表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/208

 第9章 さらば、愛しき人よ -3-

「ешю*****!!」

「ミリタリア・タセ・エリトモラディーヌ!!」

 2人の詠唱重なりて。

 虚空に生み出される、炎の風と氷の刃。

 その瞬間、カーキッドはアイザック目掛けて剣を振りかぶった。

「――ッッッ!!!」

「姫様はカーキッドの補佐をッ!! こちらは私がッ!!」

 カーキッドの重厚な一撃を、だがアイザックは手をかざすだけで受け止める。

 しかもそこに、接点はない。カーキッドは驚愕する。アイザックと剣の間には、見えない壁があるようだった。

 そしてそれにより、彼の剣は簡単に弾き飛ばされる。

「カーキッド!!」

 地面に転がったカーキッドにオヴェリアは駆け寄ろうとしたが。

 アイザックの目が。その足を止める。

「オヴェリア、石を渡しなさい」

「……嫌です」

「今渡せば、皆の命、助ける事もできようぞ」

「この石は、渡せません」

 言い、オヴェリアは剣を構えた。

「叔父上は、この石を使って何をなさるおつもりか!?」

「……先ほど言うた。お前には関係ない」

「関係あります!!」

「……」

「私はこの国の、姫ゆえに」

 カーキッドが立ち上がる。再びアイザック目掛けて斬りかかる。

 だが打ち付けるのは虚空。やはりその剣は、男には届かぬ。

 弾き飛ばされるカーキッドの姿を見て。起き上がっては斬りかかる彼の姿を見て。

 ――オヴェリア、ついに走り出す。

「やめなさい、オヴェリア」

 静かなる声は、昔と同じ。

 ……否、違う。オヴェリアはそう思った。昔の叔父の声は、もっと明るくて。

(澄んでた)

 脇を一閃。

 オヴェリアの剣もやはり、虚空を斬る。

 だが。

 カーキッドが斬った時とは明らかに違う。アイザックには届いていなかった。だが、確かにその瞬間空気が揺らめいた。現実アイザックの顔に、驚愕の表情が浮かんだ。

「聖剣か」

 手ごたえ。それを感じ、オヴェリアは返す刀でもう一刀入れた。

 ドォン

 その同じ場所を、間髪入れずにカーキッドも斬る。

「やめろオヴェリアッ!」

「ぁぁぁぁあああああ!!!」

「やめろと言うておるのだ!!」

 アイザックが初めて、その手をオヴェリアに突き出した。

 瞬間、オヴェリアは背中に嫌なものを感じ、その場を転がって避けた。

 だが地面につくギリギリで。脇に強い衝撃を感じた。

 オヴェリアは倒れ込む。その場所は、先ほど暗殺者から手傷を負った場所でもあった。

「くッ……」

「剣を捨てよ、オヴェリア」

「……捨てませぬ」

「捨てよオヴェリア!! それは呪いの剣ぞ!!!」

 顔を上げれば、アイザックの顔にはありありとした怒りが浮かんでいた。彼のそのような顔、オヴェリアはかつて一度も見た事がなかった。

「叔父上、」

「なぜだオヴェリア。なぜその剣を持つ」

「……」

「薔薇前試合……なぜそんなものに出た。なぜお前がその剣を」

 ――よりによって、お前が。

「愚か者ッ」

「それはお前だッ!!!」

 瞬間、カーキッドは横合いから突きを繰り出した。

 アイザックはそれを、視線だけで受け止め流そうとしたが。

 カーキッド渾身の突き。彼のすべての力を宿した黒き剣は。

 ピキリ、と。

 空間に、ヒビを入れた。

 それにアイザックは目を見張った。

 完全に空間が割れ、カーキッドの剣がその身に届こうとした所を。

 ガキィィン!!

「やっと、抜いたな」

「……」

 アイザックは剣を抜き、それを受け止める。

 カーキッドはニヤリと笑った。それはとても嬉しそうな顔だった。

「異国の民か」

 その目と髪の色は、この国の物ではない。一目瞭然である。

「何ゆえお前のような者が、オヴェリアの供をしている」

「こっちが聞きてぇッ!!」

 一歩退き、半身くねらせ一撃入れる。

 それをアイザックは剣で受け止める。片手持ちである。

 もう片方の手が、カーキッドの首を狙う。彼は、咄嗟にそれをよける。

 体勢は崩れたが、だが今度はもう転げない。「っとっと」とうまく着地し、すぐに剣を構えた。

 アイザックの手は掠めてもいなかった。だが、カーキッドの頬が少し切れていた。

「なるほど、常人じゃねぇや」

「黒き剣の使い手……聞いた事がある。砂漠の向こうの地、エッセルトの内戦。確か〝鬼神〟と呼ばれる黒き剣を持つ者がいたそうな」

「忘れた。そんな昔の、話なんざッ」

 言いつつ、またしてもカーキッドが斬りかかる。

 斜めから斬り上げたその一閃を。

 アイザックは剣ではなく、手ぶらの手をかざし。

 ガシリと直接腕で、掴み取った。

「!!」

 これにカーキッドは明らかに驚愕の表情を浮かべた。

 だが体の反応は早い。掴み取られたその状態で、アイザック目掛けて飛び蹴りを繰り出した。

 それは確かにアイザックの胴体に入ったが。

 身じろぎせぬまま、アイザックは残り一方の手とそこに握られた剣を躍らせた。

 間一髪でカーキッドは狂剣から逃れたが。

 体勢が悪すぎる。完全に、避けられる物ではなかった。

 血が飛んだ。

 カーキッド・J・ソウル。旅に出て血を流したのは、これが初めての事だった。

「カーキッド!!」

 オヴェリアと反対側の脇腹から、血がにじみ出ていた。

「カーキッドッ!!」

「へへへ」

 オヴェリアの叫びを他所に、カーキッドは笑っていた。

 その目はアイザックしか捉えていない。

 それはアイザック自身も同じ。

 じっとカーキッドを見たかと思うと手を突き出して。

 次の瞬間、カーキッドの腕から足から血が吹き飛んだ。

 否正確には、それだけで済んだのは、彼が避けているから。

 見えない、何かから。

(魔術!?)

 でも見えないがゆえに、彼の身を何かが掠めるのだ。

 切り裂く何か。それは風でもなく、弓矢でもなく。

 ――瞬く間に、カーキッドの身は傷だらけへと変貌する。

 その中には肉を、抉り取ったような傷もあった。

 そんな自身の姿を知ってか知らずか、カーキッドは剣を立てた。

「うぉおおおおお!!!」

 雄叫びと共に斬りかかるが。

 次の瞬間巻き起こった風圧に、カーキッドの体は見事に吹っ飛ばされた。

 宙を舞う彼の巨体が、地面に叩きつけられる姿を。

 オヴェリアは呆然としながら見ていた。それしか、出来なかった。

「カーキッド、」

「……ツッ……」

 倒れ込む彼に向かい、アイザックが1歩、また1歩と歩き出した。

 傷一つ、埃一つつかぬその姿。

 焔の陽炎を身にまとっているかのように。その空気がゆらゆらと震えていた。

 アイザックが近づくが、カーキッドはまだ立ち上がれない。

 アイザックは剣を握りなおす。

 目の前で、カーキッドに向かい歩み寄ってくるその姿。

 幼き頃から見ていたその姿、良く知るその人が。

 オヴェリアには今、唯一つのものにしか見えなかった。

 死、そのものにしか。





「叔父上」





 喉から。声は出た。

 でも手は震えていた。

 足も震えていた。

 奥歯も震えそうだ。でも彼女は。

 懸命に胸から声を、吐き出した。

「アイザック・レン・カーネル!!」

 喉の先から出す程度の声では、届かない。

 本能がそれを悟っているかのように。

 声は彼女の奥から湧き出て。

 先へ先へと、響いて行く。

「何ゆえ石を求める!?」

「……」

「碧の焔石……あまつさえ、この街の状況」

「……」

「見過ごせぬ」

 言い、立ち上がった。

 脇腹は痛むけれども。

 それ以上に心が。

「……ならば、何とする」

「……」

「王女オヴェリア。我が所業を見て、貴女は何とする」

「……」

 アイザックの目は、まっすぐにオヴェリアを見た。

 6年間、待ちわびたこの日。

 会いたかったこの人。

「アイザック・レン・カーネル。偽りなく述べよ。目的は何か」

「……」

「答えよ、カーネル」

「ならば申し上げましょう」

 アイザックは体ごと正面、オヴェリアを向きなおり。

 何ら飾らず、ゆっくりと。だが素直な声色で。

 一言、こう言った。

「我が目的は1つ。この国を滅ぼす事」

 オヴェリアの胸が。

 ツンと、高い音で鳴いた。





「何ゆえ、そのような事」

「この国は淀んでおる」

「淀む?」

「もう、限界だ」

 誰が? 何が?

 ――うろたえてはならぬ。

 脳裏、どこかで、父の声がした。

 オヴェリアの父、ヴァロック・ウィル・ハーランドの。

(父上)

「……カーネル、何を申しているかわかっているか」

「無論」

「国を滅ぼす、その言葉の意味」

「……」

「それは反逆ぞ?」

 アイザックは小さく笑った。「然り」

「なぜ、なぜ」

「……」

「なぜカーネル…………叔父上!!」

 オヴェリアは叫んだ。

「なぜ!?」

「……」

 必死に。

 叫ぶその目からは、涙が。

 弾けて飛んで。頬を伝い流れたが。

 構わずオヴェリアは。何度もその名を呼び、叫んだ。

「アイザック・カーネル!! なぜ!?」

「……」

「この国は、母上の……そなたの姉上の、」

「だから、だ」

「……?」

「だから、ゆえに」

 私は、とアイザックはオヴェリアの剣に視線を向けた。

「俺はこの国を、滅ぼしたい」

「……ッ!?」

「この国と、王であるヴァロックを」

 消し去りたいのだと言ったその顔は。

 今までの無に近かった表情から一変して。憎しみに満ち満ちていた。

「父上をッ……」

 殺したい?

 叔父上が?

「なぜ」

「愚かなり、ヴァロック」

「……ッ」

「何と愚かか……よりによってその剣を、この娘に持たせるのか」

「叔父上、」

「白薔薇の剣……持つ事できるのは剣に選ばれし者のみ……聖母・サンクトゥマリアの力を宿す剣」

 でも。

「何が、聖剣だ」

 風が。

「何が、聖母だ」

 強く吹いて。

「何が、選ばれし者のみだけが帯刀を許されるだ。国を背負う資格を持つ、だ」

 オヴェリアの髪を。心を。

「そんなものを抱きしこの国は、こんな国は」

 乱し、乱して。

「間違っている」

 すさぶ。

 




「オヴェリア、お前も知っているはずだ。この国が犯した罪」

「……」

「姉上がヴァロックの元に嫁ぎ、そしてその後築かれていった罪」

 オヴェリアはゴクリと唾を飲み込み。だが白薔薇の剣を構えた。

「罪、などと」

「罪だ。国が犯し、お前の父が犯した罪」

「……父は何もしておりませぬ」

 オヴェリアはジリと足場を固めた。

「姉上が何をしていたかお前は知っているだろう? ハーランドに嫁いだ姉が、何をもって何をさせられていたか」

「……それは、」

「どのような気持ちであの方は……生きておいでだったか」

「叔父上ッ、その話は」

 ここにはカーキッドがいる、デュランもいる、見知らぬ魔道師もいる。

 これだけの人間がいる中で、その話はしてもいい話ではない。

 禁忌――駄目なのだ。

「叔父上、」

 やめて。

 お願いだから。

 ……だが。

 そんな悲痛なオヴェリアの顔をあざ笑うように。

 アイザックは言葉を続けた。

「この国が姉上に課した所業、罪。そして罰」

 そして。

「ヴァロックが王になった理由」

「父上が、」

 何?

「お前は知らぬ。知れば、お前も私と同じ気持ちとなろう」

 何の事? オヴェリアは眉を寄せる。

「この国最大の秘密」

 それは、

「白薔薇の騎士、それが――お前の母ローゼン・リルカ・ハーランドから、ヴァロック・ウィル・ハーランドへと移った本当の理由」

 アイザックがそう言った時。

 オヴェリアの背後で魔道師が、ニヤリと不気味に微笑んだのを。見たのはただ1人。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ