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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
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7話 死が二人を別つまでⅥ

 図書の家に帰ると、居間で白羽とシェリル、それにウルフマンがのんびりと駄弁っていた。休憩中に水を差すのは悪いな、と考えながら、「ただいま」と一言あげる。


「ん、お帰り総ちゃん。……何か学校帰りにしては疲れてない?」


「おれも体があれば学校に行くんだがなー、アー畜生体がないから学校いけないなー」


「うっ、それに関してはとても申し訳なく」


「狼さんは日ごろから学校の授業に行かなくて済むって喜んでるよ、ソウイチ」


「謝って損した」


 復讐ではないが、ウルフマンの頭を逆さまにしてぐるぐると回してやる。「三半規管~」とヘロヘロした声を上げたのでそれ以上は放置で許してやることにした。


「それで? 何かあったんでしょ。お姉ちゃんに話してみなさい」


 白羽は胸を張って頼れる姉ムーブ。胸を張られるとあらゆる女性がアーリに惨敗するため、総一郎は目を背ける。いや、白羽は人並みにはあるのだが。


「白ねえとシェリルだけなら、話をだいぶ省略できるかな。その……ベルに会った」


「ベル、って“あの”ベル? ソウイチがイギリスを離れる間際にやばい奴だって分かった、あの?」


「あー、そんな子の話もされたね。最近イギリスの友達に会いすぎじゃない?」


 会いすぎ、というか寄ってくる、というか。


「カバリストへの復讐を手伝えば、こっちにも協力してくれる、らしいよ。どう思う?」


「え、何。そういう感じ? まぁ優秀そうな話だったし、手伝ってくれるなら万々歳だけど。そのカバリストたちがノア・オリビアに参加してる可能性も高いしね」


「えっ、ベルを仲間にするの? いやいやいや、止めた方がいいってボス。頭イッてるよあの人は。ソウイチと記憶共有してるから私知ってるよ?」


 意見が真っ二つに割れて総一郎は微妙な顔つきになる。というかシェリルの拒否り具合が激しい。


「ソウイチもそんな案件持ってこないでその場で切り捨てちゃえばいいのに。カバリストは死ねばいいけど、ソウイチが手を下す必要ないよ」


「シェリルちゃんめっちゃ過激派じゃん。どうしたの?」


「ベルはヤバい。ソウイチも、のど元過ぎて熱さ忘れてる場合じゃないよ。私は味方に引き入れるのは断固反対だから」


 ほほを膨らませて腕組みと、シェリルの反対の意思は固そうだ。白羽と見合わせて、肩をすくめあう。


「総ちゃん自身はどう考えてるの? 総ちゃんの知り合いなんだし、まずそこから聞きたいな」


「未知数のリスクと、確実な利益っていう点で揺れてるかな。少なくとも、カバラを覚えたてで魔法をバンバン使いこなしてた中学時代の俺よりも強かったんだ。そこから成長してるって考えると、頼もしい戦力になってくれると思う。俺と違って、人殺しも躊躇わないだろうし」


「殺人に躊躇うのはソウイチだけじゃない?」


「……確かにそれもそうだけど」


 ベルを仲間にする理由が揺らぎ始めた。流石ARF、豊富な人材を取り揃えている。


「んー、でも欲しい人材ではあるんだよね。ハウハウがノア・オリビア潜入失敗っていう時点で、カバリストか純血の亜人以外のメンバーは派遣できないし」


「ボス、私がいるよ」


「シェリルちゃんはまだいろいろと詰めが甘いからダーメ。ハウハウが返り討ちに遭った組織だよ、ノア・オリビアは」


「うっ」


 痛いところを付かれ、シェリルは渋い顔だ。総一郎も自分なりの意見を述べる。


「そもそもアーリの強みって分析が進んでからじゃないかな。素で腕っぷしと耐久力かつ逃亡能力が高い幹部って」


「おれだな」


 頭のみの逆さま狼がキリリとした顔つきで言ってのけた。確かに対ウッドの先鋒はウルフマンだったが、お前は今体がないだろうに。


「狼さんの頭をボーリングみたいにノア・オリビアに突っ込む?」


「シェリル、そのときは付き合うよ」


「おし、今覚悟決めたぜ。どこに投げ込んでくれるんだ?」


「J、君の肝っ玉精神は一体全体何処から湧いてくるんだ」


 このアーカムで一位二位を争うほど無力な存在の癖に、危険を厭わなさすぎる。廊下もまっすぐ進めないのに何だこの頭。


「警察に潜入してほぼ誰にもバレずに出てくるハウハウが、傷だらけになってくるような施設だからね。シェリルちゃんが協力的になってくれた以上、ウー君が五体満足なら総ちゃんも合わせて暴れてきてデータだけ回収、みたいな真似も出来たんだけど」


「私一人でも行けるもん!」


「はいはい、聞き分けようね。シェリルちゃんはポテンシャルがARF随一だけど、経験が足りてなさすぎる。一人で任務はやらせないよ。ウチの大事な幹部なんだから」


「むぅううううう」


 むくれるシェリルだが、大事にしているが故、と強調されているから強く出られない。人心掌握においては白羽の右に出るものは居ないな、と思わせられる一幕だ。


「じゃあ話も逸れてきたし、仮結論ね。ARFは、そのベルっていう総ちゃんの友人を、受け入れません。ただし現状況における独断的な判断だから、強い意志と根拠を持って説き伏せられるのならば、判断が覆ることもあるでしょう。以上!」


 総一郎は頷いて、その判断を受け入れた。そのことをベルに伝えようかとも思ったが、そもそも連絡手段がなかった。カバリストだから次にどうやって遭遇するかくらいは決めているだろうが。


 ひとまずこの件は終わり、と人心地つく。「総ちゃんは文句とかないの?」と白羽に問われて、「俺も悩みどころだと思ってたからね」と返した瞬間だった。


 電脳魔術の右下部分から、電話の通知が来た。同時に、白羽のEVフォンにも。白羽の人差し指に着けられた震える指輪と、視界の端で主張する着信に総一郎は眉根を寄せた。


 白羽と同時に受話ボタンを押した。すると、切羽詰まった声が響いた。


『おっ、総一郎!? 白羽もか! 今二人何処にいるッ?』


「二人とも家だけど。どうしたの図書にぃ」


『家か! ならいい。絶対家から出るなよ。万が一噛まれたら事だからな』


「ずちずち、質問に答えてもらえる? 噛まれるって何? ゾンビでも出た?」


 呆れた風な白羽の問いに、図書は言った。


『その通りだよ! 駅を中心としてゾンビパニックが起こってる! JVAで必死に対処してるが追っつかねぇ!』














 シェリルを連れて、総一郎は空を駆けた。お馴染み重力、風魔法と物理魔術の応用。シェリルのちょっと言い表しがたい叫び声を尾に、総一郎は駅前のビルの真上に着陸する。


「め。めがぎゅるんぎゅるんしてる……」


「三半規管って生物魔術で何とかできたっけ」


「そういうの良いから! ほっとけば治るから!」


 猫のような威嚇をされては、強硬にどうこうすることもない。「親切なのに……」と唇を尖らせながら、総一郎はビルの下を覗く。


「おー、JVAが奮闘してる」


 上から見ている分には、大量の魔法が飛びかう都市部の夕暮れは絵になる光景だった。逃げ惑う人々の姿は見られないあたり、すでに避難誘導は終わっているようだ。


「ふー、やっぱり夜は回復早い。それで? 私たちが分担して、ゾンビの出どころを――包帯目隠しの人を探すんだっけ?」


「簡単に言うとそうなるね」


 白羽の指示だった。飛翔が可能な総一郎とシェリルならば、比較的安全に調査可能という名目での任務だ。ゾンビは空を飛ばない。少なくとも、今のところは。


「墓地には居ないって話だったけど、どうなんだろうね。これだけのゾンビを用意するには、やっぱり死体が豊富にある墓地に行くしかないんじゃないかな」


「じゃあ私がパッと行って帰ってくるよ。ソウイチが行って万一包帯目隠しの人に遭遇したら、そのままバトルになっちゃうでしょ?」


「え? 何でさ」


「包帯目隠しの人、ウッドをめちゃくちゃに恨んでるから。狼さん攫ったーって」


「……なるほど」


 バトル、というより襲い掛かられるという話らしい。『灰』があるから争い自体は成立しないだろうが、望ましい選択ではないことは確かだ。


「じゃあ、頼める? 俺はひとまず図書にぃを助けてから、この辺りのゾンビの調査と一掃をしておくから」


「ゾンビはソウイチの中じゃ殺人じゃないの?」


「あれは人の形を保ったままの魔物だよ。基礎構造的にはロボットのほうが近いんじゃないかな」


「ふーん。ま、ソウイチのオタク話は今度聞かせてね。じゃあ行ってくる」


 言うが早いか、シェリルは蝙蝠の群れへと変身して屋上を去っていった。残された総一郎は、「オタク、オタクか……」と自分の好奇心に対する他人の目というものを顧みて、複雑な顔だ。


「シェリルは本当、歯に衣着せないというか。いいや、ひとまずやるべきことを済ませよっと」


 再び地上に目を向ける。四方八方で図書の開発したスタンダイヤモンド弾のものらしき雷光とダイヤモンドの光、そして容赦のない火魔法などが飛び交っている。


「ゾンビ相手にダイヤモンド弾って、優しいというか、気にしすぎというか。第一JVAで同士打ちしちゃわない、の、か……な?」


 言いながら違和感に首を傾げ、地上の様子を事細かに観察し始める。先ほどは群衆と魔法の身を見てJVAの奮闘具合を感じたが、よくよく考えればあれだけ魔法が飛び交うなど同士打ちしないはずがない。


 総一郎は地上への注意をより鋭くする。スタンダイヤモンド弾の放つ人物の服装と、それ以外の魔法の放ち手の姿の違いに感づいてくる。耳がかすかにとらえる炸裂音。総一郎は理解した。


「ゾンビ自体はもうほとんど残ってない。これ、JVAと警察の撃ち合いだ」


 何故、と思う。思いながら手に『灰』を記し、魔法とともに地上へと落下した。着地。JVA側の後方に総一郎は立ち上がり、真っ先に図書を探す。


「クソ、アナグラム変動が激しすぎて何が何だか――図書にぃ! 加勢に来たよ! 無事なら返事して――」


「何で来やがったバカ野郎!」


 背後から拳が振りかぶられるが、『灰』状態の総一郎には効くわけもない。直撃コースの一撃が当たらないという珍事に、その人物は「は!?」と同様の声を漏らした。


 その人物を見てまず目につくのは、その異形たる顔立ちだった。日本にいた鬼の亜人よりも、下手をすれば怖いのではないかというほど恐ろしい顔立ち、それから人間とは思い難い筋肉量。総一郎は慌てて言う。


「ちょっ、アーカム警察の目の前に出てきて大丈夫なんですか!? むしろそのザ・亜人みたいな外見でよくアーカムを生き延びられまし」「お前兄貴分の顔忘れたってかこの野郎!」


 怒れるザ・鬼の人物は恐ろしい顔立ちを仮面のように外したら図書だった。


 図書じゃん。


「え、何そのフォルム。筋肉も、あ、縮んだ。どういうこと? 図書にぃって人間だよね?」


「仮面被ることそのものが種族魔法な混血だよ! 白羽が跳ね生やしたり引っ込めたりできるようなもんだ」


「なるほど」


 納得の総一郎である。長年一緒なのに知らなかった。


「つーか家から出るなって言わなかったかおい! 子供は家の中で戸締りしっかりしてすっこんでろ!」


「いや俺今の状態だと、誰からも殴られたりゾンビにかまれたりしないから。代わりにものすごい気持ち悪いけど」


「はぁ!? そんな都合のいい技術あるわけ……いや、世の中広いし不思議じゃねぇか。総一郎だしな」


「人のこと変わり者みたいに言うのやめてよ」


「やかましいぞ変わり者。あーくそ、すいません! ウチの弟が紛れてたんでいったん保護のため前線を離れます!」


『分かった、くれぐれも大事の無いようにね』


 図書がJVAバッチに向けて報告すると、そこからイキオベおじさんの声が返ってくる。ここの指揮を執っているのはおじさんだったか、という総一郎の関心をさておき、「おら! こっち来い!」と怒髪天な図書は総一郎を引きずろうとして失敗した。











 JVAが押さえている駅構内で、どうやっても総一郎に触れられない事実を確認し、図書はやっと『灰』の有用性を理解した。


「何だこれすげぇな。今度先生交えて実験させてくれないか? これがあれば世の中の防犯変わるぜおい」


「え、やだよ。っていうか『灰』やめるね。たぶん今危険域」


「は、その技術なんか危険があるのか?」


「ないけどあるんだよ」


 言いながら、僅かな躊躇ごと総一郎は『灰』を吹き飛ばした。同時襲い来る重い罪悪感。一度深く深呼吸してから、総一郎は後悔する。


「き、気安く使うのもうやめよう……。これはちょっと、辛すぎる」


 脳裏に渦巻きだす罪、罪、罪。ウッドへと挑んできた人々への容赦ない殺害。意気揚々と叫んだ「ハッピーニューイヤー」。首だけとなって狂乱する人々の恐怖。『灰』が長ければ長いほど、その事実が改めて圧し掛かる。総一郎にしか使えない仙術だからこそ、総一郎にのみ牙をむく。


「お、おい大丈夫かよ。副作用かなんかあるのか?」


「いや、――平気だよ。大丈夫。それより、状況説明してもらえると助かるかな。何でJVAと警察がぶつかってるのさ」


「あー……うん。そうだな。説明しなきゃ、だよな」


 図書は重い溜息を一つ落とした。それから目を背けて言う。


「胸糞悪い話になるぞ。いいか」


「構わないよ。慣れてる」


「分かった。じゃあ、聞け」


 兄貴分は総一郎を、窺うように見た。総一郎が言葉と共にまっすぐに見返すと、降参したかのように彼は息をついて、語りだした。


「最初は電話した通り、ただのゾンビパニックだったんだよ。だから数が多くててんてこ舞いだったんだが、JVAのトップのおっさんが来てから何とかなり始めたんだ。あることに気付くまではな」


「あることって?」


「それは」


 図書はそこで言葉を詰まらせた。難しい顔で言葉を選んでいる。しかしどう説明したものか腕を組んで考え込んでしまい、総一郎は呆れ顔で「まだ?」と尋ねた。


 その背後で、悲痛な声が上がった。


「クソッ、クソォッ! あの、あの亜人差別のクソ警察どもは、二度も俺の家族を殺すのかよォ!」


 ゾッとして振り返ると、見知らぬ青年が地面に手をついて慟哭していた。他の面々はそれに見向きもしない。そこで、総一郎は理解した。あの嘆きがありふれたものであると。ここにいる、彼だけでない、多くの人間が同様の怒りと悲しみでもって震えていると。


「……まぁ、そういうことだ」


 図書はバツが悪そうな顔で言った。


「ゾンビってのは、動く死体だ。死体ってことは生前がある。その生前が、問題だったわけだ。アーカム警察は日本から来た多くの亜人を、『法律だから』の一辺倒で殺して回った。ここらにあふれかえったゾンビたちは、警察に殺された日本からの亜人だったんだな」


 総一郎は口をきつく結ぶ。図書はつづけた。


「そこに、事態終息を名目にJVAと警察が集結した。ゾンビの正体が分かるまでは、睨み合いながらも呉越同舟ってな具合にやってたんだが、気づいちまってからはダメだった。ゾンビといえども同郷の連中を魔法で粉々には出来ねぇ俺たちJVAと、そんなまだるっこしいこと知らねぇってスタンスのアーカム警察だ。ぶつからない訳がない」


 総一郎は注意深い目で駅の出口を見た。図書が開発したスタンダイヤモンド弾はすでにJVAに普及済みで、誰もが電撃を内包するタール状の魔法弾を打ち出している。一方で、警察は容赦などするつもりはないらしい。マジックウェポンを使用しないのは物資不足故と言わんばかり、実弾で応戦しているのが見て取れた。


 そして、たまに見かける上下に飛び跳ねる影も。


「あ、グレ、もといラビットいる。狙いはどっち……どっちもだね。図書にぃ痛い目見たくなきゃもう出ない方がいいよ」


「うっそだろ!? あいや、でも居てもおかしくねぇか。クッソ、まさかラビットにボコられかねない日が来ようとは……」


 ラビット。弱者の味方で、この街最強のヒーロー。ウッドにとっては身近な敵だったが、一般人にとってはどこか遠い存在だった。それがこうして敵として現れるのは、アーカム全体の時流の乱れ、という気がする。それを望むのはノア・オリビアか、あるいは。


 図書の逡巡に、総一郎は同情の目でもって眺める。一方で二人に見向きもせず走り出し、ラビットに気付いているのかいないのか、再びスタンダイヤモンド弾を打ち出すJVAの人々もいる。


 駅内部で魔法にて治療する人々は、痛みに耐えながら体内から弾丸を摘出していた。それから生物魔術で無理やりに直し、また前線へと飛び出していくのだ。


「JVAのみんな、頑張ってるね。そっか。銃弾食らっても止まらないんじゃ、ラビットなんて脅威にもならないね」


「ヒーローの敵になる、ってのだけでも心理的な壁はあるけどな。それでも負けるわけにはいかないんだよ。JVAはただでさえ亜人を抱えてる。侮られたら日本人の生活基盤そのものが危うくなる。それこそ、ゾンビアタックを使ってでも勝たなくちゃならねぇ」


「図書にぃ。この状況でそのシャレはちょっと……」


「やっ、ちがっ、別に軽んじてるとかそういうんじゃなくてだな!」


 慌てる図書をジト目で見つつ、総一郎はならばと考えた。この戦いにJVAの一人として参戦したいところではあったが、あくまで総一郎はARF。ゾンビたちの調査が目的だ。


「それはそうと、スタンダイヤモンド弾で捕獲されたゾンビは?」


「何だ? 興味があるのか? 見て楽しいもんじゃねぇぞ、グロいし」


「一度見ておかないと実感なくて」


 苦笑して肩をすくめると、図書はしばし渋い顔になってから「いいぞ、こっちだ」と歩き出した。


 人々の間を縫って歩く。図書の風貌や総一郎のように若いメンバーは、本来目立つものだ。周囲にいるのはたいてい成人済みの面々で、しかしこちらに目を向ける者はない。


 誰もが、警察への憎悪と反抗心で視野が狭くなっているのだ。総一郎は、考える。JVAと警察の小競り合いもウッド以降増えつつあった最近だ。全面戦争も近いのかもしれない。


「ここだ」


 図書の声に思考が現実に戻ってくる。目の前にはひとりひとり魔法製のブルーシート掛けられ、ゾンビらしき人型のものが横たえられていた。たまにシートが跳ねるのは、ゾンビがダイヤモンドで拘束されてなお、僅かにはみ出した四肢が暴れている証拠だろう。


「どうしました?」


 JVAの一人と思われる男性が近寄ってきた。総一郎はアナグラムで破綻の無い嘘をつく。


「すいません、その、家族がゾンビになって、JVAに確保されたって聞いて」


「ああ……。そうか、ご愁傷様だね。でも、次からは非常時に家から出てはいけないよ。亡くなったご家族の年頃と性別は? 一応外見でかろうじてわかる特徴別に、分けて並べてある」


 ブルーシートで隠されたゾンビたちはかなりの人数いて、案内で時間を割くのも、と考えアナグラムで直近のゾンビの特徴を述べた。


「二十代の女性です」


「それならこの辺りだ。好きに探してもらっていいが、くれぐれも引っかかれたり噛まれたりしないようにね。見つかったら申告してほしい。では」


 ゾンビたちの管理担当者は、軽く礼をしてリスト片手に去っていった。総一郎はお辞儀で見送ってから、足元のブルーシートをはがして調査を始める。


 その下には、肌のただれた女性のゾンビが、腰の部分を中心に薄いダイヤモンドに拘束されていた。ただれたのが死因なら、恐らくマジックウェポンのファイアバレットか。


「やっぱ総一郎ってとっさの嘘得意だよな」


「遺憾ながら得意分野ではあるよ」


 図書を適当にあしらいながら、アナグラムの状態を確認した。活動状態は拘束下ながら活発で、ダイヤモンドでおおわれていない部位を跳ねさせたりしている。


 だがやはりというか、知性らしきものは感じられなかった。総一郎へと顔を向けてはいるが、言葉を発しようとはしない。口も開かないのは、ありがちな『噛んで伝染する』という意図はない証拠か。


 事前情報で、拉致が多いとは聞いていた。JVAはこれだけ大勢捕獲できたものの、ゾンビの身元が日本人であると分かってから動揺しただろう。その隙をついて、何人が拉致被害にあったか。それはこの一体のアナグラム計算だけでは、割り出しが困難だ。


 思考を深める。敵の意図。ゾンビによる人間の拉致に加え、今回はJVAと警察の関係悪化を狙っているのか。前者の目的は依然として見えないにしろ、後者は推測がつく。


 JVA、警察、ともに治安維持組織だ。理念とする考えこそ違えど、それぞれの領分で犯罪防止に務めてきた――その二つが、敵対する。それはアーカム全体の秩序の麻痺を意味する。


 以前よりよほど犯罪は活発になるだろう。ゾンビの拉致被害は拡大し、アーカムは各所でJVAと警察の戦場と化す。混沌。いかにも喜びそうな人物を、総一郎は知っている。


「……ナイ」


 ブルーシートを元に戻し、総一郎は立ち上がった。図書は総一郎の表情を見て、何も言わずにここを離れた。総一郎は追従する。


 そうして歩いていると、総一郎の肩にちょっとした重さが掛かった。右肩を見てみると、至近距離で愛くるしい瞳をした蝙蝠が不安定に寝そべっている。


「見つかったみたいだね、シェリル」


 小声で確認をとる。蝙蝠は甲高い鳴き声を上げて、総一郎の肩から飛び立った。図書がこちらを見ていないタイミングを見計らい、総一郎は魔法で姿を消して蝙蝠を追いかける。


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