#1 第1話 空にきらめけ!ドリームスピカ誕生!(前編2)
気を取り直して再び歩き始める。
暫くそうしてふらふらとしていると、いつの間にか路地を抜けて大通りへと出ていた。
この辺りは多くのお店が並んでいて、普段なら多くの人が行き交い、それなりに活気があるはずの場所だ。
しかし、今日は何やら様子が違う。
辺りは妙に静まり返っていて、人の生活音や話し声はおろか、風の音や鳥の鳴き声すらも聴こえてこない。
それだけじゃない。道路にも車やバスは1台も走っていないし、交番も、道路を挟んで向かい側にある銀行も、コンビニでさえも閉まっている。
何より、道路を見ても歩道を見ても、どこにも人が見当たらない。
……流石におかしい。
気が付いた途端、何だか急に不安になってきた。
こんな街中で、しかも日曜の午前中だというのに、外に出ている人が1人も見当たらないなんていくらなんでも不自然だ。
まるで、世界に私1人が取り残されたみたい。
「だ、誰かいませんかー……?」
呼び掛けてみても返事はないし、物音1つすらしない。聴こえたのは自分の服が擦れた音と、やけに煩い心音だけ。
……怖い。今の状況がおかしいことは分かるのに、どうしてこんなことになっているのか、その原因が全く分からないのがひたすらに怖い。
まさか、本当に私だけを残して、皆いなくなっちゃったんじゃ……。
「……い、いやいや!そんなまさか……」
慌てて首を横に振り、嫌な思考を何とかかき消そうとする。
そんなことをしていると、ふと背後からぺたぺたという音が聞こえてきた。
それは段々と私の方へと近付いてくる。
……相手は人間?それとも動物?音だけではよく分からない。
でも、誰でもいい。私が一人ぼっちじゃないと証明してくれる相手なら、誰でも……。
縋るような思いで後ろを振り返る。
「……え?」
けれど、そこにいたのは人じゃなかった。かと言って、普通の動物でもない。
獣のような姿の、四足歩行の謎の生き物。
黒い体と吊り上がった赤い瞳、鋭い爪と長い耳を持った……って、あれ?
何だかとてつもないデジャヴと、嫌な予感がする。目の前にいる生き物は、今朝見た夢に出てきた怪物とそっくり……いや、全く同じ姿をしていた。
どういうこと?だって、あれはただの夢のはずで……。
唖然としていると、怪物のギラギラとした目がこちらを向く。
……まずい。
そう思った次の瞬間、怪物が勢いよくこちらに向かって飛び掛かって来る。
「うわぁっ!?」
間一髪。咄嗟に身を翻して何とか避けることが出来た。
けれど、怪物は私に避けられたことが癪に障ったらしく、今度は大きく鳴き声を上げて突進してくる。
近くにあれに対抗できそうなものはない。ここは逃げるしかなさそうだ。
怪物に背を向けて先程通った路地の方向へと走り出すと、奴も負けじと後を追い掛けてくる。
いや、確かにさっきは『誰でもいい』なんて言ったけれど、こんな風に敵意を向けてくる怪物でもいいとは言ってない!
まずい、まずい、まずい……ああもう、一旦落ち着け私!
どうして夢に出て来た怪物がここにいるのかはものすごく気になるけれど、それを考えるのは後にしよう。
とにかく今は、あいつを何とかしないと。
もしも捕まって、あの爪に引っ掛かれたら今度こそ一巻の終わりだ。
どうにかして追い払う方法はないだろうか。一瞬でも動きを鈍らせられる何かがあれば……。
「わっ……!?」
焦っていたせいか、足元に落ちていた空き缶に気が付かずにつまづいてその場に倒れ込んでしまった。
ああもう、なんでこんな切羽詰まった時に限って転んだりなんかするんだ、私の馬鹿!
まずい、早く立ち上がらないと……!
『グギャァァァッ!!』
その声に振り向くと、後ろにいた怪物が今まさにこちらに向かって飛び掛かろうとしているのが見えた。
「……あ」
思わず情けない声が漏れる。
……駄目だ、避けるにももう間に合わない。
諦めかけて目を閉じたその時。
『ギャァッ!?』
「わぁっ!?」
何かが横から突っ込んで来て、怪物を大きくはね飛ばす。
それは勢いを落とさずに目の前を通り抜けていき、一方の怪物は空の彼方まで吹っ飛んで見えなくなってしまった。
再び辺りは静まり返って、この場に残されたのは私1人。
「えっ、えぇ……?」
突然の出来事に呆気に取られてしまう。
今怪物を吹っ飛ばした影は何だったのだろう。動きが速かった上に、急に現れたのではっきりと姿を見ることが出来なかった。車か何かだろうか?それにしてはなんだか小さかった気もする。
そこまで考えて、はっと我に帰る。
あの怪物はいなくなったのだから、逃げるのなら今の内だ。
そう思い、立ち上がって来た道を戻ろうとした時。
「きゃあっ!?」
幼い女の子のような、誰かの叫び声が耳を劈いた。
声がしたのは、先程影が去っていった方角だ。
まさか、誰かがあの怪物に襲われたんじゃ……。
そんな考えが頭をよぎる。夢の中でも、奴らは束になって襲い掛かってきたのだから、私を追ってきた奴以外に仲間がいても不思議な話じゃない。
そう考えるといてもたってもいられなくなり、気付けば自然と声のした方へ向かっていた。
もしも、今の私の行動を誰かが見ていたら『折角助かったのに、また自ら危険に飛び込むだなんて』と笑うのかもしれない。
……けれど、放ってなんかおけないじゃないか。
もちろん私の思い違いならそれで構わないし、誰も危ない目に合っていないのだとしたらそれに越したことはない。
けれど、もし本当に困っている誰かがいるとしたら?
私の行動次第でその人が助けられるかもしれないとしたら?
そう思うと、身体が勝手に動いてしまうんだ。
暫く走って大通りの手前辺りまで来ると、そこには爪を振り回しながらぴょんぴょんと跳ね回る3匹の怪物達がいた。
慌てて近くの電柱の影に隠れて様子を伺ってみる。
やっぱり、さっきの一体だけじゃなかったか。先程怪物を吹っ飛ばしていったのも、恐らくはあいつらだったのだろう。
ずっと跳ねてばかりいるようだけれど、一体何をしているのだろうか。何かの儀式?
でも遠目で見れば、その仕草は猫みたいでちょっと可愛……いや、やっぱり怖いな。
それにしても、先程叫び声を上げた人はどこにいるのだろう。
周囲を見回してみてもそれらしき姿は見当たらない。いるのはあの怪物達だけだ。
聞き間違えだったのかな?でも、確かにこの辺りから声が聞こえたはず……。
「……ん?」
今、怪物達の周りに桃色の毛玉のようなものが見えたような。虫か何かだろうか。けれど、それにしてはやけに大きいような気が……。
駄目だ。ここからだとよく見えない。もう少し近付かないと。
幸い、私と怪物達の間にはもう一本電柱がある。あそこまで見つからずに移動して、もう一度よく見てみよう。
音を立てないように慎重に進み、もう一本の電柱の元まで来て目を凝らしてみる。
すると、小さなシルエットが段々はっきりとしてきた。
それは、直立したウサギにそっくりな姿をした生き物だった。
垂れた長い耳に丸い尻尾、濃い桃色の透き通った瞳。両耳には星型の飾りを付けていて、首にはリボンが巻かれている。
それは宙に浮かびながら、次々と襲い掛かる怪物の爪をスレスレの所で避けている。
空を飛ぶ二足歩行のウサギなんて、普通に考えれば明らかに異様な光景なのだけれど……朝も今もそれ以上に異様な怪物に追い掛けられていたせいか、そんなに驚かなくなってきた。寧ろ、この光景に驚いていない自分自身に一番驚いているかもしれない。
話は逸れたけれど、どうやら怪物達が跳ね回っていたのはあのウサギを捕まえようとしていたからだったみたいだ。猫みたいだという私の認識もあながち間違ってはいなかったらしい。
ウサギの方も何とか隙を突いて逃げ出そうとしているようだけれど、7、8倍程はあるであろう体格差に、1対3という数的な不利も相まって、奴らの爪を避けることだけで精一杯な様子に見える。
放っておくとあの子が危ない。早く助けないと。
……いや、ストップ。落ち着け私。
思わず飛び出しそうになった身体をぐっと抑える。
あの子を確実に助けるには闇雲に突っ込むだけじゃ駄目だ。奴らの動きが一瞬止まった隙をついて、あの子を連れて逃げ出さないと。
どうしよう、どうしたらいい?近くにあいつらの動きを止められそうな物は……。
辺りを見回しつつふと足元を見ると、ちょうどよく転がっている、私の指先から肘くらいまでの長さのある木の枝が目に入った。
……これだ!
「うおぉぉぉりゃぁぁっ!」
怪物の1体を狙って、思い切り枝を投げ付ける。
『グギャ!?』
それは見事怪物の顔面に命中し、奴はうめき声を上げて大きく仰け反った。
その様子を見て驚いたのか、後の2体も動きを止める。
「よし、当たった!」
間髪入れず怪物とウサギの間に割り込み、狼狽える怪物をよそに、ぽかんとした様子のウサギを素早く腕に抱え込んで走り出した。
to be continued……




