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初めての海

パトカーのサイレンが夜の町に響く。

 レフォノルト駅前は、保安局関係者でごった返していた。

 喧噪の中に、一台のパトカーが止まり、後部座席から一人の少女、サキ・ロアンスは姿をあらわした。腰元には深紅の鞘に収まった刀を下げ、肩まで伸びる黒い髪を夜風に揺らめく。辺りを見回す瞳は凛と鋭い。十歳半ば程だろう風貌は、特保の制服を身付けている事もあり、周囲からかなり浮いた。

 張り巡らされたテープロープを潜り駅構内へ入っていく。保安局員達はサキに気付くと、そそくさと道を空ける。

「お疲れ様です」

 営業スマイルで中に進んでいくサキ。その途中、担架に乗せられ運ばれているライズに出くわした。


「全く、こっちは例の案件で火の車だってのにアンタと来たら…見事にやられたね」

 呆れた顔で言うサキ。

「悪かったな…それより、話しときたい事がある」

「わかったよ。後で聞くからライズはゆっくり休めばいいよ」

 からかうように言うサキ。ライズは真剣な顔で、

「いいから耳貸せ」

 訝しげな表情で、ライズに耳を貸すサキ。ライズが言葉を呟いた瞬間サキの表情が変わる。

「え?」

 驚いた表情でその場に固まった。




 朝の日差しの眩しさに、カイは目を覚ました。

「どこだ…ここ?」

 見回すと、自分が知らない部屋のベットに寝かされている事に気づく。それに服も着ていなく、下着姿だった。

 ふとベットから横に目をやる。そこには男の子がいた。五歳くらいだろうか、短髪の元気のよさそうな感じのする子だ。

 部屋の扉ほ所から半身を乗り出す恰好で此方をジッと見ている。

「なんだ…お前」

 カイの言葉に、男の子は横を向き、

「ニナ姉ちゃん~。行き倒れが目を覚ました」

「はい、はい」

 直後パタパタと慌ただしい跳ねる足音が近づいてくる。

(行き倒れ…俺のことか)

 自分の情けなさに項垂れるカイ。そこに一人の少女が現れた。

「ようやく目が覚めたね」

 ニッと快活な笑みを浮かべる少女。

 家着だろうTシャツに短パン姿。肩に届かない程のショートカット。少しつり上がった目から猫のようで、可愛らしい子だとカイは思った。見たところ、同い年ぐらいだろう。

 ベットの横にある椅子を引くと、背もたれを抱え込む格好で座った。

「ニナ・リグル。私は名乗ったんだから貴方も教えて?」

「カイ・ラジーク…」

「カイ君か。凛々しい名前ね」

「俺はどうしてここに…?」

 起き抜けのせいだろう、頭が鉛のように重く鈍い。昨日が良く思い出せずにいた。

「昨日の晩、海岸沿いを歩いてたら浜にアナタが打ち上げられててここまで運んだわけ。重かったんだから」

 明るく言うニナ。カイはボーッと天井を見ながら考えを巡らす。

(…そうか…あの後海に落ちて…溺れたのか)

 カイは肩を落とし俯き、軽い自己嫌悪に陥る。

「犯人?」

「爆弾魔」

「強盗犯だろ」

 扉の影からのぞき込む三つの小さな影。先ほどの男の子ともう二人子供が増えていた。

女の子と男の子。風貌からするに姉弟だろう。

「ちょっとあんた達、あっちで遊んでなさい」

『はーい』

 子供達は雲の子を散らすようにその場から駆けだし居なくなる。

「賑やかなんだな。いったなんだ此処?」

「あの子たち…ってより、ここに住んでるみんな孤児なの、理由は色々だけでね」

「ここは一体何処なんだ?」

 その質問に、サキは親指で部屋の外を指す。

「外、出てみる」


乾かされた服を着て、サキに後をついていく。

 床はすり切れたているが、絨毯張りで、何かのホールのような内装をしていた。

 階段を上り、その先の扉を開く。

 その景色にカイは絶句する。

「これは…」

 視界一杯に広がる海。

 カイが立っているのは大きな板張りのスペース。

(これって…)

「船か」

 サキは頷く。

「戦前に座礁した巨大客船よ。解体費をケチって油だけ抜いてそのままになっているのを使わせて貰っているわけ」

「凄いな…これが海か…」

「見たこと無いの?」

「海沿いの土地に来たのは昨日の夜が初めてだ。昨日は暗くてよく見えなかったからな」

 海水のしょっぱさは嫌というほど味わったが。

「ねぇ、それで聞きたいんだけど…」

 カイは海の風景に魅入られていた。

 山暮らしが長かった為、初めてみる景色。

 空を飛ぶカモメ。塩の香り。青く輝く海面。その全てが新鮮に映った。

 ニナはそんなカイの様子がおかしくて、クスリと笑う。

「君って面白いね」

「ん…何か言ったか」

 振り向くと、ニナは此方を見てニヤニヤとしている。

「別に。カイ君って可愛いなって思ってさ」

「可愛いって、男に使う言葉じゃねーだろ」

「えー?そうかな?」

 ニナはカラカラと笑う。良く笑う、明るい子だなとカイは思った。

 しかし、ひとしきり笑い終えると、ニナは突然真面目な顔になる

「ねえ、カイ君この町の人じゃないよね?」

 ニナはカイの瞳を覗き込むように見据えてきた。

「そうだ…」

 息の掛かるほど近づけられた顔。カイは不意打ちにドキッとし、思わず顔を引いた。

「昨日列車で騒ぎを起こしたの…君でしょ」

 ニナはカイに新聞を手渡した。そこに一面を堂々と飾っていた記事にカイは項垂れた。

 昨日乗った列車の出来事が記事になっていた。

(車両にあんな、どでかい風穴が空いたんだから当然か…)

 記事を読むと車両を破壊した犯人は、若い男と女の二人組で、保安局は現在二人の行方を追っている…

(何か微妙に違うぞこれ…車両壊したのはあの金髪野郎だろ。いつの間にかあの女の仲間にされてるし…)

「やっぱりそうなのね…」

 沈黙を肯定と受け取ったのか、そう呟くニナの表情は神妙なものだった。

「ああ」

 カイは否定する気は無かった。した所で状況は変わらないだろうから。

「そんな怖い顔しないでいいよ。別に保安局に突き出すつもりなんて無いから」

「なぜだ?」

 思わず聞き返してしまった。自分を匿ったところで彼女に何の得がある?

「カイ君ってさ…エデショナルだよね」

 この子は言いにくい事を、スバスバ訊いてくる…

「何故…そう思う」

 怪訝な顔をするカイ。ニナは微笑むと言った。

「分かるよ。私も…いえ、ここに住んでる三十五人全員がそうだから」

「全員って。本当に?」

「この町じゃあ、別に珍しくないよ。市民の二割がエデショナルなの。カイ君も私達の仲間だもん。さっきも言ったけど私たちは親に捨てられた。私たちを養うって事は莫大なお金がかかるからね…いまの疲弊しきったこの国にはそんな余裕は何からね」

 ニナは俯き、

「ホント…嫌になっちゃうよね…私達、セカンドは…こんな力…欲しくて手にした訳じゃないのに…」

 ニナは表情に影を落とす。そして、ハッと気づいたように顔を上げた。

「ゴメン、気にしないでって言いたかっただけなのに…暗い話しになっちゃって」

 セカンド…エデショナルの後天性能力者を親に持ち、自らも能力を持つ子供をさす。彼らは望まずして力を手にした。その上、補完薬が無ければ命をつなぎ止められない不完全な要素を残したまま。この因子は強く遺伝し、片親だけが能力者の場合でも、半数以上がその資質を持ち合わせ生まれてくる。

 この現状がこの国の経済を逼迫させていた。増え続けるエデショナル。それに伴い増え続ける医療費。打開策にエデショナルに避妊手術を義務づけようと人権を無視した意見が出るほどまでにこの国は追い詰められていた。そして、妥協案と してエデショナルを配偶者に持つ者は生涯一人しか子生んではいけないという法案が制定するに至った。

「いいのか?列車を破壊した爆弾魔だぜ」

 カイの言葉にサキは微笑む。

「私ってね、人を見る目はあるのよ。一目見て分かったよ。君は悪い人じゃないって」

「んな適当な」

「いいじゃん。それだけで。人を信じるのにそんな難しい理由なんていらないと思うけどな」

「そんなんじゃ、いつか痛い目を見るぞ」

「もういろいろあってるよ。だけどね、陳腐だけど私は裏切るより、裏切られるほうがずっと良いって思うの」

 カイの顔を正面から見ながらニナは告げる。その時、


 ぐー


 緊張感の無い音がその場の緊張感をボコボコに打ち砕く。


 鳴いたのはカイの腹の虫。

 時刻は十二時を回り、ついでを言うと、カイは昨日の昼から何も食べていないのだ。

「ふふっ、いいわ。お昼にしましょう」

「面目ない」

 カイは顔を赤らめながら、申し訳なさそうに告げる。

 二人が甲板から、船内に向かい歩き始めたその時、一人のバンダナをつけた少年が上昇用を駆け上り滑りこんでくる。

「たっ、…大変」

「どうしたのキノア」

 ニナはキノアと呼んだバンダナの少年にかけより、肩を貸す。

 よく見れば全身アザだらけ。それだけで退っ引きならない事態だと把握する。

「大変なんだ。ラース達が捕まった!」


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