Drop.015『 LemonJuice〈Ⅱ〉』【4】
「あのね。桔流君。――実は僕。……今晩、プロポーズするんだ」
「………………え?」
最愛の人さえそばに居てくれれば、他には何も要らない。
照れくさそうにしながらも、酷く幸せそうにはにかむ彼の笑顔は、そう言っていた。
その笑顔は、今の彼が、大きな幸せの中にある事を物語っていた。
自分のすべては、愛する人のためにある。
そう、言っているような、笑顔だった。
「桔流君の言った通り、これは贈り物。――これね。婚約指輪なんだ。――随分遅くなっちゃったんだけど、やっと決心がついてね」
「………………」
教授は、笑う。
「これまで、桔流君に色々と恋愛の事を教えてもらえて、本当に勉強になったんだ」
「………………」
酷く酷く、嬉しそうに。
「僕、本当に恋愛経験が少なくて、自信もなかったから。――桔流君が居てくれなかったら、きっと、こんな日もこなかったと思う」
「………………」
酷く酷く、幸せそうに。
「だから、――本当にありがとう。桔流君」
その笑顔に、桔流は笑顔を作った。
「――………………はい」
そんな桔流に、彼は澄んだ瞳で言う。
「それと、桔流君。――君に教えてもらっていた身で、こんな事を言うのはおこがましいけれど、でも、どうしても言いたかったんだ。――あのね、桔流君。僕は、今日まで君と過ごしてきて、確信してるんだ。――君のような素敵な子なら、必ず、君を幸せにしてくれる誰かと出会えるって」
彼の言葉に、次に桔流はくすぐったそうな笑みを作り出しては、頷いた。
「ふふ。はい」
彼は、真っ直ぐな瞳で続ける。
「だから、桔流君。――君も、どうか諦めないで。――君は、絶対に、幸せになれるから」
桔流は次に、目を細めた笑みを作り、応じる。
「はい。――…………先生」
そんな桔流に呼ばれ、彼はにこやかに笑んだ。
「ん?」
桔流は、それに、にこりと返すと、告げた。
「――おめでとうございます」
彼は、またひとつ笑う。
「あはは。――なんだか、改めて言われると照れるね。――ありがとう。――まぁ、プロポーズはこれからなんだけど」
幸せそうな彼に、桔流は悪戯っぽい声を贈る。
「ふふ。俺が応援してるんですから、プロポーズ、ちゃんと成功させてくださいね。――本番で焦って、変なコト言ったら駄目ですよ?」
それにも、彼は幸せそうにはにかむ。
「ふふ。――はい。気をつけますっ。――頑張るね」
桔流は、ひとつ瞬き頷くと、次に、微笑みを贈る。
「はい。――先生。――……どうぞ、お幸せに」
すると、彼は、桔流の大好きな笑顔と声で、桔流に言った。
「うん。ありがとう。桔流君。――幸せになるよ」
桔流は――、笑顔を作るのが得意だった。
そんな桔流は、その時。
その自身の特技に、改めて感謝をした。
唯一。
自分から恋をした、たった一人の想い人の幸せを、笑顔で祈る事が出来たから――。
例え、どれだけ自身の心が泣いていようと――、その想い人の新たな門出を、笑顔で見送る事が出来たから――。
そして、その想い人の門出を笑顔で見送ったその日。
桔流は、改めて、“恋”などという、不可解で、難解で、厄介なモノを――、己の世界から、抹消した。
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