罪組織になるの。分かる? 君のせいで白羽ちゃんは、亜人差別撤廃の夢を永遠に失うんだよ」


 目の前が、真っ暗になるような気持ちにさせられる。白羽の絶望。それは、総一郎のそれよりずっと重い。悔いに総一郎は歯を食いしばった。


「墓地の入り口が近づいてきたよ。総一郎君、この先の光景でARFとJVAの関係が確定する」


 端的に、イキオベさんは言った。足の重くなった総一郎を、乱暴におじさんの部下が連れていく。


 そして墓地の中に足を踏み入れる、その先には、恐ろしくも幻想的な光景が広がっていた。


 棺桶を破り、盛り土をかき分けて這い出てきた大量のゾンビたち。その真ん中で、墓の上に立ち、鐘を鳴らす少女の姿があった。両目をぼろぼろの包帯で覆い、しかしかつて見たサイドテールはなしに、喪服めいた黒いドレスを着た彼女を、総一郎は知っていた。


 アイ。本名、東雲愛見。かつてARFの元で闇に紛れて働いていた彼女は今、数々のゾンビたちを従え、まるで死者の女王のように君臨していた。


「彼女はARFの構成員だったね。先の市長暗殺動画に映っていたはずだ。装いは多少華美になっているが、目の包帯と髪型は一致している」


「一縷の望みも見いだせないで、結果を見せつけられるのは苦しいね、総一郎君? でも大丈夫だよ。君はいつだって屈服していいし、屈服したらしたで大切に可愛がってあげるから。まぁ、無貌の神本体は満足しないから、他の化身は暴れ続けるだろうけど」


 てへ、と笑うナイを、総一郎は見た。勝ち誇る彼女を、滑稽だと思う。総一郎は今までの動揺が嘘だったかのように、にやりと笑いかけ――


「あ、間違えた。一縷の望みはあったね。蝙蝠から情報を得たシェリルちゃんが、このタイミングで愛見ちゃんに喧嘩を売れば状況が錯綜する。そこにおじさんを説得する余地があった――けどごめんね。それもちゃんと潰してるんだ♪」


 総一郎の笑みが凍り付いた。ナイは小さな手を上に伸ばして、「アレだよ、アレ」と指さす。その先には、首のない毛むくじゃらのシルエットがあった。それは乱暴な手つきで小さな少女を片手で抱えている。シェリルは目を閉じ、どうやら昏倒させられているらしかった。


「吸血鬼は逃げる能力が高い。けど意識を失ってたら、逃げるも何もないんだよ」


 総一郎がその影を指摘する前に、毛むくじゃらのシルエットは姿を消した。シェリルが建物の屋根の上に崩れ落ちる。同時に、「ま、余計なことを言わずに見守っていなよ」とナイは唇でもって物理的に総一郎の口をふさいだ。


「これで、はっきりしたね。悲しいが、事実は受け止めねばならない。――あそこにいるアイを捕らえろ! 抵抗が予想されるため、殺傷力低度の魔法攻撃を許可する!」


 イキオベさんの指示を受け、部下たちは飛び出した。直後アイこちらに気付き、手に持った大きな鐘――ギラルディウスの金を大きく振った。


 鈍く、大きな音。ガランガランと墓地中に鳴り響いた音に従って、ゾンビたちが駆け寄ってくる。それを、部下たちはスタンダイヤモンド弾の連射で対応した。当たれば一発で拘束できるダイヤモンドの魔法は、無力化という一点において他の魔法をはるかにしのぐ。


 ナイが、口惜しそうに総一郎の唇を放した。「さぁ、もう何をしても手遅れだね」と恍惚の笑みとともに離れ、ケタケタと笑う。


 その瞬間だった。


「ソウ、手助けはいる?」


 時間が、止まったとすら錯覚した。総一郎は、これが最後のチャンスだと刹那の間に理解した。誰が言ったのかを理解する前に、叫ぶ。


「いる! この状況を打開できるなら、俺は何だってやってやる!」


「いいね。やはり自分は、一番高く売りつけられるときに売るものだ」


 どこからともなく、総一郎たちの目の前に振ってくる影があった。部下たちはゾンビに夢中で振り向けない。だから、その少女を見とがめたのはイキオベさんとナイだけだった。銀色めいた薄い金髪の彼女は、同時にこちらへと二発の矢を放つ。その一本はイキオベさんが構成した刀で切り落とされ、もう一本はナイの胸へと突き立った。


「何だ君は! いきなり人に向かって矢を放つなど、何を考えている!」


「そんなことより横を見てください。ソウの隣に立つ彼女です。あなたがARFを黒幕と信じ込むように仕向けたその女の子は、誰ですか? あなたにとって信用にたる存在ですか?」


「何を言っている、彼女は――君は、何者だ? 何故、私は君の言葉をほとんど鵜呑みにした?」


 イキオベさんはナイを見て、困惑に頭を押さえた。正気になったのだ、と総一郎は看破する。恐らく、おじさんが切り落とした矢に精神魔法か何かが掛かっていたのだ。それが、イキオベさんを正気に戻した。


 一方で、ナイに刺さった矢は何の変哲も持たないようだった。ただの、矢だ。そして特殊効果のない矢というものは、他者を殺すために製造される。


「あ、れ」


 ナイが、その場に崩れた。肩をぶるぶると震わせ、顔を真っ青にしている。そして、その正中線上にひびが入った。


「おっと、藪をつついてしまったみたいだ。ソウ、どうしたらいいかな」


「俺はシェリルを回収する! 二人はなるべく“それ”を見ないようにしてほしい! 逃げる方向は、誘導するから付いてきて!」


 総一郎は自分に認識疎外の精神魔法をかけ、恐ろしい化け物を見てしまっても恐怖にのまれないように仕向けた。そして魔法で飛び上がり、シェリルの小柄な体躯を抱える。


「諸君! ここはゾンビの大群以上の危険があるらしい! 各自バラバラに逃げなさい! 自宅に無事帰還後、連絡を入れるよう!」


 イキオベさんの号令に部下はこちらを見、息をのんで逃げだした。中には悲鳴を上げてひた走るものもいる。総一郎は圧迫感のある方向に意識して目を向けないようにし、走り寄った先のイキオベさんの背中を叩く。


「おじさん! スタミナのほうは大丈夫ですか!」


「まだまだ若者に負ける気はしないな!」


「なら飛ばしますよ!」


 それぞれ自分に魔法をかけ、一直線に駆け抜ける。巨大生物の足音が追いかけてくるのを頼りに、総一郎はスタンダイヤモンド弾を魔力の尽きん限りに発射する。背後で響く、電撃や鉱石同士のぶつかり合う硬質な音。表通りに誘導しては大惨事になりかねないので、わざと人気のない道を選んで走った。


 背後に気配が消えたのは、五分も走らないうちのことだった。周囲は閑散とした公園らしく、まばらに木々が生えている以外の何もない。


 イキオベさんは、芝生の上に立って、膝頭をつかんで荒く息をついていた。


「ハァ、ハァ、ハァ……。ど、どうやら巻いたようだね。ふぅ、毎朝のランニングを欠かしていなくてよかったと、心底思ったよ」


「無事に逃げ切れてよかったです。それで」


 総一郎は向き直る。そこには、息一つ切らしていない少女が得意げに微笑んでいた。


「ありがとう、正直詰んだかと思った。君がいなければどうにもならなかったと思う。重ねて感謝するよ、ベル」


「どういたしまして。しかし、とんでもないものに付きまとわれているんだね、ソウ。小さな女の子が君を手玉に取って遊んでいるから、見た目通りではないと思って射抜いてしまったけれど」


 ベルは苦笑とともに言ってのける。「そこは少し文句を言いたいけれどね。でも、助かったのは事実だから」と総一郎は結果主義で見て見ぬふりだ。


 それにしても、と思う。ウッド時代にカバリストに用意された隠れ家がめちゃくちゃになっていたことがあったが、なるほど。ナイは人間としての肉体が死に至ると、割れて“中身”が出てくるらしい。


 ナイは日ごろから隙だらけではあったが、そこを突いてもろくでもない結果にしかならないと薄々思っていたのだ。本当に、厄介な敵を愛してしまったというか。


「さて……では、改めて君の話を聞かなかったことを謝らせてもらえるかな。その上で聞かせてほしい。私は一体、何を経験したのかね」


 早くも息を整えたおじさんは、総一郎に問うてきた。白髪交じりの髪をかき上げ、真剣な目つきだ。


「亜人、と大枠にくくってしまうのは雑にも程があると思うんですが、つまりそういうことです。日本でいう神格か、それ以上に力のある化け物がいて、事あるごとに俺の邪魔をするんですよ。イキオベさんが誑かされたのは、その一環です」


「そ、そうか。何というか、結局親子は似るものなのだね。優も妙な敵に翻弄されていたと聞いたことがあったが……そうか、うむ。ひとまずは信じようじゃないか」


 こんな突拍子のない話をその場で飲み込む姿勢は、間違いなく傑物のそれだろう。伊達にJVAを取りまとめているだけはある。苛烈だが、話の分かる人だ。


 イキオベさんは深く息をついてから、落ち着きを取り戻し話し出す。


「いやしかし、まったく気が付かなかったよ。気づけば、あの小さな少女を信頼できる既知の存在として迎え入れていた。彼女の言葉は強く信用出来て、事実確認の一環で墓地まで出向いたが、すでにほとんどARFと手を切る予定でいた。……危なかった、としか言えないね。この年になって、自分の精神が信じられなくなるとは」


「俺は常日頃から、精神魔法でガチガチにプロテクトをかけてます。一度関わられた以上、必須かと」


「私も交渉の席で惑わされない程度の精神魔法はかけているのだがね……いいや、欺瞞か。こうやって見事に騙されてしまったのだからな」


 イキオベさんは、落ち込んだかのように沈鬱な溜息を落とした。日本人としてとても有能な出自を持つ彼のことだ。組織のトップに立ってから、実力不足を感じると思っていなかったのだろう。


 一方で総一郎は、宣戦布告のことを思い出していた。ナイが、正式に敵対したあの日のこと。漠然と恐ろしさを感じてはいたが、ここまで用意周到で狡猾だなどとは考えていなかった。


 総一郎の考えの先を行く策に、総一郎に邪魔されないための手を打ち、さらに総一郎の考えを読み切って切り札をあらかじめ潰しておく。こうなると、もう総一郎の予測外の誰かに頑張ってもらうしかないように思えてくる。


 例えば、ここに立つベルなど。


「でも。私も少しショックだったな。まさか逃げるしかない相手がいるなんて。見るだけで強度の高い精神魔法に汚染されるなんて、卑怯もいいところだ」


 まるでカバリストだよ。と言ってのけるベルに、総一郎は吹き出した。この、何でも悪いものの例としてカバリストを挙げていく感じ、結構好きだ。


 そこで、シェリルが目を覚ました。「お腹にあっばぐがん……」と低いうめき声が上がったので、総一郎は手早くお姫様抱っこへと移行して「おはよう、背中がお留守の吸血鬼さん?」と笑いかける。


 初めはお姫様抱っこに赤面気味だったシェリルだったが、次第に後頭部の痛みと総一郎の皮肉が分かって「ち、ちが、違うの。確かに私、ちゃんと包帯目隠しの人に殴りかかろうと思ったの」と弁解を始める。


「おや、その子も目が覚めたようだね。総一郎君、紹介してもらえるかな」


「ARFの未熟な幹部です。ヴァンパイア・シスターズって聞いたことありますか?」


「ああ、君がそうだったんだね。にしても、お姉さん、あるいは妹さんのほうはどうしたのかな」


「お姉さまは私の中に戻ってきたよ」


「うん?」


「その話はまた、後々。ほら、シェリル。ご挨拶して」


 地面に下ろすと、緊張しいな小さな吸血鬼は、ちょっとどもりながら「は、初めまして。シェリル・トーマスです。ARFで幹部やってます……」と頭をペコリ。「ARFというのは、本当に若い組織なんだね」とイキオベおじさんは感心しきりだ。


 その流れで全員あいさつを交わす。シェリルはそこにいる女性がベルだと気づいて声が出ないほど驚き慌てていたが、「助けてくれた相手だよ、失礼の無いように」と告げると納得のいかない顔で黙り込んだ。


 それから、総一郎は仕切り直しておじさんに向き直った。


「では、イキオベさん。事の顛末を話させていただいてもかまいませんか? こちらからの報告漏れが今回の問題点だと感じましたので」


「もちろんだとも。だがいい加減、我々も腰を落ち着けられる場所に移動しないかね? 芝生の真ん中で長話を続けるのは、老骨には少々答えるものでね」


 冗談めかすおじさんに総一郎は頷いて、一同は変貌したナイに遭遇しないよう、注意深く移動を始めた。


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