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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
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6話 決別Ⅳ

 ウッドはその日から、ミスカトニック大学図書館で本の虫をやっていた。


 図書の家と学校の往復ももっぱら日が昇る前と日が落ちてから行うようになり、用があって日中を歩かなければならないときは分厚いコートで事をしのいだ。


 今日も軽く仙文とヴィーが登校するよりもずっと早くから、図書館に魔法を使って忍び込み、延々と吸血鬼やそれにまつわるアーカムの事件を漁っていたのだ。


「……」


 灯りは近くの蛍光灯だけ。他は日の出前なのもあって、幽霊でも出そうなほどに薄暗い。静寂の中、まんじりともせず読みふけった。こうやって目的のために読書に精を出すのは久しぶりだ。孤独なるウッドは総一郎と変わらない。だからこうしているとき、彼は静かな楽しみの中にいる。


 だが不意に、状況が似通っているのが起因してか、イギリスでの事を思い出すことがある。そこで小柄な何者かの影が落ちるたびに記憶がゆがんで、真っ新になった思考が再び読書へと舞い戻るのだ。


 吸血鬼の情報はいくらでもあった。ネットを調べて出てくるものでも随分知らないことが含まれていたし、アーカムで過去五十年さかのぼって調べてみれば、吸血鬼の手による亜人犯罪は全体のニ十パーセントにも届くほどだった。


 その中でも、ウッドがピックアップしたのは弱点に能力の二つだ。誰でも知っているそれら。吸血鬼は日光、十字架、ニンニクに弱く、代わりに高い身体能力や多様な変身能力、催眠術に特定の動物や自然現象を操るという周知の情報群だ。


 ウッドがまず試したのは前者だった。日光はすでに試しウッドでさえ命に関わる弱点であることが判明している。だから他もそれに近しい威力を有するだろう、というのがウッドなりの仮説だった。


 しかし、結果から言うならそれは違った。確かにニンニクは弱点と言って良い結果が出た。図書に買って来て貰い、食事に出してもらった時はウッドでさえ耐えがたい腹痛に見舞われたし、実際に近づけられた時は悪臭に呻き、面白がった図書、清にずいぶん遊ばれたものだった。


 しかし、それよりも効果のありそうな十字架は全く効かなかったのだ。教会へと日中から堂々と行き、わざわざアクセサリーとして購入までしたが、触れても炭化したり、肉が溶けたりということはなかった。


 その他にも様々試したが、効くものもあれば効かないものもあった。例えば亜人犯罪対策として、マジックウェポンの買えない市民用として販売されている聖水などは効かなかった一方で、香りのキツイ香草には辟易とさせられた。


 何となく法則性は見えたような気がしていたが、まだ調査途中の段階で結論には至っていない。ウッドはそれらを一旦横において、今は能力について調べていた。


 吸血鬼にさせられたあの時、ヴァンプ達は笑いながら「訓練しなきゃ種族魔法は使えないしね~」などと話し合っていた。この場合で言う種族魔法というのが、変身能力に端を発するそれこれなのだろうと踏んでいる。


 だが、これらはそもそもウッドにできないものは少数だった。ウッドの腕力は控えめに言っても人間を超えていたし、変身も分身も思いのままだ。天候を操るのは少々手間だが、これも魔法の領分でなんとかなる。催眠も動物の使役すら、精神魔法を使えば可能だ。


「つまり、弱点を付与されただけという事か」


 訓練も何もない。現状、影を媒体に敵の動きを止めることくらいがウッドにできない能力だった。


「しかし、本当に吸血鬼といってもさして変わるところがない。吸血したいという欲求も湧かないしな」


 亜人ごとの生態は、日本では研究されつくしていた。特に人食い鬼は様々な注目を集めていたが、隔離地区から脱走し、幼少期の総一郎を危機に陥れたあの人食い鬼からしてみれば、それは的外れだとも。


 これまではずっと遠い話だったが、吸血鬼となったウッドには、それなりに身近にも感じられた。今さら血を吸いたくなったところで、とも考えているが、面倒の種にはかわりあるまい。


 少なくともこの案件は、空腹にさいなまれてから考えよう、と蹴りを付けてウッドは書籍類から顔を上げる。


「さて……、これからどうしたものか」


 一通り調べ終わって、ウッドは本を閉じた。迂闊だった、と油断を悔やむようなことを修羅はしない。ただ前進を続け、敵を葬り去るのみ。


 しかし、今回の敵は予想以上に厄介かもしれない、と思い返すいい機会だったとも言えた。吸血鬼の能力はウッドがすでに備えていたと言えば侮りにつながるが、逆に言えば吸血鬼は、亜人として修羅に近しい能力を有しているとも解釈できる。


「アナグラム計算もウルフマン以上に手間取ったしな。種族魔法はカバラの天敵か」


 とはいえ、攻撃力の観点から敗北もあり得はしないだろう。最悪でも、日光に身を投げ出して諸共といったところ。だがまだまだ調査不足が目立つのも事実だ。物事に絶対はない。


「さて、今日のところは帰るか」


 まだ日は落ちていないが、どんよりとした曇り空で日光を浴びる心配もなさそうだった。多少コートを着込めば、問題はないだろうという天候だ。


 ウッドは片づけをして、分厚いコートと帽子を身に着け図書館を出た。そういえば最近授業に出ていなかったから、また教師に精神魔法をかけて出席をいじらねば。


 そう考えていた矢先だった。


「アッ、見つけタ! イッちゃん!」


 妙なイントネーションといえば一人しかいない。振りむいて、「やぁ、仙文」とあいさつを交わす。


「あ、えとそノ、ハローイッちゃん。……そノ」


「うん?」


 何か言いたげな様子に、ウッドは総一郎らしく首を傾げる。それから心当たりを探って、適当に当りを付けた。


「ああ、ちょっと忙しくってね。でも一段落したし、またしばらく姿をくらませるって程じゃないから安心してよ。ごめんね、度々心配させて」


「エ、うん。そレもそうなんだけド……」


 歯切れが悪いな、と思う。カバラで意図を探ろうかと思案していると、仙文は上目遣いでウッドを見上げた。


 その唇が紡ぐ確認は、ウッドを瞠目させる。


「イッちゃん……、もしかしテ、吸血鬼になっちゃっタの?」


「……!」


 新鮮な驚きだった。この分厚い服装から類推できないとは思わないが、それを差し引いても仙文にこれほどの観察力があるとは、ウッドは思いもしていなかったのだ。その反応をして、仙文は息をのみ「こっちニ来テ!」と手を握って人気のない場所へと連れていく。


 仙文が連れて来たのは、階段裏の、薄暗いスペースだった。これは助かる、とウッドは少々リラックス。直射日光でなくとも、日当たりのいい場所はたまに肌が燃え上がって厄介なのだ。


「えっと、その、仙文って思った以上に目端が利くんだね。でも俺は誰かの血を吸ってないし、吸おうとも考えていないから、あまり大事にしてくれないでいてくれると助かるんだけど」


「イッちゃん、大変だったよネ……! でも安心シて。もう大丈夫だかラ!」


 これはこちらの話を聞いていないな、と感じつつも、ひとまず話の続きを促す。


「大丈夫って?」


「もうイッちゃんは、日光とカ十字架とカに苦しマなイで済むヨ! 誰かノ血を吸いタくなルことモなくなル!」


「……それは、吸血鬼をやめられるってこと?」


「ウウン、そこまデは出来なイけド……」


 話が見えない。仕方なく、カバラで割り出そうとアナグラムを読み取り始めた時に、仙文は言った。


「でモ、仙術を学んデ仙人になれバ、原理上傷も死モなくなルし、空腹だっテ呼吸してルだけデどうにカなっちゃウから」


「仙、術? え? 何の話? 仙人になる?」


 だいぶ話が飛んでいて理解が追い付かなかった。


「だかラ! イッちゃんは今吸血鬼デ、困ってるンでショ!? アーカムっテ結構そういウ事件多いのボク知ってるシ、そノ二次災害とカ後遺症で苦しンでる人ノ話も授業で聞いタし!」


「あ、うん」


 そんな話の聞ける授業なら出ればよかった。


「でモ、中国でハそういうキョンシーとカ人狼とカの亜人に望まずしテなってしマった人には、必ず仙術を学ばせルんだヨ。そうすれバ生と死を超越しタ仙人でしカないし、人狼だっテ満月で意図せず変身すルこともなくなルんだ! しかモ不慮の事故の可能性ヲ限りなくゼロに近づケるオマケ付き!」


「何だ、それは……」


 えっ、と仙文は驚いた顔。ウッドは思わず素が出ていたことに気づいて、ことさらに総一郎らしく尋ねた。


「あー、OK。一回整理しよう。俺は不慮の事故……というか、襲われて吸血鬼になった。そして、それを仙文は看破して、ここまで連れて来た」


「うン」


「それで、仙文は俺に『仙術を学んで仙人になろう』と勧誘した。何故なら、仙人になれば吸血鬼としての苦しみを排することが出来るからだ……と」


「そうなるネ!」


「……仙人って何者?」


「生と死を超越しタ、霞を食べテ生きていけル存在、カナ。人間か亜人カは諸説あるけド、ひとマず仙人になれバ長生きできルし、仙術を使ってル間は例えガトリング銃でハチの巣にされてモ傷一つないヨ!」


「ハチの巣なのに傷一つないとはこれ如何に」


 顎に手をやって考え込む。それから、いくつか質問を。


「そこまで言うっていうことは、仙文もその仙人、って事でいい?」


「うン! これでモ結構格は高いンだヨ!」


「それで、教えてくれると」


「勿論!」


「うーん……」


 興味がないではない。修行次第で亜人になれるというのは耳にしたことがなく、仙文のうたい文句も関心を引くものではあった。だが一つ重大な懸念があるのだ。


「仙文、人に物を教えるのは得意?」


「……普通、くらイ?」


「今回はお断りさせてもらうね」


「エエ!? 何で!?」


 時は金なり、ということだ。ウッドにとって日光その他もろもろさして困りものだとは思っていないし、その修行に費やす時間で別にすべきことがある。


「いいノ!? このままダとイッちゃん、ずっと吸血鬼とシて苦しむこトになっちゃうンだヨ!? そんなのボク嫌だヨ!」


「いやー、別に仙文がそこまで気にすることじゃないよ。俺吸血鬼にされてからそれなりに経ってるけど、今のところ辛かったのってニンニク料理で思いっきりお腹壊したことくらいだし」


 痛覚のないウッドが直近で最も苦痛だった記憶である。


 ウッドはやんわりと断りを続けるが、仙文は頑として食らいついてくる。段々ウッドは苛立ってきて、どうしてくれようか、と考えだしたその時、割り込む声があった。


「あら、何やら気になる単語が聞こえましたわね。――吸血鬼、とおっしゃいました? ブシガイト様」


「あ、ルフィナ様」


「だから様付けは止めてくださいましと」


 すでに定番となった茶々のせいで、ミステリアスな登場も何処か間の抜けたものにされてしまう系深窓の令嬢こと、ルフィナ・セレブリャコフが微笑みと供に現れた。


「あ! 執事さンもいる! ハロー!」


「だから何故、お前たちは私と遭遇するたびに握手を求めてくるのだ……」


 態度悪かったのが逆に可愛いと評判の執事こと、アルノも付き添いだ。無論彼は優しいのでちゃんと握手に応じてくれる。


「それで、吸血鬼、と聞こえたのですけれども、お間違えないですかしら? もっと言うなら、ブシガイト様が吸血鬼に成り果てなさったとか」


「だいぶ前から聞いてた?」


「止めろ! お嬢様が耳をそばだてていて、状況がちゃんと把握できるまで待機していたみたいな言い方をするな!」


「アルノあなた減給」


「えっ」


「やっぱ君たち絶対コメディアンだって」


 やり取りが軽快過ぎる。


「……話を戻すけど、その通りだよ。俺は吸血鬼にされた。結構被害者居るらしいね。実際春も近いのにこんな重装備で街を歩かなきゃならないと思うと気が滅入るよ」


「なら仙術を学べバいいのニ!」


 食い下がる仙文の頭を撫でて宥めるのを見て、ルフィナは「納得いたしましたわ」と軽く頷く。


「でしたら、こんなのは如何でしょう? 仙文様の仙術という案もとても奇抜で素晴らしいですけれど、ここは原点に立ち返ってみては」


「原点?」


「ええ、原点ですわ。すなわち、原初的な吸血鬼狩り。銀の弾丸を携え、十字架を片手に、闇夜を跋扈する吸血鬼を追い詰めに行く。こういった問題は、ブシガイト様を困らせるに至った張本人の吸血鬼をどうにかすれば、問題は収まると相場は決まっていますから」


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