第二話:予想外な展開でした
『なぁ、×××。俺の来世はスーパースターだ』
『痛い』
『なんだお前、怪我したのか?めずらしー』
『ちげぇよ。お前だお前!お前の事だ』
『俺?無傷だけど』
『……ああ、そう。良かったなスーパースター』
『×××は、気が早いなぁ。来世の話だよ。因みに×××の来世は魔王だろうな』
『あー、頭いてぇ』
『え、頭殴られてたっけ?まぁ×××なら大丈夫だよな、頑丈だし。影で魔王×××って囁かれてるくらいだしさ』
『知るか』
『来世が魔王って嫌か?』
『……あー、どうでも。犬でも何でも』
『ふぅん。なら、×××の来世は犬な!』
もしや、あれは呪いの言葉だったんじゃなかろうか。
来世は犬な!とあいつが輝く笑顔で言った後の記憶が全くない。にしても腹が立つほどの眩しい笑顔だった。
こんな事になるなら、あの顔を一発だけでもぶん殴っておけば良かった。
しかも以前の名前だけ、雑音にかき消されたように聞こえない。覚えていないということだろう。
あの所為かは不明だが、俺はいま犬である。そして命は風前のともしびだ。
笑い話にもならねぇ。
「着きましたよ、ケルベロス様。魔王城です」
俺が昔を思い出しているうちに、魔王城とやらに着いたらしい。
シュタインが笑みを浮かながら、魔王城とやらを誇らしげに紹介した。
しかし、だ。
城、遠くねぇか?
辛うじてシルエットが見えるんだが、あれが魔王城ならばまだまだ先は長いだろう。
どうすんだよ。その間にもし『やっぱ死ぬのが怖いから逃げる』と血迷ったら。もしやそれが狙いなのか、シュタイン。
恐怖に震える俺を見て喜びでも感じるのか、なんて奴だ。
「あの……ご安心下さい、ケルベロス様。ここから魔王城までは俺たちでも半日はかかりますが、転送魔法を使えば一瞬です」
俺から立ち上る不機嫌なオーラに気付いたのか、シュタインが恐る恐るといった顔をしながら、何やら怪しい光を放つ魔法陣を指差した。
これに乗れば、一瞬で魔王の御前らしい。命が長引いたかと思わせておいて、こうくるとはな……。
こいつ、マジで出来る。
「では、参りましょうか」
シュタインが笑顔で魔法陣へと誘った。
逃げるつもりはない。不可抗力とはいえ、俺は魔王の息子を殺してしまったのだ。意識するとマジでヘコむ。罪悪感に押し潰されそうだ。
ゆえに俺は、魔王に殺されるならば仕方がないという気持ちだ。
ぐっと決意を固めて顔をあげ、俺は魔法陣とやらに乗った。遅れて、シュタインとメデカが乗る。
俺の決意を知らないとはいえ、相変わらずメデカはキーキーと喧しい。
魔法陣が一際強く光を放ったと同時に、身体がふわりと浮くのを感じた……。
***
シュタインの言う“すぐ”とは瞬きのことだった。
身体が浮いたかと思えば、目の前に『あなたが魔王ですよね』と聞くのも烏滸がましいほど、魔王然とした魔王がいた。
人間と近い肌を持つシュタインと違い、魔王は紫色を水で薄めたような色をしている。
魔王の大きさに合わせて作られた見事な玉座から察するに、身の丈もかなりのものだろう。
その玉座の肘掛けに肘をつき、頬杖をついてこちらを見る魔王の瞳は、黒く塗りつぶされ白い部分が見当たらない。黒い髪は腰ほどまで長く、頭には山羊のような角が強さを示すような大きさで生えていた。
冷酷さを湛えたその瞳がシュタイン、メデカを一瞥し――俺を捕らえる。
そして、鋭い牙が覗く口をゆっくりと開いた。
「やはり、死んだか」
応えたのはいつの間にか跪いていたシュタインだ。
「はっ!誠に残念ですが、ご子息様は不適格だったようです」
「だろうな。まぁ良い。しかし、ゼルディスよ。お前の息子は手厳しいな」
そこで、魔王の隣にひっそりと寄り添う大きな犬に気づいた。応えるかのように、ゆるりと尻尾を揺らし黄金色の目を眇める。その姿は紫紺色の毛色である俺と違い、白銀だ。首には随分と立派な黄金色の首輪が填められている。もはや犬、と言うよりも狼のようなそれは、魔王と並んでも見劣らない大きさに、堂々たる風格だ。
その堂々たる風格にも目を見張ったが、俺が気になったのはその犬が俺の父親だということ――よりも息子が死んだ、正確には俺に殺されたのに、やけにあっさりとした魔王の態度だ。
肉親に対しても冷酷、というのはらしいのかもしれない。
だがシュタインが発した不適格という言葉といい、何か引っかかる。
アレだ。
すごく面倒なことになる予感がヒシヒシとだな……
「あやつはこのアジュールに相応しくないと判断され、そして死んだ。仕方のないことだ。問題は、あやつが治めていた領地だが……代わりがいる」
俺が天に召してしまった次期魔王様は領地を治めてたのか。
まず、この世界についてさっぱりな俺には、荷が重い話である。
ついさっきまで俺は死を覚悟していたのだ。緊迫感が感じられなかろうと、俺は死を覚悟していたわけです。はい。
だから、だな。
その真っ黒な瞳で俺を見るのを今すぐやめろ。……やめて下さい。
「アジュール・デッド・ケルベロス。お前に魔界第七地区の統治を任せよう」
――冗談だろ。