Drop.003『 Shaker〈Ⅰ〉』【1】
バーは、他の飲食店とは異なる“独特な雰囲気を纏う夜の店”というイメージをよく抱かれる。
そんな、バーという職場で働き始めて数年。
桔流は、客や同僚など、様々な人々との関わりを経て、それぞれの平凡な人生から異常過ぎる人生のほか、あらゆる悩みや喜び、生き様などを見聞きしてきた。
だが、そのような中でも、大切な誰かに渡す予定だったのであろう品を店に忘れた挙句、“不要になったから金に換えて店の売り上げの足しにしてくれ”――などと頼み込んできた客は、その男が初めてだった。
(そんな客、二人も居てたまるかって感じだけどさ……)
そんな異例の男の事を考えながら、桔流はその日も、瑠璃色の忘れ物に出会ってからの日々を回想していた。
すると、その中、バーのドアベルが来客を報せた。
その音につられ、桔流はふと店の入口を見る。
そして、来客の容姿を確認するなり、
(――で、また普通に来るし……)
と、半目がちに心の内で呟いた。
その異例の男は、その日も、――いつからかお決まりとなった“いつもの曜日と時間”に来店した。
そんな男を、桔流と同僚のバーテンダーが嬉しそうに出迎えると、男はいつも通りの爽やかな笑顔を返す。
実のところ、あのような突拍子もない申し出をしたにも関わらず、男はそれからちょくちょくと店に来るようになったのだった。
その上、今では毎週末に一度は来店するほどの常連客ともなっている。
(ほんと、外見が恵まれてる人ほど、中身変わってるコト多いよな……)
桔流は、同僚のバーテンダーによって“いつもの席”に案内されてゆく男をちらと見やりながらひとつ思い、小さく溜め息を吐いた。
― Drop.003『 Shaker〈Ⅰ〉』―
男から最初のオーダーを受けてきたらしい桔流の同僚――ネコ族の獣亜人である茅花姫は、上向かせた純白の細長い尾を上機嫌に振りつつカウンター内に入ってくると、小声がちに音符を舞わせながら言った。
「えっへへ~。花厳さんのお出迎えできちゃった~。らっきぃ~」
カウンター内で仕事をしていた桔流は、そんな姫を一目するのみで出迎える。
しかし、その程度の“熱冷まし”では熱も冷めやらぬのか、ご機嫌が大変よろしいままの姫様はぴょこんと跳ねるようにすると、次いで桔流にピタリと身を寄せ、小声で続けた。
「花厳さん。ほんっとカッコイイよね~。――もしかして、桔流と同じでモデルさんだったりするのかなぁ?」
桔流は、そんな姫の問いにも、引き続き素っ気ない口調で応じる。
「さぁな。――てか、気になるなら尋いてみりゃいいじゃん」
すると姫は、カウンター席に客が居ないのを良い事に、押しくらまんじゅうが如く桔流にさらに身を寄せるようにすると、桔流のエプロンを引っ張りながら言った。
「それがぁ……」
そんな姫が云う“花厳”とは、他でもない、――例の“瑠璃色”の件で桔流を大いに困惑させた、あのクロヒョウ族の男の事だ。
男の名は、鳴海花厳と云った。
「――それがさぁ~?」
「……なんだよ」
両手が塞がっている事もあり、エプロンを引っ張りながらうりうりと顔面を擦りつけてくる姫を自由にさせながら、桔流は溜め息まじりに話の先を促した。
姫の様子から、桔流も話の内容が気になってはいたのだ。
そんな桔流に、姫は興奮気味に語る。




