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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
陰惨の過去持つ国にて
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9話 我が身を滅ぼせ、英雄よ(6)

 騎士候補生たちの陰謀を目の当たりにした日から、ローレルと離ればなれになることが酷く不安になった。


 だから、無理をしてでも共に過ごそうと提案すると、彼女は一も二もなく快諾してくれた。曰く、「ソーが言わなければ、私から言ったと思います」とのこと。自分からでなく、総一郎からの申し出であることが、相当彼女の気分を高揚させたらしい。その日はずっと、上機嫌だった。


 寝起きはローレルの部屋ですることになった。総一郎の部屋は、危険だ。すでに襲撃を受けたという実績がある。総一郎一人ならばいくらでも対策は打てたが、ローレルを守ることを含むと、どうしてもあの部屋は避けるべきだった。


 最初はそれなりに振る舞いに困ったが、山に慣れることのできた総一郎である。三日もしないうちに、勝手知ったる我が家と言わんばかりに過ごすことが出来るようになった。


 ひとえに、ローレルのお蔭だ。


 朝。寝起き。総一郎の夢は、悪化の一途をたどっていた。あの化け物は総一郎をさんざん踏みつぶした後、その幼生を産み付けるようになった。それらが、総一郎の中に入り込み、内側から食い破ってくるのである。


 今まで、絶叫と共に起きるだけで済んでいた。荒い息ながら、夢と現実に明確な境界線を引けていた。今は違う。起床して、総一郎はまず体の異変を調べる。体中に夢の後を引いた違和感が付きまとっていて、あの化け物をそのまま小さくした大量の幼生が、絶対にどこかに潜んでいるという妄想に取り憑かれる。一人で寝起きする限り、そのために一時間は正気を失ったままでいるのだ。


 そんな総一郎を元に戻してくれるのが、ローレルだった。


「止めろッ! 僕を食うな! 何処だ、どこに居る! 出てこい! 根絶やしにしてやる。他人に食われたことが無いからそんなことが出来るんだ。見つけ次第噛み千切ってやるからな。少しずつ、苦痛を感じるように!」


「ソー、そんな化け物は居ませんよ。それに、ソーを齧ったのは私です」


「えっ?」


「首筋。ソーの寝顔が可愛くって、こう、パクッて」


 可笑しそうに小さく笑うローレルを見つめながら、総一郎は首筋に手をやる。そこには、軽い跡があった。確かに、噛み付いたような――


「――ローレル、ありがとう」


「落ち着いてくれてよかったです。いつもの夢ですか?」


「……うん」


 先ほどまでの余裕そうな表情を崩して、心配そうに眉を垂れさせ彼女は問うてくる。ローレルは、総一郎の抱える闇のほとんどを知っていた。雑談の折に、昔の話を良くしたのだ。


 逆に、彼女の話もまた、聞かされていた。今まで知らされていなかったローレルの陰を知って、総一郎はさらに彼女の事が愛しくなった。


 彼女と共に、楽しくあろうとして、生活習慣が変わった。夜と、早朝。人のいない時間が、彼らの世界を形作り始めた。


 修練場は、夜、消灯前の一時間にも訪れるようになった。その頃になると街の光も遠く、周囲は真っ暗で、星がよく見えた。


 他には、騎士学園の塀の外。時折強いとも弱いとも言い難い魔獣で出現するため危険地域に指定された、騎士候補生すらほとんど来ない小高い丘。そこは街に近いためか、星ではなく街の夜景が綺麗なのだった。人の営みを思わせる。


 ローレルは二人で星を見るのが好きで、総一郎は街の夜景を見るのが好きだった。


「……不思議ですよね。こんな満天の星空、実家より都会な騎士学園の方が見えるなんて。ちょっと不公平です」


 星を見る日。街を見る日。交互にしようと、二人で決めた。むくれるローレルに、総一郎は苦笑する。


「仕方ないよ。騎士学園は、眠るときに街灯すら消えるんだもの。ローレルの町は、違うでしょ? ……もしかしたら、そのために少し街から遠く造られてるのかもしれないね」


「お金って偉大です」


「そこなんだ」


 二人して、笑う。広大な星空が、総一郎は怖い。吸い込まれそうに思うのだ。まるで、天地がひっくり返って、落ちていきそうな気がする。


 少し前にそんなことを言ったら、少女はクスクスと笑って言うのだ。


「ソーって、結構臆病です。私は、どちらかというと、寂しくなくなる気がするんです」


「へぇ? それは、どういう事?」


「星は、それこそ星の数ほどある訳でしょう? そうすると、自分の悩みなんか小さくて、もっと何億、何兆、何京倍の世界が自分を包んでくれているって、そういう風に思うんです」


「ローレルは、アレだ。宇宙人とは仲良くしようって思うタイプだ」


「何で分かったんですか?」


 互いの事を知る度、距離が近づいていく気がした。いずれ、溶け合って一つになってしまうのでは、と冗談を言って「それもいいかもしれないですね」と返されてドン引きした。その時のローレルの慌て様は抱腹物である。あまりに面白可愛かったのでこっそり撮影して、会話のふとした瞬間に流して怒られた。怒る姿も愛おしい。


 ファーガスとは、早朝に会う。カバラで、総一郎とローレルの異常な仲の良さを苦々しく思っていることが知れたのは、つい最近だ。


 共依存、と思われていることが分かった時、総一郎は言葉を失った。


 心の内での反論すら総一郎には出来なかった。


 ほんの少しだけ、離れ離れになる時間を作ってみよう。ふとした瞬間にそう思って、図書館で勉強を見ている時、少しトイレと席を外した。今までは、そもそも図書館での勉学すら控えていた。教科書はあったから、自室でのものに終始していたのだ。


 それが、よくなかった。


「……ローレル?」


 帰ってきた時、ローレルは消えていた。几帳面な彼女の事だ。何か用事が出来たのなら、普通は書置きの一つでもあるはずだった。しかし、痕跡すら見つからない。それは、アナグラムすら分からないという事だった。異常な事だ。全くのアナグラムを残さず何かをするなど、尋常ではありえない。


「カバリスト……」


 二人の行動範囲。図書館、ベランダ、修練場の全てを探したが、アナグラムの欠片さえ見つからない。その時になって、総一郎は歩調を駆け足に変えた。自分の姿を光魔法で消すのは忘れないが、それでも時折生徒とぶつかりかけることが何度かあった。


 まだ、『自分たちは彼らに接触していない』。だが、カバリストをどうこうする為には、カバリストでないと無理だというのも事実だった。


 ――もともと、意図の見えない相手だ。それに自分がカバリストでなかった時から、ちょっかいは掛けられていた。総一郎はそのように考え、ギルを探し始めた。


 奴がカバリストの一員であるかもしれないと分かったのは、先日の事だ。最近、一度渋った自分の出生を語る機会があった。その時、天使が蔑視の対象であるという奴の言葉が嘘であると割れた。今までのこともあって、すぐに要注意人物としてマークした。


 はたして、ギルはすぐに見つかった。二階の廊下の窓際で、取り巻きと談笑している。音魔法で探知したが、取り立てて聞く価値のない物だった。彼らは平然と集まりながら詠唱室へ入っていく。次の授業は詠唱の時間だっただろうかと考えながら、総一郎は追った。密室で人数が少なければ、如何にギルだろうと追いつめる自信があった。


 しかしそこには、年齢、性別ばらばらの十数人の騎士候補生たちが集っていた。その真ん中に、椅子に縛り付けられたローレルが居た。猿轡をされ、俯いてすすり泣いている。


「乱暴はしないように言っておきましたよね?」


 ギルがそのように言うと、上級生の一人が肩をすくめてこのように返した。


「いや、先ほど失禁したんだ。暴行は加えていないぞ。まだ」


「それならいいです。傷をつけると、見た時点でブシガイトが逆上する可能性がありましたから。見たところ掃除は済ませたんですね?」


「ああ、下級生の何人かにやらせた。……しかし、妙な気分だな。本当なら第四学年から上でブシガイトの奇襲をいつも組み立てていたのに、まさか第二学年の坊やに指揮をとられるとは。それも、たいして抵抗感がない」


「実はぼくはロボットなんですよ。操縦桿はそろそろ五十路に差し掛かる父が握っていて……」


「ははは! それなら指揮を取られるのは当然だな! ……で、誰がブシガイトを呼びに行くんだ?」


「それも、ぼくに任せてください。では」


 素早く、ギルは部屋から出て行った。呆気に取られていた総一郎は我に返り彼を引き留めようとしたが、時はすでに扉は閉まった後だ。仕方ないと諦める。ローレルを救い出せれば良いのだ。


 波風を立てるつもりはなかった。腹立たしいし、ローレルが屈辱的な仕打ちを受けたのだから、それ相応の報復はしてやりたかったが、それが事を荒立てるだけなのは知っていた。


 だからこそ、総一郎はそのまま彼女に近づいて、椅子を軽くたたいた振動によるアナグラムでローレルとの会話を試みる。


『ローレル、大丈夫?』


 彼女も指は動かせるようで、返答が来た。


『ソー! ……はい。どこかが痛むという事は、ないです』


『そっか。安心した。じゃあ、脱出しよう。適当にかき乱してやれば逃げていくはずだ』


『はい。……ところで、先ほどの会話聞きました?』


『……聞いてないよ?』


「ムー! ムー!」


「うわっ、何だ!? いきなり暴れ出してどうしたんだこいつは……」


 羞恥のあまり顔を真っ赤にして椅子をがたがた揺らして暴れるローレル。ひとしきりそうしてから行き成り脱力して俯き、再び彼女の頬に涙が伝う。


『……忘れてください。忘れなきゃ、忘れさせます』


『怖いよ』


 同情するにしきれない辺りがローレルである。多分この涙は恥ずかしいというよりは悔しさの物なのだろう。アナグラムで解析する限りそのようだ。


 総一郎は金属魔法でナイフを生み出し、そろりそろりと縄を切った。拘束具が縄で通じるのは、先進国の中では今の時代イギリスくらいの物だ。アメリカの亜人は簡単にこんなもの引きちぎるし、日本はもはや言わずもがなである。


 縄を切り落とし、光魔法とアナグラムを併用して気づかれないよう細工する。次いで足、腰と解いていき、ローレルを自由にした。


『ありがとうございます』


『どう致しまして。さて、じゃあどうやって逃げよっか』


 手段はいくらでもある。一番望ましいのは、何かで気を惹いてその隙に脱出することだ。だが、あからさまな物は自分の存在に感づかれかねず、出来る限り自然なものがよい。


 そのように思考としていたところ、一人の候補生の携帯が鳴った。彼は電話に出て、相槌を打っている。


 その時、総一郎は言いようのない不気味さを感じた。嫌な予感が、僅かな警戒を彼にもたらした。


 故に、次の瞬間に彼らを襲った衝撃を避け、そのうえでローレルに回避させるという事が間一髪のところで叶ったのだろう。


 総一郎は地面を転がり、壁を背に立ち上がった。見れば光魔法は解かれ、この部屋の誰もが自分を凝視している。携帯を耳に当てていた上級生が、その手を下しながら舌を打つ。忌々しそうに、総一郎に毒を吐いた。


「チッ、ドブネズミが鬱陶しい……。今ので仕留められれば、何もかも上手くいったというのに」


「……何故、僕に気付いた」


「ギルバートが伝えてきた。本当ならこれで仕留めるはずだったのだが……。まぁ、いい。手札はまだ手の内だ」


 奴は乱暴に、ローレルの猿轡を掴んで引き寄せた。苦しそうに彼女はうめき、細められた目をこちらへ向ける。ローレルは、ひどく怯えていた。いつもの克己心は、そんな自分自身を嫌ってのものであると総一郎は知っている。


「……彼女は関係ない。早く解放してやってくれ」


「それも裏は取れている。人質になることくらい、確認済みだ」


 アナグラムが読み切れない。総一郎は、歯噛みしていた。彼らは自分の意志によって行動しているのではなく、ギルの定めた行動手順を踏まえてそれをなぞらえているに過ぎない。そういう状況は、アナグラムが酷く得難いのだ。彼らから、表情による状況の把握ができないという理由で。


 挑発してみようかとも考えたが、ローレルを掴む上級生は性格の荒い人間だと解析できた。下手をすれば、彼女が傷つけられる。迂闊な事はできない。


「さぁて、ブシガイト。それじゃあ本題に入ろうか。まず、……何があっても、動くな」


 ぴり、と危機管理能力が総一郎に反応した。総一郎は、子供を殺さない。ずっと守ってきた、最後の防波堤とも呼べる条件。守れるだろうかと、瞬間考えた自分に愕然とした。それだけは、守らなければならない。それを破れば、きっと自分は修羅になる。


 気合を入れて、こちらに歩いてくる下級生を見つめた。その手には、煙の出る大きなハンコのようなものがあった。一瞬惑ったが、心当たりがあった。ローレルを束縛する上級生が、笑い声をあげる。


「さすが本場の国。知ってるなら話が早いな。――それは奴隷紋だ。それも、特一級。すべての人間の命令に従わなければならないそれだ」


 総一郎は思わずその手を叩いていた。ハンコが地面に落ちるとともに、ローレルの甲高い声が漏れる。はっとして顔を上げると、首から一筋の血が流れていた。総一郎は頭が真っ白になる。奴は、「だから言っただろう」とふてぶてしく言った。


「動くなよ。次にやることも正直変わりはないが……、頸動脈に届いたら死ぬからな?」


 まるで自分には責任が無いかのような言い草が、総一郎に血が逆流するような激情を覚えさせた。だが、奴には怯んだ様子が一切ない。くつくつと笑いながら、「おい、いいのか?」とこちらに問うてくる。


「お前、子供は殺さないんだろ? 殺したら取り返しが付かないもんな。――腕だけなら回復する余地があっても、脳に届いたら意味ないぜ?」


 まるで、冷水をぶっかけられたかのような気持ちにさせられた。何故、そのことを知っている? 総一郎はあっけに取られる。その時、ローレルが必死に瞳でこちらを見ていることに気が付いた。


『逃げてください。駄目です。彼らの言う事は本当です。このままここにいると、どう転んでも取り返しがつきません』


「だから、動くなよ。別に奴隷紋押したからといって、どうこうするなどと言って無いだろう?」


「ははは、そうそう。そこの子を目の前で殺したり、ついでに少し味見しとくなんてこと、絶対にしないから安心しろよ」


『大丈夫です。私は、一人でも何とかなります。これでもカバリストとしてはソーより少し上なんですからね』


「嫌がらせってだけなら、私にもいい方法がありますよ? 訊きます?」


「ほう、例えば」


「今思い浮かんだので一番辛いのは、豚ですね。でも農家のは大体去勢されていますし、研究所の亜人の牢屋か何かに縛って放っておけば……」


「ほほう、俺の予想を遥かに上回ったな。だが――面白い、やろうか」


「そうでしょう? そういうのには自信があります」


『こんな奴らから逃げるなんて、訳ありません。ソーが来るのがもう数分遅ければ、私が一人で脱出していたくらいです。だから、ほら、早く逃げてください』


 ローレルは、泣いていた。人差し指を懸命に動かしながら、自らの恐怖に負けないよう懸命に闘っている。だが、総一郎はアナグラムを読んで知っているのだ。自分が逃げた時、総一郎の姿が見えなくなる寸前に思わず漏らす、『助けて』の声とその表情が。


 ――右手が、ひりひりした。


「……もう、いい」


「は? 今、何と言った?」


「もういいよ、ローレル。僕が間違ってた。我慢すべきなのは、君じゃないよ。――僕が、自分の矜持を譲ればいいだけだ」


「おい、何を――」


 総一郎は、右手を差し出す。一見、人のそれだ。だが、妙にぶれて見えた。不安定になっているのだと、すぐに分かった。


「ソー! 駄目です! それだけは駄目!」


「おいっ、こっちに人質がいるのが分からな」


「黙れよ。黙って、死ね」


 ローレルの悲愴な叫び。奴らの下卑た怒号。総一郎の宣言。そして右腕は炸裂する。


 その形は、例えるならハリセンボンだろう。身を守るために、彼らは急激に膨らみ、己をトゲで覆うのだ。総一郎も、同じだった。守るために、棘を伸ばした。


「あ……」


 ローレルの、力のない声。取り次ぐように、地獄の亡者のような呻き声が周囲を満たし始める。


「クソ……。クソが……。殺してやる。亜人め……!」


「痛いよぅ……。助けて、ごめんなさい。嘘ですから。今までの、全部ウソですから……」


「……黙って死ねって、言っただろうが」


 棘を抜く。水っぽい音を立てて、何人もが崩れ落ちた。大抵は、そこで動けなくなる。だが、一人だけここまで這ってこようとする輩がいた。


 総一郎は、その少年を足蹴にする。頭を踏み、上から冷たく睨み付けた。しかし、奴は笑っていた。掠れた声で、言うのだ。


「はは……。お前、とうとう、子供を殺したな……」


「……狂ってる。お前ら全員、狂ってるよ」


 重力魔法で、無理やり踏みつぶした。ローレルが、怯えたように息を呑む。総一郎は彼女を無視して硬く握り拳を作った。それを、軽く放る。それは弧を描いて部屋の中心に上がり、唐突に伸ばした棘で静止した。


 ローレルと、総一郎。それ以外が、息絶える。


「……」


 全員、苦悶にゆがんだ顔で絶命していた。床も、血濡れだ。何か感慨があるだろうと思っていたが、予想以上に何もなかった。放心していた。


 我に返って、まずローレルの拘束を解きにかかった。彼女は、震えていた。その様子を見て、ああ、と思った。嫌われたと。ある意味では、仕方がないと思った。


 だが、拘束を解き切った瞬間、ローレルは強く総一郎に抱き着いた。


「ソー、ソー、ソー……!」


 右腕を握られる。そして、無理やり眼前に持って行かれた。少女は、すすり泣いていた。総一郎は、それを見て不意に涙が流れ始める感覚を得た。彼女がいたから泣けたのだと、はっきりと分かった。


 血が、死体が、二人を恨めしそうに睨み付けている。その中心で、総一郎たちは抱き合い、泣きあった。心も、体も、一つになっていくような錯覚があった。少なくともその瞬間は、心は一つになっていたはずだった。


「……ソー。私は、ずっとあなたの傍にいますから。何があっても。私だけは……」


 総一郎は、それに頷こうとした。寸前で、止まる。思考が動き始め、何を為すべきなのかを考え始める。


 頭の中で、全てを数式に変換した。自分も、ローレルも、この現状も、そして、総一郎がローレルへ向けるこの温かな気持ちも、全て無機質な数字へと変えた。それら掛け合わせ、未来を割り出していく。精神魔法を使えば、すぐにわかってしまった。


 総一郎は、首を振る。涙を目に貯めたまま、少女は呆気にとられた顔をする。


「ソ、ソー……?」


「ローレル。僕は、君と二人で居たかった。それだけ、君を愛していた」


「えっ、何ですか? 一体、何を……」


「ローレル」


 彼女は、嫌な予感に表情を歪めせていく。それを止めるために、総一郎は強く、その名を呼んだ。


「僕は、二人で居たかった。一つになりたかったわけじゃないんだ。一つになってしまえば、それは孤独だよ。独りよがりな孤独だ。君を巻き込んで、修羅になってしまう」


 総一郎は、抱きしめる手を取り払う。抵抗されたが、ローレルの力は及ばない。


「別れよう。僕たちはもう、限界だ」


 はっきりと告げる。少女の瞳が、絶望に見開かれる。


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