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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
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6話 決別Ⅱ

「それでね、やっぱり私、こんな時だからこそ自分の身の振り方とかってちゃんと決めないといけないと思うのよ」


 ヴィーの言いざまに、「そウだねェ」と仙文が頷く。もったいぶった所作が、大人の真似をする子供のような愛らしさを醸していた。


「ウッドとハウンドの戦いも最近は鳴りを潜めてるけど、結局どうなったのかも分からないしね。学校でも一時期随分騒がれたけど、何でだったのかしら」


「結局、どっチが勝ったんだろうネ。それさエ分かってないんでしョ?」


「ハウンドが勝ってくれてれば、また元通りに戻れる……っていういい方もおかしいけどね。ウッドの場合、一般人を巻き込むじゃない?」


「なるほどなぁ」


 自分の噂をこうやって直接耳にするという機会も稀で、ウッドはただ聞き入っていた。


 ミスカトニック大学付属校の食堂。つまりは事が起こるまでの「いつもの場所」で三人は駄弁っていた。事件の真相を余すところなく知っている、どころかそのほぼ全ての渦中であるウッドとはいえ、二人の一般人から見た情勢はなかなか興味深い。


「そういえばネ、JVAの方でモ色々会議が頻発してルんだっテ。ウッド対策もそうだけど、ホら、警察でも反亜人派で有名ナ」


「リッジウェイ警部、だっけ? あいつ、私嫌いなのよね~。一回ちらっと見たことあるんだけど、爆笑しながら亜人を撃ち殺すのよ。それ以来もうダメね。人格破綻者に権限渡すなんて国のお偉いがたもどうかしてるわよ」


「俺最近忙しくってその辺り知らなかったんだけど、JVAは何て言ってるの?」


「……これを見てないって相当よ? もしかして事件の一つにでも巻き込まれてた?」


「いやぁ、まぁ、こっちにも事情があるってことで」


 訂正点は一つ。巻き込まれたのでなく、起こしていたという部分だけだ。


「いいけど、ね。誰しも触れられたくない部分ってあるだろうし。そうねぇ。説明するなら実際の動画見せた方が早いかしら」


「端末あるヨ? 使ウ?」


「あら~、仙文ってホント気が利いていい子よね! 食べちゃいたいくらい可愛い!」


「ぼ、ボクは別にそんなムギュッ」


 ヴィーに強く抱きしめられ、仙文はバタバタと悶える。ウッドはひとまず微笑みの表情を作りながら、茶番の終わりを待っていた。


 二人はひとしきりはしゃいだ後、仙文のEVフォンを操作して動画ページを開いた。動画の中心で、初老の日本人が演説をかましている。渋い雰囲気を持っていて、はきはきと喋る様は見ていて中々気持ちがいい。


『私は大変に遺憾である。怪人ウッドの暴虐を止めることもできない米警察に。頻繁に戦っていながら明らかな劣勢を隠せもしないARFに。そしてそれらの糸口すらつかめない我々JVA自身に、私は大きな失望を隠し切れない!』


「現代の政治家は結構はっきりと批判するね。三百年前と違ってコマンドが『遺憾の意を示す』だけじゃなくなってる」


「三百……?」


「あ、ごめんコッチの話。この人なんて言うの?」


「ヒューゴ・イオキベだったかナ」


「ヒューゴ? アレ、こう見えて日系人なの?」


「ウウン。確かコれが日本デの本名だっタと思うヨ」


 別ウィンドウで、いおきべひゅーごさんの漢字の字面を見せてもらう。


『五百旗頭 飛悟』


 キラキラネームか否か物議をかもす名前だった。


「ふーん、すごい人みたいね。日本崩壊時には軍の総指揮を任された人で―――へー! 陸軍大将なのねこの人! 今はJVAの創立者の一人だって。内部的に分かれるところのなかったJVAの、実質的なトップらしいわ」


「へ、へー……すごいね……」


「どうしタの? 変な顔しテ」


「いや……」


 ウッド、素で何とも言えない気持ちになる。字面こそ悪くないが、この字の並びで「ヒューゴ」読みはどうなのだろう。アメリカっぽさを出してきたとみるべきか。うーむ。


 そんな感情から逃れるべく、黙って動画の続きを見ることにした。再生ボタンを押すと、渋いヒューゴおじさんが演説を再開させる。


『故に! JVAを代表し、私は宣言する! 我々こそが仇敵ウッドを逮捕し、法廷へと連れて行くと! その暁にこそ米警察の無能ぶりが露呈し、彼らがただの過激派反亜人組織でしかない事を証明しよう!』


「おー、言うね。この人って武官?」


「叩き上げだって。高卒の一兵卒から初めて、有能さを上部に認められて資金援助をもとに軍大学に再入学して、主席合格から一気に最高職まで駆け上がったって話よ」


「メチャクチャ凄い人だネ!」


 仙文がはしゃぎだす。ウッドは、あるいは総一郎もこういった政治的な話には興味を示さなかったものだから、こちらの方面での優れた人というのは名前すら聞いたことがなかった。


「この人が積極的に動くとなれば、JVAも変わりそうだね。今まではただの互助会でしかなかったから」


「犯罪者が震えあがるような互助会だったけどね」


 悪戯っぽく言うヴィーに、ウッドはひとまず空笑い。


 そもそもからしてウッドは魔法で並大抵の相手には圧倒的に勝っていたから、助けられるという経験をしたことはないのだが。総一郎でさえ、JVAどころか名も知らない亜人一人を助けた程度だ。


「ウッドに立ち向かって死んだJVAの人って結構いるらしいのよね。特に若者に多いんだって。血の気が多いっていうか、無駄に熱血漢っていうか」


「そういうヴィーは冷めてるね」


「私はどこぞのバカと違って理性的だもの」


「誰がどこぞのバカだって?」


 ぬっ、と姿を現したのは、グレゴリーだ。総一郎なら嫌な顔の一つでもしたのかもしれないが、生憎とここにいるのはウッドである。


「やぁ、懐かしい顔を見たね」


「お前は……、イチ、だったか?」


「好きに呼ぶといいさ」


 どうせ偽りなのだから。ウッドはヴィーの言葉を拾い、グレゴリーに掘り下げに掛かる。


「それでどこぞのバカ君、君はこの騒ぎの中で君自身も暴れたみたいだけど?」


「ハッ、あんなの暴れた内にも入らねぇよ。粋がってるのを五人、軽くのしてやっただけだ」


「そこまで出来るなんて、すごいじゃないか! 君がそんなに強いなんて知らなかったよ!」


「馬鹿にしてんのかお前」


「何故バレたし」


 自分なら一般生徒百人とやり合っても傷一つ追わないという自負が、漏れ出てしまったか。


「そうよそうよ、言ってやりなさいイッちゃん。この馬鹿に、拳で解決するのは野蛮なことだってね」


「うるせぇよ」


 椅子を引きながら、鼻を鳴らすグレゴリー。何のかんのといってここに座るということは、いつかの禍根を彼も気にしていないという事だろう。


「喧嘩の原因は?」


「だから喧嘩じゃねぇよ。JVAなんてクソだって騒いでたバカを、からかってやっただけでな」


「……驚いた。君は反日の人間だったと思ったけど」


「オレはあくまで中立主義なんだよ。ただのアメリカ人相手に魔法で対抗できない日本人学生が、妙な悪戯にあってた。気を遣われてる側がイキっちゃあいけねぇよな?」


「なるほどねぇ」


 JVAという称号が、日本人の首を苦しめることがあろうとは。ウッドの所為か否か、アーカムの情勢はいくらでも揺れ動くらしい。


「だからってあそこまでボコボコにすることないでしょーが。仙文が怯えて泣き出しちゃったくらいなのよ? 加減ってものを知りなさいよ」


「あ? チッ、だから女ってのは……」


「あ、あの、ボク男……」


「……」


 仙文の立ち位置だけは変わらないようだが。


「あ、そうそう! グレゴリーの馬鹿の喧嘩で思い出したけど、最近転入生が来たのよ!」


「……へぇ? 転入生」


 そんな小さな話をされても、と思ったウッドだが、冷静に考えてみれば“この物騒な街の学校に、わざわざ最も危険な時期に”転入してくる生徒、と考えてみると少し興味をひかれるものがある。


「ああ。そういえばあの馬鹿どもはレディーの気を引きたくって、馬鹿をしたんだったな」


「レディー?」


「その転入生のアだ名だヨ。どこカの国の名門貴族ノ御令嬢みたイな外見なんダ!」


 ちょっと興奮気味に言うのは、有名人に会ったことを自慢するような感覚か。しかしグレゴリーとヴィーを眺めると、ちょっと微妙な顔つきだ。


「仙文はこの通りだけど、二人はそうでもないみたいだね」


「あいつの美貌は認める。よくもあそこまで作り上げたもんだってな。まさに難攻不落の城塞だ。あれだけ堅固なら、何かしら財宝が隠れてると勘繰る奴も出るだろうさ」


「まーた格好つけた言い方して、アンタのは単純に分かりにくいだけなの気付きなさいよ」


「ヴィーの意見としてはどうなのさ」


「自分以外の女に、サラサラ興味ない娘って感じね。でも妙なのが、男にも興味あるのか微妙ってところかしら」


「得体のしれない奴だ。警戒すれど興味を抱く相手じゃない」


「アンタのそれは言い過ぎ」


 どうやら扱いあぐねているのだけは伝わってくる。色目を使って男をたぶらかす悪女なのかといえば、それもまた違うといった印象らしい。


「それで、肝心の名前は」




「ルフィナ・セレブリャコフと申しすわ。ブシガイト様」




 気配がなかった。振りむくと、青を基調としたシックなカジュアルドレスに身を包む少女が立っていた。


 印象的なのは藍色の目、処女雪のような肌に、透き通るような銀髪だ。それを腰ほどの長さにまで伸ばして、鉛色のカチューシャで彩っている。


 まさに、淑女レディーといった外見だった。深窓の令嬢を、体現している。


「……び、びっくりした……、えっ、っていうかいつから居たの?」


 ヴィーが頬を引きつらせながら尋ねる。こうやって並ぶと、まったく対照のような外見だった。ヴィーの真っ赤で妖艶な長髪に、このレディー――ルフィナの精霊めいた白銀の長髪。


「中々示唆に富んだ話をされていたものですから、聞き入ってしまいました。すると、わたくしの話をなさるんですもの。これは会話に混じらなくては、と体が動き出していましたの」


 う、と固まる全員である。つまりそれは、悪口寄りの評価も全て聞かれていたということになる。


「お嬢様、このような下賤の輩と会話する必要なんてございません。それも、お嬢様をして『得体のしれない』などと……」


 会話に混じってくる燕尾服の青年に、ウッド一同は「うおぉ」と変な声。何だこいつは、と思うも、ルフィナ嬢のことをお嬢様と呼び、とても丁寧な英語をしゃべり、傅く様にそれぞれ動揺が走った。


 二枚目に低い声でこの言動は、もしかしたらもしかするかもしれない。


 先陣を切ったのは、仙文だった。


「し、執事ノ方ですカ?」


「そうだが、何か問題でも?」


 きわめて冷たい返答。しかし彼の意図を完全に無視して、その場は盛り上がり始めた。


「すごっ! えー! 本当に別世界の人じゃない! え、ちょっと握手してもらっていいかしら?」


「なっ?」


 沸き立つヴィーに引き気味の執事さん。仙文などもちろん目を輝かせてヴィーの後ろに並んでいたし、グレゴリーですらちょっと楽し気な様子を示している。


「ふふ、大人気ではないですか、アルノ」


「い、いやその、いい加減手を放せ! もう握手は十分だろう……、え、次は君なのか?」


 コクコク頷く仙文の無垢な瞳に、アルノと呼ばれた執事さんも陥落だ。何ともむずがゆそうな表情で握手している。


「いい人たちではないですか。無下に扱うものではないと思いますよ?」


「し、しかし奴、いえ、彼らはお嬢様の陰口を」


「それはわたくしが彼らと接しないからです。もっと言うなら、それを許さなかったあなたの責任ですよ、アルノ。友人を悪し様に言う人などいません。まずは友人になってからすべては始まるのですから」


「す、すいません、出過ぎた真似でした」


 執事が反省した様子でお嬢様の背後に引っ込んだ。その現実離れしたやり取りに、一同謎の拍手をかます。執事と同種の対応をされて、お嬢様もちょっとだけ照れていた。


「えーっと、それで、ルフィナ様でしたっけ?」


「いえいえ、そんな。様、だなんて困りますわブシガイト様。どうかルフィナ、と。皆様もそのようにお願いいたします」


「え、やだよ。俺たち全員の気持ちはルフィナ様で固まってるんだから。ねぇ」


「そうだな、よろしくルフィナ様」「よろしくねルフィナ様」「よろしク! るフィナ様!」


 総じて様付けを継続する一同に、お嬢様は困惑を隠せない。


「どうしましょうアルノ、この人たち今まで接したことのない類ですわ」


「そ、そうですね。お嬢様にすり寄ってきた下賤とは明らかに雰囲気が違います。まるでこちらがコメディアンになったかのような気分かと」


 ボソボソと話しているが丸聞こえである。こういった芝居がかった所作が目立つことを理解できていないらしい。


 ノリと勢いでヴィーが事の根本を聞いてしまう。


「そうそう! この機会に聞きづらいこと聞いちゃうけど、あのジャパニーズいじめの奴らってルフィナ様がけしかけたの?」


「馬鹿な! あのような奴ら、お嬢様がかかずらう筈もない!」


「だよね~」


「ッ。お、お嬢様。私には彼らの相手を務める自信が……」


「アルノ! 気をしっかり!」


 このコンビ思った以上に面白いぞ、とは四人の間で通じあった見解だろうか。


「い、一応わたくしからも公式に表明させていただきますが、彼らの暴走でわたくしたちもてんてこ舞いだったのです。先生方に事情聴取され、JVAの方に家まで訪ねられ」


「流石のオレも見直さざるを得ないな。こうやって普通に話していて『公式に表明する』なんて言葉が飛び出るとは思わなかった」


「わたくしにどうやって喋れというんですの!?」


 涙目ルフィナお嬢様の魂の叫びに、ここらが引き際と弁える四人。それぞれ連携を取りながら椅子を二つ用意して、「さァ、ドウゾ!」と仙文が招き入れる。


「おーし、みんないいわね? からかうのは仲良しのあかしだけど、相手が嫌がり出したら止める。嫌がってなお続けるのはイジメよ。いじめかっこ悪い! オーケー?」


「そうだね、その通りだ」「言われるまでもない。無論だ」「おーけー!」


「いつもと全く異なる角度から気を遣われて困ってしまいますわ……」


「同感です、お嬢様……」


「君たちが面白いのが悪いと思うよ」


「うわぁぁああああん!」


「おっ、お嬢様! 気を確かに!」


「あー! イッちゃん言われたそばから! いじめダメって言ったでしょ!」


「あー、ごめん許して! そんなつもりじゃあ!」


 必死になって宥める素振り。それからしばらく和やかに話し合って、授業のチャイムにより一人、また一人と消えて行った。


 だから、結局ウッドは何も聞けずに終わったのだ。何故名乗る前からウッド――総一郎の素性を知っていたのか。また、セレブリャコフという家名。それはかつて警察署で盗み聞いた、マジックウェポンの開発会社、シルバーバレット社の創業者の名ではないのか、と。


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