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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
八百万の神々の国にて
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挿話2 ある少年の初恋【下】

 ファーガスと件の少女――愛称をベルというらしい――との馴れ初めは、よく聞くが現実にはそうないという珍しいものだった。


 非常に簡単に述べるならば、身分を隠したご令嬢と、貴族と知らないまま仲良くなり、挙句の果ては危ない所を助け、そのまま士官に似た状況になる――というものだ。


 実際のところはもう少し複雑な紆余曲折があったが、ここでは省略しよう。妖精に助けられてオーガという化け物を倒した辺りはもはやファンタジー小説だったが、意外にもファーガスの語りが上手かった為、結構楽しかった総一郎だ。


「で、その助けてくれた妖精が――何だっけ? シルフィードっていうの?」


「ああ。あいつが居なければ、多分俺は今、ここに居ないな」


 深い感謝を示すように何度か頷くファーガスに、風鈴が連動するようになっている。もしやと先ほどから気にはなっていたが、やはりか。


 妖精は、姿を消すことができる。自らの身を守るためだ。しかし、自分の属性の探知機までは欺けない――そう。たとえば、風にとっての風鈴などだ。


 総一郎はそれに目を向けて、呆れ顔を示す。


「盗み聞きは感心しないよ。シルフィード」


「だってこいつが褒め殺しにかかってくるんだもん! 大した事したつもりじゃないのにこんなに持ち上げられたら、『久しぶり~』なんて気楽に顔出せないわよ!」


「うわっ、はぁ!? おまっ、何でここに……!」


 風鈴の陰から突風と共に現れたシルフィード。彼女のせいで和室内に風が荒れ狂い、ついでに碁盤も滅茶苦茶になった。「あーあ」と言いつつジト目で見つめると、「うっ」と彼女はバツの悪そうな表情になる。


「え、いや、ちょっと待ってくれ。何でシルフィードがここに……」


「私、これでも妖精の中では相当上位の存在だからね。分裂して世界各地にいるし、記憶も人格も共有してるわよ?」


「……すげぇ……」


「分かる。その、それ以外の言葉が全く出てこない感じ、凄い分かる」


 握手を求めると、こわばった表情のまま、硬く掌が交わされた。シルフィードが「男の子って分からないわ……」と顔を覆う。我ながら、自分たちを基準にするのは間違っていると思ったが。


「で、何々? 何の話してるの?」


「ファーガスの初恋。馴れ初めを聞き終わったところだよ」


「へぇえ! よかったら私も混ぜてよ!」


「ヤダ。というか、お前ある程度想像できるだろ?」


「ぶぅー。なんならさ、ほら、助言とかしてあげられるかもしれないし」


「出来そうには思えないんだが」


「出来るわよ! ね? ほら、総一郎もファーガスに言ってあげてよ」


「僕も到底君に助言役が務まるとは思えない」


「裏切り者! 加護あげたのに、酷い!」


 人聞きの悪いことを。


 しかし、シルフィードを二人でからかっていると、突然ファーガスが「いや、でも」と何事かを呟き、口に拳を当てて目を伏せた。考え事をしているのかときょとんとしていると、「なぁ」とシルフィードに向かって話しかける。


「亜人って長生きなんだよな? この山にも長寿の人っているか?」


「え、うん。そうね。私は普通に千ちょっと行ってるし、天狗ちゃんも似たようなものだったと思う。サラマンダーは私とまったく一緒ね。山姥のばあちゃんは、五、六百くらい? 風神雷神はよく分かんない」


「山姥さんが一番若いんだ……」


「ううん、うちの山で長老として扱われてる奴の中で上げただけよ。纏めるのとか山姥のばあちゃんが一番うまいから、正直私でも頭上がらないし。それにそういう例で言ったら、さっきヘロヘロで戻って来たタマとかも、かなり若いくせに切れ者だからね」


「確かに、碁では山でも五指に入るとか言ってたね」


「それに勝つ総一郎って何なんだ?」


「好きこそものの上手なれってね。というか、それを言ったらファーガスの実力もなかなかのものだよ」


「天狗ちゃんが総一郎にボコボコにのされたときは笑ったわぁ」


「お前何してんだよ……」


「それはともかく」


 延々と主旨から遠ざかっていきそうだったので断ち切る。「ファーガス」と名を呼ぶと、「ああ、そうか。悪い」と肩を竦めていた。


「そういう人たちの中で、身分差を超えた大恋愛をした人っているか?」


「ぶっ」


 シルフィードはファーガスの思わぬ質問に吹き出して、「ななな、行き成り何を言うのよ!」と大きな動揺を示した。それにファーガスは、真摯な瞳でこのように言い放つ。


「あの時に一緒に助けた女の子――ベルは、大貴族のご令嬢なんだ。普通に貴族として登用されたとしても、手が届く領域にいるとは言い難い。……どうしても、一緒になりたいんだ」


「……総一郎と言い、ファーガスといい、最近のガキは何でこう精神年齢が高いのかしら」


 ――ふつう、付き合いたいとか可愛らしい言葉が出てくるもんでしょうが。何よ、一緒になりたいって――とシルフィードはぶつぶつと、ファーガスの熱気に当てられたのか赤面しつつ呟いた。しばし考え込んで、「仕方ないわね、いいわよ」と渋い顔ながら大きく、何度も頷く。


「誰がどうこうっていうのは知らないけど、とりあえず紹介してあげる。気さくな連中だし、渋ってもおだてれば話してくれるわよ」


「良かったじゃないか、ファーガス」


 二人の言葉に、彼は顔色を明るくした。それはまるで、初恋をした少年のようだった。


 ――しかし、総一郎は振り返ると、この感想を酷く奇妙に思うのだ。ファーガスは初恋をした少年そのものである。それを何故「まるで」などと思ったのか。




 翌日、総一郎、ファーガス、そして白羽は三人で山を登っていた。


 何故白羽がこの場に居るのかというと、つい総一郎が口を滑らせてしまった時『身分差を乗り越える方法、しーちゃんも知りたい! いや、むしろ私も知りたい! 後学のために!』と微妙に翼が見え隠れするほど真剣に申し入れてきた為である。そこにファーガスを茶化すというような目的も見えなかったため、彼も渋々受け入れたのだ。


 正直身分差をこえたい相手が居るのかという疑問があったのだが、それに彼女は『身分差というか、大きな障害を越えるための方法を私は学ばなければならないの! 理由は聞かないで! キャッ☆』とのことだった。最後の『キャッ☆』には特に意味はないらしい。


 そんなわけで山道を歩いていたのだが、ほぼ毎日十一往復する総一郎と違い、二人はかなりバテ気味だった。仕方のないこととはいえ、これでは話を聞くころに二人ともぐったりしてしまう。


「……おし。白ねえは先に翼で頂上まで行ってて。僕とファーガスは――風魔法でどうにかしてみる」


「ぜぇ、ぜぇ……。……それ、大丈夫なの? ファーちゃん……死なない?」


「頑張ってみる」


「ちょっと、待て……。お前、何を、やらせるつもりだ……!」


 呼吸の荒いファーガスに重力魔法をかける。次に自分にも掛けて、風魔法で一気に吹き上げた。木の葉が舞い上がるように、二人は急上昇する。


「ちょっ、なっ、はぁぁぁああああああああ!?」


 大絶叫のファーガスに、「大丈夫だよ、ファーちゃん! いざとなったら私がキャッチ&リリースするから!」と励ましている。多分地上でリリースすると言いたいのだろうが、この言い方だとさらに高い所から放り出されそうでもある。


「マジ無理! マジ無理! 俺、高所恐怖症なんだよ! 大量の鳥に服掴まれて空中に拉致られかけた時以来!」


「君の動物魅了スキルもとうとう行き着くところまで行ってるね!」


 何百の鳥が集まればそんなことになるのだろう。


 とはいえ、白羽と随分慣らした空中飛行である。その上体重も軽いから、少々風魔法の掛け方が違うだけでそう難しい所作ではない。


「あわわわわわわわわわわわわわわわわ」


 ……ファーガスが空中大回転している事を除けばの話だが。


「総ちゃん……。多分ファーちゃん、地上着いたら吐くよ」


「何とかならない?」


「私、翼を貸すことくらいならできるけど」


「それを先に言ってよ!」


「それを先に言、うわぁぁぁ……」


「ファーガス。弱ってるなら突っ込みは休んでいいんだよ?」


 彼のハングリー精神も、昔から変わらないようだった。


 ともあれ三人は無事山頂に到着した。ファーガスはしばし、そこの神社の石畳に手をついてぶるぶると震えていたが(地面の感触を確かめたかったらしい)、シルフィードが迎えに来るころには全員平静状態に戻り、彼女に神社の中へ案内された。


 あつかわ村の神社の中には、大きな鏡がある。それは招魔境と言う鏡で、くぐるとマヨヒガに入れるのだと。その住人の許可があれば誰でも通過することができ、総一郎や白羽などは日常的にお邪魔する程度には許可が下りていた。


「じゃあ、ファーガス。アンタもそれなりに頭がいいらしいから言わなくともいいかもしれないけど、あんまり生意気な口は利かないようにね? 今日は風神もいるから」


「あー、風神さまかぁ。あの人へそ曲がりだから対応が難しいんだよね」


「そうなのか?」


「まぁね、……あはは。でもその割にあの人、人間の中では総一郎が一番好きだって公言してるくらいだけどね。雷神も相当あんたのこと気に入ってるけど」


「風魔法の加護を与える亜人って、なんか僕のこと気に入ってくれるよね。何で?」


「んー、割とサバサバしてる所、かな」


「サバサバしてるって程サバサバしてるつもりはないけれど……」


「でも河童とかからはあんまり好かれないでしょ?」


「確かに」


「あいつらちょっと暗い子が好きなのよね。元気づけてやりたくなるとか言ってたけど、私からしてみれば頭おかしいわよ。あのへちゃむくれ」


 風属性の亜人と水属性は、あまり相性がよくなさそうだ。


 マヨヒガに入ると、視界に広がったのは山姥の山小屋だった。ここは外が吹雪に覆われていて、しかし囲炉裏の近くや、奥の布団で横になっているときは温かい。


「やぁやぁ、よく来たねぇ三人とも」


「よう総一郎! 聞いたぜ聞いたぜ。その坊主、何でも俺たちの恋バナを聞きに来たんだってな! 大妖怪どもからそんな事を聞きたいだなんて、総一郎の友達らしい、随分と剛毅なやつじゃねぇか!」


「ふん。よく来たな、総一郎。そして白羽、異国の少年よ。話は聞いている。まぁ、座れ」


 そう言って迎え入れてくれたのは、順番に山姥、雷神、風神だった。他にも天狗やサラマンダー、何故かタマまで揃っている。昨日の話に出てきた全員だ。総一郎は一通り見まわしてから問いかける。


「ここに居るみなさんが話してくれるのですか?」


「いいや。語るのは儂と、シルフィードだけだ。他はちょっとした助言でもと集まった者達よ」


「ちょっ、何言ってんのよ天狗ちゃん! 私は話さないって言ったでしょ!?」


 驚き半分怒り半分でキーキー騒ぎ立てるシルフィードに、火を携える小さなトカゲ、サラマンダーは「まぁまぁ」と彼女を諌める。


「そう怒るでない。我ら光陰の中で、姿を変えず佇むもの。それに語るのは、野次馬でなく純粋な知的好奇心を持った子供たちだ。意地悪をせず、堂々と話してやればよい」


「意地悪をしてるのはサラマンダー、あんたの方でしょうが……!」


「ほっほっほ。バレてしまった」


 何とも茶目っ気の多いトカゲである。


 その後もシルフィードはごねたが、結局彼女は話をすることになった。しかし覚悟を決める時間が欲しいという事で、まず天狗のエピソードから語られる。


「して、大きな身分差をこえた、大恋愛……が、ご所望なのだったな」


「は、はい」


 天狗の威圧感に、ファーガスは少々たじろぎ気味である。人柄が知れれば気さくに付き合えるのだが、初見では難しいだろう。


「儂が彼女に惚れたのは――そう、五百年も前の話だった」


 遠い日の記憶を呼び覚ますように、天狗は目を細めている。


「彼女は高貴なさるお方。名前などを軽々しく明かせないほどの雲の人よ。それ故詳細は伏せさせてもらうが――他の奴らからは『正気か!?』と尋ねられたものだ。それだけ身分差もあったし、種族間の違いもあった。とはいえ、彼女は格の高い神だったから種族差というものはさしたる問題ではなかったが」


「神様……ですか」


「ああ。儂も、言ってみれば神の末席を汚す身。広義の意味では相当上位なのだが」


 ファーガスはキリスト教だ。したがって日本の八百万の神々という思想は、なかなか理解できるものではない。そのように思っていたが、実際のところ、彼はそこまで腑に落ちないという表情を示さなかった。おや、と僅かな驚きに唇を突き出す。


「しかし恋焦がれる気持ちは止められるものではない。儂もその当時は若くてな、いやはや、様々な手管を使って彼女を我がものにしようとしたものよ」


「そ、それで……」


 ファーガスが、生唾を飲み下しながら身を乗り出す。


「うむ、結果から言えば、儂がここに居るのが答えと言うべきだろう」


 その返答にファーガスは、分かりやすく失望を浮かべた。それを見て、天狗は一瞬きょとんとしてから呵々大笑。彼に近くによって「そう案ずるな少年よ!」とバシンバシンその背中を叩く。


「失敗したのだと思うかもしれぬがな、それは他人の目と言う邪魔があっての話だ! 心と心は、今でも繋がっている! 全く。ちょいとからかってやろうとしたら、思った以上に悲しそうな顔をするから困ってしまう。なぁに、心配することはないぞ、少年! 諦めずに押したり引いたり回したり蹴破ったりすれば、開かない戸などないのだ! 儂からの助言は、まず諦めないこと。次に、考え付くあらゆる手段を試すことだ」


「思いついた手段がすべて失敗したら、どうすんですか……」


「そういう時は書物を読め! 友人に相談しろ! 人間というものは、たった一人ではあまりに非力だ。しかし儂ら亜人が加護を与えれば、何処までも強くなる! 総一郎を見て見ろ! こいつはお前とさして変わらないようにも見えるが、今ではマヨヒガの中でこいつに勝てる奴など片手に収まるほどだ!」


「マジか! ソウイチロウ」


「う、うん。まぁ……」


 突如褒められて、総一郎は恐縮だ。話をそらすように、「それで、シルフィードは?」と振る。


 彼女の姿は、すでに消えていた。


「奴め、逃げおったな!」


 サラマンダーが叫び、風神雷神が「何だと!」とハーモニーを奏でた。山姥が「油断したねぇ」と顔を抑え、タマは「ふぁああ……」と欠伸する。


「む、シルフィードめ。昨日あれだけ暴れたというに、まだ暴れ足りないか」


「暴れたってどういうことですか?」


 総一郎の問いに、天狗は渋く目を瞑る。


「昨日この場を設けることを提案したのはシルフィードでな。しかし、そういう場所では奴の話ほど面白く興味深いものはないのよ。その癖奴は、ことそれに関してのみ極度の羞恥心を持っていて、話すのを嫌がる。昨日も説得に五時間格闘してやっと諾と答えたというに……。ふふふ、まぁ良い。今日は三人とも帰れ。また明日、ふんじばってシルフィードの話を聞かせてやる」


 その場の亜人のほぼ全員が、ほの暗い表情で笑い始めた。愉快に話しているが突き詰めれば全員魑魅魍魎の類であり、今の様になると少年らの恐怖心をあおるには十分な不気味さを纏う事になる。


 嫌がっているなら止めてあげたら、と総一郎は言おうかどうか迷ったが、本当に話をして分からない人たちではないはずだと自らに納得させた。シルフィードも覚悟を決めたと言いながら逃げているのだから、有罪無罪で言えば有罪なのだ。マヨヒガ特有の『ノリ』という奴なのだろう。麗しき風の妖精に合掌する。……別に怖気づいたわけではない。


 とりあえずその場から、三人は逃げるようにして退散した。ファーガスなど微妙に震えていたほどだ。家に帰るころには治まっていたが。


 そのあとは、特筆することもない、いつも通りの昼下がりだったと言っていいだろう。しかし、総一郎は昨日今日と強く表れたファーガスへの違和感を、彼と囲碁をするなり遊ぶなりして強めていった。


 そして、シルフィードの恋バナを抱腹絶倒して聞いた記憶も薄らいでいたある日の夕食。雑談で誕生日の話題になった時、総一郎は確信した。


 総一郎の誕生日は、12月12日であった。


 ファーガスも、同じなのだという。


 それを知って変な顔をしたのは総一郎だけだった。けれど、単なる偶然とは思えなかった。食べ終わってからすぐに白羽を含めた三人で鬼ごっこが始まってしまったから聞く機会も得られず、しばらくは行き場のない焦燥に悶々としていた。


 夕方になって、家に帰った。その時、白羽は昼寝を始めていた。障子が開け放たれて、風が汗を滴らせる少年の頬を撫でていく。真っ赤な夕焼け。ヒグラシの声が、和室の中で反響している。


「……ファーガス、少し、尋ねたいことがあるんだけど……いい?」


 総一郎は、とうとう本題を切り出した。すると、総一郎の予想を裏切って「俺にも、総一郎に聞きたいことがあるんだ」と言う。


「え、あ、それじゃあ、どうぞ」


 順番を譲ってしまうあたり総一郎も日本人だ。


 しかし、ファーガスはそれにクスリと笑って、「多分お前と内容は同じだと思うぜ?」と総一郎に人差し指を差し向ける。「人を指さすのは、日本ではよくない事なんだよ」と少年自身もマイペースに注意すると、ファーガスは表情から笑みを消して口を開く。


「総一郎。お前、前世の記憶ってあるか?」


 その言葉に、総一郎は凍りついた。「じゃあ、やっぱり」と震える手で指差すと、「指さしはご法度なんだろ?」と彼は肩を竦める。


「しっかし、不思議な気分だよな。仲のいい友達が、まさか自分と同じ前世の記憶があるなんて」


 そう言って、ファーガスはからからと笑う。その反応に、総一郎は待てよ、と考える。次いで、問うた。


「ファーガス。ナイ、っていう名前に、聞き覚えは?」


「あれ、もしかして前世云々って俺の勘違い?」


 ちょっと焦った風に目をパチパチ開閉させるファーガス。この分じゃあ、きっと知らないのだろう。


「……ううん、合ってるよ。凄い偶然だ」


 総一郎は、それなりに逡巡していたが、結局下手に勘ぐるのは止めようと考えた。彼がナイの言う『子供たち』に含まれるのなら、死ぬ間際の事を思い出させるのも酷だろうし、違うのならば、総一郎が問いただしても意味はない。


 だから、純粋な好奇心から聞いてみる。


「ファーガスって、前世何だった?」


「んー、学生かな。そっちは?」


「雇われ研究員。安月給だったから大変だったよ」


「マジか。社会人じゃんか。しかも研究員って何だよ。すげぇ」


「それがそうでもないんだな。むしろファーガスの学生っていうのが羨ましいよ。世間の荒波に揉まれる前で」


「それ言ったらこれから大人になるのが不安になるだろ!」


 独特の会話は、非常に弾んだ。地震が来ても平然と寝続ける白羽が、五月蝿がって起きるほどである。秘密を分かち合った二人の友情は、さらに深まった。


 しかし、やはり、死ぬ間際の事を、二人は話題に挙げなかった。総一郎は、当然と言っていいだろう。ファーガスにも、やはりそれなりの理由があるのだと、総一郎は解釈していた。


 別れは、前回とまったく同じ、屈託のない笑顔だった。


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