Drop.002『 Recipe choice〈Ⅱ〉』【3】
男とのやりとりを丁寧に終えた後。
桔流は、持ち主のもとに帰れなかった瑠璃色と共に事務所へ戻り、事の次第を法雨に伝えた。
――強引にでも返してらっしゃい……!
事務所に戻るまでの間。
そんなお叱りが飛んでくる事も、桔流は覚悟していた。
しかし、その桔流の覚悟をよそに、実際の法雨は涼しい顔で言った。
「――そう。――じゃあ、このコは、またしばらくお預かりしておきましょ」
そんな法雨に、桔流はやや動揺する。
「い、いいんですかね」
法雨はそれに、穏やかに微笑む。
「大丈夫よ」
そして、不安そうにする桔流から瑠璃色を受け取りながら続ける。
「お客様がそう仰ったのなら、こちらはご希望通り保管しておけばいいの。――それに、必要になったら意地でも返して貰いに来るわ。――だから、心配しないで大丈夫」
「はい……」
桔流は、そんな法雨の言葉に、できれば心から頷きたかった。
だが、できなかった。
もちろん、今回においては、男の気持ちを優先する事はできた。
しかし、今回の件を経た事で、桔流はより一層“あの日”の事を悔やまずにはいられなくなったのだ。
(やっぱり、あの日に俺がもっと早く気付いて、あの日のうちに返す事ができてたら、こんな事にならなかったんじゃ……)
そんな桔流の心境を察したらしい法雨は、思い悩むようにする桔流を前に、静かに苦笑した。
だが、すぐに何かを思い出したかのようにすると、
「あぁ、そうだ。それと、桔流君。――今は納得がいかなくても、これだけは約束してちょうだい」
と言うなり、桔流に向かって人差し指を立てた。
桔流はそれに首を傾げ、
「? なんでしょう?」
と、言った。
法雨は、続ける。
「今後は、お客様自身が話題に出さない限り、忘れ物の話題は出しちゃだめよ」
そんな法雨の言葉を受け、桔流はふと、先ほど自身に向けられた――あの、物悲しさを秘めた男の笑顔を思い出した。
加えて、その後に見せられた、痛みから解放されたかのような笑顔も――。
桔流は、そんな男の心を想い、法雨の言葉を改めて反芻すると、ひとつ思う。
(時間が……いるのかもな……)
そして、その一旦の着地点に辿り着いた桔流は、今度はしっかりと法雨に目線を合わせて言った。
「分かりました。――今後は、こっちからは何も言わないようにします」
すると、法雨は微笑みながら頷いた。
そんな法雨は、次いで自身のデスクを見やる。
そこでは、瑠璃色の贈り物が上品に佇んでいる。
その瑠璃色を、桔流もふと見る。
法雨は、静かに言った。
「往々にしてあるものなのよ。自分の手だけでは、どうにもできない事がね」
桔流は、そんな法雨のこぼした言葉を静かに聞いた。
そして、再び保管棚に優しくしまわれてゆく瑠璃色を見送りながら思う。
(あんなに綺麗にしてもらってここまで来たのに、用無しなんて、可哀想にな……)
法雨の言葉は理解しているつもりだし、納得もしたつもりだ。
無論、自分では、あの瑠璃色を救ってやれない事も、重々承知しているつもりだ。
(分かってる。――分かってるけど、でも……)
そうであっても桔流は、瑠璃色に包まれた、あの――“誰かを幸せにできるはずだったモノ”の無念を、想わずにはいられなかった。
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