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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
八百万の神々の国にて
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9話 あやかしの森 【上】

 一学期終業式の早朝。総一郎はいつもと変わらず、日課の素振りをしていた。


 あつかわ村の朝は、夏であろうと寒い。清廉、と言ってもいい。どこまでも澄んでいて、一息吸うと、身が引き締まる。だから、いつも深呼吸を終えてから素振りに入った。


 木刀の風を断ち割る音を聞いていると、総一郎は、少しずつ意識が外界から遠ざかっていくような気がする。昔はそうなると少し恐ろしさを感じて、疲れたと言い訳をして終わらせてしまうのだが、今はそのまま続けていた。そうすると、気付けば何もかもが胸の内から消えていくのだ。真白になる。その感覚に、惹き付けられているのだろう。


 しかし、ある程度すればふっと我に返る。その時は大抵汗でびしょ濡れになっていて、軽く井戸水で体を流してから、また家に戻った。


 今日もその繰り返しのはずで、ふっと我に返り、道着を脱いで井戸水を浴びる。道着はこれでもう三着目だ。一枚目も二枚目も、成長と共に着られなくなってしまった。木刀も、一度新調している。


 タオルで躰中の水滴を拭う。そして縁側に置いていた服に着替える。その最中で、何かがこちらを見ていることに気付いた。見れば塀の上で、三毛猫が人間の様に片足を立てて座っている。


 手早く着替えてから、総一郎はそれに駆け寄った。よく見れば小さな荷物を背負っていたり、靴をはいたりしていた。その割には服を着ていない辺り雑だ。


「よぉ! 朝から精が出るじゃねぇか坊主。名前、何て言うんで」


「僕は武士垣外総一郎。そっちは?」


「俺か? 俺は見ての通りケットシーだ」


 ほぅ、と頷く総一郎。猫又にも似ているが、尻尾が二つに分かれていない。その代りに人間臭い仕草が妙に似合っていて、これがケットシーか。と納得する。


「名前はタマ」


 納得を返せ。


「……聞いた瞬間猫又にしか見えなくなっちゃったんだけど」


「あんな爺婆どもと一緒に済んじゃねぇよ。俺はまだ、生まれて五年くらいだ」


「了解。『爺婆ども』ね。その言葉ちゃんと猫又に伝えておくよ」


「はっ?」


「冗談だよ」


 少々の意趣返しに成功して、軽く笑う総一郎。それに、ふぅん。と値踏みするような視線をタマはよこした。ちょっとだけ、むっとする。


「何さ。少しからかっただけで」


「いやいや、別に悪意を持っている訳じゃあないさ。ただ、これが噂の総一郎か。と少しばっかり腑に落ちたんだ」


「……噂?」


 総一郎、何の事かさっぱりわからない。そんな彼に、念を押すようにタマは頷く。


「そうだ、噂の、だ。

 というのもな? 俺は基本的に日本中を旅してまわる風来坊って奴なんだが、ここの山にちょいと邪魔するぜってな具合に挨拶しに行ったらよ、何でもそろそろ餓鬼どもが加護を貰いにわんさか山に参拝しにくるっていうじゃねぇか。それによ、おおこりゃ面白ぇと飛びついて、今年の注目の餓鬼は誰だと聞いて回ったら、満場一致でお前を名指したのよ。

 そんで、ちょいと抜け駆けしてお前の事を見に来たって訳なんだが、いやいやなんの。小学生らしからぬ、食えない性格した奴じゃあねぇか」


 ぱんっ、と膝を叩く靴を履いた猫だが、総一郎は不可解そうに首を捻った。


「僕、そんな亜人の人たちと話した事なかったんだけど」


「そりゃあお前、加護を貰いに来るその日まで、みんな気を遣って待ってくれてんのよ。ここの奴らは皆いい奴だぜ? 偶に馬鹿が居るらしいが、まぁ気にするほどじゃあねぇってこった。……でよ。とりあえず、もっとこっち寄んな」


「え、な、何するつもり?」


「しっ! ……こっそり、今のうちにお前に加護をやろうっつってんだ」


 聞いて数瞬。思わず小さな歓声を上げてしまう総一郎。忍ぶように喉でくつくつと、ケットシーは笑っている。小さく、「手、出せや」と言われ、その通りにした。


 血が出るほど強く、引っかかれた。


「痛い! 騙された!」


「こらこらこらこら、人聞きの悪いことを言うんじゃねぇ! 加護に必要だからやったってだけだ。もうちょっと落ち着きな、総一郎」


 宥められて、憮然としながらも静まった。しかし、改めて手をまじまじと見つめると、おや、と気付く事がある。その浮き出た血を舐め取った。その下に、傷口は無い。


「そら、言った通りじゃねぇか。つー訳で、俺とお前の間に今、契約が結ばれた。今後は俺の加護を自由に使えるって訳だ。喜べ」


「ありがとう!」


「……所々可愛げあるのがむしろむかつくな」


「何で……」


 困った声を返しながらも、総一郎、ほくほく顔である。さっそく試そうと思うも、そもそも何属性か聞いていなかった。尋ねると、


「俺か? 俺は無属性よ」


「無属性って?」


「ふん。まぁ、何だ。どの属性でもねぇって事は、つまりアレだ。親和力が全部物理魔術にいくって事よ」


 反応がしづらかった。


「い、いや、つってもアレだからな! 属性に幾分の親和力が物理魔術に還元されるって事で、無属性はより物理魔術が強くなるって事だから、別段悪いって事じゃあねぇんだからな!」


「……いや、うん。それでも、ありがとう。ある意味、人生初の加護にぴったりだと思う」


 そういって、総一郎は表情をほころばせた。ジンワリと、胸に滲む仄かな嬉しさがある。それに対し、タマは頭の横をポリポリと掻きながら、言いづらそうな調子で言った。


「……総一郎。それ、お前の初めての加護じゃないぞ。確か鬼火が自慢してたらしいから、それがお前の初加護だ」


「君は僕のフォローをことごとく無駄にしていくね!」


 と言うか夏に出てきて偶に「あつっ!」ってなってうざいと思っていた鬼火に初加護を貰っていたのが、少しショックな総一郎だった。多分、その「あつっ!」の時に加護を貰っていたのだろう。地味な嫌がらせだと思っていたら加護だったとは。言えよ、と思わなくもない。


 そんな風に考え込んで、難しい表情の総一郎。ケットシーのタマは立ち上がり、別れを告げようとする素振りを見せた。


「ん。帰るの?」


「おう。加護は授けたし、お前の人柄を見てくるっていう目的は果たせたしな……っと。いけねぇ、いけねぇ。俺としたことが忘れちまうところだった」


 二足直立の三毛猫は、ぼやきつつ器用に頭を掻いた。少し図書を思い出す。


「総一郎、夏休みの宿題で、お前は五行にエレメンタル、後は雷だの重力だの時間だの闇だのと、多くの属性の加護を得てくるっていうお題を課される。それでここ一帯の小学生たちは、あの神社につながる山に入って、亜人たちから加護を貰うのが古くからの慣習なのは知ってんな?」


「うん。友達の兄ちゃんから聞いてるよ」


「そいつは何より。それでな、お前、夏休みに入ったら、すぐに山に入れ。今日終業式なんだろ? さすがに今日とは言わねぇが、明日の早いうちには頼むぜ」


「え? 何でさ」


「何でもこうねぇよ。こっちの奴らはお前が山に来るのをうずうずして待ってんだ。夏休み終盤なんかに行ったらお前、奴らある程度満足しちまってるから、大抵の奴らはまともに相手なんかしてくれねぇぜ」


 一寸首を傾げて思案し始める総一郎。つまり、今行けば少々亜人たちは興奮気味の為、こぞって加護を与えに来てくれるという事なのか。確かにそれはお得だ。


「……なるほど。了解したよ。明日行けるかどうかは分からないけど、なるべく早いうちに行く。それでいいんだね?」


「おう。じゃあ、確かに伝えたからな。そうそう、あとは、今のうちに集められる情報は出来る限り集めちまいな。山の中には一部だが危ない場所がある。マヨヒガとか、スナークの狩猟区とかな。気を付けるに越したことはねぇ。それじゃあ、あばよ」


 一度高く伸びをして、タマは総一郎に背を向け、のらりくらりと遠ざかっていった。ある程度の距離が出来ると奴の物らしき鼻歌が聞こえてきて、楽しそうだなぁ、と微笑ましい。


 ふむ、と顎に手を当てて考えだす総一郎。少し視線を上げれば、件の山の一部が目に入った。あそこに、登る。そして、そこで加護を得る。


「物理魔術の解禁に加えて、次は化学魔術、生物魔術も出来るようになるって事か……」


 夢がいま、総一郎の目の前一杯に広がっていく。思わず笑い声が漏れて、それを偶々見かけた白羽に「総ちゃん、ちょっと気持ち悪い……」と言われてしまった。


 夏の暑き日差しが、総一郎を照らしている。


 もう、小学一年生の夏休みなのか。と、時間の速さに少し驚く。





 総一郎に課せられた習得せねばならない属性は、はっきり言って雑多を極めた。


 しかし、これでも他の人に比べればすこし少ないというのだから驚かされる。


 彼が課された属性は、まず五行の火以外、水、土、金、木、の四つ、それに加え、エレメンタルに重複していない風、また雷に氷、毒、音、重力、時間、精神の全てだ。先述の通り、火、さらに光と闇の二つが省かれていて、その理由は必要が無いから、という事になるらしい。


 というのも、総一郎の火属性、光属性は、天使の血を継いでいるのもあって、普通に加護を受けるよりも数段強い物になっているのだという。更に総一郎は鬼火たちに火の加護を複数受けているから、ポテンシャルだけで言うならそこらの成人男性を軽く上回っているのだとか。

 とはいえ、更なる習得を禁じるという訳ではないらしい。取れるなら取っておけという事なのだろう。


 逆に、闇属性は天使の血による純粋な光属性に阻まれて、習得は不可能であるという。通常ならどちらも得られるのだが、総一郎に限っては光が強すぎるのだと。


 ともあれ、この十二個の加護を得る必要がある。うむ。ひとまず言わせてもらおうか。


「絶対多すぎでしょこれ。しかも何? 精神とか時間とか毒とか重力とか怖いよ! 小学生に何やらせるつもりなのさ!」


「俺に言ってどうすんだよ!」


 総一郎の絶叫に耳をふさいで抗議する図書だが、そんなことは知らない。彼は既にこの道を通ったのだ。通ったのなら有罪である。ギルティ。


「うるせぇ、ボケッ!」


 怒られてしまった。


「とまぁ、ちょっと溜飲下がったから感情をぶつけるのは止めることにするけど。これやっぱりおかしいよ。最初見たとき何事かと思ったもの。ねぇ、るーちゃん」


「うん!」


「琉歌はいつの間にか総一郎にべったりだな。と言うか猫被るの止めろよ。どうせいつかぼろが出、痛ってぇ蹴んな!」


「お兄ちゃんのばかっ、変なこと言わないで!」


「で、話を戻すけどね、変なこと言う図書にぃ」


「お前ら俺のこと嫌いなのか……?」


 だんだん気の毒になってきたので止める。もう高校生なのだから、こんな事で涙目にならないでほしい。とか思いつつこう言う所が魅力的なのかもしれないとも思う。総一郎の考え癖だ。初見の人はそれをぼぉっとしていると言い、付き合いが長いとアホ面をしているという。言うのは主に図書である。苛立たしくなって総一郎も一発入れた。


 無言でやり返されて涙目になる総一郎。


「……で、明日山に入ろうと思うのだけど、何か注意した方がいい事とかある?」


「総一郎って結構行動速いよな。琉歌はどうするんだ?」


「じゃあ琉歌も一緒に行くー」


「……まぁ、どうせどっかで離れ離れにされるんだけどな」


「え?」


「いや、なんでもねぇ。それで、注意すべき事か……。普通にしてる分には、山登りの道具を一通りそろえておけば問題は無い。ただ、これは親がついていけないからな。スナーク狩猟区と、マヨヒガに気を付けるくらいか。……いや、総一郎ならマヨヒガに行っても戻って来られそうだな。あそこの加護は豊富だし。――総一郎。お前は、スナーク狩猟区だけ気を付けろ。琉歌は、それに加えてマヨヒガだ。だけど、総一郎が一緒に居るなら別に気にする事は無い。問題はスナーク狩猟区だな」


「何かケットシーの人もそんなこと言ってたんだけど、スナーク狩猟区って何? あと、マヨヒガってのも」


「あ、琉歌ちょっとジュース取りに行くけど、飲みたい人いる?」


 男子二人は肯定を返し、琉歌は頷いて部屋を出て行ってしまった。図書は気にせず話を続けようとしたが、総一郎はふと気付き、ぽつりと言葉を漏れる。


「るーちゃんって、いい子に育ったよね」


 見れば総一郎と図書のコップに中身が残っていない。かと思えば琉歌のコップにはまだ中身が残っていたりするのだから、総一郎としては感心してしまう。そして、あまり自己主張せずに出ていく。どう見ても大人の所作だ。


「……ん、そうか? 何かいっつも手を握ったりでまだ兄離れしてないのかってちょっと不安になったりもするんだが」


「でも嬉しいでしょ?」


「まぁ、懐かれてるっていうのは伝わってくるからな」


 少し照れたように、図書は頭を掻いた。確かに彼は愛情を持って妹に接してきたのだから、嬉しくない訳はないだろう。


「ひとまず、るーちゃんが居ないから危険な場所の話は中断することにしようか。そういえばさ、あの山では、加護の内幾つの物を貰えるの?」


「ん? 人によりけりだろ。亜人から気に入られなきゃ何もくれないし」


「じゃあ、仮に全員に気に入られたとしたら、どうなるの?」


「んー、そうだな。大抵は貰えるんだろうが……、ああ、そういえばマヨヒガに行かないともらえないのが四つあったな」


「多っ。その場合どうするのさ……」


「そりゃ、アレだよ。他の場所で貰うんだよ。そうだなぁ……重力、雷、毒に、金属だったかな」


「あ、でもサブ的なのが多いね。雷以外」


「いや、雷はいざとなったら風で何とかなるからサブだろ。金属も土の発展形だし。毒もそうだな。だから、是が非でもとっておきたいのは重力だ。重力はいいぞマジで。色々捗る」


「一体何をするの?」


「これがあると物理魔術が滅茶苦茶楽になる」


 その言葉に総一郎食いついた。


「その話詳しく!」


「本当お前物理魔術大好きだな!」


 少々総一郎の喰いつきぶりに引く図書であったが、それでもいろいろと教えてくれた。そもそも重力魔法と言うのは物理魔術の根底をなすもので、これが無い物理魔術など考えられない程であるという。


「重力魔法で自分の重さをほとんど消しておけば落下して危ない事なんかないだろ? お前が物理魔術をやるなって言われたのは、重力魔法も使わないガチな奴だったからだよ。重いっていうのは戦闘で有利だからな。重いのに身軽っていうのが理想形だ。でも危険性が高い。それをやってたのが総一郎、お前だ」


「なるべく初心者的な簡単な奴しかやってないつもりだったんだけどなぁ……」


「やっぱり基本知識が若干足りてないなお前は。時代小説好きはいいけど、もっと最近のもの読めよ」


 そう言われると、総一郎、苦笑しか返せない。そうこうしていると、琉歌が戻ってくる。話題が、危険な場所についてに戻った。再度、『スナーク狩猟区』と『マヨヒガ』の話を促す。


「まず、スナーク狩猟区だが、これは分かりやすい目印があるから、それを避ければいい」


「……ていうか、そもそもスナークって何なの?」


 小首を傾げて尋ねる琉歌。相変わらずの声の可愛さだ。時折拘束してくすぐりたくなるのだが、果して総一郎がやったらセーフなのかアウトなのか。


「あー、スナークっていうのはな……。こう、アレだよ。食べると味はしないんだけど、何処となくウィルオウィスプの匂いがするというか……」


「うん、ごめん。全っ然伝わってこない。て言うかウィルオウィスプの匂いって何さ」


 そもそも食用なのかという話だ。食感がコリコリしているとかどうでもいい。


「いや、なんていうか、説明し辛いんだよ。夜行性で、尻尾が生えているのは確定してるんだけど、ひげが生えてたり生えてなかったり、羽が有ったり無かったり」


「羽が有るのと無いのとじゃ物凄く差があるよ……?」


「そうなんだよなぁ……。狩ろうとして抵抗すらしない奴もいるし、逆に出会ってしまったなら、もうその相手は静かに闇に消え失せてしまい二度と現れることが出来なくなる、なんて奴も居る。そいつは一番危険な種で、ブージャムって呼ばれているな。そいつに遭う可能性を考慮して、スナーク狩猟区には入らない方がいいんだ」


「総くん……」


 怖いのか静かに総一郎にしがみつく琉歌。だが、総一郎としてはそれ所ではない。


「……おし。もう、外見的な特徴はクダクダになりそうだからいいとして、ウィルオウィスプの匂いが分からないんだけど。鬼火と同じで良いのかな」


「いや、だいぶ違う。と言うか鬼火ってにおいないだろ。何て言えばいいんだろうな、こう、ちょっとだけいい感じの焦げ臭いにおいと言うか、かと思えば硫黄というか……」


「……臭いはパスで。他には特徴ある?」


「んー、冗談を言うと厳粛な顔でため息を吐かれるな。あ、でもお世辞は効くとか」


「……他には?」


「更衣車が好きらしくて、何処にでも持って行ってるっていうのは聞いたことある」


「更衣車? ……あの、水着に着替えるためのスペース?」


「ああ。常に抱えているのもいれば、粉々にして鳥の巣みたいにする奴も居るし。そこはまぁスナークによりけり」


「……何で?」


「さぁ?」


「そっか……。……うん。僕スナークなんて大嫌いだ」


 吐き捨てる様に言うと、「総一郎は混乱に弱いよな」と苦笑する図書。腕に伝わる微かな震えに横を向いて、「という訳だから」と切り出した。


「るーちゃん。夜にスナーク狩猟区の目印を見つけたら、ダッシュで逃げよう。僕はその時ばかりは脇目も振らず必死に逃げるから、取り残されたくなかったら、るーちゃんも遅れずについてきてね?」


「総くんが冷たい!」


 何と人聞きの悪いことを。


「で、マヨヒガについて教えてくれる?」


「ん? スナークはもういいのか?」


「……図書にぃなんて大嫌いだ」


「分かったよ。俺が悪かった」


 大分疲れ切った様子の総一郎の一睨みに加え、それを見た琉歌の咎めるような視線まで来るとさしもの図書も反省するようだ。苦笑が両手謝りにグレードアップしている。


「マヨヒガはスナークに比べればなんてことねぇよ。ただ単に日本原産の亜人たちが居る大屋敷の異空間みたいな感じか。ただ、人食いが居る場合があってな。積極的には喰わないけど、あったら喰うみたいなスタンスの奴だから、異空間なのもあって見逃されているっていう場合がある。それが唯一危険なのかな。ただ、化け物の面をしてれば意外とばれないからそれを探すのも一手だ」


「仮面でばれないなら苦労しないよ」


「いや、ばれない。実証済みだ」


「誰が?」


「俺が」


 まさかの経験談である。微妙な表情になる総一郎と、素直に感心と驚きを示す琉歌。


 どうでもいいが、こういう表情を見ると、琉歌は素直すぎるのではないかと総一郎は思ったりする。白羽があの幼い容姿で中身がしっかりしているから、感覚がマヒしているだけと言う可能性もあったが。


「お兄ちゃん、……どうだった? 怖くなかった?」


「ああ、俺も魔法は既にある程度使えたからな。自分の身を守るくらいできたさ」


「すごーい!」


 ぱちぱちと小さな手を叩く妹と、少し誇らしげになる兄を冷めた目で見つめながら、総一郎は一言。


「……兄妹愛って素晴らしいよね」


「おいお前止めろ。含みのあることを言うのはやめろ!」


 そんな風にして、話は次第に逸れていった。気付けば暗くなっていて、あまり明日の事を話せなかったと気付くのは、自宅の玄関を開けた時であった。


 はっとするが、しかし危険な場所については聞けたことだし、こんな物でよいのか。と釈然としないながら納得しておく。家に入って母に明日行くと告げれば、すぐに登山用のもろもろの道具は用意して貰えた。幼い頃の特権と言っていいだろう。


 白羽にも少しばかり尋ねたが、加護を貰える相手が少なかったため、友達についていく程度であまり積極的には参加しなかったらしい。ただマヨヒガには入ったらしく、その感想は、


「何か面白い人いっぱいいた! 光属性の加護をくれる人も、一人だけいたよ!」


 との事であった。どうやら亜人を食おうとする輩はマヨヒガには居ないのだろう。それなら喉の事を前面に押し出せば琉歌も安全だ、と少し安堵を覚える。


 そうして、多くの事を気に揉みながらも、期待に胸ふくらませて総一郎は床に入った。なかなか寝付けなかったのは、ご愛嬌だ。

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