Drop.016『 LemonJuice〈Ⅲ〉』【1】
グラスの氷は、琥珀色の海にすっかりと溶け入ると、――“あの日”の空を染めていた夕陽のように、美しいグラデーションを描き出していた。
桔流は、そのグラスを手に取り、揺する。
すると、夕空は静かに掻き消えた。
そんな美しい夕暮れを機に――、“指輪”そのものや、“指輪”という文字や音に異常なほど過敏に反応するようになった桔流は、それから、その苦痛に散々と苦しむ日々を過ごす事になった。
― Drop.016『 LemonJuice〈Ⅲ〉』―
桔流は、今でこそ無理に笑む必要のない日々を過ごせるようになったが、失恋の傷が色濃く残っていた当時は、何かしらの形で指輪を見るだけでも呼吸が乱れ、タイミングが悪ければ、身動きすらとれなくなる事も度々とあった。
そして、誰ともなしに、ただ独り、“嫌だ”、“行かないで”――と、声を殺しながら嗚咽する夜もあった。
そんな桔流が、指輪を目の前にしても平然と過ごせるようになり、指輪を手に取る事さえ問題なく出来るようになったにも関わらず、花厳に対し“嘘”をついたのは、ほかでもない。
“自分の心を護ろうとした”からだ。
勿論、嘘を吐いた時の桔流は、自分を護ろうという意識はなく、ほぼ無意識に嘘をついたようなものだった。
だが、今にして思えば、桔流自身が気付いていなかっただけで、そのような嘘を咄嗟についてしまうほどに、過去の傷は完全には癒えてはいなかったのだ。
(――やっぱ、忘れられてなかったな……)
そして、そんな桔流が法雨と出会ったのも、その時期の事であった。
当時の桔流は、心の傷をなんとか和らげるため、毎日のように大量の酒に救いを求めていた。
そして、日によっては、一晩限りの相手と夜を過ごす事でも、その心の痛みを和らげていた。
だが、そんな日々を送っていた、とある夜の事。
運悪く、“指輪”との接触を経てしまった桔流は、いつも以上に強い苦しみに襲われていた。
それゆえ、その激しい苦痛をなんとか凌ごうと、いつもよりも強い酒を大量に流し込んだ桔流は、その晩。
それまでにないほどに、酷く酔ってしまっていた。
それにより、帰路を辿る事も出来なくなった桔流は、壁伝いに歩き回った果てに、法雨のバーの裏手で倒れ込んでしまったのだった。
そこで、倒れ込んでいる桔流を見つけたのが法雨であった。
そんな桔流は、その後。
今では桔流の先輩となるスタッフたちと法雨により、すぐに更衣室に運び込まれると、アルコールに侵され、凍えきった身体を丁重に介抱された――、というわけなのだが、そのようなきっかけを経た結果、桔流は法雨と知り合う事になったのである。
そして、元々責任感が強く、義理堅い性格であった桔流は、その翌日。
迷惑をかけた事を幾度も謝罪し、何をすれば償いになるかと、法雨に必死に問うた。
だが、そんな桔流に、法雨は言ったのだ。
――謝罪も償いも要らないわ。
――でも、その代わりに教えてちょうだい。
――そんな風に、責任感もあって、ちゃんと謝れるアナタが、どうしてそんなヤケになってるのか。
――全部、正直にね。
そして、その法雨の言葉に従った桔流は、それまでのすべてを法雨に打ち明けたのだった。




