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短編ホラー

いただきます

作者: 壱原 一
掲載日:2026/03/28

部屋や家、施設や土地等の、一旦、人が区切った場所に、人が居着かず、出入りもしないと、やがての場所が傷む場合があります。


場所が傷むと、場所でなくなります。在った物や通じた道理が失せたり変わったりして、無かった物が現れたり、非道理が横行したりするようになります。


部分がぐ傷み切ったり、全体が少しずつ傷んだり、場合によって区々(まちまち)です。


いずれの場合も傷んだら、容易に元に戻りません。


そこで傷みそうな場所に、有志達が人擬ひともどきを置いています。


各々の含蓄がんちくに応じて、2つと同じ物はありません。熟達した有志のほど精巧で、未熟な有志のは粗雑です。


目的は人が戻るまでの、場所の傷みの防止ですから、巧拙こうせつは頓着されません。


それより人擬きを置いた場所へ、何かの拍子に人が来た時、“人が居る”と誤解させない方が重要です。


この点、人擬きは、人擬きを感知した人が、“あれは決して人でない”と直感できるようにしてあります。


概して人の直感が最も鋭く働くのは、危機に対してと分かっています。そこへ作用するようにしてあります。


例えば形態や姿勢、配置や透過度を人ならざる具合にしたり、身動みじろぎや瞬き他の不随意運動を除去したり、特異なにおいや触感を付与したりです。


上体の側面を太腿の側面にぺったり付けて、通路の半端な位置へ静止し、いつまでも息を吸わない等です。


各有志任意の調整により、“あれは決して人でない”と、危機的な直感を惹起じゃっきさせます。


一方、過度な危機感を抱かせて、せっかく場所へ来た人を撤退させてはいけません。


従って、人に感知された人擬きは、ただちに感知した人へ向き合います。


“気付いたよ”と表情で示したり、声を出したり、近付いたり、招いたりして、人が場所へ定着するよう友好的に働き掛けます。


慈しむ眼差しを固定し、待ち兼ねたように前進して、下から挨拶する等です。


遺憾にも行き違いが生じて、人が撤退してしまったら、根気強く漸近ぜんきんしつつ、関係の再構築に向けて試行錯誤を繰り返します。


大抵の場合、この過程で、場所へ来た人が定着します。連鎖的に他の人が来て、一緒に定着する場合もあります。


定着に至った人達が、撤退する事はまずありません。


ただし、人擬きを回収すると、再び撤退したり、更に他の人が来て、連れて行ったりしてしまうので、特別な事情がなければ、基本的に人擬きは置きっ放しが良いとされています。


こうして放置された人擬きが、長い間に劣化して、調整が乱れたり、予期せぬ働き掛けを呈したりする場合があります。


勝手にあちこち行き来したり、定着したりした結果、元々いた人が撤退して、新しく場所が空になったり、人が失われたりして、問題視されています。


それでも、傷みそうな場所への、有志達による人擬きの設置が、禁止も制限もされないのは、やはりれが抜きん出て洗練された対人的取り組みだからでしょう。


現状、此れより効率的に、群れから少数を分離させ、人の群れに対して非侵襲(しんしゅう)的に、人を得る方法はありません。


私達が在ってゆく為に、人を得なければいけない以上、得た人は感謝と敬意の志を持って、余さず利用し尽くすべきです。


既に知られている通り、稀に、特殊な技能をふるう人に出会でくわすと、欠落させられたり、消失させられたりします。


この危険を負いながら、そうした人すら得て、自らの含蓄とし、更に優れた人擬きを設置し続ける有志達は、正に志を体現する、最たる存在と言えます。


私達は、有志達に、得た人と等しく、あるいは一層の感謝と敬意の志を持って、有志達が得た人達の配分にあずかります。


同じ感謝と敬意の志を、今、皆さんの前に配分されている、この人達も持っていました。


この人達が、こうして、配分される前、志の表明に用いていたのが、冒頭に共有した人語です。


皆さん、そろえて、発してみましょう。


――はい。良いですね。


それでは、じゅうぶん解析して、各自の含蓄としてください。



終.

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